インフィニット・ストラトス ~七つの大罪をその身に宿した者~ 作:ぬっく~
七月上旬。
イチカはリオネス家のリムジンに揺られ、街外れにある屋敷へと向かっていた。
タッグマッチトーナメント終了から数日後――届いたのは、ジャンヌからの簡潔な連絡。
『至急、リオネス家に戻って来てくれる?』
(お嬢が要件も書かずに呼ぶとはな……)
珍しいこともある、と小さく息を吐いたところで、車は静かに減速し、やがて門前で停止した。
扉が開く。
「ここが……」
ラウラが低く呟く。
「そうだ。直接来るのは二度目だがな」
「僕たちまで来てよかったの?」
シャルロットが少し不安そうに尋ねるが、イチカは肩をすくめた。
「構わん。連れて来いと言われている」
屋敷の正門前には、すでに一人の男が待っていた。
執事服に身を包んだ青年――セバスだ。
「お待ちしておりました、イチカ様」
「悪いな」
「お嬢様がテラスにてお待ちです」
案内されるまま中へ入ると、左右に並ぶメイドたちが一斉に頭を下げる。
「「「お帰りなさいませ、イチカ様」」」
その光景に、ラウラとシャルロットは言葉を失った。
(これは……軍の儀礼どころじゃない……)
(完全に“別世界”だ……)
「行くぞ」
平然と歩くイチカの背を、二人は慌てて追った。
――二階、テラス。
白いパラソルの下、優雅に紅茶を楽しむ少女がいた。
「いらっしゃい。待ってたわ」
ジャンヌ・リオネスはゆっくりと立ち上がり、柔らかく微笑む。
「お、お招きありがとうございます……」
「気にしないで。あなたたちとも話したかったの」
その笑顔に、シャルロットは一瞬息を呑む。
だが――
「…………」
ラウラだけは、微動だにしなかった。
明らかな警戒。
「そんなに構えなくてもいいのよ?」
「……無理だな」
短く返す。
「ここは……普通じゃない」
使用人たちから漂う気配。
そして、目の前の少女――ジャンヌ。
(勝てない……)
本能が、そう告げていた。
「まあ、すぐ慣れるわよ」
軽く流すジャンヌに、ラウラはさらに眉をひそめた。
「それより、本題だ」
イチカが口を挟む。
「あら、せっかちね」
くすりと笑い、ジャンヌは席に着いた。
全員がテーブルを囲む。
エドが無言で紅茶を配る。
「急に呼んでごめんなさいね。直接話す必要があったの」
「構わん。それで?」
「もうすぐIS学園は臨海学校よね?」
「ああ」
「その日に――ハワイ沖で行われるIS試験稼働の護衛をお願いしたいの」
一瞬、空気が変わる。
「……護衛?」
ラウラが思わず反応した。
IS関連の試験。それも海上。
通常、外部戦力など入らない。
「“ウサギ”が動いてるの」
ジャンヌの一言で、イチカの目が細くなる。
「……なるほどな」
それ以上は聞かない。
「引き受ける」
「ありがとう」
ジャンヌは満足そうに微笑んだ。
「緊急時は制圧して構わないわ。許可は取ってあるから」
その言葉に、ラウラとシャルロットは顔を見合わせる。
(完全に国家案件だ……)
(軽く聞いていい話じゃないよね、これ……)
「あなたたちは気にしなくていいわよ」
ジャンヌは軽く言い、話題を変えた。
「それじゃあ次――アル、出てきなさい」
「バレてたっすか!?」
テラスの手すりから、ひょこっと赤髪の青年が顔を出す。
「はじめまして! アル・リオネスっす!」
勢いよく飛び出してきた彼に、二人は一歩引いた。
「ちょ、ちょっと待って……」
「少しは落ち着け」
後ろからエドがため息混じりに言う。
「兄貴も!?」
「兄弟だ」
イチカが短く補足する。
「白いのが兄、エドだ」
「雑すぎない!?」
アルが抗議するが、誰も気にしない。
そんなやり取りを横目に、イチカはふと周囲を見回した。
「……咲夜はどうした?」
その名に、ジャンヌの表情がわずかに曇る。
「少し前に任務に出したの。異変の調査でね」
「それで?」
「解決はしたわ。でも――“切り札”を使った」
イチカの目が細くなる。
「……ああ」
理解した。
「あれの代償か」
ジャンヌは静かに頷く。
「今は、まだ目を覚ましていないわ」
テラスに、わずかな沈黙が落ちた。
風がカップの紅茶を揺らす。
「……そうか」
イチカはそれだけ言った。
それ以上は、何も聞かなかった。
テラスに流れた沈黙。
それを破ったのは――ラウラだった。
「……一つ、いいか」
視線は、赤髪の青年――アルへと向けられている。
「貴様……ただの人間ではないな」
その言葉に、アルはきょとんとした顔をする。
「え? バレたっすか?」
あまりにも軽い反応。
だが、ラウラの表情は真剣そのものだった。
「その気配……異常だ。ISとは別系統の力……」
軍人として鍛えられた感覚が、警鐘を鳴らしている。
「ねぇねぇ、もしかして――」
アルは身を乗り出す。
「オレと戦いたい感じっすか?」
図星だった。
「……ああ」
短く、だがはっきりと頷くラウラ。
ジャンヌが楽しそうに笑う。
「あら、いいわね」
「姐さん!?」
「模擬戦よ。壊しすぎないなら許可するわ」
即決だった。
イチカは腕を組みながら一言。
「アル、加減しろよ」
「分かってるっすよ~」
軽い返事。
だが、その目は少しだけ鋭くなっていた。
◇
リオネス邸・専用訓練場。
「ここなら問題ない」
エドが壁にもたれながら言う。
ラウラは中央へ。
「――展開」
黒い光が弾け、シュヴァルツェア・レーゲンが姿を現す。
完全武装。
対するアルは――何も纏わない。
「じゃあ、いくっすよ?」
軽く構えるだけ。
「来い」
ラウラが踏み込む。
初動から最大加速。
プラズマ手刀がアルを捉える――
ガギィン!!
「なっ……!?」
止められた。
素手で。
「おお、結構重いっすね」
アルは手を振りながら笑う。
(あり得ない……!)
ISの打撃を、生身で。
ラウラは即座に距離を取る。
「ならば――AIC!」
不可視の力場がアルを拘束する。
空間そのものを停止させる絶対防御。
「おー、これが噂のやつっすか」
アルは興味深そうに周囲を見る。
「でも――」
ピシッ、と音がした。
「効かないっすね」
バキン!!
AICが砕け散る。
「っ!?」
ラウラの瞳が見開かれる。
その瞬間――
アルの背後に“赤い魔法陣”が浮かび上がった。
ドクン、と脈打つような気配。
「――Boost」
一言。
それだけで、空気が変わる。
「なに……それは……」
ラウラが思わず呟く。
イチカが静かに口を開く。
「赤龍帝の籠手――ブーステッド・ギア」
「……龍?」
「そう。神話級の存在だ」
アルの腕に、赤い籠手が現れる。
それはただの武装ではない。
“生きている”。
「赤龍帝――ドライグ」
ジャンヌが補足する。
「かつて神や魔王と並び称された存在。その力は“倍化(ブースト)”」
「倍化……?」
「一定時間ごとに力を倍にする能力よ」
アルがにかっと笑う。
「簡単に言うと――時間が経つほど強くなるってことっす!」
次の瞬間。
「Boost」
さらに一段、気配が跳ね上がる。
「……っ!」
ラウラの本能が危険を告げる。
「来るっすよ」
消えた。
次の瞬間――
「がっ!!」
腹部に衝撃。
ラウラの体が吹き飛ぶ。
地面を抉りながら停止。
(速い……! さっきより明らかに……!)
「Boost」
さらに倍化。
空気が震える。
「くっ……まだだ!!」
ラウラは立ち上がる。
突撃。
今度はフェイントを織り交ぜる――
「いい動きっすね!」
アルは笑いながら対応する。
だが。
「Boost」
さらに加速。
完全に“上”に行った。
「終わりっす」
腕を掴まれる。
そのまま――
叩きつける!!
轟音。
土煙。
静寂。
「……そこまで」
ジャンヌの声。
アルはすぐに手を離す。
「大丈夫っすか?」
軽く声をかける。
ラウラは地面に倒れたまま――
「……はは……」
小さく笑った。
「なんだ……あれは……」
立てない。
だが、意識はある。
「だから言っただろ」
イチカが近づく。
「こいつらは“規格外”だ」
ラウラはゆっくりとアルを見る。
「……赤龍帝……か」
その瞳に宿るのは、恐怖ではない。
「いい……力だ」
むしろ――闘志。
アルは少し驚いた顔をした後、笑った。
「またやるっすか?」
「……次は、勝つ」
即答だった。
ジャンヌはその様子を見て、満足そうに微笑む。
「いい刺激になったみたいね」
ラウラは何も答えなかった。
ただ――
アルを真っ直ぐ見据えていた。