僕の隣を一陣の風が駆け抜けた。
風は、銀色の輝きを暗闇に散らしながら駆け抜け、学院長のラザフォードに襲いかかった。
暗闇に閃く紫電の輝きが、無数に閃く。
まるで暗い夜空を流星群が降り注ぐかのように。
しかし、その流星群は目標にかすることさえもなかった。
全てが、金属と金属とがぶつかり合うような甲高い音をあげ、火花を散らし弾かれているからだ。
そんな幻想的な攻防に見惚れ、呆気に取られていた、その刹那だった。
真横に、僕を軽くひと飲みに出来るほどの巨大な口を開いた怨霊が障気を撒き散らしながら迫っていた。
「ニフ――」
咄嗟に呪文を詠唱し、半ばに差し掛かる所で、スッと僕と怨霊の間に神々しく輝く盾が滑り込み、怨霊は虚しく霧散した。
「坊やは戦いに集中しなさい。少しでも役にたつために。私が護ってあげているのだから」
「すいません…」
確かに助けてもらったことには感謝しなくちゃいけないが、偉そうに文句を垂れる盾の自動人形に、何の抵抗もなく謝ってしまった…
元来の自分の弱さにため息をはきながらも、果てしなく続く学院長ラザフォードとグリゼルダ教授の攻防に視線を戻す。
グリゼルダ教授は襲い掛かる無数の怨霊を、まるでステップを踏むかのように 華麗に裁ききり、その流れから、幾多にも渡る斬激を繰り出す。
しかし、依然として斬激は弾かれたままだ。
ラザフォードは飄々とした表情でそれを眺める。
しかし、グリゼルダ教授はその様を驚きなどなく、むしろ当然の成り行きだという感じで平静に受け止めていた。
ラザフォードの横に佇むイシュタルが、美しい所作で袖を降った瞬間、真上から襲いかかった巨大な怨霊が、グリゼルダ教授のいた場に突っ込み、辺りを泥沼のように一瞬で腐食させた。
「危なかったな。でどうだ、私の動きを把握できたか?」
間一髪の所で、バックステップを踏み、僕の横にまで戻ってきたグリゼルダ教授が聞いてくる。
「最初は呆気に取られましたが、なんとか把握できました」
まだ実を言うと目では追えてはいなかったのだが、集中して魔力を感じとることは辛うじてできていたので、そう答えた。
「フッ上出来だ」
グリゼルダ教授は笑みを浮かべている。
まるで戦いに沸き立つ猛獣のようだ。
「失礼なことを考えてはいないか?」
言い終わる前に喉元には銀色の光沢を放つ剣が…
「めっそうもありません!」
「そうか」
剣は納められた。
九死に一生を得た。
「お前は、私が学院長と戦っているのを楽しんでいると思っているみたいだが、そうでもない。いやむしろこの場から逃げたいぐらいだ」
あのグリゼルダ教授が目の前で弱音をはいたことに驚きを隠せなかった。
いつもは化け物なのに、まるで、か弱い乙女のようじゃないか!!
「!」
銀色の閃光が眼前を走り前髪がハラリと散った。
「チッ、前髪を落としてもまだ目は見えんか」
視線の先には頬を染めながらも、眉間にしわを寄せて怒りを滲ませているグリゼルダ教授がいた。
これをツンデレと言うのか…
「!!」
再度閃く剣閃が頬を掠め、鮮血が頬を伝った。
「次はないぞ!!」
目の前に鬼がいた。
好きな男には女扱いされたいが、他の男には女扱いされたくない、複雑な感情のようだ…
戦慄を感じると同時に、どうやら一流の魔術師(キンバリー教授であったり、目の前の人外の存在エドワード·ラザフォードであったり)は揃って人の心を読む読心術を備えているということを思い知った瞬間だった。
「冗談はここまでだ。今から私が盾の自動人形と共に突っ込む。そして間合いに入ったら合図を送るそれに合わせてお前は学院長の結界を解除しろ」
「了解」
つまり僕は迫り来る怨霊を消しながら、グリゼルダ教授の合図を待ち、合図と同時に学院長の防御結界を解除すると。
かなり高レベルな任務だな。
視線の先の学院長は何をするのかなという期待したような表情で、一方イシュタルはもうよいといったような気だるげな表情である。
「準備しろ!行くぞ!!」
グリゼルダ教授の怒号と共に、まるで放たれた砲弾のように盾の自動人形を先頭にグリゼルダ教授は地を滑るように飛び出した。
もう一陣の風という生ぬるい表現は通用しない、爆発的な踏み込みからの突撃である。
迫り来る怨霊は盾の自動人形がかきけしながら、だが一直線に向かうのではなく、重力を無視したあり得ない動きをしながら間合いに踏み込むのを伺うように移動している。
グリゼルダ教授の魔力を追いながらも、僕も油断はできなかった。
グリゼルダ教授が、消しきれなかった怨霊が、流れ弾のようにこちらに向かって来ることも、度々あったからだ。
「何度めだろう。ニフラム」
グリゼルダ教授の魔力の感知は怠らず、呪文を唱え怨霊を昇天させる。
怨霊に慣れてきた自分が恐ろしい…
次の瞬間だった。
ズンといった重い音が鳴り響き、グリゼルダ教授のいた場の地面が抉れ、砂煙が舞い上がった。
合図である。
僕は学院長に手のひらを向け、特技を放つ。
〈凍てつく波動〉
ドラクエの世界では、魔物の王の大魔王の呪文でさえ綺麗に消し去る万能特技である。
補助呪文から召喚系の呪文まで効果は幅広い。
僕の手から迸った青白い波動は音速を越えて突き進む。
進行方向にあった怨霊さえも泡と消え、そして、学院長とイシュタルを護るように張られた防御結界が消え去った。
「よくやった!あとは任せろ!」
間髪を入れず、グリゼルダ教授が学院長に向かい銀色の剣を降り下ろした。
吹きすさむ衝撃波、舞い上がる砂煙。
しかし、僕の仕事は終わらない。
上手く一撃を学院長に入れられたとしても、一撃で倒せるほどやわな相手ではないからだ。
それに、結界を解除した瞬間、学院長が笑みを浮かべたように見えた。その笑みが頭から嫌な感じを消させなかった。
「ルーラ」
「なっ!小僧お主はどこから!!」
「動くな!」
イシュタルの眼前に転移し、刀の鋒をイシュタルの〈イブの心臓〉があるであろう、胸元に水平にあてがった。
砂煙が晴れると、横にはグリゼルダ教授の剣を真剣白羽取りの要領で受け止めている学院長が。
二人のいる場が大きくクレーターのように抉れていることからも、その力の凄まじさが感じられる。
「まさか私の結界を消し去るとは見事だ」
学院長は余裕綽々といった感じで笑顔でこちらに話しかける。
一方のグリゼルダ教授の表情には、驚きと少しの恐怖が読み取れる。
そこからグリゼルダ教授が、本気で学院長を倒さんと斬りかかったことが、容易に察することができた。
「学院長、女王を失いたくなかったら、剣を納め、僕たちと雷真たちを見逃して頂きたい」
「エドよ…」
学院長は女王イシュタルには頭が上がらないようだった。
それに一塁の望みをかけてのかけであった。
「それは懇願かね?それとも…要求かね?」
空気が一瞬で緊迫する。
学院長の穏やかで静かな問いかけと、対照的な射竦めるような視線。
身の毛がよだち、心臓を鷲掴みにされたような恐怖が走る。
体が膠着して動かない。
多分、今あと僅か数センチにも充たない所に存在するイシュタルの〈イブの心臓〉を貫こうとしても、それは叶わないだろう。
「答えたまえ。それは私に対する懇願かねそれとも…要求かね」
圧倒的に優位であったはずの形成がいつの間にか、真逆になっていた。
蛇に睨まれた蛙。
それはグリゼルダ教授も同様で顔に出さないように強がってはいるが、表情は強張り、光る汗が頬を伝っていた。
「……それは……よ―――」
恐怖を噛み殺し、僕が答えを発しようとした時だった。
「そこまでだシジイ」
天からサーベルを携えた女性が、学院長の側に舞い降りた。
「私は取り込み中なのだが、何か用かねアヴリル君?」
「ああ、もっと取り込んだ急用だ。国王陛下が直々に尋ねたいことがあるとね。―――グランビルの件でだ」
「ふふふ……迅速なことだ」
学院長が面白がるような笑みを浮かべた瞬間、場の緊迫感が霧散した。
それと同時に光を発している魔導書〈レメゲトン〉を閉じると、女王イシュタルの姿も露と消えた。
「ミス·ウェストンとレイヤ君。今夜ここで起きたことはすべて『なかったこと』にしたいと思うのだが、二人はどうかね?」
願ってもない提案だった。それは僕たちにとっては最高の。
「ここには誰も来なかったし、何も起きなかった。二人の行為を咎めることもない。元々何もなかったのだからね」
その表情は好好爺といった感じで和らいでいる。
「貴方が何を言っているのか私にはさっぱりだ。今夜、ここでは何もなかったというのに、私の何を見逃すと言うんだ?」
グリゼルダ教授は苦笑いを浮かべ、僕は黙って頷いた。
学院長は満足げに頷くと、
「地上まで送ろう」
と歩きだした。
二人の後をついて歩いていると、グリゼルダ教授が歩みより、耳元で呟くように話しかけてきた。
「お前の行動は危なかったぞ。学院長は利己的な男だから、女王イシュタルでさえ道具として切り捨てていたに違いないからな」
僕も薄々と感じていたことを断言されたことにより、学院長の恐ろしさを再認識した。
だが、今はそれ以上に気になることがあった。
先ほどまで下から響いていた戦闘音が止んで久しかったことである。