静かな図書館に、ひたすら走り続け文字を刻むペンの音が響き渡る。
静かに読書を楽しむ学生や、自習に勤しむ学生には悪いとは思いながらも、ペンを止めることはない、いや止まらない。
本の山に囲まれながらペンを走らせ続ける。
たった一日でなぜここまで変わったのか、それはドラクエの呪文を使用して基礎ステータス(知力とスピード)を底上げ、つまりドーピングしているからだ。
知力の上がる『インテ』の二回がけ、文字を刻むスピードを上げるため『ピオリム』の四回がけ、それらをすることにより、やっとレポートと真っ向から、ガチでやりあえるようになったのだった。
隣には静かに、そして温かく見守ってくれている十六夜。
回りからは迷惑だと言わんばかりの視線。
なんとかその視線に耐えながら、今日の分のレポートをやりとげた。
「ウ~、ア~」
「だ、大丈夫ですか零夜…」
ほぼ生きた屍のようにフラフラ歩く僕。
ほぼ無意識で歩いているような感じである。
なんらかの気配を感じ横を見ると、今の僕と同じようにフラフラと何かに操られるように歩く自動人形の行列が。
腐った死体?いやパペットマンの群れか!
「うっ…呼んでる?」
呆気に取られていると、痛みに耐える声が。
十六夜が膝をつき、胸を押さえて苦しんでいる。
「どうしたの十六夜!」
「少し…違和感が…」
僕はしばらく十六夜の背をさすっていると、治まったらしく、少しぎこちない笑顔で
「ありがとうございました。もう大丈夫です」
と答える。
心配にはなるが、十六夜はスッと何事もなかったかのように立ち上がり歩き出すので、それ以上聞くことはできなかった。
違和感を残したままその日は寮に帰り、つかの間の休息を得た。
翌日も朝から図書館につめていた。
その日は、月曜日だったのだが、自動人形エクスポが開幕するということで、ほとんどの講義が休校になっていた。
最新の技術を見られるために、勉強になると、教授たちも公認していたための措置である。
この機会は逃すわけにはいかない。
僕は図書館で珍しい人物に出会っていた。
「おはよう雷真。図書館にいるなんて珍しいね」
「おはようございます。お姉様、雷真さん」
「十六夜に零夜さんおはようございます」
いつものように元気な夜々は笑顔で答える。
しかし、一方の雷真は
「零夜と十六夜かおはよう。ああ少し面倒ごとがあってな…」
少し雷真は言葉を濁して、話しづらそうにしているので、僕はそれ以上聞くのは止めておいた。
ただ雷真が読んでいた本がチラリと見えた。
『魔術回路オーバーフロー論――デバイス的見地からの魔術回路、その限界』
「…………」
呆気に取られた。
いつの間にか雷真の学力が桁違いに上がっていたのか…と少しショックを受けていると、
「これか、少し興味があって借りたんだが、意味がサッパリ分からん」
苦笑いしながら話す雷真に、いつもの雷真だと安堵する僕であった。
学力が低い仲間はいればいるほど安心する。まあ手袋持ちがそれではいけないのだが。
「今から野暮用があるんだ。またな零夜」
「さようなら、十六夜、零夜さん」
雷真と夜々は颯爽と去っていった。
それから昨日と同じように呪文でステータスを底上げして、悪戦苦闘の末レポートを作り上げた。
終わった時には基礎学力もかなり上がっていたので、キンバリー教授には感謝しなくてはならない。
なんか手のひらの上で転がされている気しかしないが。
僕は軽い足取りで、キンバリー教授の研究室に、レポートを提出すべく図書館をあとにした。
「やりましたね零夜」
「うん、これで明日は自動人形エクスポに行けるね」
「はい」
咲き誇る花のように満面の笑顔を輝かせた十六夜を見て、僕も嬉しくなっていた。
明日のことを話ながら、キンバリー教授の研究室に向かっていた時だった。
メインストリートでなにか騒がしくしている者たちが、周囲の学生たちもどよめいているので、近づいて見てみると、雷真が裸の美少女を見下ろしていた。
またもや僕のストライクゾーン。
エメラルド色の髪、あどけなく幼いながらもかわいらしい容貌、艶やかな肌、そして…なだらかな胸部、そして桜色の――
「見ちゃダメです!」
十六夜の声と共に、視界が突然塞がれた。
あと少しで脳内メモリーに記憶できたのにと悔しがっていると、
「夜々だって脱ぎますー!」
という声と共に更に学生達の騒ぎが大きくなる。
中には悲鳴まで聞こえる、見たい、とんでもなく見たい!
そう思っていると、視界が晴れ、十六夜が
「お姉様、さすがにやりすぎです」
と言い、夜々のストリップを止めにかかる。
「十六夜止めないでください」
「いいえ、ダメです!こんな公衆の面前で」
十六夜と夜々が言い争う間にも、夜々の服が脱げていく。
幼い美少女と夜々の生まれたばかりの姿。
なんという眼福の光景、夢のようだ。
周囲の更なる喧騒も物ともせず、いけないと思いながらも、欲望には勝てず、必死に鮮明に、寸分の欠落もないように冒険の書に記録していると、
「こんなとこにいたのね零夜、いったい何してるの?」
振り向くとシャルが、そして、僕が必死に冒険の書に記録していた光景をシャルが覗き込む。
「!!」
光景を目の当たりにして凍り付くシャル、殺意の波動を感じ取った僕は、死にたくないという一心で『忍び足』を駆使して逃げようとする。
しかし、回り込まれた。
肩にかけられる手には得たいの知れない力強さが。
確実に僕の力を遥かに凌駕している…
「へぇー…ふうん…あの変態は平気でこんなことして、こっちの変態は喜んでこの光景を見ているのね」
ハイライトの消えた瞳でボソボソと呟くシャルの声は絶対零度の冷たさが、そして美しい容貌が奏でる笑みにも、同様の冷たさが。
や、ヤバい、死ぬかもしれない…いや死ぬだろう…
「シグムントなんとか取りなして」
頼れるのはシグムントだけと、シグムントに声をかけるが、シグムントは困ったような顔をして、首を横に振るだけであった。
諦めるしかなかった。
「二人とも塵にするわ!」
「えっなんで俺まで」
「いや巻き込まれたのは僕の方だよ!」
「ラスターカノン!」
爆音と僕と雷真の断末魔が学院内に響き渡った。
「ひ、ひどい目にあった…ベホイミ」
爆発で吹き飛び身体中が傷だらけになったので、回復しながら、再びキンバリー教授の研究室に向かう。
雷真と関わるたびに傷が増えていく、少し付き合いを考えないと。
先程と違い十六夜の機嫌は悪くなっていた。
何を喋りかけても一言も発せず、頬を膨らませて、顔を背けている。
気まずい雰囲気の中、教授の研究室がある、研究棟につく。
昨日とは別の緊張感をヒシヒシと背に受け、キンバリー教授の研究室にたどり着く。
扉をノックすると、アンリが笑顔で出迎えてくれる。
つかの間の癒しを味わった僕が、教授にレポートを提出すると、
「ほう早いな。どうだためになっただろう」
笑みを浮かべる教授、優しさを含んだ笑みであったが、その笑みが悪魔の笑みに変わる。
これは何かあると背筋に戦慄が走る。
キンバリー教授は天敵のようだ。
「ここまでの道中でまた騒動に巻き込まれたようだな。本当に困ったものだ」
その通りなので何も言えない。
「まあいい。明日は自動人形エクスポを存分に楽しんでこい」
と再び、優しげな感じで言ってくれる、食えないひとである。
「ありがとうございました」
僕は頭を下げ研究室をあとにした。
「十六夜機嫌直してよ。謝るから。十六夜と仲良くできないのが、僕にとって一番辛いことなんだから」
必死に頭を下げる。
さすがに、あの桃色の冒険の書は消せないが。
「今回だけですよ。次はないですから」
十六夜は振り向くことはなかったが、なんとかなったようだ。
明日の自動人形エクスポが楽しみだなと思いながらも、僕と十六夜は帰途についた。