麗らかな陽射しを浴びながら僕と十六夜は学院内の庭を何気なしに散歩している。
医療室で療養といってもずっと寝ているのにも飽きてきたからだ。
それに十六夜をこれ以上夜々と一緒にしておきたくないという意味合いが主な理由なのだが。
二人で何も言葉を交わしてはいないが十六夜も楽しんでくれているのは分かる。
しばらく二人で歩いていると、突然何者かが僕たち二人の背後に現れた。
「以前見た完成していない時でも美しかったけれど、やはり動いている時のほうが良いわね」
僕はともかく十六夜すらも気づけなかったらしく十六夜は僕を抱えてすぐに下がり間合いをあける。
そこにいたのは、眼帯をつけ、キセルをふかす、花魁のような姿をする妖艶な美女花柳斎硝子だった。
お付きのいろりや小紫はそこにはいない一人のようだ。
僕は花柳斎硝子はなにか危険な感じがしていたので会うことがないようにしたいと常々思っていた。
それなのに、遭遇してしまった。
どうにかしてこの場から、いや花柳斎硝子から離れなければと考えていると、花柳斎硝子は艶美な笑みを浮かべて歩みよってくる。
あまりにも美しく普通ならば魅了されそうな笑みではあるが、なぜか冷や汗が止まらない。
そして動くこともできない。
僕達まであと二歩ぐらいまで近づくと歩みを止め語りかけてきた。
「初めまして。私は花柳斎硝子。貴方のお祖父さんの知り合いよ」
僕の思考は停止した。
いきなり危険人物と考えていた人物から僕のじいちゃんと知り合いだと言うのだ、驚かないほうがおかしい。
それまではどうやって逃げようかと思っていたのに僕は無意識に硝子に問いかけていた。
「僕の祖父とはどんな関係なのですか?」
と。
隣の十六夜は警戒体制を崩してはいない。
僕の問いかけを聞いた硝子はフフと笑みを溢し、口からキセルをはなし灰をおとしながら話し始める。
「人形師としての知り合いよ。私と貴方のお祖父さんは年こそ離れてはいるけれど、ライバル関係と言っても過言ではないわ」
「あなたは僕でも名前を知っているぐらいの有名人ですが、僕の祖父はそんなに有名ではありませんよ」
「フフフ、貴方は知っているはずよ。貴方のお祖父さんは表に名前こそ出てはいないけれど、裏の世界では知る人ぞ知る私と同じ超一流の人形師だったのよ」
なにもかも見透かしたような瞳でこちらを見てくることに、底知れない恐ろしさを感じる。
「昔貴方のお祖父さんに見せてもらった貴女が歩いているのを見てついつい声をかけてしまったのよ」
硝子は視線を十六夜に移しながらそう話す。
「硝子さんは十六夜のことも知っているのですか?」
僕がそう聞いた瞬間硝子の瞳が光ったような気がした。
「ええ、少し昔の話になるけれど、貴方のお祖父さんから電話があったのよ、人間(人形)を作り出すことに成功しそうだと。私ははやる気持ちを抑えて貴方のお祖父さんの元に向かったの。その時見せてもらったのがその十六夜だったのよ」
「人間(人形)?」
「ええ、私たちの最終目標の神性機巧(マシンドール)のことよ。〈人間(神)に作られし人間(人形)〉魔術師最大の禁忌と言われる」
僕はなにも考えられなくなる。
あの優しかったじいちゃんがそんな禁忌に手を染めていたという事実に。
隣に視線を移すと、十六夜が申し訳なさそうに俯いている。
それが端的に自分が神性機巧だということを肯定していた。
「まあ、貴方のお祖父さんは完成の一歩手前にして二の足を踏んでしまい完成しなかったのだけれど、どういう訳か完成しつ貴方のパートナーとなっている。本来ならば貴方のパートナーになるのは……。まあいいわ」
硝子はそうつまらなそうに言うとキセルをふかし、煙をはく。
煙は空に上っていき儚く消えていく。
硝子は呆然とする僕と俯いている十六夜に背を向けると歩み始める。
そんななか去り際にこちらを向くことはなかったが、歩みをとめ呟くよう言葉を残す。
「あと一つ。貴方の軽率な行動のせいで貴女のパートナーの十六夜は神性機巧(マシンドール)と広く疑われているわ。だからこれから十六夜は表の世界だけでなく、裏の世界からも狙われるようになる。十分気を付けることね」
そう話終えると、花柳斎硝子はしゃなりしゃなりと優雅に歩き出し姿が消えていった。
僕は消えていく花柳斎硝子の後ろ姿を見つめながらも、頭が働かなくなっていた。
尊敬していたじいちゃんが魔術師の禁忌にあたる神性機巧(マシンドール)を作成していたこと。
そして、その神性機巧(マシンドール)が十六夜であったということ。
僕のこれまでの軽率な行動で十六夜が神性機巧(マシンドール)だと表の世界でも、裏の世界でも知れ渡り狙われているということ。
驚きの事実がいっきに伝えられ、ショックが重なったこともあるが、それに加えて僕の拙い頭では情報を処理しきれなくなっていたのだ。
花柳斎硝子により伝えられた事実に呆然としている内に、夕日は傾き、夜の暗闇が世界を侵食し始めていた。
「あの零夜、ごめんなさい私が…神性機巧(マシンドール)だということを隠していて…」
意を決したように十六夜は僕に声をかけてきた。
瞳には不安が滲み出している。
「それは、気にしていないよ。十六夜は十六夜。僕の大切な家族なんだから。それにじいちゃんのことも、僕が知っているのはあの優しかったじいちゃんだけだし。誰にも言えない過去はあるもんね。それより僕の軽率な行動で十六夜が神性機巧だと知らせてしまった自分のことが一番許せないんだ。大事な十六夜を傷つけてしまいそうで」
僕は十六夜にそう告げる。
十六夜は目を涙で潤ませながら、
「ありがとうございます。私はどんなことがあろうと私の命をかけることになっても零夜を護ります」
十六夜の強い意志が伝わってくる。
『命をかけても』という下りには少なからず違和感や不安感を覚えたが、十六夜の思いに水を指したくなかったので、なにも言うことはしなかった。
月も雲に隠れ、外灯もなく夜の暗闇に満たされた中、二人で手を繋ぎ歩きだす。
先が見えない未来のようでもあるが、どんな困難が未来に待ち受けていようと決して十六夜を放さないように強く握りしめて。