僕は自分の耳を疑った。
目の前に老人型の自動人形が立っていて、動いていることももちろん驚くべきことではあるのだが、それ以上に信じられないことがあった。
それは、老人型の自動人形の声が今は亡きじいちゃんの声と瓜二つというか、まったく同じだったからである。
確かにじいちゃんが亡くなり時間は経っているが、聞き間違えることはない。
だからこそ、狐に耳をつままれたような状況なのである。
「なにを呆けておる零夜よ。まさかわしのことを忘れてしまったのか。じいちゃんは悲しいぞ」
泣き真似をするじいちゃんもとい、老人型自動人形。
「でもじいちゃんは亡くなったし、自動人形だし、顔も違うし……」
僕は体を起こしまじまじと見てみるが、やはりじいちゃんとは似ても似つかない。
ショックが強すぎて、頭がどうかなってしまったのかも知れない。いや、霊感に目覚めたのかも。
「零夜よ戻ってこい。信じられないのはしょうがないのお。今から説明するからしっかり聞いておるのじゃぞ」
「はい」
しまった、じいちゃんの声だったのでついつい返事をしてしまった。
目の前の老人型自動人形は僕が返事をするのを見て、嬉しそうに微笑むとゆっくりと口を開いた。
「まずは信じられないとは思うが、わしは零夜お前のじいちゃんだ。確かにわしは遺書も書き残したし、あとは寿命を迎えるだけだった。しかしな、わしは零夜のことが心配で、心配で、死んでも死にきれなかったのじゃ。だからと言って、寿命を延ばすことはできない。で考えついたことは、自分を自動人形とすることで、行き長らえることじゃった。苦渋の決断ではあったが、可愛い孫のため決意したんじゃ。だが、問題もあっての、わしがわしを自動人形にすることなどできはしない。そこで、わしと同等の人形師であり、年は離れているが友である花柳斎硝子に頼んで、わしの脳や体を使い、禁忌人形として新たな生を与えてもらったのじゃ」
老人型自動人形もとい、じいちゃんは淡々と語る。
一概には信じられなかったが、喋る姿に嘘は感じられなかった。
それに、話す姿は生前のじいちゃんそのものだった。
僕のために、自分を人形にまでしてくれたなんて……
空虚になっていた心が、何か温かいもので満たされていく気が。
「じゃがの。そこまでお膳立てをし、お前の目にとまる所にわしはいたのに、お前はわしを無視しおって、あまつさえ、封印しておいた神性機巧を引っ張り出して完成させおって。嬉しいような悲しいような複雑な気分じゃったぞ」
祖父不幸者で申し訳ないです……
そこまで話すとじいちゃんは一端話を区切り、話すのを止め、生前と同じ優しい眼差しで僕を見つめていた。
「じ、じいちゃん!」
僕は自然とじいちゃんの胸に飛び込み涙を流した。
十六夜がいなくなったことの悲しみの涙、それとは対照的な、じいちゃんと姿は違うとはいえ、また再開できたことへの喜びの涙だ。
「で、零夜はこれからどうしたいのだ?」
しばらく泣き、落ち着いた後に、じいちゃんは真面目な口調で、僕に問いかけてきた。
その眼差しは、じいちゃんが自動人形を作っていた時の、真剣なものだった。
先程までは、何もない僕は、このまま死んでもいいとさえ思っていた。
しかし、じいちゃんが現れたことにより、気持ちも楽になり、勇気が沸いてきた。
僕も覚悟を決め、じいちゃんをしっかりと見据えて答える。
「十六夜を取り戻したい!」
自分の迷いない本心。
「死ぬことになるかもしれんぞ」
「かまわない。もうさっき命を捨てる覚悟はしたし、無駄に死ぬよりはよっぽどましだから」
僕はじいちゃんから目を反らすことなく、答えた。
しばらく腕組みをし、目を閉じ考えていたじいちゃんだが、徐に目を開け、深いため息をつき、苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「まあ、予想通りの答えじゃな。お前の気持ちは分かった、だが―――」
じいちゃんの目付きが再び厳しくなる。
「お前は弱すぎる。先程の一連のやり取りは見せてもらったが多分、十六夜に全てを任せて、お前は遠くで見ているだけだったんじゃろ」
「……仰る通りです……」
さすがじいちゃん。全てお見通しだった。
「やはりな。これからお前は、接近戦をこなさなくてはならない。わしは戦いはできないからな。そして、十六夜を連れていった者は今のお前では逆立ちをしても勝つことはできん」
じいちゃんは言い切った。
僕は何も言い返すことはできず、うつむき、悔しさで拳を握り締めることしかできなかった。
力が欲しい。
「じゃが、幸いわしの魔術回路は修行にぴったりのものであり、わしの生前旧知の仲の者にお前を鍛えてくれるのにうってつけの者がいる。これから地獄のような日々になるが我慢できるか」
地獄に舞い降りた一筋の光。
カンダタが掴んだ蜘蛛の糸のような救い。
僕は迷うことなく、その希望に手を伸ばす。
「どんなに大変でも強くなれるなら耐えられる」
「分かった。ではまずはここから出て、家に戻るか」
再び柔和な表情に戻ったじいちゃんはそう言い、僕に手を差しのべてくれた。
僕もその手を掴んで立ち上がる。
外に出ると、僕の心と同様に雲は晴れ雨は止み、月が闇を照らしていた。
「じいちゃん。悪いんだけど魔力がなくて歩いて帰らないといけないんだけど」
「歩いて帰るのは当然じゃろ。その言い方からいくと、魔力があれば歩いて帰る必要はないと言うことか?」
「うん。歩く必要はなくなるんだ」
後々僕が使える呪文については全部説明するつもりだが、今は疲れから、説明は省かせてもらった。
「少しそこで待っておれ」
じいちゃんはそう言うと、闇の中に消えていった。
すぐに帰ってくることが分かっているとはいえ、一人になると言葉に表せない不安が襲ってくる。
十六夜が今までいつもそばにいて、心の支えになっていてくれたのか、痛感した。
じいちゃん遅いな……
多分ほとんど時間は経ってはいないはずなのに、そんなことを考えてしまう。
それから、少し経ち、じいちゃんは何かを持って闇の中から現れた。
よかった帰ってきて。
臆病者に拍車がかかっていた。
「これを食べてみろ。少し苦いがな」
じいちゃんに手渡された葉っぱ?のような物を口に入れて、噛んだ。
「@#℃¢¥!!」
とんでもなく苦い。
舌が痛くなるほど苦い。
あまりの苦さにのたうち回っていると、隣でじいちゃんがニヤニヤ笑っている。
なんて意地が悪いんだ。
口直しするものもなく苦しんでいると、
「魔力は回復したんじゃないか?」
じいちゃんが聞いてくる。
確かに魔力が少し回復していた。
「驚いたか。この葉はまあとんでもなく苦いが、魔力が回復する特殊な葉でな、禁忌人形になったわしもずっとお世話になっていたものじゃ。枯れることもないから、一応保管しておくといい」
じいちゃんから渡された葉っぱを、もう絶対使うことにならないようにしよう!と決意しながら、鍵を入れておいた御守りの中に入れておいた。
「ああまだ苦い。でも魔力も戻ったし、じゃあ家に帰ろう。ルーラ」
目の前の景色が歪み、次の瞬間家が目の前に現れた。
「!!」
じいちゃんは目を白黒させている。
まあ、ルーラを初めて体験した人はだいたい同じ反応だな。
「すごいのお。まさか上級魔術の転移魔術を魔術回路を必要とせずに行使するとはの。さすがわしの孫じゃ」
じいちゃんは喜んでいる。
どういうことかと聞かれなかったのは初めてだ。
「じいちゃんは聞かないの?」
「他の者は聞くかもしれんが、わしはあまり気にせんからの。じゃあ明日から行動に移すために今日はゆっくり休むように」
「おやすみなさい」
疲れが酷かったために、着替えだけして、布団に崩れ落ちるように倒れ伏し、眠りについた。