インフィニット・ストラトス ~七つの大罪をその身に宿した者~   作:ぬっく~

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三話

ロシア――モスクワ。

 

「……結局、一睡もできなかったわ」

 

ベッドの上で、楯無は額を押さえた。

 

脳裏に焼き付いて離れない。

 

街が、消し飛ぶ光景。

 

(あれを……報告しろっていうの?)

 

頭痛がひどくなる。

 

「ほんと……最悪ね」

 

気分を変えようと、カーテンを引いた。

 

――そして、固まる。

 

「……え?」

 

そこにあったのは。

 

瓦礫ではない。

 

“いつも通りの街”。

 

人が行き交い、車が走り、何事もなかったかのような朝。

 

「……は?」

 

現実感が、崩れる。

 

頬を抓る。

 

「痛っ……」

 

夢じゃない。

 

(じゃあ……何?)

 

あり得ない。

 

あの規模の破壊が、一晩で復旧するなど。

 

あり得るとすれば――

 

「……イチカ・リオネス」

 

その名を呟いた瞬間、楯無は動いていた。

 

---

 

### ◇

 

「ちょっと、あんた――何をしたの!?」

 

ノックもなくドアを開け放つ。

 

そして。

 

「……」

 

一瞬、時間が止まる。

 

視界に入ったのは――

 

風呂上がり。

タオル一枚の一夏。

 

「……ノックくらいしろ」

 

「今はそんなことどうでもいいわよ!!」

 

顔を真っ赤にしながらも、楯無は引かない。

 

「それより説明しなさい!!」

 

「……その前に」

 

一夏は無言で、楯無の肩を指差した。

 

「着替えてこい」

 

「……え?」

 

視線を落とす。

 

寝間着。

 

乱れた髪。

 

無防備。

 

「――っ!?」

 

「見ないで!!」

 

勢いよくドアを閉めて退散。

 

残された一夏は、静かに息を吐く。

 

「……騒がしい女だな」

 

だがその表情は、わずかに緩んでいた。

 

---

 

### ◇

 

VIPルーム。

 

向かい合う二人。

 

楯無はまだほんのり顔が赤い。

 

一夏はいつも通り。

 

「……で?」

 

ナイフを置き、楯無は睨む。

 

「街、どうやったのよ」

 

「時間を戻しただけだ」

 

「は?」

 

あまりにもあっさりとした返答。

 

理解が追いつかない。

 

その様子を見て、一夏はグラスを手に取る。

 

――わざと、落とした。

 

ガシャン。

 

砕ける。

 

「〈時間逆行(タイム・リターン)〉」

 

静かな声。

 

次の瞬間。

 

砕けた破片が、逆再生のように動き出す。

 

集まり、繋がり――

 

元のグラスへと戻る。

 

「……は……?」

 

言葉が出ない。

 

理解が、拒絶する。

 

「物なら戻せる。だが、生き物は無理だ」

 

淡々とした説明。

 

「命は戻らない」

 

その一言で、楯無の顔が曇る。

 

「……じゃあ」

 

ゆっくりと口を開く。

 

「あの街の人たちは?」

 

「問題ない」

 

即答。

 

「事前に政府に避難させた。死者はゼロだ」

 

一拍。

 

「研究所の連中以外はな」

 

「……」

 

楯無は息を吐く。

 

(何なのよ……こいつ)

 

破壊も、救済も。

 

どちらも“当然”のようにやる。

 

「……もう、考えるのが馬鹿らしいわね」

 

半ば諦めたように笑う。

 

だが視線は鋭い。

 

「祝福、よね?」

 

「これか」

 

一夏は首元を見せる。

 

刻まれた“豚”の紋章。

 

「やっぱり……」

 

楯無は思い出す。

 

あの背中の刻印。

 

「全部で……いくつあるの?」

 

「七つ」

 

淡々と告げられる異常。

 

首、胸、背中、腕、腹、脚――

 

全身に刻まれた“罪”。

 

「……ふざけてるわね」

 

国家級戦力が七つ分。

 

それを一人で?

 

「元は分配する予定だったらしいがな」

 

「それを全部あんたが持ってる、と」

 

「そうなるな」

 

沈黙。

 

そして楯無は、ぽつりと呟く。

 

「……じゃあ、誰があんたを止めるの?」

 

一瞬の間。

 

「いる」

 

即答だった。

 

「誰よ」

 

「ジャネット」

 

「……は?」

 

ジャンヌ・リオネス。

 

あの少女。

 

「あいつの祝福は〈裁定者(ルーラー)〉」

 

一夏は淡々と続ける。

 

「他人の能力を強制的に無効化する」

 

「……それ、本気で言ってる?」

 

「ああ」

 

楯無は理解する。

 

(あの女……)

 

最初から。

 

全部、制御する前提で。

 

(化け物を、作ったのね)

 

背筋が冷える。

 

同時に――

 

興味が湧く。

 

「……ねえ」

 

一夏が席を立つ。

 

その瞬間。

 

「このあと、暇でしょ?」

 

呼び止める。

 

「仕事はない」

 

「なら――」

 

扇子を広げる。

 

くすりと笑う。

 

「付き合いなさいな♪」

 

それは。

 

戦場とはまるで違う、“別の戦い”の誘いだった。

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