今日の私は朝から機嫌が良い。
何故なら今日はバイトがお休み。そして昨日は給料日。今日は一日中、喫茶店に入り浸ることができるのだ。
うん。
なんか。
にやけてきた。
このままの顔で行ってもアイツは何も思わないだろうが、周りやモフモフに変な目で見られるだろう。
まだ開店前だし、もうちょっと、表情を引き締めてから……
「文々。新聞で―――っす!!」ガシャパリーン
思わずずっこけた。頭もすっぽぬけた。
背後を確認すると、窓を突き破った新聞が机に突き刺さっている。これ、何てテロ?
だけど、気を落ち着かせるのに新聞は丁度良いかもしれない。話のネタにもなるし、行く前に少し読んでおくか。
『喫茶店店主、貧乏神とまさかの熱愛!? 』
…………。
…………。
…………いやいや、待て待て。所詮あのパパラッチの書いた新聞だ。信憑性の欠片もない。デマデマ、デマだよデマ。
震える手でそーっと次のページめくると、1枚の写真が目に飛び込んできた。
少し前に世間を騒がせた貧乏神が、嬉しそうな顔でナナスケの腕に抱きついている写真ががががががああああああぁぁぁぁ!!!
――――――
真 実 を 確 認 し な け れ ば。
全力疾走の末、喫茶店前に到着。でも全然疲れてない。寧ろ内側から力が溢れてくる。今なら巫女にも勝てる気がするわ。
「「きゅー?」」
門番係の2匹のモフモフが『どうしたのー?』って目で見てくる。
お前たちの主人の罪を見極めに来たのだよ。安心してモフモフ。アイツに何かあったら、私がお前たちを養ってあげる。
2匹を軽く撫でてから、喫茶店の扉を開く。
「ちょっとナナスケ! これ本当なの!?」
「ナナスケさん? 私は少し怒ってますよ?」
「私と店長が……は、恥ずかしいわ……!」
「ナナスケー。ねつあいって何? どんな感情?」
「きゅー?」
中に入ると、開店前にも関わらず、4人の女が新聞を読む1人の男に言い寄っていた。
男の顔は新聞で隠れて見えないが、きっといつも通りの無表情に違いない。内心はどうか知らないが。
そして男は顔をあげ、予想通りのいつもの顔で口を開く。
「…………これ、何てテロ?」
あ、これ無罪っぽいな。
――――――
「きゅー…zzz」
1匹のモフモフが上で眠っているこたつを3人で囲う私と阿求、そして夜雀。 非常にピリピリした空気である。
情報源があの新聞と言うこともあり、ナナスケと貧乏神から否定の言葉が出てきたことから、新聞の内容がデマだと言うのは信じよう。
しかし。しかしである。
あの貧乏神が、アイツの腕にだっだだだ抱き付いたのは紛れもない事実。
「『私だって抱き付いたことないのに……羨ましい……!』って思ってますねお二方」
「きゅ!」
「「思ってないっ!」」
すくすくさとりを抱える阿求の言葉に、私と夜雀の声が被る。
夜雀とは顔見知り。私が良く飲みに行く屋台の女将さんでもあるが、この女はとてつもなく危険だ。
コイツからは、アイツへの明確な好意を感じる。likeじゃなくてloveの方の。
「羨ましいとか思ってないもん! 私もここでバイトしたらいろいろできるかなー!って思っただけよ!」
と言うか、目に見えてわかる規模で自爆している。あれで隠してるつもりなのだろうか。
「蛮奇さんも大概でしたよ?」
うっさい阿求。
お前は黙ってモフモフをモフモフしてろ。
阿求も阿求で危険のままだ。あの時は否定していたが、いまいち信じがたい。相も変わらず、毎日ここへ来てはすくすくと戯れているらしいし。
「注文の品だぞろくろ首。冷めないうちに食べるが良いー」
「きゅー」
頭にモフモフを乗せて、料理を運んでくるポーカーフェイスなバイト1号。
コイツもナナスケに懐いているが、夜雀とは逆でlikeの方の好意だろう。兄妹愛的な好意だから、それほど危険ではない。
で、問題のバイト2号。貧乏神は……。
「~♪」
まぁ鼻唄なんか歌っちゃって。幸せそうにバイトをこなしている。
今日見ていてわかったが、貧乏神は別ベクトルで危険だ。
恐らく、ナナスケへの好意はlikeの方なのだが、問題はその言動。
『店長さん! 不束者な私だけど、今日もよろしくおねがいします!』ギュッ
あの女、告白まがいなことや割と過度なボディタッチを無自覚でしやがる。ハグは挨拶じゃないのよ羨ましい。
私も夜雀も思わず席からガタッと立ち上がってしまうほどのスキンシップだが、当人にはやましい意志がないためキョトンとされる。非常に注意し辛い。
これが今、あの男を取り巻く現状。
でも、たぶん。あの男はみんなの好意を全て友好的なものだと思っているだろう。
なんなのコイツ。
「こちら、みっちゃんと阿求さんの料理で……どしたの ばんきさん、眉なんか潜めて。頭痛?」
マジなんなのコイツ。
なんでこんな奴に惚れたの私。
この私たちの張り詰めた空気の中を、さも当たり前のような顔で割って入ってこれるって、どんな度胸だ。どんだけ鈍いんだ。
「『でも好きなんでしょ?』って、すくすくさんが言ってます」
……。
えいっ。
「いたっ、ちょ。みかん投げないで」
無言でナナスケにミカンを投げつける。
このぐらいで済んでありがたく思え。ミカンは後でちゃんと食べるから、今は黙って当たってろこの鈍感。目に入ってしまえ。えいえいっ。
その時である。
ドカァ―――ン!
喫茶店の入口の扉が勢い良く開かれた。
勢い余って扉が吹き飛ぶほどに。
慌てふためくすくすくたち。
扉が直撃するナナスケ。
「姉 さ ん は 渡 さ な い 」
そう言って、ド派手なメリケンサックを強く握りしめて入ってきたのは、貧乏神の妹の疫病神。
さっきの私たちとは比べ物にならないほど、どす黒いオーラを背負っている。
「て、店長さーん!?」
「さぁ、行くわよ姉さん」
「えっ? どうしたの女苑……えっ? 何で無言でひっぱるのー……」
貧乏神の腕を掴んだまま、最強最悪の妹は店を出る。
私たちを含め、その場にいた客はポカーンとその光景を眺めることしかできなかった。
「きゅー!」「きゅ!」「きゅー!?」
「むきゅー!」「きゅー!」「きゅーっ!」
そんな状況下でも、扉の下敷きになったナナスケを必死に発掘しているモフモフたち。
一応、手伝おう。