日が傾き、辺り一面オレンジ色に染まっていた。
そんな中、僕達はある目的を果たすために、ある所に向かっていた、重い足取りで。
「ねえ、女子寮に行くならルーラで一瞬で行けるはずなのに、なんで歩いて行くの?」
姉さんから、的を射た質問が。
やはり疑問に思ったか……
でも、答えられない…あってないようなちっぽけなプライドのために。
姉さんであっても言えないと、言葉に詰まっていると、翁が口を挟んでくる。
「簡単なことじゃ。ルーラを使うことに二つの問題があってのぉ。零夜にな」
やはり、翁は分かっていたか…
さすがにじいちゃんだと思いながら耳を傾ける。
「二つ?何なの?」
「一つ目は、零夜の友達と言っとったシャルロットという娘のことじゃ」
翁の言葉の中で『シャル』という単語が出た瞬間、胸を締め付けられるような感覚が。
「葵も感じていたとは思うが、最近険悪な雰囲気が二人の間に流れていたじゃろ」
「ええ、気づいていたわ。二人というより、あの娘が一方的にっていう感じだけど」
あまり顔には出さないようにしていたのに、二人とも気づいていたとは……
そう、あの一件以来シャルにあからさまに避けられ、話し掛けることすら出来ていなかったのだ。
なので、未だに謝罪することすらできていない。
「つまり、ルーラを使うと、あの娘に出会ってしまうこともあるじゃろ。あの娘の住んでいる女子寮じゃしな。零夜は臆病者でのぉ、心構えもなく会うことを避けたいんじゃよ」
その通りです。
心を決めて声を掛けようとするのさえ、とんでもなく精神を削られながら、試みなくてはならないほどの、臆病者なのに、心構えもなく、シャルに突然あったとしたら、僕の精神がもつだろうか、いやもたないだろう。。
翁が言った通りの理由であった。
「そういうことか。シャルロットさんと何があったかは、零夜が話したくなかったら話さなくても良いけど、相談だったら乗るわよ。私も女だし」
「ありがとう」
姉さんの心遣いに感謝し、頭を下げお礼を言う。
「よろしい。じゃあ二つ目は何なの?」
姉さんが翁に聞いた瞬間、翁の口元に嫌な笑みが浮かんだのを、僕は見逃さなかった。
完全に僕のことを見切っていたのだ。
「もう一つは零夜の性格のためじゃ」
「性格?」
「今回の目的は新たな人間関係を作ることじゃろ」
そう、今回の女子寮にいく目的は、新たな人間関係を築くためなのだ。
今僕は呪文や特技に詰まっている。
そして、それを解決するための人間関係を築くのが目的だ。
今僕が習得したいのは「召喚」である。
今の僕の味方は非戦闘員と自称する翁と、葵姉さんのみだ。
確かに姉さんは強く、非戦闘員を自称する翁も一般的な水準を超える戦闘力を有してはいる。
しかし、これから相手をしなくてはならないのは、夜会であっても、十六夜を取り返す戦いであっても、両親の仇討ちであっても、戦闘力はいくらあっても困ることはあっても、万全になることはない。
あればあるだけいいのだ。
そのため、「召喚」を覚え、戦闘力を増やしたかった。
しかし、魔力もレベルも充たしていると思うのに、「召喚」を使えないのだ。
なぜ使えないのか?と思い、僕は図書館でこの世界での「召喚術」について調べてみた。
やはりというか、あまりピンとこないものばかりであった。
ドラクエの「召喚」とこの世の「召喚術」では理事態が違っていたからだ。
しかし、一つ気になる項目が。
それは、この世界に存在する様々な「召喚術」を扱う流派という項目である。
その中に僕の生まれ故郷の日本にある、『いざなぎ流』の陰陽師の一族の名が存在していた。
生まれ故郷の日本ということだけでも引き付けられるのに、その一族が、幸運にもこの学院に、在籍していたのだ。
僕が調べたところによると、その学院に在籍する一族は、『いざなぎ流』の次期党首の日輪という女性。
〈十三人(ラウンズ)〉の一角に属し、〈魔姫(ダークプリンセス)〉と呼ばれ、自動人形を持たず、具現化させた式神を利用して戦うという、僕が一番理想とするものであった。また〈魔姫〉だけでなく、その護衛も在籍し、昴という大柄の関西弁を操る男と、六連という優男風の京都弁を操る男も在籍していることを掴んだ。
陰陽師の『召喚』であれば、秘術であろうし、簡単には教えてもらえるとも思えないが、知り合いになれれば、近くで『召喚』を見て学べるのではないかと考えているのだ。
故に新しい人間関係を『いざなぎ流』の人と築くために今、党首の日輪がいるという女子寮に向かっている。
「しかしな、新たな人間関係を築くには重大な問題があったんじゃ」
「重大な問題?」
姉さんの尋ねる声は神妙になるが、翁は明らかに悪い笑みを浮かべている。
くそ、翁め楽しんでいるな。
「零夜はボッチでな、ボッチというのは新たな人間関係を作るのがとてつもなく苦手なのじゃ。初対面の相手だと、話し掛けることすら難しいという」
「……」
姉さんは黙り込んでしまう。
僕の小さなプライドは砕け散っていた。
しかし、次の瞬間姉さんは僕に優しい視線を向け話し始めた。
「分かるわ零夜の気持ち。私も新入りの組の人とは話しづらかったから」
「そ、そうですか…」
僕とはベクトルのずれた話である。
姉さんの心遣いは嬉しいが。
「つまりの、どうやって話し掛けようか、それを考えるという目的と、早く着きたくないという逃避の気持ちがルーラを使わない理由の二つ目なんじゃよ」
はい、仰る通りです。
もう見事に全て見透かされていたことにより、白旗を挙げていた。
仲良くなった友達ならば、もう普通に話せるが、初対面だとどうしようもない。
話題もない、どのように接触すればよいかも、全く考えがつかないのだ。
「そうか、だから歩みも牛歩なみの速度なのね」
「うん……どうすればいいかな?」
もう女子寮を目前とし、藁をもつかむ思いで二人に助け船を求める。
「はあ、仕方ないのぉ、わしが可愛い孫のために一肌脱ぐかのぉ」
「本当に!!」
僕は一筋の光を見た。
翁に後光が射しているようにさえ見える。
翁は優しい祖父の顔で話し出した。
「零夜、お主は口パクをしておれ、わしが後ろからサポートしてやる」
「でも声が」
「わしの身体は便利での、声帯の模写もできるのじゃ」
今になって知った翁の機能、しかし今はそれは置いといて、助けてくれるということが嬉しい。
まあ、前世にあった名探偵の話が一瞬頭をよぎったのは仕方ないことである。
「ということで、零夜お前は、〈いざなぎ流〉の者を見つけたら接触し……フッ」
翁は話の途中で口を閉ざし、何かを見て不適な笑みを浮かべた。
「絶好のチャンスの到来じゃ。あれを見てみろ」
翁が指を指す先には、呆然と何かを見つめる日輪の護衛の二人。
そして、更に先には、女子寮の壁に
『〈魔姫〉とその一味は夜会から去れ。棄権か、然らずんば死』
というまるで血で書きなぐったような一文が、夕日に照らされた女子寮の壁に浮かび、数秒の後には霞みのように消えていた。
「人の不幸に漬け込むようで気乗りはしないけれど、確かに私たちにとっては絶好の機会ね」
姉さんもそれを見て、複雑な表情ではあるが、翁の意見に同意していた。
「確かに絶好の機会だ。でもどうすれば…緊張で腹が……」
「ええい、ウジウジと、わしがフォローするいかんかい」
「うわー!」
僕は焦れた翁に蹴り出され、二人の前につき出されていた。