「え~と、僕は何をしていたんだ?」
僅に残る頭部の痛みに顔をしかめながら、思いを巡らすが、ぽっかりと記憶が抜け落ちており、まったく思い出せない。
「セクハラをして殴り飛ばされのびていたんじゃよ。まあ誤解も少しばかりあったから、説明しといた。もう大丈夫じゃろ」
まさかセクハラをしていたとは……
一体誰に?と周りを見回すと、シャルの顔が赤く、目があった瞬間目を反らすので、シャルにしてしまったのだろう…
どうしよう?そしてどんなことをしたんだ?
「あ、あの零夜…」
思考の海に沈みこもうとしていると、シャルの声が。
「えっ!何?」
「あなたが貸してくれたこの服はどうすれば?」
未だにシャルはこちらから目をそらしたままである。
大きく自分のサイズとは合わないために、袖があまりダボダボの状態で、いわゆる男物のワイシャツ一枚を身に纏ったような……
僅に熱をもった頬を背けながら、少しばかり反芻する。
そういえば、シャルに僕の着流しを貸したんだったか。
「ああ、着流しは男の服装だし、僕が着ていたものだ、あまり気分が良いものでもないだろうから、使い終わったら処分してくれて構わない」
「…いやじゃないわ!」
シャルはそう言うと、着流しに顔をうずめ、「これが零夜の匂い」となにやら呟き、熱っぽく、うっとりと陶酔したような妖艶な表情をしている。
なんだか分からないがエロい……
「まあ、それはそれとして、葵姉さん悪いがシャルの着付け見てあげてくれる、縁起が悪い左前になっているから」
「分かったわ。西洋の人は間違え易いわよね」
呆れたような表情で成り行きを見守っていた、葵姉さんではあるが、僕の指示を受けてシャルの着付けを直し始めた。
僕が直したらまた災いがふりかかるとなんとなく思ったからだ。
「〈一匹狼〉そろそろいいかね」
眉間に皺を寄せて、キンバリー教授は焦れたように話かけてくる。
キンバリー教授を無視するような形になってしまったことに、お腹立ちになってしまったらしい。
これは懇切丁寧に謝罪しなくては
「申し訳ありません」
しっかりと頭を下げて謝罪する。
キンバリー教授もやれやれといった感じで言葉を繋いだ。
「前の依頼についてだが、この学院内にはお前が気にしていたやつらはいなかったぞ」
そう、僕を観察している者が学院内にまでいるか、いないかの確認をお願いしていたのだ。
やつらは皆統一された格好をしていたのが幸いした。
「さすがに19世紀最強の魔術師エドワード·ラザフォードのお膝元では、やつらも暗躍できなかったか」
翁は愉快そうにウンウンと頷き呟いていた。
「あと、お前に朗報だ。我らの同胞ならば、お前が追っているものたちを知っているかもしれん。聞いといてやろう」
「「本当ですか」」
いきなり飛び込んできた吉報に、僕と姉さんのテンションが跳ね上がる。
キンバリー教授に頼んで正解だった。
さすが海千山千の〈灰十字(クルサーダ)〉だ。
「失礼なことを考えていないか?」
またもや読まれた……
キンバリー教授はうっすらと妖艶な笑みを浮かべていた。
この教授には隠し事はできなさそうだ。
「話は変わるが、お前には一つしてもらいたいことがある」
キンバリー教授は、先程の笑みから打って変わって真剣な表情となる。
「出来ることなら」
大抵キンバリー教授が抱えている問題ならば、大変なことは間違いない。
しかし、貸しがある分断ることはできない。
「〈下から二番目〉の手助けをしてやって欲しい。私は手を出すことができんのでな。お前にとっては雑作もないことだろう」
「手助けをする前に今起こっていることを説明して欲しいのですが」
「分かった話そう――――」
◇◆◇◆◇◆
「ラリホーマ」
メインストリートを忙しなく走る警備員に呪文を唱える。
警備員は足が止まり、クタクタとその場に座り込み眠りについた。
その身のこなしや雰囲気から、かなりの強者のように見えたため、睡眠を誘発する『ラリホー』の上位呪文『ラリホーマ』を唱えたのが項を制した。
「放っておけば自動人形も止まるが、時間が惜しい。マホトーン」
眠りについた警備員の魔力を封じ込め、自動人形への魔力供給を遮断する。
警備員の自動人形〈ヘイムガーダー〉も直ぐに行動を止めた。
「よし、あらかた片付いたかな」
僕は眠りについた警備員と動きを止めた自動人形〈ヘイムガーダー〉を茂みに隠しながら辺りを見回した。
キンバリー教授に依頼されたのが、追われる雷真が行動しやすくするために、警備員を排除するということだからだ。
キンバリー教授の話を纏めると、雷真は今生きていたアリスとシンを救い出すために行動しているらしいということ。
アリスは初めにオルガに成りすましていたために結婚という話がでていたらしい。
アリスの目的は前まで組んでいた〈十字架騎士団〉を一網打尽にすることだったのだが、裏をかかれてシンを捕らえられてしまっているらしい。
元々雷真は、シャルにかけられた呪いの解呪を条件に、アリスに付き従っていたのだが、今となっては情が移ったのかアリスとシンを助けるために共に行動しているということであった。
さらに、この事柄には学院長エドワード·ラザフォードも裏で絡んでおり、キンバリー教授も学院に入り込んだ『間諜』なので表だって行動に移せず、雷真を助けられないために手助けをしてやって欲しいということだったようだ。
ついでに言うと、一般的に警備員は理事会の管轄なのだが、今回動いている警備員は学院長管轄の〈要撃衛士隊(カッツパルゲル)〉と言い、迎撃や侵入者排除を専門とした精鋭部隊だということだった。
「一応仕事は果たせたがどうするべきかな?」
「雷真君は友達なんでしょ。友達が困っている時は助けてあげるべきじゃない。やつらも学院内にはいないみたいだしね」
葵姉さんはにこやかに提案してくる。
断ることはできないらしい。
まあ、僕も『関わるな』と言いながらも気になったいたことなので、姉さんの一言はいい口実というか、後押しとなってくれた。
「そうだね。教授の話では地下空洞にも警備員は配置されているということだったから、出向いてみようか。一応念には念をいれてモシャス」
呪文発動と同時に僕の姿は目の前で眠りについている警備員の姿となる。
モシャスとは、姿を変化させる呪文である。
「凄いわね。一言言っておくけど悪用してはだめよ」
以前の僕であれば確実に悪用(エロ目的で)していただろうなとしみじみ思いながらも続ける。
「次は姉さんと翁にレムオル」
姉さんと翁の姿が霞み、薄暗くなった背景と同化する。
レムオルとは、姿を透明化させる呪文である。
小紫の魔術〈八重霞〉のような認識阻害ではなく、単に姿を隠すだけである。
「二人は気配を隠して黙ってついてきてね」
「分かった」
「了解」
僕は二人の答を聞き、地下空洞を目指した。
だが、地下空洞には入り口がいくつかあるらしく、僕は最悪な入り口を引き当ててしまった。
そう、入り口の広間のど真ん中に何者も通さないという風に19世紀最強の魔術師エドワード·ラザフォードが陣取っていたのだ。
纏う雰囲気は静かながら、底知れない恐ろしさを感じさせる。
僕は迷うことなく逃げることを選択した。
しかし、遅きに失していた。
「そこにいるのは誰だい?」
広間に重々しく、無視することができない、エドワード·ラザフォードの声が響き、僕をその場に釘付けにしていたからである。
もう後には引けなかった。