インフィニット・ストラトス ~七つの大罪をその身に宿した者~ 作:ぬっく~
「……ここは……」
重たい瞼を持ち上げ、エドはゆっくりと上体を起こした。
視界に入ったのは、見慣れない天井。
柔らかなベッド。整えられた室内。
そのすぐ隣では――
「ぐぉー……」
アルが豪快ないびきを立てて眠っていた。
「……ったく、呑気な野郎だ」
苦笑しながらも、エドは記憶を辿る。
ジャンヌ・リオネスとの戦い。
そして、イチカ・リオネスという規格外の男。
完膚なきまでの敗北。
「俺は……負けたのか」
静かに呟いた、その時。
「お目覚めのようですね」
ドアが開き、一人のメイドが入室してきた。
「……あんたは?」
「リオネス家メイドの一人、沙耶・リオネスと申します」
優雅な所作で一礼。
その一連の動きに、エドは思わず目を奪われた。
(本物の……メイド……)
人生で初めて見る“完成された存在”。
「お嬢様がお待ちです。お召し替えはこちらに」
簡潔に告げると、沙耶はそのまま退室した。
「……何考えてやがる、あの女」
拘束も監視もない。
敵であった自分を、こうして自由にしている。
理解不能だった。
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着替えを済ませ、部屋を出ると――
「こちらへ」
既に待機していた沙耶が先導する。
エドは無言でその後に続いた。
(……隙がねぇ)
背中は無防備に見える。
だが、そこに一切の“隙”がない。
しかも、それは彼女だけではなかった。
すれ違うメイド、執事――
全員が、異様なまでの“強者”。
(なんだこの屋敷……)
違和感が、確信へと変わる。
ここは、ただの屋敷ではない。
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二階、最奥。
一際大きな扉の前で、沙耶が足を止める。
「お嬢様。エド様をお連れしました」
「入って頂戴」
「失礼いたします」
扉が開く。
そこにいたのは――
「傷は癒えたようね」
書類に目を落としたままのジャンヌだった。
「あぁ。おかげさまでな」
一瞥すらせず、彼女は仕事を続ける。
「セバス、これを」
「承知しました」
短いやり取りの後、ようやくジャンヌはペンを置いた。
「……ふぅ。じゃあ、場所を変えましょうか」
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バルコニー。
心地よい風が吹く中、三人は席につく。
「さて……何から話そうかしら」
「――なんで、俺たちを生かした」
間髪入れず、エドが切り出す。
沙耶が紅茶を淹れる中、ジャンヌは静かにカップを手に取った。
「簡単よ。殺すには惜しかったから」
事もなげに言う。
「あんたら、二人でイチカをあそこまで追い詰めたでしょ?」
「……」
否定はできない。
「それだけで、十分価値があるわ」
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「……いいのかよ」
エドが立ち上がる。
「今の俺なら、あんたを殺すのは簡単だぞ」
「あら、やってみる?」
余裕の微笑み。
それが、エドの神経を逆撫でした。
「――アルビオン!!」
右腕を鎧化。
全力の一撃を叩き込む。
だが――
「……え?」
止められた。
たった一本の、人差し指で。
「な……」
理解が追いつかない。
あの時、自分たちと同じ土俵にいたはずの女が――
「パン」
軽く指を弾く。
それだけで。
「うごぉおおおお!!?」
エドの身体が吹き飛び、バルコニーから地面へと叩き落とされた。
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「……どうなってやがる!!」
すぐさま跳躍し、戻る。
だが、力に異常はない。
(間違いなく、力はある……なのに――)
「お前……何をした」
ジャンヌは静かにカップを置いた。
「ルーラー権限」
「あ?」
「私だけの特権よ」
淡々と続ける。
「私の転生特典は〈物語〉。他者に“役割”と“力”を与える能力」
「……道理で」
屋敷の異常さに、納得がいく。
「でも、それだけじゃないわ」
ジャンヌの瞳が細められる。
「私に対して、“敵対行動が取れない”ようにしてあるの」
「は?」
「寝てる間に、ね」
さらりと言う。
「つまり――今のあなたは、私に勝てない」
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「ふざけんなァ!!」
再び殴りかかる。
だが。
「はい、ストップ」
軽くデコピン。
それだけで。
「ぐはっ!!」
再び吹き飛ぶ。
完全に、無力化されていた。
---
「沙耶、回収お願い」
「かしこまりました」
「もう、“お姉ちゃん”でいいのよ?」
「……ですが」
「お姉ちゃん」
一瞬の沈黙。
「……お姉ちゃん」
「うん、よろしい」
満足げに頷くジャンヌ。
そのまま、何事もなかったかのように室内へ戻っていった。
---
◇
それからというもの。
エドは何度もジャンヌに挑んだ。
その度に――
吹き飛ばされる。
完全敗北。
一方でアルはというと――
「おっ、この飯うめぇ!!」
完全に馴染んでいた。
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ある日。
ボロボロのエドが庭に転がされていると。
「……なぁ」
ふと、口を開く。
「なんであいつのこと、“姉”って呼ぶんだ」
沙耶は一瞬だけ考え。
静かに答えた。
「あの人が、“妹”と呼んでくれるから」
「……は?」
「それだけで、嬉しいの」
優しく微笑む。
「ここにいる人はみんな……居場所がなかった人たちだから」
孤児。実験体。暗殺者。
様々な過去を持つ者たち。
「でも、あの人は“家族”にしてくれた」
ただ、それだけ。
それが――すべてだった。
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「ここを出ていくのは自由ですよ」
そう言い残し、沙耶は去る。
残されたエドは、空を見上げた。
「……はは」
小さく笑う。
「負けたな……完全に」
その時。
「あら、認めるのね」
「うおっ!?」
振り返ると、そこにジャンヌがいた。
「いつからだよ!?」
「最初からよ」
くすくすと笑う。
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そして、もう一度。
手を差し出す。
「私の弟になりなさい」
少しの沈黙。
だが、今回は迷わなかった。
「あぁ……いいぜ」
その手を取る。
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こうして。
新たな“家族”が加わる。
イチカに次ぐ力を持つ守護者。
エド・リオネス。
そして、アル・リオネス。
彼らの物語は――ここから始まる。
ジャンヌ「そう言えば、あなた達の名前の元はなんなの?」
エド「ん? はがぬの錬金術師だが?」
ジャンヌ(やっぱり……あの兄弟か……)
※はがぬの錬金術師とは、転生したらスライムだった件にて登場。
誤字ではございません。