インフィニット・ストラトス ~七つの大罪をその身に宿した者~   作:ぬっく~

27 / 42
二十六話

黒い魔力が、ゆっくりと霧散していく。

 

「……はぁ」

 

イチカは小さく息を吐いた。

 

魔神王の力を解いた反動か、全身に重い倦怠感がのしかかる。

だが―――まだ終わりではない。

 

視線を落とす。

 

そこには、完全に機能を停止した福音の残骸が海上に浮かんでいた。

 

「……生きてるか?」

 

呟きながら、イチカはゆっくりと降下する。

 

---

 

ギシ……ギシ……

 

崩れかけた装甲を手でこじ開ける。

 

内部は焼け焦げ、配線がむき出しになっている。

その奥に―――

 

「いたか」

 

パイロット。

 

少女だった。

 

意識はないが、微かに呼吸している。

 

「……間に合ったな」

 

小さく安堵の息を漏らす。

 

慎重に抱き上げると、そのまま機体から離脱する。

 

---

 

『回収班、接近中! 対象の確保を優先せよ!』

 

通信が入る。

 

遠方から複数のISが高速接近してきていた。

 

「こっちは無事だ。パイロットも生きてる」

 

『了解! 直ちに収容します!』

 

---

 

数分後。

 

回収部隊が到着し、迅速に動き始める。

 

「機体のコア反応、低下確認!」

 

「待機状態に移行しています!」

 

「回収用フィールド展開!」

 

福音の残骸に光のフィールドが展開される。

 

バラバラだった装甲が、まるで“眠るように”静止する。

 

完全停止―――だが、破壊ではない。

 

「……封印、ってところか」

 

イチカはそれを見て呟く。

 

---

 

パイロットの少女も、医療班に引き渡される。

 

「バイタル安定! 命に別状はありません!」

 

その報告に、イチカはようやく肩の力を抜いた。

 

---

 

「終わった……な」

 

ぽつりと呟く。

 

長かった戦闘。

 

そして―――想定外だらけの結末。

 

---

 

だが、その時。

 

イチカの視線が、福音へと向く。

 

回収されていくその機体。

 

完全に沈黙しているはずなのに―――

 

「……?」

 

ほんの一瞬。

 

“何か”が脈打った気がした。

 

まるで、心臓の鼓動のように。

 

---

 

「……気のせい、か」

 

そう言い聞かせる。

 

だが、その違和感は消えなかった。

 

---

 

『リオネス、帰投可能だ。よくやった』

 

通信越しに、冷静な声がかかる。

 

「……あぁ、今戻る」

 

短く答える。

 

---

 

夜の海を背に、イチカはゆっくりと空へと上昇した。

 

その背中には、確かな“変化”が刻まれている。

 

---

 

福音は回収された。

 

パイロットも救出された。

 

任務は成功。

 

―――そのはずだった。

 

---

 

だが。

 

眠りについたはずの福音のコアは、誰にも気付かれぬまま―――

 

微かに、再び“脈動”していた。

 

---

 

### ◇ 十秋サイド

 

夏の日差しが照りつける海岸。

 

「……結局、何も起きなかったな」

 

ぽつりと呟く十秋。

 

IS装備の実働テストは順調に進み、各企業から提供された装備のデータも十分に収集された。

トラブルらしいトラブルもなく、予定通り―――いや、“予定以上に平穏”に一日が終わった。

 

「これで全工程終了だ。明日、学園へ帰投する」

 

織斑千冬の号令が響く。

 

生徒たちからは安堵の声。

だが―――

 

(おかしい……)

 

十秋の中では、警鐘が鳴り止まなかった。

 

(箒に専用機―――紅椿は渡された)

 

あれは間違いなく“フラグ”だった。

 

(なのに……福音が来ない?)

 

本来なら、このタイミングで現れるはずの存在。

 

暴走した無人機―――福音。

 

(あり得ない……)

 

記憶と現実が噛み合わない。

 

「どうしたのよ、難しい顔して」

 

隣にいた凰鈴音が声をかける。

 

「いや……なんでもない」

 

そう答えながらも、思考は止まらない。

 

(物語は順序通り進んでるはずだ……)

 

束の登場。紅椿の譲渡。

 

ここまでは一致している。

 

(なのに、肝心の“事件”が起きない……?)

 

違和感が、確信に変わりつつあった。

 

(……何かが、ズレてる)

 

だが、その答えには―――

 

決して辿り着けない。

 

---

 

バスが発進する。

 

IS学園へと帰る道。

 

窓の外に広がる海を見ながら、十秋はただ一人、理解できない“空白”に苛立ちを募らせていた。

 

---

 

### ◇ イチカサイド

 

「……はぁ」

 

ベッドに身体を預けるイチカ。

 

ここは臨時の医療施設。

 

福音との戦闘から数日が経っていた。

 

「流石に……やりすぎたか」

 

苦笑する。

 

全身に包帯。筋肉痛どころではない鈍い痛み。

魔人王の力の反動も、まだ抜けきっていない。

 

帰国は延期。

 

完全回復までは、もうしばらくかかる見込みだった。

 

---

 

コンコン。

 

ドアがノックされる。

 

「……入れ」

 

気だるそうに返す。

 

扉がゆっくりと開く。

 

そこに立っていたのは―――

 

「……あんたか」

 

福音のパイロットの少女だった。

 

彼女もまた、全身に包帯を巻いている。

 

痛々しい姿。

 

だが、その目はしっかりと前を向いていた。

 

---

 

「……あの」

 

少しだけ、言葉に詰まる。

 

「助けてくれて……ありがとう」

 

そして、深く頭を下げた。

 

「それと……ごめんなさい」

 

震える声。

 

自分が引き起こした結果を、理解しているのだろう。

 

---

 

「……別に」

 

イチカは視線を逸らす。

 

「仕事みたいなもんだ」

 

ぶっきらぼうに答える。

 

「気にすんな」

 

それ以上、深く関わる気はなかった。

 

---

 

少女は少し驚いたように顔を上げる。

 

「でも……私は―――」

 

「いいって言ってんだろ」

 

軽く遮る。

 

「もう終わった話だ」

 

それ以上は踏み込ませない。

 

---

 

「……そう、ですか」

 

少しだけ寂しそうに笑う少女。

 

だが、それ以上は何も言わなかった。

 

「本当に……ありがとうございました」

 

もう一度だけ、頭を下げる。

 

そして、静かに部屋を後にした。

 

---

 

扉が閉まる。

 

静寂が戻る。

 

---

 

「……はぁ」

 

大きく息を吐く。

 

「もう相手すんのは勘弁だな……」

 

本音が漏れる。

 

命のやり取りは、一度で十分だ。

 

---

 

天井を見上げる。

 

「しばらくは……休むか」

 

目を閉じる。

 

---

 

戦いは終わった。

 

だが―――

 

何かが確実に動き出している。

 

そんな予感だけが、静かに残っていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。