インフィニット・ストラトス ~七つの大罪をその身に宿した者~ 作:ぬっく~
七月中旬―― 臨海学校初日。
IS学園の生徒たちは、大型バスに揺られながら海辺の施設へと向かっていた。
窓の外には、次第に広がっていく青い水平線。
「おお……見えてきたぞ」
十秋が身を乗り出す。
「ほんとだ……綺麗だね」
隣に座るシャルロットも、柔らかく微笑みながら景色を眺めていた。
車内は賑やかだ。
普段の訓練中心の生活とは違い、皆どこか浮かれている。
「騒ぎすぎるな」
前方から千冬の一言。
その一声で、一瞬にして静まり返る車内。
「……相変わらずだな」
十秋が小声で呟くと、シャルロットが苦笑した。
やがてバスは減速し、目的地へと到着する。
扉が開いた瞬間――
「うわぁぁ!!」
歓声が一斉に上がった。
白い砂浜、透き通る海、照りつける太陽。
「すっげぇな……」
十秋も思わず息を呑む。
「テンション上がるね」
「ああ」
軽く体を伸ばしながら周囲を見渡す。
――その時だった。
(……あれ?)
違和感。
鈴とラウラの姿はある。
だが――距離がある。
鈴は女子グループの中で楽しそうにしており、
ラウラは少し離れた場所で、一人静かに海を見ていた。
(……近寄ってこねぇな)
普段なら鈴は何かしら文句を言いながらでも絡んでくる。
だが今日は視線すら合わせてこない。
ラウラも同様に、完全に距離を置いていた。
「どうしたの?」
シャルロットが首を傾げる。
「いや……なんでもねぇ」
深く考えるのをやめる。
「せっかくだ。遊ぶぞ」
「うん!」
二人はそのまま砂浜へと向かった。
波打ち際では、すでに水遊びが始まっている。
「十秋! こっちだ!」
箒が手を振る。
「おう!」
そのまま海へ飛び込む。
冷たい水が体を包み込む。
「ははっ、気持ちいいな!」
「でしょ?」
水を掛け合い、泳ぎ、笑い声が広がる。
――その様子を。
少し離れた場所から、鈴はちらりと見ていた。
「……」
何か言いたげな顔。
だが、すぐに視線を逸らす。
「ほら鈴、こっち来なさいよ!」
「分かってるわよ!」
呼ばれて、無理やり明るく振る舞う。
(……今はいいわよ)
小さく胸の内で呟く。
一方、ラウラもまた――
腕を組み、静かに海を見つめていた。
(今は……距離を置く)
理由は違えど、二人は同じ選択をしていた。
◇
場面は変わり――ハワイ島。
強い日差しの下、イチカたちは専用車で施設へと向かっていた。
「……暑いな」
「観光じゃないんだから我慢しろ」
エドが即座に返す。
アルは窓の外を見て、楽しそうにしている。
「南国っすねぇ~」
やがて車は施設へ到着。
中に入ると、すでに関係者たちが待機していた。
「ようこそ」
白衣の男が前に出る。
「今回のIS試験稼働の責任者です」
挨拶もそこそこに、すぐに説明が始まる。
スクリーンに映る海域図。
「試験は明日、ハワイ沖約30キロ地点で実施されます」
「護衛は俺一人か?」
イチカが確認する。
「はい。ただし周辺には部隊を展開します」
「“ウサギ”の動きは?」
エドが低く問う。
「現時点では未確認ですが……」
「来る前提で動く」
イチカが遮るように言う。
「了解しました」
空気が引き締まる。
「では最後に――」
責任者が振り返る。
「今回の試験機、およびパイロットをご紹介します」
扉が開く。
現れたのは、一人の少女。
長い髪、無表情。
静かに歩み寄る。
「……」
イチカはわずかに目を細める。
(ただ者じゃないな)
少女は短く言った。
「よろしく」
それだけ。
アルが小声で。
「クール系っすね……」
「ラウラとは別ベクトルだな」
エドが答える。
イチカは少女から目を離さない。
(……妙だ)
言葉にできない違和感。
「明日の護衛、よろしくお願いします」
責任者の声で場が締まる。
だが――
イチカの中では確信に変わっていた。
(何かが来る)
嵐の前の静けさのように。
◇
夕暮れが海を茜色に染める頃、一行を乗せたバスは本日の宿である旅館へと到着した。
山と海に囲まれた静かな和風旅館。木造の落ち着いた外観に、どこか非日常の気配が漂っている。
「へぇ……なかなか風情があるじゃねぇか」
十秋は軽く辺りを見回しながら呟く。
「日本らしくて、いいね」
シャルロットが微笑み、鈴も腕を組みながら頷いた。
「まぁ、悪くないわね」
ラウラは相変わらず無表情だが、僅かに興味を示している様子だった。
そのままチェックインを済ませ、一行は大広間へと通される。
◇
夕食は豪華な和食膳だった。
刺身、焼き魚、天ぷら、鍋物と並び、生徒たちはそれぞれに舌鼓を打つ。
「うまっ……!」
「日本料理も悪くありませんわね」
「これ、どうやって作ってるの……?」
賑やかな食事の時間が流れる中、十秋は黙々と食べ進めていた。
(まぁ……悪くない)
特に感想はないが、不満もない。
そんな中――
「織斑」
不意に名前を呼ばれる。
「風呂に行ってこい」
声の主は織斑千冬だった。
「……は?」
「空いているうちに済ませておけ。後で混む」
有無を言わせぬ口調。
十秋は一瞬訝しげな顔をするが――
「……ちっ、分かったよ」
特に深く考えず、立ち上がる。
(どうせ後でも入るしな)
そのまま大広間を後にした。
◇
十秋が去った後――
空気が、変わった。
千冬は静かに座ったまま、残された五人へと視線を向ける。
箒、セシリア、鈴、シャルロット、そしてラウラ。
「さて……」
静かな声。
だが、その場の全員が背筋を伸ばす。
「少し、話をしようか」
誰も口を挟まない。
「議題は二つだ」
一拍置いて、千冬は言う。
「織斑十秋。そして――イチカ・リオネス」
その名が出た瞬間、空気がさらに張り詰める。
◇
「まずは十秋だ」
千冬は淡々と続ける。
「お前たちから見て、あいつはどういう存在だ?」
最初に口を開いたのは鈴だった。
「……正直に言っていいのよね?」
「ああ」
「ムカつくわよ、あいつ」
即答だった。
「自信過剰で、偉そうで……でも」
鈴は少し言葉を切る。
「実力は本物。だから余計にタチが悪いのよ」
次にセシリアが口を開く。
「わたくしも同意見ですわ」
優雅にカップを置きながら言う。
「強さは認めます。ですが――あまりにも“自分本位”すぎます」
「周囲を見ていない……いえ、見る気がないのでしょう」
シャルロットは少し考えてから言った。
「……危うい、と思う」
その言葉に、全員が僅かに反応する。
「強いけど……バランスが取れてない」
「何か一つ崩れたら、一気に壊れそうな……そんな感じ」
箒は腕を組み、真剣な顔で言う。
「剣としては鋭い。だが……しなやかさがない」
「折れれば、それまでだ」
最後にラウラ。
「戦士としては優秀だ」
短く、端的に。
「だが、未熟だ」
「勝利に固執しているが、“何のために戦うか”が定まっていない」
それを聞いた千冬は、わずかに目を細めた。
◇
「では次だ」
「イチカ・リオネスについて」
その名前が出た瞬間、空気の質が変わる。
緊張――というより、“警戒”。
最初に答えたのはラウラだった。
「……化け物だ」
迷いのない断言。
「強さの次元が違う」
「技術、反応、判断……全てが異常だ」
「だが、それ以上に――」
ラウラは一瞬だけ言葉を止める。
「“覚悟”が違う」
静かに言い切った。
シャルロットも続く。
「うん……僕もそう思う」
「優しいけど……怖い」
「なんていうか……迷いがないんだ」
セシリアはゆっくりと言葉を選ぶ。
「底が見えませんわね」
「どれほどの力を持っているのか……想像もつきません」
鈴は少し不満そうに言う。
「なんか気に入らないのよね、あいつ」
「余裕ありすぎっていうか……全部分かってるみたいな顔して」
箒は静かに目を閉じる。
「剣ではないな、あれは」
「“意思”そのものだ」
「何かを成すための、純粋な力」
全員の意見を聞いた後――
千冬は小さく息を吐いた。
◇
「なるほどな……」
そして、静かに言う。
「お前たちの見立ては、概ね正しい」
全員が息を呑む。
「十秋は“力に振り回されている側”だ」
「イチカは“力を使いこなしている側”」
対照的な存在。
「だからこそ――」
千冬の視線が鋭くなる。
「あの二人は、いずれ必ず衝突する」
誰も否定しない。
否定できない。
「その時、お前たちはどうする?」
問いが落ちる。
重く、静かに。
誰もすぐには答えられなかった――。