円上の高い壁に囲まれた舞台、床にはどす黒い染み、亀裂が入ったり、爪痕のような物が刻まれた部分さえある。
壁の上に陣取る観衆からは、地鳴りのような歓声が広い地下空間にこだまする。
「死ねゴラー!!」
「殺せ、殺せ!!」
「〇られろー!!」
四方八方から浴びせられる声は……歓声ではなかった……罵声である。
そして円上の舞台に立つのは僕と、隣に十六夜、そして、目の前に立つ黒いオーバーコートを見にまとい、黒いマフラーを巻き、口許を隠した黒ずくめの男と、タキシードを着こんだ紳士である。
「共に混沌を奏でようぞ!」
目の前の男がポーズを決めて、ビシッと指を指してくる。
かなり重度な状態である。
そんなカオスな状態の中で、僕はもう現実逃避をしたい気分である。
なぜこのような現実離れしたカオスな状況に立たされているのか…それは約4時間程前のことになる。
◇◆◇◆◇◆
講義を終えた昼下がり、僕と十六夜は話ながら寮の自室に向かっていた。
「今日はもう終わりだ。どうしよう十六夜」
「しばらく忙しかったので自室でゆっくりするのもいいのではないですか…私がマッサージをしてあげます…」
顔を赤くして、モジモジしながら提案してくる。
十六夜のマッサージ……いかん思春期特有の煩悩に潰される所だった。
僕は頭を振り煩悩を振り払っていると。
「あらこんな所にいたのね。この後暇?」
美しい金髪を靡かせたシャルとシグムントが現れる。
「うん。この後の予定は何もないよ」
「零夜…ゆっくり休むのではないのですか…」
十六夜がジトーッとした視線を向けてくる。
ごめん十六夜。と心の中で謝罪していると、僕の答えに気分を良くしたのか、シャルが満面の笑みを浮かべて、
「じゃ、じゃあこの後付き合いなさい」
僕に詰めより告げてくる。
勢いに押されて少し後退りする。
「急にこんなことを言ってすまない。どうか付き合ってやって欲しい。昨日から今日どのように零夜を誘おうかを考えて、赤くなったり、悶えたりしていたぐらいだ」
「ちょっと、し、シグムント!貴方の昼食を卵の殻にするわよ」
いつもの漫才を始めた二人を見て、和んでいると、
「シャルさん……お姉さまが言っていた通り危険人物です」
と何か呟いていた。
「で、何をするの?」
収集がつかなくなってきたので、話を進めるために聞いてみる。
「あ、そうだった、それを行ってなかったわね。何でも町にある酒場に色々な情報が集まる所があるらしいの。そこに付き合って欲しいの。…すこーし雰囲気が怪しいみたいで」
「………」
確実にヤバい雰囲気が漂っている。
命に関わるぞと僕の何かが警鐘をならしながら警告してくる。
「真に申し訳ないのですが、おこと―――」
「行·く·わ·よ·ね」
僕の言葉を遮ってアイアンクローが決まり、恫喝するように底冷えのする低い声色で囁いてくる。
遅かれ早かれ死ぬならば……
「はい…お供させていただきます」
「決まりね。準備もあると思うから、10分後に中庭に集合ね」
シャルは晴れ渡るような笑顔でそう言うと、嬉しそうに去っていった。
「死なないようにするためにも、しっかり準備しようか……」
「安心してください。私が零夜を守ります」
「ありがとう十六夜」
『死』の気配を色濃く感じた時に、とても安心感のある言葉をかけてもらえて、本当に嬉しく涙ぐんでいた。
その後、準備を整える。
身元が知れないように、制服は脱ぎ、私服に着替え黒いマントを身に着け、『烏アゲハ』を帯刀し、そして仮面を用意する。
十六夜も同様に、黒いローブを身に纏い、仮面を用意する。
十六夜の『刻死大鎌』は巨大で、目に留まり易いので置いていく。
シャルとシグムント用の物も用意して、待ち合わせの場に向かう。
たぶん十六夜がいなかったら遺言書も書いていたかもしれない。
暗い気持ちで悶々としながら待ち合わせの場につくと、すでにシャルは到着しており、
「遅いわよ。一分の遅刻よ。まったく女の子を待たせるなんて」
とツンツンした物言いではあるが、安心したような表情である。
「フフフ、零夜が来ないのではないかと心配していたのだよ」
パサパサと羽音を立てて近づいてきたシグムントが、シャルには聞こえないように小声で言ってくる。
さすがシグムント、僕の思っていたことに気づいたらしい。
「じゃあまずは町に出ようルーラ」
「はい着いたよ」
現れたのはいつかと同じ人目がない、路地裏。
「じゃあこれを着てくれる」
僕が二人分の服を取り出すが、
「もう分かっているわよ。制服じゃないし、目立たない格好をしてるわよ」
先程は気づかなかったが、シャルもその美貌とは正反対の地味な格好をしていた。
「本当だ。大丈夫だね。後は酒場に入る前にこの仮面を着けてね」
「ありがと」
シャルに仮面を渡す。
これもいつぞやと同じものである。
「じゃあ行くから着いてきてね」
シャルが歩いて行くのに後ろから着いていく。
シャルの背中にも緊張の色が現れていた。
それからいり組んだ路地裏を迷うことなくシャルは歩いていく。
方向オンチの僕だったら、もう今頃遭難しているだろうな、と暢気に考えながらついていくと、
「ここよ」
固く緊張した声でシャルが呟く。
シャルが指差した場は、とても酒場には見えない殺風景な所だった。
僕は黙って頷くと仮面をつける。
シャルと十六夜も着けたようだ。
何か嫌な予感がする所で、入りたくはないのだが、女性のシャルや十六夜に先に行ってもらうのはさすがにできないので、気丈に振舞い入っていく。
入った瞬間注がれる熱い視線の数々。
そしてとんでもないプレッシャー、重力がここだけ違うんじゃないかと、冗談なく思えてくる。
できることなら土下座してでも退出したい場である。
なんとか勇気を振り絞り、カウンターに進む。
「零夜。足と腕が同時に出ています」
横に並んだ十六夜の言葉に癒される。
「あ、ありがと」
からからになった喉で何とか声を出してお礼を言う。
そしてなんとかカウンターの席につくことができた。
「お客さん。なんのようで?」
いきなり聞くのはまずいなと思ったので、聞こうとしたシャルを制して注文をする。
「ミルク二本」
「……あいよ……」気まずい沈黙の後二本のミルクが出される。
ミルクがあって良かったと思った時だった。
「ねえお嬢ちゃん。一緒に遊ばない」
シャルにとんでもなくチャラそうな男が声をかけている。
「そんな仮面とってさ美しい顔を見せてくれない」
男が仮面に手をかける、当のシャルは緊張により動けないようだ。
学院では〈暴虐竜〉と恐れられているシャルであるが、実際はか弱い女の子である。
「やめてください」
僕は再度勇気を振り絞り男の手を握る。
「ンダア。コラー。汚ねえ手で触るんじゃねえ」
男は鬼の形相で僕の胸ぐらを掴むと、腕を振りかぶり殴りかかってくる。
やられると思った時だった。
「零夜。こういうやからの対処の仕方を教えます」
十六夜の声が聞こえたと思っていると、隣に来ていた十六夜の拳が男の顎を打ち抜いた。
グシャッという何かが潰れる音と共に男は白眼をむいて倒れていた。
「だいたいの人間は顎を打てば、脳が揺らされ戦闘不能になりますよ」
笑顔で続ける十六夜。
男らしく見えた。
ただピクリとも動かない男を見てまずいな、逃げた方がいいんじゃないか。と考えていると、
「先生!」
のびてる男の元に何人かの黒ずくめの男たちがやって来て揺すっている。
ますますまずいことにと戸惑っていると案の定、
「貴様ら先生を!!」
起きない男を寝かしたまま、僕たちを囲む男たち。
「てめえら、やめんかい」
一触即発の所で店内にとんでもなく威圧感があり、誰もが立ち尽くすほどのどすがきいた声が響き渡った。
とんでもなく区切れが悪くなりました。
お許しください。