大広間の中は、すでに多くの人ははけていて、じいちゃん、豪三郎さん、小夜子さん、正さん?という主要な人物のみになっていた。
そして雰囲気も以前感じた和やかなものから、少しピリピリとした剣呑な感じへと変化していた。
情けないことだが、その雰囲気に圧され僕は部屋の中に足を踏み入れることに躊躇い、動けなくなっていた。
「おお零夜、葵さんに案内はしてもらえたか」
じいちゃんは僕に気づくといつもの優しい笑顔で尋ねてくる。
多分僕が気圧されていることに気づき、気を遣ってくれたのだろう。
「う、いやは、はい。葵さんがとても丁寧に教えてくださったために、迷うこともなく分かりました」
「そうか、葵さんありがとうな」
「い、いえ。どういたしまして」
葵さんは部屋に入るとすでに凛とした雰囲気に戻っており、しずしずと元いた場所に戻っていた。
とても先ほどのフレンドリーな葵さんと同一人物には見えなかった。
僕も見習って使い分けなくては。
「零夜よ、そんな所につったっとないで、こっちに座らんか。もう話はつけておいたからの」
「は、はい」
話とは僕の修行のことかな?
僕は気を取り直して、じいちゃんの隣に座った。
「で、零夜お前には、この正さんに剣術を学んでもらうことに―――」
「少しお待ちください」
じいちゃんの話を遮るように、重みと迫力のある声が発せられた。
「地龍先生の頼みであっても、まず俺が認めることができなければ、お引き受けできません」
正さんが有無を言わせぬ雰囲気で断言した。
「まあ正さんならそう言うと思ったわい。ではどうすればいいのかの?」
「少し確かめさせてもらいます」
正さんはそう言うと、場を立ち真っ直ぐに僕の方に歩いてくる。
こ、怖すぎる。
ただでさえ、ガタイがいいのに、オーラといったらいいのか、さらにとんでもなく大きく感じる。
正さんは僕の襟首を掴むと、そのまま――――僕を縁側に放り投げた。
浮遊感を味わった後に、障子を突き破り、僕は縁側に尻餅を打っていた。
「正、もう少し加減をだな」
「いいんじゃ豪ちゃん、正さんのするようにしてもらったら。それに零夜も学院ではそうとう大きな怪我もしたそうじゃしの。カッカッカ」
じいちゃんの笑い声が響き、普段であれば恨み言の一言ぐらい出るのであるが、いきなりの出来事(暴挙)に正常に頭が働かない。
今頭にあるのは、一体何があったんだということと、体を走る地面に打ち付けた痛みだけだった。
「坊主立て!」
突風が体を打ち付けるかのような、衝撃が体を走る。
それもただの一言で……。
僕は震える体に鞭を打ち、立ち上がった。
少し離れた所に正さんは立っているのに、目の前に立ち、見下ろされているような迫力を感じる。
「お前は、俺に剣を習いたいようだが。剣を握るということは、自分が死ぬのは当然のこととして、人の命を奪う覚悟はできているのか」
重い一言。
今まで、雷真達と共に戦ってきて、目の前で人が死ぬことも少なからずあった。
しかし、自らの手で人の命を摘み取ったことは一度もなかった。
「剣を握るということは、命のやり取りをするということだ。所詮剣は人の命を奪う、凶器でしかない。お前は人の命を奪う覚悟ができているのか」
僕は一言も言葉が出なかった。
正さんの威圧感にもよるが、実際に『人を殺す』という言葉が出されると、戸惑いが生まれるからだ。
平和な世の中を前世などで生きてきたからではない、本能的に『人を殺す』ということは、触れてはならない最大の禁忌であると、認識していたからである。
だから答えられなかった。
「どうした。そんなことも覚悟できずに剣を習いたいと思っていたのか。出直してこい!!」
厳しい口調で吐き出すようにいい放つと正さんは背を向け、去っていく。
刹那、涙を散らして連れていかれる十六夜の姿と、亡くなったと伝えられた両親の形見の武器を目の前にして、涙を流し、敵討ちを誓ったあの時の自分の姿が、脳裏を掠める。
僕は何の為に学院に入り、そして生きながらえここまで来たのだ。
力を得て両親の敵を討つと誓ったのではなかったのか。
どんなことをしても十六夜を助けようと覚悟をしたんじゃなかったのか。
例え僕の手を血で汚し、人間の最大の禁忌である人の命を奪う、人殺しをしたとしても。
「待ってください!」
僕は咄嗟に正さんを呼び止めていた。
「覚悟を決めたか」
「はい……」
「分かった」
そう一言だけ呟くと正さんは去っていった。
「修羅の道を歩むのか……本当にそれが……」
じいちゃんが何かを呟いたようだったが、聞き取ることはできなかった。
その後、僕達は離れに通された。
どうやらその部屋を僕達にあてがってくれたらしい。
その部屋で荷物をおろしていると、
「失礼します」
と正さんが入ってきた。
それからしばらく、僕の修行の方針が決められた。
ただし、すぐには剣の修行には入れないということだった。
なぜなら、僕の基礎能力があまりにも低かったからである。
線が細い、モヤシのようだ、うんぬんかんぬん、学院でもシャルやロキに言われていた。
そうですよねー……
ということでしばらく筋トレをすることとなった。
次の日、僕とじいちゃんは修行用に使うことを許された庭にいた。
「じいちゃん。どうやって修行をするの」
「零夜よ、わしに魔力をくれ」
「うん」
僕は魔力を流し込む。
「もっとじゃ」
僕はありったけの魔力を流し込んだ。
刹那、じいちゃんの体から魔力が流れだし、空間を包み、別の空間を作り出していた。
どこが別の空間?と言われても、答えることはできない。
だって漠然と違うなーと感じるだけなんだから。
「ふう。成功したようじゃな。これがわしの戦闘にはまったく向かない魔術回路〈小さい王国(SmallKingdam)〉じゃ」
「へえ、その効果は」
「聞いて驚け、わしの魔力で空間を満たし、わしの支配下に置く魔術じゃ。そしてその空間は、わしの思い通りになる。時間の流れ、重力、空気の量、質、等々全てな」
僕の頭の中にドラゴンボールのあの部屋が思い浮かぶ。
精神と時の部屋だ……
「つまり、時間の流れをこの空間だけ早くして、重力を少しずつ上げながら筋トレをして体を鍛えるんじゃ。まあ魔力の消費がばかにならんから、一日で外の時間で二時間、この空間で二週間しかもたんがの。で他に何か操作して欲しいことはあるかの」
じいちゃんの時かけにある一つのことが頭を走る。
あれはどうにかしないと。
「年をとらないようにして欲しい」
「どういうことじゃ」
「この空間で一日、二週間修行したとして、約二ヶ月修行したとすると、約三十ヶ月、つまり二年と半年年を取ることになるでしょ……」
「そうか、学院に帰った時に姿が変わっていて変に思われるということかの」
「うん、そういうこと」
今は一応成長期でそれだけ時間が経てば、髪は勿論のこと、背だって伸びるそうするとまずいかなと思ったのだ。
じいちゃんは空間に何か施すかのように、腕で空をきる。
「よしできたぞ」
まさに御都合主義ではあるが成功したようだ。
それと共に、急に体の自由が効かなくなり、地面に膝をつく。
か、体が重い…
鉛のように突然重くなった体、一体どうしたんだ。
隣ではじいちゃんがニヤニヤしている。
そういうことか、どうやらじいちゃんが空間内の重力を操作したみたいであった。
「気づいたようじゃの。時間の操作をしたのと同時に、重力を約1、5倍にした。たしか零夜の体重は……なんキロじゃっけ?」
「58キロ」
「成長したのお」
「今はいいから」
「そうじゃな。つまり今のお前の体重は87キロ、約29キロの重りをつけていることになる。最初はこの重力じゃがこれからどんどん上げていくからの」
じいちゃんは満面ね笑顔で言った。
ダメだ…もたないかもしれない…
地面に膝をついたまま、一日目から脱落しそうになっていた。
色々と無理矢理感が漂うものとなりましたが、お許しください。