ラザフォードの魔導書から溢れでる光が、薄暗い地下空間を照らし出す。
まるで太陽のようでありながらも、太陽のように優しく照らすものではない。
何か禍々しさすら感じさせる、輝きである。
その直後何も存在し得なかったラザフォードの背後に、豪華で雅な、よく金持ちの洋館などでお目にかかるような階段が突如出現した。
まさに狐に頬をつねられているような展開。
しかし、それで終わりなわけではなかった。
赤い絨毯がひかれた階段が、天高く伸びていく。
存在していたはずの天井などもお構いなしに。
そして、長い階段が行き着く先に金や銀、宝石など至高の贅を凝らした玉座と、その玉座に座るまるで女王のような妖艶な女性?が出現していた。
女性は見惚れるほどの優雅な所在で立ち上がると、それとは正反対の気だるそうな表情をして階段を降りてくる。
その立ち居姿は麗しく、輝くほどの白い肌、腰はモデルすらも霞むほど括れ、容貌は他を圧倒するほどの美しさを誇っている。
身に纏う衣装はまるで天女の羽衣のようである。
まるで夢か現かと目を疑っていると、
「さわってみたいのお…」
簡単混じりの恍惚とした呟きが。
確かに、触れることにより自動人形を解析できる稀有なスキルを持つ、翁のような人形師であれば、あれほどの自動人形を目の前にすれば、そのように呟くのも分かる。
だからといって、知らない人が聞けば、確実に通報ものの変態の言動であるのでできれば自嘲してほしい。。
翁にそれだけのことを呟かせるのだからこの自動人形は、紛れもなく、計り知れない代物であることは容易に想像できた。
階段を降りきったところで、ラザフォードは膝をつき、頭を垂れ、恭しく一礼をした。
「ご来臨、いたみいります。女王イシュタル様」
女王イシュタル!!
ラザフォードの発した言葉に息を飲む。
まずいぞこれは。
確かイシュタルといえば、豊穣をもたらす女神だったか。
しかし、それ異常に恐ろしい逸話が。
僕は、姿が変わっているのも気にすることなく、雷真に近づく。
「気をつけろ雷真。障りを受けると起たなくなるぞ!」
「お前ははもしかして…」
何か悟ったようにこちらに視線を向ける雷真。
察しのいい雷真のことである、多分感づいているのだろう。
そんな雷真とはうって変わって、夜々は青ざめて、プルプルと震え出す。
「起たなくなったら夜々が困ります!雷真の男は夜々が護ります!下がってください!!」
「お前はどこを触ろうとしてるんだ!」
「まだ大丈夫かを確認するためです!」
取っ組み合いを始める雷真と夜々。
うん、緊張は解けただろう。
そんな喧騒を他所に、女王イシュタルとラザフォードの会話は続く。
「久しいな、エド。わらわをこのような場に呼び寄せるとは、よほどの相手であろうな?」
女王イシュタルは鋭い流し目こちらに向ける。
刹那、向けられた視線に、僕だけでなく、取っ組み合いをしていた雷真と夜々も釘を刺されたかのように、動きを止める。
圧倒的な圧力と、紛れもなく、『死』の予感をまざまざと感じさせられたのである。
冷や汗が頬を伝う。
「まだ小僧ではないか。老いたなエド」
「仰る通り確かに彼は若い―――ですが、いずれは最大の脅威となりうる者です」
「左様か。よかろう。魔力をもて。我が軍勢をここへ」
ラザフォードは差し出された右手を左手でいただき、膨大な魔力を渡した。
流れるような優雅な所在でこちらに、イシュタルは左手を向ける。
向けられた左手から何か言い表せないほどのおぞましい何かが溢れでた。
幾多の黒い影。禍々しく、障気のようなもやのようなモノ。
先端には苦悶の表情を浮かべた人間の顔が浮かび上がっている。
幽霊!?
初めて目にした心霊現象に、心が揺れる。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……
心の中で唱えるがどうやら無駄なようだ…
直後、その靄が何体も、目を見張るほどの速度でこちらに殺到してくる。
とり憑かれる!!
形振り構わず、倒れこむように回避する。
夜々とアリスを抱えた雷真も間一髪回避した。
怨霊の群れは僕たちが先ほどまで居た場を突っ切り、壁に激突する。
「!!」
目を疑うような光景が。
壁が溶け落ちた。
まるでトマトが腐り落ちるようにドロリと。
以前見たベルゼビュートの溶解液に似たようなものである。
だがそのような物を見慣れていない雷真たちは震え上がり、取り乱している。
「あれは〈恩賜の腐触(ロトンブレス)〉―――あれを少しでもくらったら、一瞬で腐肉だよ!!」
「だそうだ。絶対に触れるなよ夜々!」
「はい!」
さすがに幾重もの修羅場を潜り抜けてきた雷真たちなので、もう再び頭を入れ換え、戦闘体勢に移行している。
頼もしいな。こんな姿を見せられたら―――僕も腹をくくって、やるしかないじゃないか。
イシュタルはいにも介さず再び、怨霊を呼び出し、夜々に放つ。
夜々は踊るように身を捩りながらかわしていくが、一体の怨霊が夜々にかする。
痛みに夜々の表情が歪むと同時に、肌が爛れ、腐り落ちた。
ただ夜々は臆することなく、イシュタルに肉薄し、勢いのままに、蹴りを放つ。
だが、イシュタルをかばうかのように前に進み出た、ラザフォードが、強固な防御結界を再び発動し、夜々は弾かれ、宙を舞った。
まずいな空中では身動きがとれない。
イシュタルも同じように思ったのか、妖艶な笑みを浮かべて、幾多の怨霊を夜々に放った。
「夜々ーーー!!」
「任せて、ニフラム!」
ニフラムとはゾンビや不死者を浄化に導く呪文であり、聖職者である僧侶や勇者が得意とする呪文である。
すべての怨霊が光に包まれる。
イシュタルが放つような禍々しい光ではなく、優しく包み込むような、神々しい光である。
怨霊が纏う黒い障気のような靄はその光で浄化され、苦悶の表情を浮かべていた、怨霊の表情も穏やかなものに変わり、天に召されていった。
「わらわの軍勢を…だがこれで終わりじゃ」
忌々しげな表情を一瞬浮かべたイシュタルだが、次の瞬間には再び笑みを浮かべ、優雅に袖を振った。
瞬間、明確な『死』の臭い。
壁に腐触させ、消えたと思っていた、怨霊が真後ろに迫っていた。
『死』を前にすると、全ての事象がスローモーションのように見えるという。
それを身をもって感じていた。
口を大きく開けた怨霊が緩慢に目の前に迫っていた。
ニフラムも待避のルーラも間に合わない……何も果たせないまま、虚しく死を迎えるのか……
最強の魔術師を敵に回したのが、全ての運のつきだったんだな
そんな諦めが頭をよぎった時だった。
僕たちの前に視界を遮るように、何かが現れた。
キラキラと目映く輝き、白い光沢を放つ―――盾のようなもの。
その盾のようなものは空中に静止し、僕たちを怨霊の群れから護りぬいた。
激突した怨霊が次々と消滅していったのだ。
しかしながらその盾は光沢すら失われず、なお輝きを放っていた。
まるでイージスの盾……いやドラクエにちなんで天空の盾か
命の恩人の盾を茫然と見つめていると、
「学生相手に〈淫虐の姫〉を持ち出すとはな。大人げないぞ学院長」
白く大きな剣を持ち、暴力的な魔力を放ち、殺気をみなぎらせながら、それとは対称的な可愛らしいドレスを着こんだ―――グリゼルダ·ウェストン教授――〈迷宮の〉魔王が、愛する雷真と他数名を助けるために、戦場に足を踏み入れた。