夏休み終了まであと4日に迫った昼下がり。
木と木のぶつかり合う甲高い打撃音が空間に響き渡る。
リズムよく音を奏でるが、長く続くことはなかった。
つき出される棒が螺旋を描き、僕の木刀を巻き上げる。
木刀が棒によって巻き込まれ螺旋を共に描いた、一瞬の後に木刀は僕の手から離れ、宙を舞う。
カランカランと音をたて地面に落下したその時には、いつも通り、棒の鋒が喉元にぴったりと当てられていた。
「そこまで」
試合の終了を告げる合図がかかる。
「今回も私の勝ちね」
試合中とはうって変わって、真剣な表情を崩し、朗らかな笑顔なった葵さんが言う。
言葉通りなので反論の余地もない。
「そんな顔をしないの。私だってお姉さんとして負ける訳にはいかないんだから」
困ったような顔をして、いつの間にか地面に座り込んでいた僕に手を差しのべてくれる。
僕は、その白く女性らしく美しい手を、少し戸惑いながら掴み、立ち上がる。
「まだまだだが、形にはなってきたな」
すぐ側にまでやって来ていた正さんが話す。
自分ではまだまだ感覚しか掴めていない状況ではあるが、剣の師となる正さんにそう言ってもらえると自信が沸いてくる。
今僕が取り組んでいるのが、約10日程前に習い始めた、ある意味奥義とも言える『心眼』である。
武芸を極めた達人が至る境地。
当然のことながら、この空間で濃密な修行をしたといっても、才能の欠片もない僕がそのような物を習得することなど、夢のまた夢である。
そこで考えついたのが、魔力を代用した『偽心眼』である。
自身の魔力を放ち、一定区域を自分支配領域となし、その領域内の全ての流れを把握するといったものなのだが、やはりそう簡単にいくものではない。
「今日はここまでだ。今日はこの後少し大きな仕事を抱えているから終わりとなる。零夜には少し働いてもらうことになるかもしれん。しっかり体を休めておけ。以上だ」
「ありがとうございました」
その声と共に、空間の遮りが解除される。
「私ももう汗だくだから、少し水浴びしなくちゃ。零君も一緒にする」
「えっ!?」
頭の中にピンク色の映像が浮かぶ。
百合のように白い肌、けして大きいとは言いがたいが形の良い胸部、それを実際に見れるのか!!
「私とじゃ嫌?」
気を逸したか?
「えっ!えっ!!い、嫌じゃないこともないこともないような」
自分でもテンパっていて何を言っているか分からない。
こんなチャンスを逃しちゃいけないという煩悩という悪魔と、さすがに不味いだろという理性という名の天使の葛藤という名の、壮絶な鍔迫り合いが始まる。
どうせ思春期の男なので、戦いの行方など当然決まっているのだが。
しかし、
「なーんてね。真剣に悩んじゃってかわいい」
葵さんは小悪魔的な笑みを浮かべると、僕にデコピンをして行ってしまった。
僕はヘナヘナと座り込む。
ですよねー。
分かってはいた、そう分かってはいたんだよ。
だけど、だけどだけど少しの望みを持ったっていいじゃないか!!
「思春期の男子には厳しい冗談じゃの」
じいちゃんの僕の気持ちを代弁してくれた呟きが、むなしく心に響いていた…
沈んだ気持ちで、その後言われた通り休憩を取っていると、家の中の雰囲気が慌ただしくなってきた。
なんでも組の縄張り争いがあるようで、準備を整え皆さんは出掛けていった。
皆さんともう打ち解けていた僕は、祈るような気持ちで、安全を祈願しながら帰りを待っていた。
待つ時間ほど長いものはなかった。
世が更け、空が白みかけた黎明刻、皆が帰ってきたようだが、雰囲気が切迫していた。
「零夜急いで来てくれ」
「はい」
僕は声がかかった時には、返事をする前に走り出していた。
僕が呼ばれた広間に駆けつけると、血塗れの人や、腕が皮一枚でなんとか繋がっている人、あげくの果てには虫の息の人すらいる。
抗争の命のやりとりの激しさを物語っている。
だが呆気に取られている訳にはいかなかった。
この場に僕が呼ばれた理由はただ一つ大事な仲間を助けるため!
以前教会内で被害者を助けたのと同様の方法で、怪我の治療を行う。
重傷者から始める。
今度は誰も死なせない!
強い思いで「ベホイミ」を一心不乱に唱え続ける。
こういう時には「ベホマラー」(全体回復魔法)が使えればと思うが、泣き言を言っている暇はない。
魔力を振り絞り、呪文を行使する。
それから、怪我人全てを癒し終える頃には、夜が明け、朝日が顔を出していた。
「すまなかったな零夜。礼を言う」
掠り傷ぐらいしかない、正さんに礼を言われる。
「僕にはこれぐらいしかありませんから」
「いや謙遜するな。普通ならば絶対に助からない者も命を助けてもらっている。本当に感謝している」
以前の経験から手際もよくなり、死者を出すことなく、助けられた喜びと、面と向かって感謝されたことにやってよかった、自分でも役にたてたという感慨が溢れてくる。
以前とは違い清々しい満足感に浸った。
後で聞いた話によると、その日の抗争は類を見ないほどの大きなものであったらしい。
互いに大きな損失を受けたが、決着はつかず、共に引き下がるという結果に終わったと話を聞いた。
そんな一夜を終え更に一日が過ぎた。
◇◆◇◆◇◆
組は大所帯のため、食料の消費も激しく、それを賄う為に毎朝野菜を届けてもらっていた。
僕もその農家の人と顔馴染みになっており、朝挨拶をして荷下ろしを手伝うことが習慣となっていた。
「おはようございます」
僕が出迎えると、いつもとは違う別の若い人が来ていた。
いつものおじいさんではないのか、と思っているのに気づいたのか
「今日は家のじいちゃんが病気になっちゃって、俺が代わりを勤めているんです」
と苦笑と疲れた顔で答えてくれた。
看病と仕事で苦労しているんだな
と思っていた時には
「病気の治療をしてあげましょうか」
という言葉が自然と出ていた。
「本当ですか。ありがとうございます」
僕の提案に、本当に嬉しそうな顔で感謝を述べてくれ、僕も役にたてることを実感し、嬉しくなる。ではと、一緒に野菜の荷下ろしをする。荷下ろしは順調に終了し、本当は出かけるということを誰かに伝えたかったのだが、誰もその場にはいなく、
「じいちゃんをお願いします」
と焦りながら、真剣な表情で迫ってくるので、緊迫しているのかなと考え、誰にも何も伝えずに、農家のおじいさんの元に向かった。
野菜を持ってきた荷台を、彼は前で引き、僕は後ろから押す。
「かなりお若いですが、入ったばかりなんですか?」
「いえ、少し居候させてもらっているだけで」
焦っているのかと思ってはいたのだが、彼はあまりそういう感じはせず、何気ない話をしながら道中を進んだ。
「組には何人ぐらいの人がいるんですか」
「なぜそんなことを?」
「いえ、野菜が大量だったので」
話す内容には普通の人という感じなのだが、一挙手一投足に何か言い知れぬ違和感を感じる。
まず第一に、かなり歩いたはずなのに、息一つきらすこともなく、笑顔で話していること。
そして第二に、足音が全くしないのだ。
荷台のガラガラという音にかきけされている訳でもなく、耳をすませても聞くことはできなかった。
ただ、それだけで、変と疑うのも失礼な話なので、頭には置きながらも、そのままついていくことにした。
だが、二人で歩けば、歩くほどに言い知れぬ不安感(虫の知らせと言うのだろうか)が積もってくる。
「どうしちゃったんですか?黙っちゃって?」
「いえ別に…」
「そうか、喉が渇いたのですね。これを飲んでください」
気さくな笑顔で、また女性のような綺麗な手で、竹でできた水筒を渡してくる。
そして、疑念が確信に変わった。
「あなたは農家の人ではないですね」
「えっ、いきなり何を言っているんですか?」
「職業を見抜くには、相手の手を見るのが一番なんです」
「手?」
「染め物やなら手は藍で青くなり、農家の人なら爪に土が入っていたり、鍬を使うために手に豆ができる。しかし、あなたの手にはそれらの特徴が出ていない」
彼は何も言わなかった。
しばらくの沈黙が場に緊張感をもたらす。
「ヒヒヒヒヒ、ばれちまったか。そうさ、俺はあんたをあの家から遠ざけ、足止めするように命じられていたのさ」
彼は先程までの人当たりの良い笑顔が崩れ、いびつに歪んだ笑みを浮かべていた。
「まあ、しばらく俺と遊ぼうや。腕や足をかけてな。殺すなって言われてるからさあ」
突然豹変した彼は、鈍く光る二本のナイフを取り出して、ベロリと一舐めしたかと思うと、地面を蹴り、低姿勢で向かってきた。
そして、後方では、爆発音と共に、火の手が上がっていた。