インフィニット・ストラトス ~七つの大罪をその身に宿した者~ 作:ぬっく~
その日は、世界中いる裏世界の住人達が賑わいを見せていた。
数十年ぶりに開催されたウォーゲーム当日。各国では異常ではない熱気と興奮が溜め込まれていた。
朝早くから全ての酒場が店を開き、今日ばかりは殆どの者が休業し、酒場に詰め寄せ観戦準備を整えている。
『あー、あー、え―皆さん、おはようございます。今回のウォーゲーム実況を務めさせて頂きます。【リオネス・ファミリア】所属、リオン・B・リオネスでございます。二つ名は【閃撃の撃墜王】。以後お見知りおきを』
豪華客船からの生中継された、実況を名乗る白髪の少女がマイクを片手に声を響かせていた。この船にも大勢の人々が乗客している。
ウォーゲームが開催が決まり、中立派の者達が総動員して開催地の準備から何やら色々としてくれたのだ。
そして、この船には当然ジャンヌ・リオネスが乗っている。
『では、改めて説明させて頂きます! 今回のウォーゲームは【リオネス・ファミリア】対【グラディウス・ファミリア】、形式は総力戦!! 敵陣営の戦士達が全滅するまで行われる、ルール無用の何でもありの殺し合い。降参なんて一切認められない!』
映し出される無人島。炎と剣が描かれた旗を掲げた古城、そして紅い天使の羽を模様した旗を掲げた平原が映し出された。
「愛しき人形達との別れを済ませたかい?」
「…………」
賑わう客達を余所に、アルメスがジャンヌへと近付く。
髪をかき上げ薄笑いを浮かべる彼に対し、椅子に座っているジャンヌはぷいっと顔を背け、中継を見つめる。
やれやれ、と軽く肩を竦め、アルメスは優雅な動きで自分の席へ戻っていった。
『それでは、ウォーゲーム―――開幕です!』
号令のもと、大鐘の音と観声と共に、
◇
同時刻、古城跡地。
開始を告げる鐘の音が、遠方の丘から響き渡る。
盛り上がる裏世界とは裏腹に、戦場である古城の士気は低めであった。
その時だった。
北側、城砦正面、荒野の中央を静かに歩いてくる……革ジャン姿の赤髪の少年がいたのだ。
「お、おいっ」
「なんだ……?」
まず間違いなく敵だろう。だが、たった一人で突撃して来たわけではないだろうと思いたいが、黙々と歩んでくる彼に、見張りをしていた男はうろたえていた。陽動かと勘繰ってしまうほどに。
そして、城壁から約100メートルまで接近を許した瞬間。
彼―――アル・リオネスが、動いた。
「行くぞ! ドライグ!!」
『おうよ!』
篭手の宝玉が赤い閃光を解き放つ。
「
『Welsh Doragon! Balance Breaker!』
その時だった。凄まじい砲撃が炸裂した。
「な、何だぁ!?」
城壁の正面から押し寄せてきた衝撃に、場内は一瞬で混乱に見舞われた。
膨大な土煙を上げ、城壁の一部が破られたのだ。
「し、信じられねぇ!? あいつら、本気で攻めてきやかっただと!?」
開始早々、【リオネス・ファミリア】が攻めて来たのだ。
「数は!?」
「ひ、一人だ!」
耳を疑う仲間に対し、隊長は怯えたように言葉をどもらせる。
「何を使ったら城壁をぶち抜く兵器があるんだぁ!?」
戦車を持って来たと言うなら判らなくもない。
しかし、部下からの報告ではそう言ったものは無く、いるのは真紅の鎧を身に纏った者しかいなかったのだ。
「このままじゃあ城ごと吹き飛ばされてしまうぞぉ!?」
喚く部下達。一際強い爆発。城壁の上部が弾け瓦礫と共に地に叩きつけられる。
うああああああっ、と青ざめる仲間を置いて滑稽に場内へと逃げ込む。
◇
「これは凄い!? 【リオネス・ファミリア】、まさかの短期決戦でしょうか!?」
豪華客船では早くも驚愕の興奮が人々に伝播していた。
「さすがわ、ジャネットの義弟妹達ね……」
エミリア・スカーレットは、個室でジャンヌ達のウォーゲームを観戦していた。
「ジャネットがこの力を隠したがる理由がよくわかるわ」
エミリアも人の事は言えないが、改めて思う。
この力は世界のバランスを思いっきり壊しかねない代物であると。
ジャンヌの祝福はISと同等の力を有し、しかも城壁をパンチ一発で粉砕。戦車の砲弾すら片手で弾き返し、銃弾なんて豆鉄砲程度でしかない。
「この勝負……すぐにでも終わりそうね」
レミリアの言う通り、この戦いは最早一方的ないじめでしかなかった。
◆
「じょ、状況を報告しろぉ!? 今どうなっている!?」
アルによって破壊されていく場内では怒号と悲鳴が飛び交っていた。
無茶苦茶な連続砲撃を行う出鱈目な相手に、誰もが当惑し判断に窮する。
「報告します! 北側城壁は陥落しました!!」
「くっ! 可能な限り後方に下がれ!!」
たった一人の敵に一万近い兵士を失ったのだ。
さらに四人の敵はがばらけて城内に進入し、兵士たちを虐殺していく。
そして。
「〝ROOM〟」
「バケモノめ……」
正面から堂々と入って来た白衣の少女に部隊長に嫌味を吐く。
白衣の少女―――ミー・J・リオネスの足元には輪切りされた兵士が散乱しているが、何故かその兵士はまだ生きている。
それどころか、血の一滴も存在しない。
その現象に部隊長は恐怖でしかなかった。
「〝シャンブルズ〟」
少女が投げた小石と自身の位置が入れ替わる。
振り抜いた刀が部隊長の首を切り飛ばす。
◆
「ちょっと、どうなっているの!? ちゃんと報告して!」
城内、怒涛のごとき状況の推移に部隊長は声を荒げた。
「城壁が使い物にならなくなっているって、見ればわかるわよ!? それよりもどうして城内にこれだけしか味方が残っていないのよ!?」
その大声で己の短髪を揺らしながら、吊り目を見開く。
大破した東の城壁が窺える中、伝令に来た人物を問いだした。
「単騎で城壁を粉砕のち、そこから四人が侵入し、各個撃破しているようです……」
「たった五人でこの現状とか、ふざけるのもいいかげにしろよ!!」
【グラディウス・ファミリア】は戦力として百万も用意した。
しかし、【リオネス・ファミリア】が用意した戦力はった五人。
そして、王城の前には、部隊長を含めて五十名の兵士しか残っていなかったのだ。
「た、隊長! 来ました!!」
「……ここで足止めするわよ。あんたはこのことを伝えに行って、援軍を加えて、確実に奴らを潰すわよ」
駆け付けてきた仲間の敵の接近を一報された部隊長は指示を出す。彼女の声に、わかった、と頷いて伝令の兵士は総隊長のいる城の奥へ消えた。
部隊長はこちらに向かってくるメイドとイチカ・リオネスの進撃を食い止めるため城前に陣を敷く。
やがて視界の奥からイチカ達が姿を現す。
「撃てぇぇぇえええ!!」
一切、躊躇なく、攻撃を開始する。
しかし―――【リオネス・ファミリア】の恩賜の前にはそんなものは無力だった。
「時よ止まれ、【
メイド―――サーシャ・D・リオネスは、ジャンヌから授かった恩賜、【時間停止】で全ての時間を停止させる。
砲弾の雨は、写真に収められたかのように完全停止し、自分以外の人間すら全てが停止した。
サーシャは兵士が所持していた手榴弾の安全ピンを全て引き抜き、戦車の中にも放り込む。
「そして、時は動き出す」
そして、時間停止を解除する。
「撃てぇぇぇえええ……?!」
部隊長は砲撃の号令と同時に吹き飛ばされる。
自身が何故か吹き飛ばされたのか、一切わかる訳なく、最後に映ったのは一瞬にして壊滅した自分の部隊の姿だった。
◆
「敵襲だ! 【七つの大罪】が来るぞ!?」
伝令の兵士が駆け込み、城内は一気に慌ただしくなった。
他の部隊が壊滅したという報せに、この場にいる者達は動揺を伝播させる。
「一体どういうことだ!? 敵はたった五人なんだぞ!?」
総隊長は怒りに満ちていた。
百万もいた戦力は壊滅し、残っているは自身が所持するこの部隊しか残っていないのだ。
「あんたが隊長か?」
「!?」
少年の声が聞こえる。
総隊長はふと、振り返ると、ロングコートを羽織った首元から頬まで伸びた傷の少年がそこにいた。
「ここまでに……いた者は……」
「愉快なオブジェにして来た」
イチカが通った道の壁と天井に頭から突き刺さった兵士たちがいた。
「ははは……」
「初めまして。そんで、さようなら」
イチカは戦斧リッタを振り下ろし、城を跡形もなく消滅させた。
◆
城が一瞬輝く。
壮大な爆破音と共に、城は跡形も無く崩れ去った。
今や周囲一帯は,瓦礫の山と化し、視界を遮る膨大な砂煙が充満している。
やがて、そこから一人の人影が現れた。
戦斧ラッタを掲げたイチカが立っていたのだ。
『戦闘終了〜〜〜っ!! ウォーゲームの勝者は、【リオネス・ファミリア】ーーー!』
そして、豪華客船のモニターに映し出されるイチカの姿の前で戦闘終了の宣言が言い渡される。
「な……が、ぁ……?」
そんな中で一人、アルメスは、顔を真っ白にして立ち尽くしていた。
百万の兵士、戦車に重火機、アルメスが用意した全戦力が……立ったの五人しか用意しなかったジャンヌの義弟達に負けたのだ。
「あ、ありえない……。これは不正だ!!」
スクリーンに映し出される光景が、彼を現実から逃避させるが……。
「不正も何もこれが現実よ。それに、これは総力戦ーーー何でもありの殺し合いなのよ」
そして、ゆらぁ、と。
これまで沈黙を貫いて来たジャンヌがアルメスの背後に立つ。
「ふ、ふざけんな! たった五人のガキ共が百万の兵士を相手に勝つだと!? 不正以外の何があるって言うんだぁ!!」
「なら逆に聞くけど、その不正は何なのかしら?」
「っ!!」
アルメスは言葉を詰まらせる。
不正、不正と言うが、その答えが無いのだ。
「そんな君に奇跡を見してあげる」
不敵な笑みを見せるジャンヌに、アルメスは盛大な尻餅をつく。
本能で、がたがたと震え上がり、更にその目からはらはらと涙を溢していく。
「ま、待ってくれジャンヌっ!? こ、これは出来心だったんだっーーー」
「沙耶ーーーこれを……」
控えていたメイドの沙耶にジャンヌは命じる。
「上空80,000mに捨てて来て頂戴♪」
「へぇ?」
沙耶はアルメスの肩に手を乗せると、アルメスがその場から消えた。
その場で起きた奇跡を誰もが目にしたのだ。
「き、消えた」
乗船していた者達が騒ぎ出し、ジャンヌの最後に言った言葉を思い返す。
『上空80,000m』
その言葉の意味を知った者は青ざめ、わからない者はヒソヒソと続ける。
アルメスはーーー星屑の成って消えたのだ。
その日から、ジャンヌに敵対する者は消え、逆に関係を結ぼうとする者が増えたのは言うまでも無かった。