夕日に照らされたオレンジ色から、夜の闇が辺りを支配する少し前、黄昏時という時間に差し掛かっていた。
未だに病室には僕以外誰も戻ってきてはいない。
(十六夜と雷真遅いな…何かあったんじゃ)
心配性と辺りが暗くなってきたことから悪い想像ばかりが頭を駆け巡る。
しばらくすると、静かに病室の扉が開かれる音と、続いて
「…零夜…」
という、鈴の音のように美しい声が。
ただし、いつものように凛とし、優しさを含んだものでなく、か細く弱々しく、今にも消え入りそうな声である。
十六夜が帰ってきたことにより嫌な想像が払拭されたので、声には不安を覚えるが、笑顔で出迎えることとする。
「お帰りいざよ……いっっ!!!」
僕の笑顔が凍りつくのが自分でも感じとる。
それと同時に背中を止めどなく嫌な汗が流れる。
扉の前に立つ十六夜の姿がその理由だ。
泣き張らしたのか赤く充血する瞳、涙の跡が残り、ほんのりと朱に染まる頬、うつむきローブを握りしめる手は微かに震え、若干身に纏うローブが乱れているような気がしないでもない。
瞳からは未だに美しい雫がこぼれ床を打っている。
僕は十六夜のその様子を見てからよからぬ想像が頭を駆け巡る。
―――以下零夜の妄想につきキャラがおもいっきり変わっています―――
鬱蒼と茂る森の中を走る二人。
その内の一人が急に立ち止まる。
「どうしたのですか雷真さん?」
急に走っていた雷真が思い詰めた表情で立ち止まったために心配して声をかける十六夜。
「悪い。ただこのままでは夜々は帰ってくることはない」
雷真の呟きに息をのむ十六夜。
再び絶望が襲ってくるのを必死に抑え込み雷真に問いかける。
「な、なぜですか」
「それは俺が下手だからだ」
雷真の口から出た言葉はシャルが言った夜々が自分から去っていった理由であった。
「えっそれはどういうことですか?」
無垢な十六夜には分からない。
それを知ってか知らずか雷真ははぐらかしながら続ける。
「逆に言えば俺が上手くなれば夜々はきっと帰ってくる」
疑問に対する答えではないが、十六夜が一番求めている答えの為に十六夜は希望を見つけたように喜んで雷真に詰め寄った。
「で、上手くなるためには十六夜お前の力を貸して欲しいんだ」
「何でも言ってください。私にできることなら何でもします」
十六夜の答えに雷真は口許を歪める。
雷真に引き出された答えだということにも気づかずに笑顔で期待に満ちた瞳で雷真を見つめる十六夜。
「してほしいことは一つ。俺に身を任せて欲しい」
「えっ」
歩み寄りながらそう言う雷真の真意に遂に十六夜は気づく。
「だ、ダメです。それはお姉さまを裏切ることに…それに、私には…零夜が…」
「お前のせいで夜々は帰ってこなくなるぞ」
冷酷な一言は十六夜の思考能力を奪う。
普通に考えれば筋が通らない論であるのに、冷静に考えられない十六夜は呆然として何も言葉を発せない。
「お前はじっとしているだけでいい。それで夜々は戻ってくる。お前の、十六夜のお陰で」
「……」
十六夜は唇を噛みながら否定も肯定もしない。
雷真の手が十六夜のローブにかかる
(ごめんなさい。零夜…)
十六夜は涙を流しながら目を閉じた―――
なんてことがあったんでは!!
僕はベッドの上で身悶えする。
「いや、十六夜に限ってそんなことは……いや十六夜は純粋で、押しに弱そうだし……でもでもでも」
そして気づく一番いい案に。
「そうだ『ザキ』を覚えよう!」
どす黒い感情から生まれるとんでもない考え。
その考えが頭の中を渦巻いているときだった、いきなり胸に訪れた衝撃により、現実というか、冷静な状態に戻された。
衝撃が訪れた場所を見ると、十六夜がいた。
涙をポロポロ流しながら僕の胸で泣いている。
「お姉さまが…お姉さまが…」
泣きながら呟く『お姉さま』という言葉に邪推は吹き飛び夜々に何か悪いことがあったのだと理解した。
しばらく胸を貸し、思う存分泣かせてあげた。
僕が祖父が亡くなり泣いたあの時にずっと十六夜が寄り添っていてくれたように。
涙が枯れるほどに泣いた後に少し落ち着いたのか、ポツリポツリと僕達と別れ雷真と共に夜々を探していた時のことを話してくれた。
十六夜の話によると、もはやこの事件は、僕達と敵方と夜々だけの話ではなくなっているらしく、世界全てに戦乱をもたらしかねないほどにまで発展しているということ。
夜々を作り上げ、雷真の主である花柳斎硝子が上記の状況を鑑みて夜々を放棄することを決めたということを。
その話を聞いたことでようやく十六夜が泣き張らしていた理由が明確になった。
気休めではないが十六夜を慰めるためにも僕は語りかけるように話しかける。
「大丈夫。そんな絶望的な状況ではあろうとあの雷真が諦めるはずはないよ。きっと起死回生の一手を思い付くはずさ。その時に万全に手を貸せるように今は鋭気を養っておかなくちゃね」
「はい」
僕の言葉に目を潤ませながらも笑顔で答える。
(もう少し時間が必要かな)
僕はそう判断する。
僕は立ち上がり外に出ようとする。
「どうしたのですか?」
「ちょっとトイレに」
僕が病室から外に出て、医学部の廊下を歩きながら考える。
果たして相手の欲しているのは本当に夜々なのかと。
確かに夜々は特別な自動人形ではあるが、敵方には他に隠された目的があるように思えて仕方がなかった。
まあ、憶測というか勘でしかないのでこれ以上考えても仕方がないのだが。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、窓からとんでもない光景が目に飛び込んできた。
白く染まった極寒の地で銀髪で青い着物を着たいろりが、舞いでも舞うかのように優雅にシンと戦闘を行っていたのだ。
白く染まった空間と、辺りに散らばる氷塊からいろりが氷結系の魔術を使うことが分かる。
僕も氷結系はヒャド系で使えるが、比較をすることが憚られるほど桁違いの威力を誇っている。
以前と同様にシンは高速で宙を舞っている。
そんな時だった。
「囚獄(ひとよ)ごろし――霜曇(しもくぐ)り」
雷真の魔力を受けたいろりが魔術を放つ。
宙を舞っていたシンが巨大な氷塊となり凍りついていた。
圧倒的な力でシンを完封したかと思っていると、シンが捕らえられている氷塊にヒビが入り、くだけ散る。
ただ凍りついていた腕は皮が破れ、鮮血を撒き散らしている。
辺りに散らばる氷塊はシンの鮮血を浴び朱に染まる。
シンは後方に飛び退き、宙に逃れると、霧が発生したかのように姿が薄れると、そのまま姿を消した。
いろりが想像を絶する戦闘力を有しているのはよく分かったが、何かシンには違和感を感じさせる戦いであった。