いろりの体から冷気が迸る。
目の前の情景が一変する。
真っ白に染まる世界、草、木々全てが凍りつく。
吐き出す息が白くなり、大気中の水分が凍りついたのだろう、キラキラと輝くダイヤモンドダストが起こる。
この世の物とは思えない幻想的な光景だ。
その世界の中心には、白い世界に映える銀色の美しく輝く銀髪を靡かせ、整った美貌を持ち、青い着物を着る、いろりが袖を靡かせながら立つ。
まるで雪女のようだ。
雪女も絶世の美女であり、魅了されたものを凍死させるという。
僕もすでに、幻想的で美しい世界といろりに魅了されていた。
いろりが静かに袖を振る。
するといろりを護るように巨大な氷柱が瞬時に四方に出来上がる。
まるでパルテノン神殿の柱のような。
そして、尖った鎗のような氷の刃が空から絶え間なく降り注ぐ。
しかし、コントロールされているらしく、僕や、その場の支配者であるいろりにはかすることさえない。
圧倒的な光景である。
氷柱一つ一つにしても、密度が高く、硬質で、それだけでなく、芸術的である。
たぶん僕がこのまま成長し、『マヒャド』を修得したとしても、ここまでの光景を再現することはできないだろう。
「どうですか零夜殿。私は魔術回路〈氷面鏡(ひもかがみ)〉を使っているので、説明はしづらいのですが、何か分かりましたか?」
何も言葉を発することができず、呆然と立ち尽くし、見いっている僕にいろりが問いかけてくる。
「…………」
「零夜殿?」
「ああ、ごめん。あまりにも凄すぎて、言葉を失っちゃったよ。感動しました!」
僕はいろりの両手を握り、真正面から見つめ、熱く語っていた。
「そ、そうですか。ありがとうございます」
いろりも心なしか少し頬を赤らめている。
自分の作り出した世界の中でも、霜焼けのようなことが起こるのかな?と思っていると、いろりはにこりと笑い、
「では零夜さんの魔術を見せてもらえませんか?」
「いろりさんの後だとあまりにもちんけで恥ずかしいな…」
「気にせずどうぞ。あ、でもまずこの場を元に戻さないといけませんね」
いろりはそう言うと、舞を舞うように再び袖を振る。
ピシピシと氷柱にひびが入り、全ての氷柱が砕け、欠片が宙を舞う。
日光に照らされた、氷の欠片がキラキラと輝き散り際の刹那の美しさを作り出す。
ここに来てから何度魅了されたことだろう。
しかし、このまま魅了されたままでは僕は成長できないと覚悟を決める。
「うん。じゃあ成功するヒャダルコから」
僕が手を向け呪文を唱える。
手をかざした約直径10メートル前後の範囲の気温が急激に下がりだし、直後、尖った氷柱がつき出した。
いろりの氷柱とは密度も、美しさも段違いではあるが、いろりは頷くと
「良いと思います。ではまだ未完成のほうをお願いします」
と認めてくれ、次を促す。
「では、ヒャダイン」
僕が呪文を唱えるが、呪文が成功する兆しすらない。
また失敗か…と残念に思っていると、いろりが「そういうことですか…」と小さく呟き、こちらに歩いてくる。
まさか、たったこれだけで分かったのだろうか!と驚きと嬉しさが心の中に沸いてくる。
「だいたい問題点が分かりました」
「教えてください!」
「落ち着いてください。お教えしますから」
興奮して詰め寄ってしまった僕をいろりが納める。
「ご、ごめん」
僕は謝罪し、一歩下がる。
「ではまずお聞きしたいのですが、今回零夜さんが行使した魔術は広範囲の物だと思うのですが、どうですか?」
「そうです。よく分かりましたね。今回のヒャダインはヒャダルコよりも広範囲の物になります」
そういろりが言った通りに、『ヒャダルコ』は纏まった敵を攻撃するグループ攻撃呪文、『ヒャダイン』はバラけていても全ての敵を攻撃する全体攻撃呪文である。
さすがいろりだと感心していると、
「やはりそうでしたか。問題点なんですが、まず成功した魔術は、小さい範囲なので、均一に魔力が場に行き渡っているのですが、成功していない魔術は、効果範囲に魔力が均一に行き渡っていないのです」
僕は、目から鱗が落ちる気持ちであり、すっかり憑き物が取れたようにスッキリした気分になった。
僕は、『イオラ』であったり『ライデイン』であったり全体攻撃呪文を使っていた。
しかし、『イオラ』は凝縮させた魔力を爆発させ、その爆発に巻き込んで攻撃する呪文であり、『ライデイン』は作り出した雷が全ての敵を捕捉して、秒速150キロで襲いかかる呪文である。
『ヒャダイン』のように、広範囲を魔力で覆う必要はなく、一転集中の呪文であったのだ。
したがって、いろりの指摘は的を射ていたのだ。
「そういうことだったんですか」
客観的に見てくれて始めて分かる問題点。
「もう一回見ててください」
「はい」
魔力を集中して練り込み、場に均一に放つことを意識する。
「ヒャダイン」
僕が呪文を唱えると、一帯の気温が下がり、霜が降りたように白くなり、筍台の氷柱がそこら中にせり出してくる。
まだまだ攻撃呪文と言える程の物ではないが、発動したのだ。
線香花火程の火の玉しか出来なかった『メラ』でさえ、今では『メラミ』にまで進化しているのだ。
練習すれば絶対に成功すると実感できた。
嬉しさにうち震えていると、笑顔をたたえたいろりがやって来る。
「成功しましたね」
「うん。いろりのおかげだよ。本当にありがとうございました」
頭を90度傾け、深々と頭を下げ感謝を表す。
「いえ、私もお役に立てて嬉しいです。ではそろそろ日も暮れてきたので帰りましょうか」
にこりと笑い、オレンジ色の夕暮れに照らされたいろりの顔は本当に美しかった。
呪文は糸口を見つけ出すことができたし、色々良いものを見させてもらった。
本当にいい日だったと思いながら、僕といろりは『ルーラ』で学院に帰還した。
「今日は本当にありがとうございました。できたらまた付き合って貰えたらありがたいのですが…」
厚かましいお願いなので、聞き入れてもらえないかなと思いながらも、聞いてみる。
「いいですよ」
予期していなかった嬉しい答え。
「ありがとう、いろり先生!」
僕は嬉しくなり、またもやいろりに抱きついてしまった。
「れれれれ、零夜殿!!」
柔らかい感触と、人肌の温かさ、甘くてとても良い匂い、極楽かと思っていると、背後から言葉にすることも出来ないほどのおぞましい気配が…。
ギギギとオイルがきれたように固くなった首をなんとか回し、後ろを振り向くと、
今日は夜々と外出していたはずの、最愛の十六夜が。
すっかり夜のとばりが落ち、暗くなった周りの闇より黒く色を無くした瞳で薄ら笑いを浮かべている。とんでもなく不気味だ。
「フフフフ、お姉さまのお姉さまとこのような時間に何をしていらっしゃるのでしょう。私が帰っても来ても、なかなか帰ってこなくて、私がどれだけ心配したか。それなのに、今零夜逢い引きをして、はては熱い抱擁を交わしているという…」
「いや、ち、違うんだ。誤解だ十六夜」
後退りをする僕と、一歩前に出る十六夜。
その手には周りの闇をもより濃く塗り潰すような黒い光を湛える『刻死大鎌』が。
ヤバいこのままでは本格的にヤバい。
夜々に影響され、少しヤバくなってきた十六夜。
緊急待避だ。
「ルー」
「逃がしません!」
いきなり眼前に現れる十六夜。
『ルーラ』を唱える時間すらなく、目の前が真っ暗になった。
僕が目を覚ましたのは部屋の中で、それから朝まで、目を潤ませた十六夜に説教というか怨み言を言い続けられた。