インフィニット・ストラトス ~七つの大罪をその身に宿した者~ 作:ぬっく~
空は、既に赤から紫へと変わっていた。
ハワイ沖―――広大な海域の上空で、戦闘は未だ終わらない。
「はぁ……はぁ……!」
荒い呼吸を繰り返すイチカ。その全身には無数の裂傷と打撲痕が刻まれていた。
ISのシールドエネルギーは既に危険域。だが、それでも彼は一歩も退かない。
対するは―――第二形態へと移行した福音。
「……ッ!」
その姿は、もはや“兵器”の枠を逸脱していた。
白銀の装甲は有機的に変質し、羽はより巨大に、そして禍々しく展開されている。
内部から脈打つような光が漏れ、まるで“生きている”かのようだった。
『対象、再構築完了。戦闘継続』
無機質な声。しかし、その奥には明らかな“狂気”が混ざっている。
「完全に……暴走してやがるな……!」
イチカは血を吐き捨てるように呟く。
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次の瞬間。
ドォンッ!!
音すら置き去りにする速度で、福音が突っ込んできた。
「っ!!」
ギデオンを構え、受ける。
ガギィィィンッ!!
衝突の衝撃で海面が大きく波打つ。
水柱が数十メートル級で巻き上がる。
「ぐっ……!!」
押される。完全に押し負けている。
第二形態となった福音は、単純な出力だけでなく、反応速度までもが桁違いに跳ね上がっていた。
「まだだ……ッ!」
イチカは咄嗟に後方へと“瞬間移動”。
直後―――
ズガァァァァン!!
先程までいた空間が、光の奔流で消し飛ぶ。
「……レーザーまで強化かよ」
冗談じゃない、と吐き捨てる。
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だが、反撃に移る。
「来い……シャスティフォル!!」
神器が輝き、形態変化。
「第四形態―――《光華》!」
無数の光弾が展開される。
「撃ち抜けぇぇぇ!!」
一斉射撃。
空を埋め尽くす光が福音へと殺到する。
しかし―――
「なっ……!?」
福音は、その全てを“正面から突破”した。
爆発を突っ切り、煙を裂き、一直線にイチカへ迫る。
「嘘だろ……!」
回避が間に合わない。
ズドンッ!!
直撃。
イチカの身体が海面へと叩き落とされる。
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バシャァァァァン!!
海面に巨大な衝撃が走る。
水中に沈みながら、イチカの意識が一瞬揺らぐ。
(……まだだ……終われねぇ)
沈みながら、歯を食いしばる。
(約束しただろ……)
ジャンヌの顔が浮かぶ。
(守るって……)
ラウラの顔も。
(助けるって……)
そして―――
(全部背負うって決めたんだ)
目を開く。
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「はぁぁぁぁぁ!!」
水中から一気に浮上。
そのまま福音へ突撃する。
「いい加減―――黙ってろぉぉぉ!!」
ギデオンを振りかぶり、渾身の一撃。
ゴォォォンッ!!
直撃。
だが―――
「……ッ!?」
手応えが浅い。
装甲が“再生している”。
「再生……だと……!?」
福音の装甲が、傷を塞ぐように蠢いている。
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『戦闘データ取得率、上昇』
『最適化、完了』
「ふざけんなよ……!」
学習し、進化している。
戦えば戦うほど、こちらの手を読まれていく。
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そして。
福音の胸部が開く。
「―――やべぇな、あれ」
膨大なエネルギーが収束していく。
空間が歪む。
海がざわめく。
「来るか……!」
イチカは構える。
逃げ場はない。
避ければ背後の艦隊が消し飛ぶ。
(なら―――受けるしかねぇ)
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「来いよ……!」
ニヤリと笑う。
「全部受け止めてやる……!!」
ギデオンとシャスティフォルを同時展開。
全出力解放。
「これが―――俺の全力だぁぁぁぁ!!」
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次の瞬間。
福音の極大砲撃が放たれる。
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世界が白く染まった。
視界も、音も、全てが消し飛ぶ。
―――その中心で。
「……っ、が……!」
イチカは両腕でギデオンを構え、正面から砲撃を受け止めていた。
シールドは既に崩壊。
装甲は焼け、肉が裂け、血が蒸発する。
「ぐっ……ああああああッ!!」
歯を食いしばる。だが、膝が沈む。
押される。
(……無理か……?)
一瞬、そんな考えがよぎる。
だが―――
(ふざけるな)
その思考を、自ら叩き潰す。
(ここで止まるくらいなら―――最初から全部背負ったりしねぇ)
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ドクン。
心臓が大きく脈打つ。
ドクン、ドクン―――
血が沸騰するように熱くなる。
「……はは」
イチカの口元が歪む。
「そうか……まだ、残ってたな」
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封じていた力。
使えば“戻れなくなる”可能性すらある力。
それでも―――
「上等だ」
目が、変わる。
右は赤。左は金。
そしてその奥に、黒い闇が宿る。
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「―――解放する」
静かな声。
だが、その一言で空気が変わった。
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「魔神王の力を」
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瞬間。
轟音と共に、砲撃が“弾け飛んだ”。
「―――なにっ!?」
福音のセンサーが異常を検知する。
あり得ない現象。
直撃していたはずのエネルギーが、内側から破壊されたのだ。
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白煙の中から、ゆっくりと一つの影が歩み出る。
「……効かねぇよ、そんなもん」
イチカだった。
だが、その姿は先程までとは別物。
全身に黒い紋様が浮かび上がり、魔力が“可視化”されている。
周囲の空間が歪み、海面すら波打つ。
重圧。
それだけで、場の全てを支配する存在感。
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『……脅威度、再設定』
『対象―――危険度:最上位』
福音が、初めて“警戒”を示す。
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「来いよ」
イチカは片手を軽く上げる。
「第二ラウンドだ」
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次の瞬間。
消えた。
音もなく。
「―――ッ!?」
福音が反応する前に―――
ズドォンッ!!
その巨体が横殴りに吹き飛ぶ。
「が……っ!?」
空中でバランスを崩す福音。
「遅ぇんだよ」
背後に、イチカ。
既に回り込んでいる。
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「はぁッ!!」
蹴り。
ただの蹴り。
それだけで―――
バキィィィン!!
装甲が砕ける。
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「再生すりゃいいと思ってんだろ?」
冷たい声。
「なら―――追いつかねぇ速度で壊すだけだ」
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怒涛の連撃が始まる。
拳、蹴り、肘、膝。
その全てが“兵器以上”。
衝撃が空気を裂き、音が遅れて響く。
ドゴォン! バギィ! ガンッ!!
福音は防御も反撃も間に合わない。
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『損傷増大―――修復、追いつかず』
『戦闘継続、困難』
初めての“破綻”。
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「終わりだ」
イチカが手をかざす。
黒い魔力が収束する。
「消えろ」
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振り下ろす。
その瞬間。
空間ごと叩き潰す一撃が、福音を直撃した。
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轟音。
衝撃。
そして―――静寂。
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海上には、砕けた福音の残骸が浮かんでいた。
再生は、もう起きない。
完全沈黙。
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「……終わり、か」
イチカは小さく息を吐く。
だが、その力はまだ消えていない。
黒い紋様は残り、魔力も渦巻いたまま。
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(……やりすぎたか)
自覚はあった。
この力は、あまりにも“強すぎる”。
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ゆっくりと空を見上げる。
夜空が広がっていた。
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戦いは終わった。
だが―――
イチカの中で、何かが確実に“変わった”のだった。