来るんじゃなかった……
私の対面に座る二人、雷真とシャル、そして二人のパートナーの夜々とシグムントの視線が私に集中している。
私はグリゼルダ教授の話を聞いてはいるのだが、全く頭に入らない状況だ。
「貴様ら、私の話を聞いているのか!!」
気がそぞろで、自分の話を流されているのを感じ取った、グリゼルダ教授の怒りの籠った怒号が、学生食堂に響きわたる。
麗らかな日に照らされ、和やかな学生食堂の雰囲気が一変する。
物音一つしない静寂が訪れる。
隣席の学生達が、気押されたように腰を抜かし、はいはいするように逃げていった。
さすがに魔王、とてつもない迫力である。
「もう一回だけ言うぞ」
最後通告であろう。
次も同じように聞かなかったら、間違いなく、腰に携えた大剣が振るわれ、私達は間違いなく命を落とすことになる。
雷真やシャルも同様のことを感じ取ったのであろう、顔面蒼白な状態で、グリゼルダ教授を真正面から見つめるように、体制を整えて聞いている。
グリゼルダ教授は視線を一週させ、満足気に話始めた。
「貴様ら、私のゼミに参加しろ」
確かグリゼルダ教授は、戦史の知識を買われ、史学部の教授に就任したはずだ。
ただし、座学はなく、もっぱら白兵戦演習、野戦演習、そして実戦下の生存術などを受け持っていたはずだ。
しかし、たしか…
「希望者が殺到してんだろ?俺は申請に遅れたし……」
そうかなりの人気で、倍率が凄まじく、まず受講することはできないと思われるほどの大人気の講義だったはずだ。
「案ずるな。最初から貴様は受けると踏んで、あらかじめ空きをつくっておいた」
グリゼルダ教授は、胸を張り、僅かに頬を朱に染め、堂々と宣言した。
少し離れたところにいる学生達の非難するような、刺さるような視線を浴びたことは言うまでもない。
そして、どうもまたもや雷真は新たな女性にフラグを建てたらしい…
「差別―――」
「なぜ私まで?」
ここで少しでも雷真が反論しては、確実に不味いことになるので、雷真の発言を遮り、質問する。
「昨夜の〈夜会〉の圧倒的な戦いに興味を引かれてな。それだけじゃない。どうやら近接戦闘もできるようだが、身のこなしなどを見てみると、まだ粗削りで延びる余地がある。少し稽古をつけてやりたくてな」
願ってもない申し出ではないのか。
あの前魔王が直々に指導してくれるとは。
強くなれそうで、期待に胸を高鳴らせていると、
「え~と、なぜ私もなんですか?」
シャルがついていけないといった感じで質問する。
「〈魔剣(グラム)〉の使い手がそんなざまでは、竜王(ドレイク)に失礼だ」
シャルの表情が強張る。
シャルだって学生のトップに列なる〈十三人(ラウンズ)〉の一角だ。
多分、悔しかったのだろう。
「最高の教育は最高の素材に施されるべきだ。それがひいては、魔術世界の発展に寄与することとなるのだからな。学院生なら、誰もがわきまえているはずだ」
グリゼルダ教授は、言うだけ言うと、満足気に学生食堂を後にした。
どうやら〈迷宮の〉魔王様は、とんでもなく傍若無人の方らしい。
グリゼルダ教授が去ると、再び重い雰囲気に空気が一変する。
その空気を切り裂くように、シグムントが先人をきった。
「昨晩の君の言った言葉の真意が聞きたい」
多分主のシャルの聞きたいことを、シグムントが代弁したのだろう……
「雷真から聞いてはいないのですか?」
「我々は君の口から直接聞きたいのだ」
シグムントの口調からすると、すでに詳細については雷真から聞いているらしい。
「あのままの意味ですよ。私に関わった者は、例外なく危険な目に合う。故に私には今後関わらないでほしいということです」
私の答えを聞き、再び重い沈黙が辺りを支配する。
その沈黙を一番始めに破ったのは、予想外にも夜々であった。
「夜々は十六夜を助けたいんです。夜々を十六夜が助けてくれたように!」
夜々の発言に勇気付けられたように、シャルも口を開く。
「私は、あなたが私を助けてくれたように、苦しんでいるあなたを助けてあげたいの!」
「そうだ。夜々やシャルの言うとおりだ。今まで何度も危険な目には合ってきたが、全て仲間で力を合わせて乗り越えてきたんだ。今度もきっと乗り越えられる。俺達を頼ってくれ」
胸が締め付けられるように痛む。
ただ嫌な痛みではない。
皆の優しさに、心が揺らぎ始める。
その刹那、あの地獄のような光景が目の前に現れる。
辺り一面に広がる、多くの屍。
四方八方から凶刃を浴びて命を落とした正さんの姿。
私の居場所だった八頭龍組を呑み込む真っ赤に燃え盛る、紅蓮の炎。
まさに地獄。
さらにその光景が変化する。
辺りの屍や四方八方から凶刃を浴びた姿が、雷真やシャルに変わる。
『これからもお前と関わった者は確実な『死』を迎える」
やめてくれ、やめてくれ、私に関わったばかりに―――
直後我に帰った私は両手で机を思いきり、叩いていた。
「僕は、大事な仲間を、大事な友を、もう失いたくはないんだ」
堰がきれたのか、全ての本音をぶちまける。
「僕のせいで誰かが死ぬなんてもう、真っ平なんだ!!」
感情が溢れ帰り、声を荒げてしまった。
静まりかえる食堂に、怒号が響いた。
回りの状況を認識することで我に帰り、我ながら情けないと反省に至る。
「す、すまない。言い過ぎた…」
「ふふふ…」
「えっ!?」
下げた頭をあげると、シャルが瞼に溢れんばかりの涙を溜めて、ニッコリと微笑んでいた。
今まで見たことがないほど、穏やかで、包み込むような優しさを含んだ微笑みだ。
「まだ、私達のことを、大事な仲間や友達と思っていてくれたことが嬉しいの」
シャルの言葉に、心が揺さぶられる。
「それと、あなたには『私』は似合わないわ。『僕』の方があっているわよ」
涙が自然と溢れていた。
シャルの優しさが心に染みたのか、自分の情けなさに対する涙なのかはたまた、それらとは全く違う要因のための涙かは分からない。
ただ、何らかの感情が爆発したのに起因したこと、そして最近流したような『負』の感情から来たものでないのは確かである。
袖で涙を拭い、平静を装い、席を立ち、振り返ることなく言葉にする。
「ありがとう。でも、もう『僕』には関わらないでくれ」
僕は食堂を後にした。
◇◆◇◆◇◆
僕は緊張の面持ちで、扉をノックする。
「どうぞ」
「失礼します」
扉を開けると、そこは、メイド服を着たアンリがたっていた。
「お久しぶりです」
「元気そうでよかった。教授はいるかな」
「少し待っていてください」
アンリは奥の部屋に走っていった。
辺りを見回すと、書類が山積みになり、開かれた本が辺りにぞんざいに置かれている、以前見た状態と全く変わらない情景が広がっていた。
とても、女性の部屋には思えない。
「突然やって来て、失礼なことを考えてはいないか」
「い、いえ」
まさか心が読めるのか?
怪しい笑みを浮かべて、部屋の主のキンバリー教授がそこにいた。
「珍しいな、君が私の所に来るとはな」
探るような瞳でこちらを見てくる。
全てを見通されるような、違和感が…
「少し、力をお貸しいただきたいことがありまして」
「いいだろう。お前にも貸しを作っておきたかった所だ。ただ条件として、お前に夏休み何があったか話してもらうぞ」
「…わかりました…」
アンリが出してくれたお茶を一口口にして、昨夜雷真に話した話と同様の話を、ある程度かいつまんで話をした。
――――
「そうか、そんなことがな」
「ヒドイ……」
二人の顔が険しくなる。
まあ、いきなりこの話をすれば当然の反応だと思う。
「いいだろう。頼みを聞いてやる」
「ありがとうございます。頼みというのは――――」
「分かったやってみよう。貸しは高いぞ」
「はい」
僕は部屋を出ようとした所で、アンリに話しかけた。
「アンリ、以前は君の気持ちも知らないでいい加減なことを言ってすまなかった」
「えっ?」
「今、前の君と同じ状況になって初めて君があのような行動を繰り返した意味が分かった。もしも、今、僕にしなくてはならないことがなかったら…僕も以前に君がしたのて同じことをしていたと思う。本当にすまなかった」
僕はそれだけ話すと、一礼してキンバリー教授の部屋を後にした。
感想などで、主人公の一人称は『私』より『僕』の方が良いということと、一人称が『私』では分かりにくいという意見がありましたので、無理矢理感がありますが、一人称は『僕』に戻させてもらいます。
御迷惑をおかけしました。