インフィニット・ストラトス ~七つの大罪をその身に宿した者~ 作:ぬっく~
翌日―― 臨海学校二日目。
この日の本来の目的である、IS装備の実働実験が開始された。
海岸沿いに設営された簡易フィールドには、各企業から提供された試験装備が並び、生徒たちはそれぞれ担当の機材を手にデータ収集へと取り掛かっていく。
「その装備、出力もう少し上げてみて!」
「ログちゃんと取ってる!? 後で提出だからね!」
教師陣の指示が飛び交う中、生徒たちは慣れない装備に悪戦苦闘しながらも、真剣に取り組んでいた。
◇
一方――専用機持ちのメンバーは別行動となっていた。
織斑千冬の指示により、箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、そして十秋が一箇所に集められている。
「お前たちは通常の実験には参加しない」
「専用機はデータの性質が異なるからな。別途管理する」
淡々とした説明。
その時だった。
「やっほー!」
場の空気をぶち壊すような、間の抜けた明るい声。
全員の視線が一斉に向く。
そこにいたのは――
「束……姉さん!?」
箒が目を見開く。
白衣を翻し、軽い足取りで現れたのは、篠ノ之束だった。
「久しぶりだねー、ほーちゃん♪」
「な、何しに来たんだここに!?」
動揺を隠せない箒に対し、束はニコニコと笑いながら――
「プレゼント、持ってきたよ」
そう言って、指を鳴らす。
◇
次の瞬間。
空間が歪み、紅い機体が姿を現す。
「――っ!」
息を呑む一同。
鮮烈な紅。
流線型のフォルムに、日本刀を思わせるシルエット。
「これが……」
「“紅椿”だよ」
束が軽く言う。
「ほーちゃん専用機。今作った」
「今!?」
ツッコミが複数から飛ぶが、束は気にしない。
「はい、乗って乗って♪」
半ば強引に箒は機体へと誘導される。
「ま、待て! まだ調整が――」
「終わってるよ?」
即答。
そのまま機体が起動する。
◇
「……っ!」
紅椿が軽やかに浮上する。
「すごい……!」
箒の顔が一気に輝く。
思い通りに動く機体。
違和感のない操作感。
まるで自分の身体の一部のような一体感。
「どう? どう? ほーちゃん!」
「……最高だ」
思わず漏れる本音。
そのまま軽く飛行し、斬撃を繰り出し、基本動作の確認を行う。
完全に浮かれていた。
◇
その様子を見ながら――
十秋は一人、内心で別のことを考えていた。
(……そろそろ来るはずだ)
福音事件。
山田先生が駆け込んできて、緊急事態が発生し――
そこから物語が大きく動くはず。
(ここまでは原作通りだ)
束の登場。
紅椿の受け渡し。
ここまでは完全に一致している。
(なら、この後――)
しかし。
◇
――来ない。
◇
時間だけが過ぎていく。
山田先生は現れない。
緊急事態も起こらない。
そのまま――
「では、本日の実験はここまでとする」
千冬の一言で、終了が告げられた。
◇
(はぁあああああああああああああああああああああああああ!?)
十秋の心の中で絶叫が響く。
(なんでだ!? なんで来ない!?)
(福音は!? 暴走は!? イベントは!?)
完全に想定外。
(おかしい……絶対におかしい……!)
(流れは同じはずだろ!?)
だが、現実は何も起きなかった。
(クソッ……!)
答えは出ない。
そして――
その理由に、十秋が辿り着くことはなかった。
◇
場面は変わり――
◇
ハワイ沖。
青い海の上に設置された巨大な実験フィールド。
ここでは予定通り、ISの稼働実験が行われていた。
「各機、データ正常。問題なし」
「エネルギー推移も安定しています」
管制からの報告。
イチカは静かに空中に浮かびながら、それを聞いていた。
(順調すぎるな……)
違和感。
だが、任務は問題なく進んでいる。
(……いや)
その瞬間だった。
◇
――警報が鳴り響く。
◇
「なっ!?」
「対象機、出力異常! 制御不能!」
「福音が――暴走しています!!」
◇
イチカの目が鋭くなる。
(来たか)
◇
白銀の機体――福音。
その出力が急激に上昇し、周囲の空間が歪む。
暴走。
完全な制御喪失。
「対象、離脱します!」
「止められません!」
その瞬間――
「逃がすか」
イチカが動いた。
◇
「〈完全なる立方体〉」
静かな詠唱。
次の瞬間。
空間が閉じる。
透明な壁が形成され、福音とイチカを完全に隔離する。
外界から遮断された戦場。
「これで外には出られない」
完全封鎖。
逃げ場はない。
◇
「――――!!」
福音が咆哮のような駆動音を上げる。
即座に攻撃。
超高速のビームが放たれる。
だが――
「遅い」
イチカは消えるように回避。
一瞬で間合いを詰める。
「終わらせるぞ」
神器が展開される。
圧倒的な力。
圧倒的な速度。
◇
戦いは――
戦いと呼ぶにはあまりにも一方的だった。
◇
攻撃は全て見切られ、
反撃は全て直撃する。
福音の装甲が削れ、機能が一つずつ停止していく。
「抵抗は無意味だ」
最後の一撃。
中枢へと叩き込まれる。
「制圧完了だ」
◇
福音は完全に沈黙した。
◇
「……終わりか」
静かに呟くイチカ。
〈完全なる立方体〉が解除され、外の空気が流れ込む。
「対象機、停止確認!」
「暴走、完全に収束!」
管制の声が響く。
だが――
イチカはそれを聞き流しながら、ただ一言。
「……こんなもんか」
一撃。
核心部へ叩き込まれた衝撃により、福音は完全に沈黙した――かに見えた。
推進器停止。光も消える。
「対象機、機能停止確認――」
管制が安堵しかけた、その時。
◇
――バチッ。
◇
「……?」
イチカの眉が僅かに動く。
沈黙していた福音の機体内部から、異様な“音”が鳴る。
次の瞬間――
◇
ドクン。
◇
心臓の鼓動のような振動。
「なっ――!?」
管制が再び悲鳴を上げる。
「対象機、再起動!! いや違う――構造変化を確認!!」
◇
福音の装甲が、崩れる。
いや――“剥がれる”。
白銀の外殻が内側から押し破られ、黒いフレームが露出する。
それはもはや、先ほどまでの福音ではなかった。
◇
「……第二段階か」
イチカの目が細くなる。
◇
翼が展開する。
だがそれは、機械的なものではない。
粒子で構成された“光の翼”。
空間を歪ませるほどの高密度エネルギー。
◇
「対象、出力数値……測定不能!!」
管制が叫ぶ。
「危険です!! 撤退を――」
「不要だ」
イチカが遮る。
その視線は、完全に“戦闘”へと向いていた。
◇
「面白い」
わずかに口元が上がる。
◇
福音が“消える”。
先ほどとは比べ物にならない速度。
完全な瞬間移動に近い加速。
◇
――直後。
イチカの背後に出現。
斬撃。
空間そのものを切り裂く一閃。
◇
ガキィン!!
◇
「ほう」
イチカは振り向きもせず、片手でそれを受け止めていた。
だが――
「さっきよりはマシだな」
衝撃は確実に増している。
◇
福音はそのまま連続攻撃へ移行。
斬撃、突進、粒子砲。
全てが同時に襲いかかる。
◇
「いいねぇ」
イチカの姿がぶれる。
だが今回は――
完全回避ではない。
敢えて受ける。
敢えて弾く。
◇
ドンッ!!
拳と刃がぶつかる。
衝撃波が〈完全なる立方体〉内部を震わせる。
◇
(出力……桁が違う)
福音は“進化”していた。
単なる暴走ではない。
戦闘に適応し、強化されている。
◇
「なら――こっちも上げるか」
イチカの周囲に魔力が収束する。
空気が重くなる。
◇
神器、再展開。
先ほどよりも明確に“力”を引き出す。
◇
「第二ラウンドだ」
◇
福音が再び突っ込む。
今度は正面から。
速度、威力、全てが最大。
◇
「来い」
イチカは避けない。
踏み込む。
◇
衝突。
◇
空間が軋む。
衝撃が箱の内側を暴れ回る。
◇
「――ッ!!」
福音が押し込む。
だが――
「甘い」
イチカが力を返す。
一気に押し返し、体勢を崩させる。
◇
「遅いんだよ」
至近距離。
零距離。
拳を叩き込む。
◇
装甲が砕ける。
内部フレームが露出する。
◇
だが――
「――――!!」
福音は止まらない。
むしろ笑うかのように、さらに出力を上げる。
◇
「……完全に“中身”が主導権を握ってるな」
イチカは確信する。
これはもう、ISではない。
“何か”だ。
◇
福音が両翼を広げる。
空間が歪む。
エネルギー収束。
◇
「来るか」
イチカは構える。
◇
次の瞬間――
極大の光が放たれる。
箱の中を埋め尽くすほどの一撃。
回避不能。
◇
「なら――」
イチカは一歩踏み込む。
真正面から。
◇
「ぶち抜く」
◇
光と衝突。
◇
轟音。
閃光。
衝撃。
全てが混ざり合い、空間が悲鳴を上げる。
◇
そして――
爆発。
◇
煙が晴れる。
そこに立っていたのは――
「……いいね」
無傷のイチカ。
◇
その視線の先。
第二形態となった福音は――
まだ、立っていた。
◇
「まだ終わらねぇか」
イチカが笑う。
◇
「なら――」
拳を握る。
◇
「徹底的にやるぞ」
◇
戦闘は、さらに激化していく――。