静寂に包まれた大広間に、鹿威しが規則正しく時を刻む音だけが鳴り響く。
日本人にとって鹿威しの音は癒しをもたらす音である。
ただし、それは様々な状況に影響されるものである。
今僕は鹿威しが時を刻む音をたてる度にびくびくしている状態である。
何故か?簡単なことである。
大きな机を挟んで前方に、じいちゃんに豪ちゃんと呼ばれ、他の男たちに親父と呼ばれる男がいる。
並びから言うと上座であろう。
そして、その後ろに控えめに二人の女性と少女が控えている。
そして、僕とじいちゃんを取り囲み、威圧もしくは、品定めするかのように睨み付けている、おっかないお兄さんやおじさん方が……
胃がキリキリと痛み、息をすることさえやっとである。
そんな中であるのに、隣のじいちゃんはニコニコと嬉しそうに笑みを浮かべている。
ここにいるじいちゃんは、僕がまったく知らないじいちゃんである。
「お久しぶりです。地龍先生」
前方の男が静寂を打ち破るように挨拶をした。
それと同時に大広間にいる全ての者が男に続いて頭を下げた。
その光景を見て、居たたまれない心地でどぎまぎしていると、
「本当に久しぶりじゃの豪ちゃん。で、すまんがのわしの孫が初対面でびくびくしているから少し説明していいかの?」
と助け船?をだしてくれる。
「おお、これは気づかなかった。先生は説明しなくても構いません。わしから。わしは、八頭龍組の頭、八頭龍豪三郎という。先生には、返しきれない恩を受けていてな、それから懇意にさせてもらっている」
八頭龍組の頭!!まあ座っている位置(上座)やその風格から予想はついてはいたが、その人物とじいちゃんが旧知の仲で恩を受けているということに驚きが隠せない。
僕が知っているじいちゃんは人形師としてのじいちゃんだけだからである。
「で、後ろに控えているのが、わしの妻のと娘だ」
「妻の小夜子です」
「娘の葵です」
流れるような無駄のない所作で、二人が頭を下げた。
そのあまりにも自然な動作に僕もつられて頭を下げていた。
「丁寧な挨拶いたみいる。では次はわしじゃな。わしは蔕極夜。一般的には地龍で通っているからそちらで呼んでくれた方がありがたい。豪ちゃんとは色々とあって懇意にさせてもらっている。そして、隣にいるのがわしの孫じゃ」
「へ、蔕零夜です。よ、よろしくお願いします」
自分で考えてみると、何がよろしくなのか分からないが、緊張からかよくいいなれた言葉を選択し、深々と頭を下げた。
お互いに自己紹介が終わり、じいちゃんと豪三郎さんは和気藹々と和やかな感じで話を始めた。
僕は隣で気配を消している。
もう限界だ!と音をあげそうになった時だった。
「零夜よ。わしは豪ちゃんともう少し話をしているから家の様子でも見せてもらったらいい」
「おお、それはいい。これから滞在するなら色々と知っておいた方がいい。誰か案内してやれ」
じいちゃんと豪三郎さんが見かねたように、そう言ってくれた。
ありがとうじいちゃん、やっとこの場から逃げられる。
そう安堵したのも、つかの間だった。
少し冷静になって考えれば分かることだが、豪三郎さんはこう言った「誰か案内してやれ」と……つまり、怖いお兄さんやおじさんと一対一になるってことじゃ………
終わったかな……目の前が絶望に暗く染められた、次の瞬間、女神が現れた。
「私が御案内します。ついて来てください」
鈴の音のような美しい声。
確か葵さんと言ったか、別のいい意味で緊張する人に案内してもらえることとなった。
僕が葵さんに続いて出ていく時には、じいちゃんと豪三郎さんの会話は再開されており、
「できた娘さんじゃのう」
「いえいえそんなことはありませんよ」
と二人で楽しそうに話していた。
僕もそれに同意の心持ちで、頭を下げ退出した。
「じゃあついてきてくれる零夜君」
「えっ!?」
少し呆気に取られる、先ほどまで凛とした態度をしていた葵さんがいきなりフレンドリーな話し方になったからだ。
「どうしたの?」
「いえ、さっきと雰囲気が急に変わったので」
「お父さんや皆の前では猫を被ってあんな感じだけど。本当の私は今のほう」
そう笑顔で話す葵さんを見て、僕も緊張が解け、笑みがこぼれていた。
「うん。良かった緊張も解けたみたいね。さっきまで捨てられた子犬のような表情だったわよ。でもしょうがないか、いきなりこんな所に連れて来られて緊張しないほうがおかしいわよね」
「はい。こういう所は初めてだったので」
「…………」
「?」
明るく話していた葵さんが急に黙りこみ、こちらをじっと見つめている。
見惚れるような美しくさと、それと同時に黙られると少し怖さも感じる。
「あ、あの、どうかしましたか」
「敬語禁止」
「えっ!?」
「お父さんや皆の前では敬語でいいけれど、私と二人の時は敬語は禁止。いい」
「はい」
「…………」
「う、うん…」
「よし」
にっこり笑う葵さんを見てやっと安心できた。
どうやら少し苦手なタイプかもしれない。
「ねえ、零夜君は何歳なの?」
「16才です」
「じゃあ私のほうが一才年上か」
どうやら葵さんは17才で、シャルと同い年みたいだ。
どう考えてもシャルと同い年には見えなかった。
体のある一部や、しっかりした感じから。
「これからは、私をお姉さんのように頼りにしてくれていいからね」
「どういうこと?」
「言っちゃうとね、私弟が欲しかったの。でも私一人っ子だし、こういう境遇だから友達もいなくて。ということで零夜君はこの家では私の弟ってことで。いいわね」
「うん…」
有無を言わせね勢いで迫られ、拒否することはできなかった。
でも、このおっかない家の中で、じいちゃん以外に気軽に話せ、頼ることができる人ができたことが、僕にとっては何よりも嬉しかった。
「じゃあ話はここまでにして、チャチャッと家の中案内するね」
その後葵さんに案内をしてもらい、なんとか家の間取りを朧気ながらも、必死になって把握することに努めた。
ただ、いかんともしがたいことに、日本様式の家は、とんでもなく広く、把握したとはいえ迷うんだろうなと思うのだった。
しかし、この家で迷ったら最後だと思う。
話しかけられるのは、今のところじいちゃんと葵さんだけなのだから。
家の中でルーラやリレミトを使う訳にもいかないし……
そんなこんなで時間が過ぎ去り、僕が大広間に戻った時には先ほどとはまた雰囲気が変わっていた。