インフィニット・ストラトス ~七つの大罪をその身に宿した者~ 作:ぬっく~
ロシア――モスクワ。
「……結局、一睡もできなかったわ」
ベッドの上で、楯無は額を押さえた。
脳裏に焼き付いて離れない。
街が、消し飛ぶ光景。
(あれを……報告しろっていうの?)
頭痛がひどくなる。
「ほんと……最悪ね」
気分を変えようと、カーテンを引いた。
――そして、固まる。
「……え?」
そこにあったのは。
瓦礫ではない。
“いつも通りの街”。
人が行き交い、車が走り、何事もなかったかのような朝。
「……は?」
現実感が、崩れる。
頬を抓る。
「痛っ……」
夢じゃない。
(じゃあ……何?)
あり得ない。
あの規模の破壊が、一晩で復旧するなど。
あり得るとすれば――
「……イチカ・リオネス」
その名を呟いた瞬間、楯無は動いていた。
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### ◇
「ちょっと、あんた――何をしたの!?」
ノックもなくドアを開け放つ。
そして。
「……」
一瞬、時間が止まる。
視界に入ったのは――
風呂上がり。
タオル一枚の一夏。
「……ノックくらいしろ」
「今はそんなことどうでもいいわよ!!」
顔を真っ赤にしながらも、楯無は引かない。
「それより説明しなさい!!」
「……その前に」
一夏は無言で、楯無の肩を指差した。
「着替えてこい」
「……え?」
視線を落とす。
寝間着。
乱れた髪。
無防備。
「――っ!?」
「見ないで!!」
勢いよくドアを閉めて退散。
残された一夏は、静かに息を吐く。
「……騒がしい女だな」
だがその表情は、わずかに緩んでいた。
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### ◇
VIPルーム。
向かい合う二人。
楯無はまだほんのり顔が赤い。
一夏はいつも通り。
「……で?」
ナイフを置き、楯無は睨む。
「街、どうやったのよ」
「時間を戻しただけだ」
「は?」
あまりにもあっさりとした返答。
理解が追いつかない。
その様子を見て、一夏はグラスを手に取る。
――わざと、落とした。
ガシャン。
砕ける。
「〈時間逆行(タイム・リターン)〉」
静かな声。
次の瞬間。
砕けた破片が、逆再生のように動き出す。
集まり、繋がり――
元のグラスへと戻る。
「……は……?」
言葉が出ない。
理解が、拒絶する。
「物なら戻せる。だが、生き物は無理だ」
淡々とした説明。
「命は戻らない」
その一言で、楯無の顔が曇る。
「……じゃあ」
ゆっくりと口を開く。
「あの街の人たちは?」
「問題ない」
即答。
「事前に政府に避難させた。死者はゼロだ」
一拍。
「研究所の連中以外はな」
「……」
楯無は息を吐く。
(何なのよ……こいつ)
破壊も、救済も。
どちらも“当然”のようにやる。
「……もう、考えるのが馬鹿らしいわね」
半ば諦めたように笑う。
だが視線は鋭い。
「祝福、よね?」
「これか」
一夏は首元を見せる。
刻まれた“豚”の紋章。
「やっぱり……」
楯無は思い出す。
あの背中の刻印。
「全部で……いくつあるの?」
「七つ」
淡々と告げられる異常。
首、胸、背中、腕、腹、脚――
全身に刻まれた“罪”。
「……ふざけてるわね」
国家級戦力が七つ分。
それを一人で?
「元は分配する予定だったらしいがな」
「それを全部あんたが持ってる、と」
「そうなるな」
沈黙。
そして楯無は、ぽつりと呟く。
「……じゃあ、誰があんたを止めるの?」
一瞬の間。
「いる」
即答だった。
「誰よ」
「ジャネット」
「……は?」
ジャンヌ・リオネス。
あの少女。
「あいつの祝福は〈裁定者(ルーラー)〉」
一夏は淡々と続ける。
「他人の能力を強制的に無効化する」
「……それ、本気で言ってる?」
「ああ」
楯無は理解する。
(あの女……)
最初から。
全部、制御する前提で。
(化け物を、作ったのね)
背筋が冷える。
同時に――
興味が湧く。
「……ねえ」
一夏が席を立つ。
その瞬間。
「このあと、暇でしょ?」
呼び止める。
「仕事はない」
「なら――」
扇子を広げる。
くすりと笑う。
「付き合いなさいな♪」
それは。
戦場とはまるで違う、“別の戦い”の誘いだった。