オーバーロード 陰森の赤頭巾《完結》   作:日々あとむ

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書籍版みたいなノリで書くよー。
だから長くても五章くらいで(たぶん)終わります。
 


Prologue

 

 

 薄い霧の覆う、視界の狭い黒い森の中を、闇よりも濃い漆黒のローブを着込んだ何者かが歩いていた。

 豪奢で、絢爛華美な服装だった。闇を凝縮したようなフード付きのローブは、所々に複雑な刺繍が施され、綺羅星のように宝石が輝いている。二本の指以外の八本の指には指輪が嵌められており、その何者かが余程の高貴なる者であることが窺えた。このような黒い森には、全く相応しくない風貌だと言えるだろう。

 しかし、それもその何者かの顔を見るまでだ。フードの奥にあるはずの顔は皮膚も、肉も有りはしない。そこには人の頭蓋骨のようなものがあり、眼窩の奥では赤い燈火が二つ揺らいでいる。ローブから覗く胸部も、裾から見える両腕も、どちらも頭部と同じように肉も皮膚も無い。骨だけの姿であった。

 ――アンデッド。負のエネルギーで行動する、あらゆる命有る者たちの敵。既に死していながらも動き続ける骸。それが黒い森を彷徨う者の正体であった。

 なるほど。そも人では無いのであれば、この黒い森を彷徨うのもおかしな話では無いのかもしれない。人の手を知らぬ未開、薄い霧の覆う黒い森も人では無く動く骸であるのならば似合いだろう。不可思議で、不気味な黒い森の雰囲気に相応しい住人の姿であった。

 もっとも。そのアンデッド……漆黒のローブを羽織るエルダーリッチに似た姿を持つアンデッドは、黒い森に居を構える元来の住人では無かったのだが。

「…………クソが」

 アンデッドは苛立たしげに言葉をこぼす。その声には焦燥と、少しの不安も含まれていた。

 足場も悪く、視界も不明で、道らしき道も無い黒い森。確かにそのような場所を歩いていれば、苛立たしさも覚えるだろう。だが、このアンデッドを苛立たせているのは、断じて黒い森の様相では無い。足場の悪さも、視界の不明さも、道らしき道も無い草むらも、アンデッドにとっては不快さを覚えるほどのものでは無かった。むしろ、ランタンのか細い光で道を照らすような、未知の冒険をアンデッドは好んでさえいた。

 アンデッドが苛立ちと焦燥を覚えたのは、何よりもこの黒い森に入ってからの状況であった。アンデッドは、そもそもたった一人でこの黒い森を訪れたわけでは無い。アンデッドには幾人かの連れがおり、最初は彼女たちと共にこの黒い森を訪れたのだ。

 だが、気がつけば周囲には誰もいなかった。美しい女の姿をした魔術師も、輝く白銀の魔獣も姿が見えないという異常事態に見舞われていた。

 当然、すぐに〈伝言(メッセージ)〉の魔法で連絡を取ろうとしたのだ。だが、どういうことだろうか。発動するはずの魔法は発動しなかった。女の魔術師にも、白銀の魔獣にも、通信の魔法は発動しない。不可思議な事態に見舞われたアンデッドは慌てて、連れでは無い別の者たちへと通信の魔法を発動させた。

 だが――結果は発動不可。〈伝言(メッセージ)〉の魔法は、誰とも連絡を取ることが出来ずに効果を発揮することは無かったのだ。

 アンデッドの出した結論は早かった。連絡を取れない時点で、この黒い森からの脱出を最優先として転移の魔法を発動させたのだ。

 しかし、その結果もまた残酷であった。通信の魔法と同じく、転移の魔法も全て発動不可。低位の魔法も、高位の魔法も、あらゆる移動手段が封じられていた。まるで次元そのものを封鎖されているように、ほんの少しの距離の空間転移も発動しない。

 恐ろしいことであった。かつて無い、異常事態であった。アンデッドにとって、ここまでの異常事態は数えるほどしか存在しなかった。

 

 一つは、ありえないはずの異世界へと辿り着いたこと。

 一つは、恐ろしいマジックアイテムの効果によって、大切な部下が本人も望まぬ反旗を翻してしまったこと。

 

 これは、その二つに並ぶ異常事態であった。いや、特定の魔法が行使出来ないという状況は、自分の命さえ危うくさせるために、状況の改善優先度は二つの出来事さえも凌駕するだろう。

 アンデッドは、まず自分に何が出来て何が出来ないのかを確かめようとした。通信の魔法と転移の魔法が発動不可になっているこの状況。他にも習得している魔法が使えないかも知れない。かつて最初に異常事態に見舞われた時のように、魔法の発動やアイテムの効果を確かめたのだ。

 結果は、通信の魔法や転移の魔法と同じように、外部へと異常を知らせることの出来る魔法やマジックアイテムは、ことごとく使用不可という状況だった。後はマッピング系と、それに召喚系か。それ以外の魔法は、効果がすぐに現れる魔法やアイテムは、無事に効果を発揮することが出来たのだ。

 そして、それらが意味することは一つだろう。――外部との接触遮断。完全に、閉じ込められたということ。

 ――つまり、もはや。先へ進むしか道は無い。この異常事態を引き起こしているであろう犯人を見つけ、打ち倒すしか方法は無いのだとアンデッドは確信した。

「……クソが」

 そうして、黒い森を進みながらアンデッドは再び呟く。やはりその声には苛立ちと焦燥が混じっている。既に、遊びの範疇は超えていた。普段ならば戦士の格好で未知を楽しむ余裕が有るが、今はそのような遊びをしている場合では無い。戦士では無く、本業である魔法詠唱者(マジックキャスター)としての姿を晒し、アンデッドは黒い森を進んでいく。

 ……不安に、思ってはいないだろうか。連れの女魔術師は、アンデッドとはぐれてしまって、ひとりぼっちの心細さに泣いてはいないだろうか。アンデッドの姿が見えないことに、辛い思いをしてはいないだろうか。いや、疑問に思うまでも無い。泣いているかはともかくとして、きっと、絶対に不安であろうし、辛い思いをしているに違いないのだ。彼女たちは、自分がいないと満足に呼吸も出来ないほど、アンデッドを必要としているのだ。依存していると言っていい。

 そして、アンデッド自身も同じだった。アンデッドもまた、彼女たちがいないと辛くて、悲しくて、寂しい。

 離れたがらない彼女たちに、辟易することもある。自分を絶対者だと信じているその重圧が、嫌になることもあった。

 それでも、アンデッドは彼女たちが大切だった。愛していると言っていい。彼女たちが自分のことを全てだと思っているように、自身もまた彼女たちが自分の全てだった。

 だから――絶対に、彼女たちを見つけて一緒にこの黒い森から出てみせる。自分たちを離れ離れにし、不安にさせた報いを黒い森の主には受けさせてやる。

 憎しみと報復を決意しながら、アンデッドは道ならぬ道を進む。女魔術師の姿を、白銀の魔獣の姿を探しながら。薄い霧で覆われた、この黒い森を進んでいく。

 一歩。また一歩と着実に。道案内や最短ルートを導く魔法は役に立たない。三本足の烏も、王冠を被った小さな妖精も、ここではどこにも行けはしない。魔法でモンスターを召喚することも出来ない。自分だけの力で、この黒い森は突破しなければならなかった。

 アンデッドは黒い森を歩く。薄い霧が覆う、日の光がほとんど届かない黒い森の中を。

 生命の息吹はほとんど感じられない。ささやかな風が木々を揺らす騒めきさえ、僅かだ。鳥の鳴き声も、兎や栗鼠のような小動物の息吹も、狼の地を踏み鳴らす足音さえ影も形も有りはしない。

 奇妙だった。

 それでも、アンデッドは黒い森の中を歩く。足を一歩踏み出す度に、草がさくりと鳴る。苔が生え蔦が絡まる樹の幹に、真っ黒いぬめった肌の奇妙な蜥蜴が這っていた。鱗のある陸生の蜥蜴ではなく、まるで水棲のイモリのような姿の蜥蜴だ。それが粘液の跡をつけながら、木の幹を這うように歩いているのだ。

 見つけられる生命は、こうした奇妙な爬虫類と昆虫類だ。道を微かに照らすように、人間の肌のような色をした気色の悪い十五センチほどのバッタの姿をした虫が、幾匹も跳ねている。気味が悪かった。宙を舞う蝶は翅を動かす度に薄緑に輝く鱗粉を散らし、美しい姿を見せるが翅に描かれた紋様は瞳孔が開き切った死人の目玉にしか見えない。

 生命の息吹はほどんと感じられず、見つける生命はそうした異様な姿のものばかり。

 やはり、奇妙だった。

 アンデッドは、木々の生い茂る黒い森を進む。シンビジウムのような姿の大きな植物が地面から生えていて、アンデッドは横を通り過ぎる。がさり、そう通り過ぎたシンビジウムのような植物が音を立てた。虫か爬虫類か、何か出て来たのだろうか。アンデッドは振り向いた。

「――――うぇ」

 思わず、えずくような声が出る。植物の影から出て来たのは、仄かな光を身体から灯らせる、一メートルほどの大きさの、鱗の無い青白い蜥蜴だ。光る青白い大蜥蜴は、アンデッドの姿を見つけると四本の足を懸命に動かし、アンデッドが走るよりも速い速度でアンデッドから離れていずこかへと消えていく。

 その姿を、アンデッドは呆然と見送った。あんなにも足の速い蜥蜴を、アンデッドはほとんど見たことが無い。正確に言えば存在を知っているし、見たこともある。だが、()()()に来てから、あんな生き物は見なかった。アンデッドより足の速い原住生命を、アンデッドはこの一年間ほぼ見ていなかったのだ。

 だからこそ、アンデッドは警戒を強めた。異常だ。おかしい。やはり、この黒い森は異様過ぎる。

 アンデッドは再び歩を進める。先程の大蜥蜴を追おうとは思わなかった。自分より足が速いのだから、追いつけるとは思えなかったし何より、どのような生態の生物なのか分からないことがその行動に待ったをかける。生命としてどれだけ強いのか、アンデッドには分からないのだ。

 だからこそ、アンデッドは放置する。そして、黒い森に対する警戒を更に引き上げた。先程から既に最大限に上げていたが、まだ足りなかったと気を引き締めたのだ。

 アンデッドは黒い森を歩く。慎重に、けれど確実に前へ。彼女たちの姿を探して、森の外を探して。必死に。

 再び、シンビジウムのような植物の横を通り過ぎた。また、がさりと葉が動く音。また何か奇妙な生き物が出て来たのかとアンデッドは振り向く。

「――――」

 振り向いた先には、シンビジウムのような植物は存在しなかった。そこにいたのは、二本の足で地面に立つ、三メートルはあろうかという手足を持った何かだった。

 全身が緑色で、苔が生えて、そして土が身体中に付いている。まるで人間のような姿で、けれど細長い歪な姿をしていた。頭部らしき部分で二つの赤い光が灯っていて、髪の毛のようにシンビジウムのような葉が揺れている。まるで植物が無理矢理人間の姿を模したような、奇怪な姿。

 ――擬態。それに気づいた時、アンデッドは即座に魔法を撃とうと照準を目の前の植物モンスターに合わせる。奇怪な姿の植物モンスターは、アンデッドに向かって細長い右腕を振り上げた。鞭のようにしなった右腕が、アンデッドへ振り下ろされる。

 しかし、それがアンデッドの身体を鞭打つよりも早く、アンデッドの魔法が至近距離で植物モンスターに発動した。

 〈朱の新星(ヴァーミリオンノヴァ)〉。第九位階魔法であり、対個人の炎系攻撃魔法としては最高位を誇る魔法だ。それがアンデッドが放った魔法であり、植物モンスターが受けた魔法の正体である。

 本来なら、それは過剰防衛。アンデッドがここ一年で遭遇した、この()()()の生命種たちは第九位階魔法に耐えられる強度をしていない。例外は、ある大森林で眠っていた大樹のモンスターくらいだろう。

 炎系魔法は、植物系のモンスターの弱点に刺さる魔法だ。植物は基本的に熱に弱く、寒さに弱い。炎系と冷気系の攻撃魔法に対する種族的弱点を持つ者が多いのが、植物系のモンスターだ。

 しかし――

「――死なない、だと?」

 絹を引き裂くような悲鳴を上げ、全身に炎を纏わせながらもアンデッドの前の植物モンスターは、しっかりと二本の足で立っていた。炎を振り払うように、全身をくねらせる。煤け、燃え、炭化した部分があるにせよ、植物モンスターはまだ息が有った。全身の火が消えた植物モンスターは全身から黒い煙を出しながらも、アンデッドを睨み付ける。腕がしなった。

「……!」

 アンデッドは即座に意識を切り替える。もはや、手加減は無用だと理解した。する気も無かったが、しては自分が死ぬと納得した。アンデッドは威力を最強化し、更に三重化させた魔法で、もう一度同じ魔法を叩き込む。叩き込んだ後に、更にもう一度同じことを繰り返した。

 再び、絹を引き裂くような悲鳴。今度こそ、植物モンスターは燃え上がり、全身を炭に変えた。しばらく待つが、起き上がる気配は無い。

「……何なんだ、コイツは。この森は……!」

 明らかに、外の世界と隔絶している。この黒い森は、まるでゲームのエリア移動のように外のモンスターたちとは強さが隔絶していた。外の世界にこんなモンスターがいれば、即座に周辺国家は滅びるだろう。それほどまでに、アンデッドの魔法一発で死なないというのは異様なことなのだ。

「…………」

 ごくり。無いはずの生唾を飲むような感覚。全身を緊張が襲う。こんなモンスターがこの黒い森をうろついているのなら、白銀の魔獣は勿論のこと、女魔術師も無事では済まないだろう。

「ナーベラル……! ハムスケ……!」

 一人と一匹の身を案じ、アンデッドは再び歩を進める。薄い霧が覆う黒い森。周囲からは『還らずの森』と呼ばれ畏れられていた、人外魔境の中を。

 

 

 




 
異世界でユグドラシル製風ダンジョンに挑もう(※ただし“漆黒”メンバーで)!
 

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