オーバーロード 陰森の赤頭巾《完結》   作:日々あとむ
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■前回のあらすじ

昔々の、とある少女と竜の旅の結末。
 


3章 迷宮の奥へ

        1

 

 

 水晶洞窟を抜けた先には、大きな大木が存在した。大木には穴が空いており、中に入ると空洞になっている。そしてその空洞の中に、太いものは幅が一メートルほどあるだろう枝が、幾つも生えていた。

 上を見上げても水晶で出来た天井があるだけで、そして下を見ると底は真っ暗で確認出来ない。かなりの高所であることが窺える。

 大樹の穴デウス。

 水晶洞窟を抜けた先に存在する、()()()な大樹。この大樹を降りていった先に次のエリアが存在するらしいが――

 

「来るわよ! 私に〈飛行(フライ)〉は必要ないから! それと落下に気をつけて!」

 パトリツィアは叫ぶと、枝や木の壁を利用しながら降りていく。既に両手には神聖属性の短剣が握られ、その刃が煌いていた。

「ナーベラル。お前はハムスケの面倒を見ておけ。私は――」

 パトリツィア以外に〈飛行(フライ)〉をかけ、大樹の穴をパトリツィア同様に降る。ナーベラルはアインズの言葉に頷き、ハムスケの全身をかつてズーラーノーンが起こしたエ・ランテルの事件の時のように、抱えた。ハムスケが「申し訳ないでござる」と言い、「いいから動かないでちょうだい」とナーベラルが答えているのを横目に。

 ――大樹の穴の底から、黒い霧のようなものが溢れ出てくる。黒い霧はくるくると枝を避けるように蠢き、こちらへ向かってきた。

()()()()の相手をする!」

「WwRyyyyyyyYYYeeeeEeeeeei!!」

 奇声を上げながら、黒いローブから枝のように細い金属の四つ腕を持つ、渦のようなデザインの仮面をつけた、足の無いヒトガタに似た幽霊がアインズたちの前に姿を現した。

「Kyeeeeeaaaarrrr!」

 金属を擦り合わせるような、不快な金切り声。これが「疫病の双子ダグマル」。大樹の穴のエリアボスだ。

「Fooow!」

 ダグマルの幽体が、乱視のようにブレる。ブレた幽体はそのままダグマルから分離し、一個の独立個体となった。

「――なるほど。確かに、聞いた通りまるで」

 この大樹の穴に移動する前に、パトリツィアから事前に説明を受けてはいた。手が足りないので、アインズに手伝って欲しいとも言われていた。

 しかし、実際にその能力を目にすると動かない顔が引き攣る。アインズにとっては、ほとんどトラウマと呼んでいい。パトリツィアからその能力を聞いた時は、アインズはシャルティアの持つ()()()()を連想した。

 そして、ダグマルはその連想した能力と同じように――いや、()()とは違い魔法行使能力や特殊技術(スキル)さえ同じだと言うのなら、更に性質の悪い能力と言えるだろう。

「――〈死せる勇者の魂(エインヘリヤル)〉そっくりだな」

「Kyyeeeeee!」

 二重にブレた奇声が大樹の穴に響く。二体のダグマルが、アインズとパトリツィアの前へと現れた。

「PaatriciaaaaaaaAAA!!」

 絶叫の声を上げて、ダグマルの周囲に紫がかった闇色の球体状の靄が幾つも浮かぶ。パトリツィアはダグマルの絶叫を鼻で笑い、アインズへと語った。

「それじゃ! そっちは任せたわ!」

「任されよう」

 パトリツィアへ頷き、アインズはもう片方のダグマルを見やる。()()()のダグマルも――便宜上ダグマルBと呼ぼうか――闇色の球体の形をした靄を幾つも浮かべていた。

「では――行くぞ」

「Aaaaaaiaaaaa!!」

 ダグマルBは奇声を上げる。闇色の靄から馬上槍の形をした魔法の矢が撃ち込まれた。

 しかし、事前に〈上位魔法盾(グレーター・マジックシールド)〉などをかけておいたので、魔法の威力は低い。

「〈星幽界の一撃(アストラル・スマイト)〉」

 対するアインズは、非実体に効果的な魔法の攻撃を放つ。〈星幽界の一撃(アストラル・スマイト)〉はダグマルBへと吸い込まれるように向かい、着弾するとダグマルBは悲鳴を上げた。

「KIKIKiiiiii!」

 奇声を上げながら、ダグマルBは大樹の穴を漂う。アインズが少し視線をずらして下層へ向けると、パトリツィアの姿は見えない。ただ、時折煌く光が火花のように見えるので、ピンボールのように大樹の穴を駆け下りながらダグマルAと戦っているのだろう。

「GyaaGyaa!」

 アインズが相手をしているダグマルBは、奇声を上げながらまた何らかの魔法を唱えている。言葉が通じず、位階魔法とは違う未知の魔法を使うために、アインズも余裕があるわけでは無い。目の前の相手に集中することにした。

 ――「疫病の双子ダグマル」は、パトリツィア曰く信仰系の魔法詠唱者(マジックキャスター)だ。

 更に身体が非実体であり、神聖属性以外のあらゆる物理攻撃は無効化する。魔力が込められていないかぎり、全ての攻撃はすり抜けるのだ。なので神聖属性武器を持たない場合は、魔法以外に効果が見込めない。

 だがその魔法も、弱点属性は神聖属性のみ。聖なる光のみがダグマルに効果的なダメージを与えることが出来る。他の属性魔法――無属性も含めて――は、最低限のダメージしか与えられないのだ。しかも負の属性は完全に無効化する。

 パトリツィア曰く、このダンジョンの中で、もっとも手強いのがダグマルだと言う。確かに、こうして戦ってその通りだと言えるだろう。アインズにとって、もっとも面倒なレイドボスだ。

 何故なら、アインズの得意魔法をことごとく潰している。しかも二重の影(ドッペルゲンガー)まで作り出すダグマルの戦闘力は、レイドボスとしてのHPの高さと相性の悪さも相まって、一〇〇レベルモンスターと戦うのと遜色無い。

 なにより一番の問題は――

「Kyyyyyyee」

「ぐっ……クソ!」

 再び放った〈星幽界の一撃(アストラル・スマイト)〉が、ダグマルBに当たる前に別のものに当たり、霧散する。当たったのは木の枝の道だ。曲がりくねり、幾多も生える枝の道がダグマルBの盾となって魔法を防ぐ。

「……このエリア……面倒にも程があるぞ!」

 舌打ちしたい気分で、苛立ちを込めて吐き捨てる。何よりの問題は、この大樹の穴というエリアマップだ。縦以外の方向は全て囲まれており、更に幾つも存在する枝の道が〈飛行(フライ)〉の滑らかな軌道を困難にする。

 先へ進むためにはこの大樹の穴を降りねばならず。そして降りるために幾つもある枝の道を進むには、エリアボスであるダグマルが邪魔をする。底の見えない高所から足を踏み外せば、まず落下死は免れないだろう。アインズの持つ物理攻撃無効系特殊技術(スキル)も、この狂ったダンジョンでは正確に働くか不明だ。とても試したくはない。

 かといって〈飛行(フライ)〉で降りようにも、やはりダグマルが邪魔だ。ダグマルは浮遊しており、非実体であるため物理攻撃は無効――つまり、この枝の道を無いものとして自由自在に大樹の穴の中を移動出来るのだ。

 そんなエリアボスに、大樹の穴にいるかぎり魔法で攻撃されるのである。尋常な手段では、ダグマルを始末しないかぎり生きて底へは辿り着けないだろう。

 ――勿論、枝を順当に降りる、あるいは〈飛行(フライ)〉で降りていく以外の方法はある。

 例えばパトリツィアのように身体能力を駆使してピンボールのように跳ねながら、底を目指していく方法もあるだろう。身体能力と動体視力を駆使して、ダグマルの攻撃をかわし、同時にダグマルへ攻撃を与えながら降りていく。高レベルの軽戦士系ならではの、正道とは外れた裏技だ。

 もっともナザリックで、この方法が可能な一〇〇レベルNPCはいない。強いて言うならセバスくらいだろう。他は図体の大きさと身体能力から難しい。そしてギルド“アインズ・ウール・ゴウン”でも可能なのは、弐式炎雷のような一部のプレイヤーだけだろう。

 勿論、アインズやナーベラルのような魔法職が出来る方法では無い。ハムスケに至ってはレベルが低過ぎて論外だ。アインズに出来るのは、〈飛行(フライ)〉で落下死を予防し、ナーベラルたちをダグマルから守りながら、ダグマルを始末して安全を確保することだけだ。

「WRYeeeeeeeeeeee!」

 奇声を上げるダグマルBが、再び毒々しい色の魔法の槍を幾つも放ってくる。アインズはそれをナーベラルたちに当たらないように防ぎながら、魔法を行使する。

「〈魔法最強化(マキシマイズマジック)現断(リアリティ・スラッシュ)〉」

 ダグマルの弱点属性では無いが、攻撃力だけなら第十位階魔法の中でも最高位に位置する魔法だ。ダグマルBは魔法の刃が自分に向かってくるのを確認すると――空間に霧散した。

「――――はぁ!?」

 闇色の霧となって霧散したダグマルBは、空中に拡散する。その拡散した霧へ向かって魔法の刃が素通りし、大樹の壁に傷をつける。魔法の刃が通り過ぎると、瞬く間に拡散した霧は再び集合し統合していく。

 ダグマルBは、元の姿を取り戻した。

「ふっざけんな! あんなのアリか!?」

 アインズは思わず素に戻って叫ぶ。〈ミストフォーム〉の如く物理攻撃を回避したのではない。第十位階という魔法で編まれた、魔力の刃を霧状になって避けたのだ。〈ミストフォーム〉なんかより、性質が悪い。

(神聖属性を帯びた武器以外での物理攻撃は無効と聞いていたが、まさか魔法まであんな方法で避けるだと? 聞いてないぞ!)

 パトリツィアの助言を思い出し、その手落ちに内心で怒り狂う。だが、歴戦のプレイヤーとしての経験と感情を鎮静化させるアンデッドの特性が、瞬時にパトリツィアの助言に穴があった理由を察した。

(そうか! ……あの女は軽戦士……魔法戦士じゃない……なら)

 そう、簡単な話である。魔法を使用しないパトリツィアは、今までの敵が魔法に対してどのように反応するのか、知らないのだ。

 魔法というのは、レベル差が開いていると抵抗されやすい。無効化も同様だ。今までのこの迷宮の侵入者がどの程度のレベルだったのか知らないが、異世界の人間や亜人種たちの弱さを見るに、おそらく五〇レベル以下の者たちばかりだろう。三〇レベルも無いかもしれない。

 そんな侵入者たちの中に、一〇〇レベルのパトリツィアが混じるのだ。侵入者の平均レベルによって迷宮のモンスターのレベルが変動するのなら、パトリツィアにとっては雑魚であろうと他の侵入者にとっては強敵だ。魔法が無効化されようと、特に不思議な話では無い。

 だから、おそらくパトリツィアは今まで魔法詠唱者(マジックキャスター)の魔法を、エリアボスたちがどういう風に対応するのか、知らないでいたのだ。水晶洞窟で遭遇したドゥシャンを見るかぎり、このダグマルだけの特異な対応なのだろうとは思うが。

(こ、これは色々と考え直さないと不味いぞ! ……当初の攻略方法は全て破棄して……)

 対個人用の単体魔法を回避することが可能なのだ。しかも、魔法は神聖属性以外全て最低値の攻撃力しか発揮しない。耐性があるからだ。物理攻撃に至っては論外。

(クソ! マジに俺にとっては面倒な相手だな! ズビニェクとかいう奴! 性格悪いんじゃないか!?)

 ダグマルを創り出した迷宮の主に向かって悪態を吐く。この迷宮でもっとも面倒で手強い相手とはよく言ったものだ。二〇ほどレベル差があるはずだが、そんなレベル差を物ともしていない。

 ユグドラシルではレベル差が十もあれば、例え装備品が相手と違って優れていようとも勝てなくなる。だが、この迷宮の生物たちはユグドラシル産の生き物ではなく、そもそもユグドラシルでも見たことの無い生物だ。そうしたセオリーが通用しない。

(〈生命吸収(エナジードレイン)〉、は通用しないだろうな。俺の得意分野である死霊系魔法は無効化――だったか)

 死霊系統の魔法は基本、負のエネルギーを使用する。パトリツィアの言葉が正しいのなら、負のエネルギーはダグマルに通用しない。ダグマルは負のエネルギーの集合体なので、同じ属性のエネルギーは完全に無効化してしまうらしい。

 アインズの魔法に対応出来ないほどにレベルダウンをさせてやろうと思ったが、そもそも通用しないのではする意味が無い。

 思考している内に、ダグマルBが周囲へ毒々しい色の霧を放つ。漂うその霧は、猛毒や麻痺など数種類のバッドステータスを付与させる状態異常攻撃だ。だが、アインズはアンデッドなので勿論通用しないし、ナーベラルやハムスケにはパトリツィアから事前に聞いて耐性を持たせている。

(っていうか、物理が無効化ってことは接触魔法も全て無効化か? ……こうも魔法を制限されてくると、苛々してきたぞ)

 〈生命吸収(エナジードレイン)〉などの接触魔法は、対象に触れる必要がある。魔法には有効射程があり、接触魔法は触れる必要のあるゼロ距離で無いと使用出来ない魔法だ。

 こういった接触魔法は同位階の魔法より強く設定されている。それは接近しないと使えないために、魔法職だけでなく戦士職も習得する必要があるからだ。例えばアインズが接触魔法を使ったとしても、アインズの身体能力は三〇レベル帯の戦士ほどであるので、高レベルの戦士系モンスターやプレイヤーには接触魔法は通用しない。接触魔法を習得している理由は、単純にロールプレイの一環だ。

 この接触魔法を有効活用するためもあって、コキュートスと訓練をしているのだが――やはり一〇〇レベルプレイヤーが相手では、今の実力では通用する気がしない。

 ――そしてこのような接触魔法の特性上、物理的接触をしなければいけないとなると……物理無効化のダグマルにも通用する気がしなかった。

(シャルティアの時ほど追い詰められてはいないけど、油断すると死にそうだな)

 シャルティアと戦う羽目になった時は、余裕がなく精神的に追い詰められていた。その時ほどではないが、ダグマルはハムスケやナーベラルは勿論、アインズでさえ死の危険性がちらつく相手だ。

(まったく、このダンジョンは……つくづく、興味深い)

 こういう状況で無かったのなら、楽しめただろう。ユグドラシル時代にあったならば、ギルドメンバーたちと和気藹々としながらダグマルの攻略方法を探っていたはずだ。

「KyKKyyyyKKe……!」

 引き攣るような、そんな奇声をダグマルは上げる。アインズはダグマルBの魔法を回避し、ナーベラルたちを守りながらダグマルBの様子を窺った。

「……なんだ?」

 引き攣るような奇声は、ずっと続く。それに何らかの意味があるのではないかと、アインズはダグマルBの様子を窺って――ふと、意味に気づいた。

「……貴様」

 この引き攣るような奇声の意味を察し、アインズは気分を苛立たせる。ただでさえ苛々する相手なのだ。それが()()を浮かべているのだと気づいたならば、機嫌の悪さは悪化の一途を辿るだろう。

「WRRRYYYYYYYYY!」

 ダグマルBは絶叫を上げると、再び霧状に変化した。闇色の霧は周囲へと拡散して、視界を奪う。

「む?」

 それに警戒し、アインズは霧を吸い込むために〈暗黒孔(ブラックホール)〉を唱えようとする。周囲の物質を空気ごと吸い込むこの魔法は、霧のように姿を拡散させる非実体のモンスターに対して、抜群の効果を発揮する。今のダグマルBの状態でも、充分通用する魔法だ。

 闇色の霧が超重力の暗黒の穴の中に引きずり込まれていく。しかし、全ての霧を吸いきることは出来なかった。魔法の効果が終了し、それでも残った拡散した霧が再び姿を形作る。

「G――ai――」

 歪な唸り声を上げて、ダグマルBが姿を現す。ダグマルBの四つ腕の内、上の左腕が消失していた。効果があったようだ。

「Wrrrryyyyyyyyyeeeeeeee!」

 再び奇怪な叫び声を上げ、ダグマルBの身体がブレる。

「なに?」

 ダグマルBの身体が乱視になったように二重にブレて、そのままブレた身体が別れていく。その様を見たアインズは、ぽかんと口を開けて驚愕した。

「な、な、な……」

「Fooooooo……」

 二重に聞こえる、金切り声。アインズは、空虚な眼窩に宿る灯火を大きくし、素に戻って叫んだ。

「何が“疫病の双子”だ!? ――――“()()()”じゃねぇか!!」

「Wrrrryyyyyyyyyeeeeeeee!!」

 金切り声を上げたダグマルB――そして新たに出現したダグマルCは、闇色の球体の靄を周囲に浮かべると、アインズに向けて雨あられと魔法の矢を放つ。

「ちっ! 鬱陶しい!」

 「疫病」の二つ名の通り、ダグマルの魔法攻撃には基本的に何らかのバッドステータスがつく。この魔法の矢のそれぞれに通常のダメージと、何らかのバッドステータスが一種。どれがどのバッドステータスかは、当たらないと分からない。そのため、下手に一発当たるわけにはいかない。アンデッドのアインズはともかく、ナーベラルやハムスケには一発たりとも通せない。

 アインズは魔法で障壁を作り、魔法の矢を防ぐ。

「ナーベラル! 動くな! 枝の上に陣取れ! 降りるのは諦める! この場で籠城するぞ!」

「は、はい! ハムスケ、動くんじゃないわよ!」

「り、了解したでござる! 殿、ナーベラル殿!」

 さすがに二体に増えた以上、数が多過ぎてナーベラルたちへの対処が難しくなった。ナーベラルたちに一発も魔法を通さないようにしようと思えば、その場に留まるしかない。

(……面倒だが、パトリツィアの言う通りにするしかないか)

 アインズは説明されたダグマルの特性を思い出す。「疫病の双子ダグマル」。全ての魔法攻撃に追加効果で状態異常を付加させ、神聖属性を帯びていない物理攻撃を無効化する非実体のモンスター。ステータスが同等の自分自身の()を生み出す。

 この大樹の穴の攻略方法は、実に簡単だ。侵入者が大樹の穴の底へ到達し、次のエリアへ抜けること。これだけである。

 エリアボスである「疫病の双子」ダグマルは、その実討伐する必要の無いエリアボスなのだ。

 しかし、大樹の穴のエリアは常に落下死の危険が漂う、高所から低所への移動を目的としたエリアだ。そこへ状態異常攻撃を得意とする、非実体のモンスターが縦横無尽に駆け巡り邪魔をするのである。ダグマルを討伐しないかぎり、まず大樹の穴の底へ到達することは叶わない。

 そしてそのダグマルには、更に面倒な特性があった。アインズがここでダグマルBとダグマルCを始末しようとも、パトリツィアが相手にしているダグマルAを――最初のダグマルを始末しなければ意味が無いのだ。

 ダグマルは、自分とそっくりな存在を生み出す。それはあくまで、()()()()なだけだ。

 ()()を討伐しなければ、意味が無い。ダグマルは、死なない。

 よって、最初のダグマル――本体を相手にしているパトリツィアが勝利するか、あるいはアインズたちが何とか大樹の穴を抜けるか、それだけが攻略法だったのだが。

(八〇レベル程度のレイドボスなら、ナーベラルもハムスケも守って降りられると思ったが、そう上手くはいかなかったな。やはり、未知の相手――しかも相性が悪いと厳しいものがある)

 パトリツィアから注意は受けていたが、八〇レベルならアインズにとっては多少手間取る雑魚モンスターである。……あくまで、ユグドラシルではだが。

 しかし、ここはユグドラシルではない。それがよく分かった。やはり、この異世界は侮れない。

(大人しく、パトリツィアが本体を始末するまでの時間を稼いでおくか)

 アインズは枝の一つに降りて陣取ったナーベラルとハムスケを守るために、二体のダグマルへと魔法を放ったのだった。

 

 

        

 

 

 赤い影が、まるで流れ星の如く大樹の穴を駆け下りていく。

 いや、流れ星などではない。その赤い影は縦だけでなく横にも、時には斜めにも超高速で移動している。

 赤い影――パトリツィアは、足場などほとんど必要としていない。それはただの一足、反動だけで縦横無尽に跳ね回っているのだ。

 そしてそんなパトリツィアから、更に異様な軌道で逃げ回っている毒々しい、紫の入り混じった闇色の影があった。

「――ぎ」

 影――ダグマルはパトリツィアを振り切ろうと、縦横無尽など生温い、完全に物理法則を無視した軌道を描きながら大樹の穴を逃げ回った。

「――――」

 しかし、振り切れない。ダグマルの物理法則を完全に無視した異様な軌道に、パトリツィアは平然と追従してくる。

 けれど。

「――この!」

 平然と追従してのけているように見えるパトリツィアだが、当然の如くダグマルの軌道を追跡するのは無理があった。

 パトリツィアは、一〇〇レベルであろうと人間種である。あくまで、人間に過ぎないのだ。

 ……勿論、この迷宮の最下層一歩手前――霊廟まで辿り着くことが出来ればその縛りを無視出来るが、それでもパトリツィアはあくまで人間である。亜人種や異形種のように、異様な生態をしているわけではない。

 反動を利用して、力尽くで追いかけてはいる。しかしそれだけだ。超高速を維持したままの縦横無尽な軌道は、パトリツィアの三半規管を、脳をハンドミキサーのようにシェイクしている。

 目まぐるしく変わる景色。けれども上下左右に広がる、似たような光景。超高速による重力の過負荷。――もはや空間識失調(バーティゴ)の寸前である。

 主に航空機のパイロットが起こす平衡感覚の喪失状態のことだが、今パトリツィアが経験しているのはその航空機に乗るパイロットと変わらない。結果、人間のパトリツィアの脳は揺すられ、徐々に平衡感覚が狂っていく。

「――ッ!」

 それに、眩暈を起こしかけるがパトリツィアは無理矢理に軌道を修正して、ダグマルを追い続ける。そうしなければならない理由が、パトリツィアにはあるのだ。

 ……魔法職のアインズは気にも留めていないようだが、戦士職のパトリツィアには様々な制約が存在する。ファンタジーな世界だけあって、重力加速度――Gの問題や空気抵抗などは奇妙なことに起きないが、それでも人間種の構造上ファンタジーで解決出来る問題は限界があった。

 ……例えば、パトリツィアが白血病を患ったように。

 この空間識失調(バーティゴ)もそうだ。精神異常の無効化では、この平衡感覚の狂いは治らない。これは精神のダメージではなく、まったく別の状態異常である。

 よって、パトリツィアは無理にダグマルを追いかけず、ある程度の距離を取りながらダグマルを仕留めてしまえば良い――それが常道。しかし、ダグマルに対してそれは出来ない。

 「疫病の双子ダグマル」。このエリアボスは「疫病」などと名がつくだけあり、凄まじい数の状態異常攻撃を保有している。長年の付き合いではあるが、パトリツィアは未だにこのダグマルの状態異常攻撃の種類を把握していなかった。それだけの量があるのだ。

 状態異常に対応して完全耐性を得ようにも、数が多過ぎて全く対応出来ない。一発でも貰えば戦闘不能になる可能性を考慮すれば、ダグマルが攻勢に転じられる隙を作るわけにはいかなかった。アンデッドのアインズならともかく、パトリツィアは人間種なのだから。素の状態では、状態異常に対する耐性なんて一つも保有していない。

 アインズは魔法の効きが悪いということで苦手意識を持ったようだが、条件だけを鑑みればパトリツィアの方が余程不利である。

 そう、ナーベラルやハムスケと条件は同じだ。パトリツィアは、ただの一度もダグマルの攻撃魔法を受け止めてはならない。アインズが楽観視しているほど、パトリツィアにも余裕があるわけではなかった。

 結果、ピンボールのような超高速で跳ね回る動きを強いられる。このスピードなら、ダグマルは範囲攻撃を仕掛ける暇が無い。単独対象の攻撃ならば、パトリツィアは回避出来る。

「――えぇい! しつこい!」

 ダグマルは叫び、自身が出せる最大速度で無規則な軌道を繰り返す。パトリツィアなど実体がある者たちと違い、このダグマルに実体は無い。よって、幾つも横切る枝の道は全く障害にならなかった。

 その枝の道をわざと通り、パトリツィアに対しての障害物にする。トップスピード勝負では、ダグマルはパトリツィアには勝てない。なので、こうしてトップスピードを出せないように移動するしかない。

 だが、それでもパトリツィアは振り切れない。

 ……しかし、パトリツィアもずっとこの速度でダグマルを追跡は出来ない。必ず、速度が低下する時はやって来る。ダグマルはそれまで、時間を稼ぎ続ければいい。

 だって、パトリツィアにわざわざ勝つ必要は無い。パトリツィアでは、最後のエリアボスを攻略は出来ない。この大樹の穴の奥の更に奥――霊廟のエリアボスに、パトリツィアは挑めないのだ。

 だから、ダグマルがパトリツィアに勝つ必要は無い。パトリツィアにこの迷宮は攻略出来ない。重要なのは、侵入者たちの生死である。侵入者が死亡すれば、その時点でダグマル――ズビニェクの勝利なのだ。

 ……ズビニェクは勝ち続けねばならず、パトリツィアはただの一度勝利するだけで良い。普通ならばズビニェクが圧倒的に不利なこの勝負はしかし、パトリツィア自身のせいでその難易度を跳ね上げている。

 パトリツィアがいるかぎり、この迷宮は攻略出来ないのだ。

 ……しかし、今、その攻略不可能なはずの迷宮に、数少ない例外がやって来た。パトリツィアと同じプレイヤーなる者。ズビニェクの怨敵とも言える存在である。

 ()()は駄目だ。認めてはならない。霊廟のエリアボスとは相性が悪そうだが、万が一は必ず存在する。

 よって、ダグマルはなんとか侵入者たちを排除しなくてはならないのだが――

「――――ふ」

「!」

 パトリツィアが、膝が壊れる危険性を冒してまで、軌道を無理矢理変化させた。斜めではなく、壁を使って真横――ダグマルに最短距離で向かってくる。

 ダグマルは急いで自身を分解するが、しかし一歩遅い。神聖属性の短剣はダグマルの左上腕を斬り落とした。

「ぎ!」

 ダグマルは聖なる力を宿した刃によるダメージで、堪らず短い悲鳴を上げる。だが直撃だけは避けられた。魔法ならばともかく、神聖属性を宿していようと物理攻撃ならばクリティカルヒットでもなければ被害は最小限で済む。

 ダグマルには、パトリツィアの十八番である五大明王撃も通用しない。あれは神聖属性を宿しておらず、そして魔法でもない特殊技術(スキル)による攻撃だ。更に、強力であるからこそ特殊技術(スキル)を発動させるまでに一工程(ワンアクション)――明王を召喚する動作が入る。低レベルの状態ならまだしも、今の八〇レベルほどの高レベルならばその隙間で身体を分解し、致命的な攻撃は回避することが可能だ。

 だからこそ、パトリツィアは自身の強化以外の特殊技術(スキル)は使用していない。下手な攻撃は回避されるのだから。

 ……元々、パトリツィアは通常のユグドラシルプレイヤーではない。PKを前提とした職業構成(クラスビルト)をしている、ある意味で特化型プレイヤーだ。ボス攻略を前提にしていないのである。

 対プレイヤー特化であるために、プレイヤーに対しては有利を取れるが、ボスエネミーなどには後れを取ることが多い。「疫病の双子ダグマル」はボスエネミーの中でも特殊なエリアボスであるため、余計に攻略難易度が上がる。それでも攻略不可能ではないあたり、パトリツィアのプレイヤースキルは常軌を逸していると言えるだろう。数百年の経験値は伊達では無い。

 ――そう。数百年間鍛えられた技術は、武芸と言うよりは“業”に近い。

「――――ッ」

「――あ」

 痛みによる一瞬の意識の空白。その隙間を縫うように、再び集結し統合したダグマルの目の前に、パトリツィアは距離を詰めて迫っていた。

 ダグマルの目の前にいるパトリツィア。パトリツィアは二挺の神聖属性の短剣を、空間識失調(バーティゴ)寸前の意識と無理矢理な方向転換による代償の痛みを無視して、ダグマルの核晶(コア)に向かって突き刺した。

「――――ぁ」

 ダグマルは、か細い悲鳴を上げる。ダグマルの非実体の身体――人体で言うところの心臓部分には、ダグマルにとっての心臓である核晶(コア)がある。アメジストのような輝きを放つそれは、魔法か神聖属性を帯びた物理攻撃でしか破壊出来ない。パトリツィアは、それを二挺の短剣で串刺しにした。パトリツィアにクリティカルヒットの技術力で勝てるプレイヤーは、既に存在しないだろう。

「――――、え?」

 だから。確実に仕留めたと思ったその一撃の手応えが、異様に軽いことにパトリツィアは驚いた。

「うそ!? いつの間に()()()()()()!?」

 その理由を一瞬で察し、ダグマルの間合いから離れようとパトリツィアは二挺の短剣を引き抜いて距離を取ろうとする。

「――うふ」

 しかしその前に、ダグマルは笑みを漏らすと自らの身体を分解した。隙を晒したパトリツィアに向けて、範囲攻撃の魔法を放つ。複数のバッドステータスをもたらす、状態異常攻撃魔法〈疫病の嵐〉だ。

「――――ッ!」

 寸前で距離を開けたために、直撃は避けられた。しかし、完全には回避出来ない。〈疫病の嵐〉に触れたために、パトリツィアはダメージの代わりに幾つかのバッドステータスを付加される。付加された状態異常は沈黙に視界不良、そして朦朧だ。麻痺や石化、混乱に支配など致命的な状態異常は対策しておいたので、かからない。

 だが、それで充分過ぎる。特に視界不良と朦朧が不味い。ただでさえダグマルは回避値が高いモンスターなのだ。レベル差が二〇ほどあると言っても、この状態ではダグマルにダメージを与えることは難しかった。

「……この……! いつの間に入れ替わったのよ……!」

「お前が私の目の前に現れて、一瞬意識が途切れた時さ。事を急いたなぁ、パトリツィア。私としても危ないところだったが、化かし合いでは私に勝てないよ。お前は良い子だからね」

 パトリツィアがダグマルを即死させようとしたその瞬間――無理な軌道を描いたパトリツィアは一瞬意識を手放した。空間識失調(バーティゴ)寸前の意識がもたらした、たった一瞬のその隙を、ダグマルは見逃さずに入れ替わったのだ。

 ――アインズたちと戦っている、自らの分身体と。

「あのアンデッドの連れを守ってやろうと事を急いたのであろうが、無茶が過ぎたねぇパトリツィア。あのペットたちは、放っておけば良かったのさ」

「――この! どの口で……!」

 ダグマルの優しい言葉に、パトリツィアは悪態をつく。ナーベラルとハムスケを見捨てる。それがパトリツィアに()()()()理由を、ダグマルは良く分かっているだろうに。

「状態異常を幾つか受けている今のお前の能力値は、下がっている。こちらでも充分時間稼ぎが出来るだろう。どれ、その間にあのアンデッド以外を本体が仕留めて来ようかね」

 ――それは〈位置交換(トランス・ポジション)〉。ユグドラシルのシステムとは違うが、ダグマルには本体と分身体を入れ替える特殊技術(スキル)が存在する。その特殊技術(スキル)を使って、ダグマルはアインズたちと戦っている分身体と入れ替わった。

「くっ……!」

 パトリツィアではもう、間に合わない。パトリツィアは完全にしくじった。分裂したダグマルを潰し尽す前に、間違いなくナーベラルとハムスケが殺される。

 そして、そうなるとズビニェクの勝利だ。アインズたった一人では、勝てない理由が霊廟にはある。蘇生しようにもナーベラルはギルド拠点NPCであるため、蘇生はギルド拠点でしか行えない。そうアインズから事前に聞かされていた。ハムスケは蘇生させても、そもそもレベルが低過ぎる。

 アインズが霊廟のエリアボスに勝利するためには、ナーベラルの存在が必要不可欠なのだ。

 そして、アインズは死んでもこの迷宮には二度と挑めない。この迷宮に侵入者が挑めるのは、たった一度きりなのだ。死亡したら最後、アインズはこの迷宮から脱出出来なくなる。この迷宮で死亡した場合、おそらく()()()()()()()()使()()()()意味が無い。

「では、しばらく付き合っておくれパトリツィア。そして、また次の童話で会おうな」

 優しく語りかけてくるダグマル。疫病の霧が拡散し、ダグマルの分身体を幾つも作る。ダグマルは自分の完全コピーを一体創造する特殊技術(スキル)が有り、それが「疫病の双子」と呼ばれる所以だが、一体しか分身体を創造出来ないわけではない。

 ただ、完全なコピーは一体だけしか作れないだけだ。能力値の劣化した、劣化コピーならば分身体の方がレベルの数だけ創造出来る。ただ、数が多ければそれだけ弱体化していくのだが。

 今この場にいるのは、その劣化した分身体五体だ。おそらく、完全体の本体とまだ強力な劣化コピーはアインズへと向かった。

「……こんなことなら、アインズに〈伝言(メッセージ)〉系のアイテムか位置交換系のアイテム貰っておけば良かったわ。どうしましょう……?」

 向こう、気づいてくれるかしら――そうパトリツィアは呟いて。今出来ること――ダグマルの分身体を潰すことに集中しようと、霞む視界と朦朧とした意識で、短剣を握り直したのだった。

 

 

        2

 

 

「〈魔法最強化(マキシマイズマジック)連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)〉」

「〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)星幽界の一撃(アストラル・スマイト)〉」

 ナーベラルが放った魔法を回避した瞬間を狙い、アインズはダグマルBに対して魔法を放つ。ダグマルBは「Gy……!」と奇怪な音の悲鳴を上げ、再び拡散し始めた。

「む、いかん」

 アインズは状態異常に対しての抵抗力を強くする魔法を、威力強化してナーベラルとハムスケに向けて放つ。抵抗力の上がったナーベラルやハムスケを巻き込む形で、ダグマルBが〈疫病の嵐〉を使用する。

 状態異常攻撃に何とか耐えた――と思った同時に、ダグマルCが時間差で同じく〈疫病の嵐〉を使用してくる。その間にダグマルBが拡散状態から元の形を取り戻し、再びアインズたちから距離を離した。

「……面倒な」

 先程から、その繰り返しだ。ダグマルたちはアインズを無理に攻撃せず、ひたすらナーベラルとハムスケを巻き込む形で魔法を行使する。そのせいで、アインズは中々攻勢に出られない。

 ……既に、パトリツィアが仕留めるのにかかるであろう予測時間は過ぎている。これだけ待ってもダグマルたちが死亡する気配が見えないということは、パトリツィアに何らかのアクシデントがあったということだろう。

 驚きは無い。ユグドラシルではよくあることで、不慮の事故でパーティーの前衛が、あるいは後衛が脱落することはあった。

 なので、アインズとしてはそろそろ自分が無理をしてでも、ダグマルを仕留めないといけないタイミングだと思い始めていた。

 そのため、ナーベラルにも攻撃に参加するように告げ、先程から魔法を使わせているのだが――

「……本当に、苛立たせてくれる」

 忌々しげに呟く。ダグマルたちは、明らかにナーベラルやハムスケを狙っていた。アインズは無理に殺そうとせず、ひたすらいやらしい状態異常攻撃魔法――しかも範囲攻撃だ――を使って、ナーベラルたちを巻き込んでいる。

 結果、アインズはナーベラルとハムスケを守るために無理な攻勢に出られない。どんな状態異常を仕掛けられるか、分かったものでは無いのだ。それでナーベラルが死んでしまっては、アインズは弐式炎雷になんと言えばいいのか。

 ただでさえ、アインズはアルベドの設定を面白半分で変えてしまったことに対して、タブラ・スマラグディナに。そしてシャルティアを洗脳され殺さざるを得ないことになってしまったことに、ペロロンチーノに罪悪感を抱いているのだ。これ以上、友人たちに申し訳ない思いを重ねるのは遠慮したい。

(……仕方ない)

 あまり魔力の無駄な消費は避けたかったのだが、こうなっては魔法によるごり押しを敢行する。

「〈魔法効果範囲拡大化(ワイデンマジック)大顎の竜巻(シャークサイクロン)〉」

「Gy?」

 巨大な荒れ狂う竜巻をダグマルたちに向けて放つ。ダグマルたちは、その風に巻き込まれるように姿が竜巻の中に溶けていった。その姿に、アインズは少し驚く。

(身体が風に巻き込まれる? ユグドラシルとは、本当にまったく仕組みが違うんだな)

 モンスターの身体が魔法で生み出した風に巻き込まれ、溶けていくなんてユグドラシルでは聞いたことが無い。

「Kyyyyeeeeeeeaaaaaaa!!」

 金切り声を上げて、ダグマルたちが〈疫病の嵐〉を使用する。竜巻の中が毒々しい色に染まり、中を確認出来なくなった。そんなダグマルたちの様子を見て、アインズは――ふと、察する。

「――くく! そうか! 貴様ら、パトリツィアから逃げてきたのか!」

 アインズは確信し、目の前に存在するダグマルたちの――正しくはその片方の正体を察する。

 あそこにいるダグマルの片方は、()()だ。

 その証拠に、ダグマルは姿を隠した。せざるを得ない理由があった。アインズたちから見えないようにする理由が。どうやら、〈大顎の竜巻(シャークサイクロン)〉は妙な効果をダグマルに発揮したらしい。

 ――ダグマルの本体には、核晶(コア)が存在する。アメジスト色の輝きを隠すために、本体だと確信させないために、その姿を隠すしか無かったのだ。だから、〈疫病の嵐〉を無駄撃ちした。

 しかしそれが、逆説的に本体だと主張している。使わずに確信させるよりは、使って疑惑程度に留めておきたかったのだろうが、アインズはそれを本体だと確信した。

 おそらく、パトリツィアから逃げたのだろう。パトリツィアよりも、自分の方が脆弱だとでも思ったのか。確かに、アインズとパトリツィアではプレイヤーとしての強さを考えるなら、おそらくアインズの方が下だろう。

 しかし、ダグマルにとっては相性の良い相手はパトリツィアだったはずだ。人間種のパトリツィアの方が、アンデッドのアインズよりもよほど殺しやすいだろうに。

 ――だが、ダグマルはパトリツィアを避けた。その理由。そこに何らかの迷宮の秘密が隠されているような気もするが、おそらくそれはアインズの予想通りの出来事のはずだ。

 パトリツィアは、ダンジョンにいながらもダンジョンを攻略出来ない。その理由。それを考えれば、おのずと答えは見えてくる。

(まあ、イベントでよくある話だな)

 そしてパトリツィアが、平然と特殊技術(スキル)などを見せてくる理由も納得出来る。「外へ出たい」と願うパトリツィアならば、外へ出るためにアインズへの協力を惜しまない。黙秘をしているのは、それがルールだからだ。例え予測は出来ても、確定するまで決して口にしてはいけないお約束。

「では、ダグマル。疫病の双子よ、ご退場願おう」

 使用するのは、当然その属性最強の範囲攻撃魔法。万が一にも逃がさないために。

「〈魔法最強範囲拡大化(マキシマイズワイデンマジック)星幽界の大波(アストラル・ロウラ)〉」

 非実体に致命的な一撃を与える魔法の、範囲攻撃版だ。非実体を捉える魔法の力が、津波のように広がって非実体を捉える。

「Gyyyyyyyyyyyyyy!!」

 金切り声の絶叫。魔法が解けたその瞬間、アインズは指先を狙い定めた。

「k……G……」

 ダグマルの全身は襤褸雑巾のように、ズタズタになっている。あの魔法は〈星幽界の一撃(アストラル・スマイト)〉よりも威力が下がり、MPの消費も激しいがある特殊効果が存在した。その特殊効果によって、ダグマルの形は定まっている。今この瞬間、ダグマルの拡散化能力は使用不可能だ。そのため、()()に戻ってしまっている。こうなっては「疫病の双子」の異名も形無しだろう。

 そこに、アインズは最強の攻撃魔法を撃ち込んだ。

「〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)現断(リアリティ・スラッシュ)〉」

 威力を最強化させ、三重化した最強の第十位階魔法がダグマルを捉える。ダグマルは今までと同じように、拡散化しようとするが当然先程の特殊効果のせいで出来ない。

「Ar……AAAAAAAAAAAAAHHAA!!」

「なっ!?」

 途端、ダグマルは拡散化が不可能と見るや自分で自分の核晶(コア)を砕いた。ズタボロの金属質な腕を振り回し、自らの心臓部に叩き込んだのだ。

「コイツ、なにをッ……!?」

「Wryyyyyyyyyyyeeeeeeaaaa!!」

 自らの心臓部を破壊したダグマルの身体が、崩壊する。崩れていく身体を、魔法の刃が()()()()()

「なんだと!?」

「――ki、hi」

 崩壊した身体のまま、ダグマルが距離を詰める。いや、詰めるというよりは、その拡散した身体が津波のように濁流となってアインズたちに迫るのだ。即ち、〈疫病の嵐〉が。

(ま、ずい……!)

 当然、アインズはそんな最後っ屁を受けても無傷だ。だが、ナーベラルやハムスケは違う。ナーベラルとハムスケはその濁流を見て、顔を引き攣らせていた。アインズは、魔法を使用した技硬直の最中で、二手目を動かせない。そしてナーベラルでは、あの状態異常の津波を完全には防げない。ハムスケに至っては為す術さえ存在しない。

 ――ダグマルの最後の執念。ナーベラルとハムスケは、ここに詰みと相成った。

 そう、アインズたちにはもうこの状況は覆せない。

「〈裁きの雷霆(ジャッジメント・ケラウノス)〉」

 よって、ここに手隙になったもう一人が、その盤上を引っくり返す。

 大樹の穴の、無いはずの天上から青白い、極大の雷霆がダグマルに向かって降り注ぐ。しかしそれは雷属性などではなく、神聖属性。あらゆる悪を打ち砕く、裁きのいかづちである。

「Gyeeeeeeeeaaaaaaa!!」

 ダグマルが、聖なる光に焼き尽くされて悲鳴を上げた。

 それは掲げた武器へと降り注ぐ、飛行系モンスターを地上から撃ち落すための特殊技術(スキル)だが、命中率はかなり悪い。術者よりもレベルが圧倒的に低くとも回避出来る確率は少なくない。

 ただし、射線上にいる対象のカルマ値が低ければ低いほど、攻撃力は上がり回避率は下がっていく。なにせ、カルマ値がマイナスの存在に対する特攻特殊技術(スキル)だ。カルマ値が極悪の魔法詠唱者(マジックキャスター)に至っては、回避出来る確率は本来の確率の半分以下だろう。

 つまり、ダグマルにとっては致命的な一撃となる。

 ダグマルに回避することは出来ない。何故ならそれは、ダグマルにとって完全な不意打ちだった。

 捕食者は、捕食する時にこそもっとも大きな隙を晒す。それはダグマルとて例外では無い。ナーベラルとハムスケを――アインズを自らの()()と引き換えに完全に詰みへ導いたその手腕は、褒められるべきだっただろう。なにせ、自分よりも格上の一〇〇レベル二人を、八〇レベル代で追い詰めたのだから。

 だが、その快挙も一歩ならず。「疫病の双子ダグマル」は、ここに雷霆の裁きを受けて燃え尽きた。

「――さよなら、ダグマル。もう、二度と逢うことも無いでしょう……」

 あらゆる悪を焼き尽くすいかづちが染める大樹の穴。アインズは、寂しそうな女の囁き声を聞いた気がした。

 

 

        

 

 

「怖かったでござるよぉ……」

「暴れないで。もこもこして持ちにくいって言ってるでしょ?」

 ハムスケとナーベラルの会話を背に、アインズは大樹の穴を降りる。大樹の穴の底には、既にパトリツィアが立っていた。

「ごめんなさい。ちょっと手間取って、貴方の方に行っちゃったの」

「――それは構わないが」

 アインズの顔を見たパトリツィアは、申し訳なさそうにアインズに謝罪する。おそらく、ダグマルの本体を倒す予定は自分であったはずなのに、アインズの方へ向かわせてしまったことだろう。

「それより、三体目の方が驚いたぞ。『双子』じゃないのか?」

 嫌味をこめて告げると、パトリツィアはきょとんと瞳を丸くして、口を開いた。

「『双子』よ? 三体目からは、レベルが落ちるもの。アイツが製作出来るドッペルゲンガーは、一つだけ。それ以上数を増やすと増やした方は弱くなるもの。本体は強さそのままだけれど」

「……あぁ……そういう……」

 「疫病の双子」の意味を知って、アインズは肩を落とす。つまり、三体目からは数を増やすごとにレベルが低下した分身しか増やせない。だから「双子」であり、決して「三つ子」では無いということだ。むしろ、増えたのは子どもとかそういうものなのだろう。

「それで、ナーベラルとハムスケくんは大丈夫だった?」

「ああ。多少MPの消費はあったが、ナーベラルとハムスケに状態異常は無い。……それで、ここを抜けたら次はなんだ?」

 アインズが訊ねると、パトリツィアは微笑みを浮かべた。

「次は黒の湖カエルムよ。貪食狼がエリアボスなの」

「ああ、ドゥシャンか」

 水晶洞窟で遭遇した、イベントボスだ。どうやら、ここでもう一度遭遇するらしい。

「今度は逃げずに、ちゃんと倒せるわ。まあ、私たちのレベルだと疫病の双子よりは全然苦戦しないから、大丈夫よ。ただ――サイズが大きくなっちゃうんだけど」

「はあ? サイズ?」

「ええ。クレアーウィットで遭遇した時は、三メートルくらいだったでしょう? 今度は、五メートル以上の巨体よ。カエルムのレイドボス化することで、サイズが変更するんでしょうね」

 イベントで遭遇する時と、エリアボスとして遭遇する時では扱いが違う、ということなのだろう。ドゥシャンの身体能力は、水晶洞窟で遭遇した時よりも強力になるようだ。

「でも、使う特殊技術(スキル)とかに違いは無いから。実際に殴られるような事態にならなければ大丈夫。転移阻害で周囲は転移出来ないようにして、私を前衛にして叩くってセオリーで大丈夫よ」

「なるほど」

 確かに、話を聞くかぎりではダグマルの方がよほど強敵だ。ナーベラルやハムスケを狙われるのは、さすがに無いはずの胆が冷えた。パトリツィアがいなければ、アインズにとっては敗北も同然の結果となっただろう。

 例えアインズ自身がダグマルから勝利を得ても、ナーベラルの死は必ずシャルティアの時同様にアインズの精神に消えない傷を残す。パトリツィアがいなければ、きっとそうなっていた。

 ナーベラルたちNPCはギルド拠点で復活出来るとは言っても、だからと言って死なせることが正しいはずが無い。ユグドラシルでなら、NPCを平然と盾にして生き残るのは、正しいことだったのかもしれない。

 けれど、今の彼女たちは動いて、喋って、感情があった。誰が何と言おうと、アインズはそれを『生きている』と断言する。そんな彼女たちの死が、一度や二度という回数で数えられるものであったとしても……アインズは、許せそうになかった。

「結構MPと特殊技術(スキル)を消費したから、少し休憩してから進みましょうか。次のカエルムは湖に落ちて水没しなければ大丈夫だから、このデウスみたいに気をつけなくて大丈夫よ」

「それはありがたい……ホント」

 この大樹の穴は、生きた心地のしないエリアだ。アインズは大丈夫だが、ナーベラルやハムスケが落下したらと思うと、不安でしょうがなかった。パトリツィアも、慣れるまでどれだけの時間がかかったのだろうか。

「貪食狼を倒せば、次は霊廟エトよ。霊廟のエリアボスを倒せば、あとはズビニェクに会えばいい――迷宮の外へ、出られるのよ」

 外の世界へ思いをはせているのだろうパトリツィアの浮かべる微笑みは、美しかった。

 

 

        3

 

 

 さくり。ざり。軽い砂の音が鳴る。アインズが――あるいはナーベラルが、誰かが足を一歩前へ踏み出す度に、さりさりと砂の擦れる音がした。

「凄いでござるな!」

「第六階層と似たような構造をしているのね、この迷宮は」

 ハムスケの言葉とナーベラルの言葉がアインズの耳に入る。確かに、ナザリックの第六階層の「大森林」に似ているかもしれない。

 地下墳墓の奥へ作られた、大自然を模した第六階層。かつてユグドラシルであった時に、システムを使って生み出した偽りの大自然。

 今となっては本物も同然であるが、この場所もそれに似ている気がした。

 ……いや、灰の都から、ずっとそんな気配はしていた。ただ、ゲーム時代に生み出された偽物であると分かっているナザリックと違って、アインズの感性がこの迷宮の光景を本物と錯覚させているのかもしれない。

 ――ここは、黒の湖カエルム。大樹の穴を抜けた先に存在する、ひたすらに真っ白な砂浜。その砂浜を囲むように、青黒い水が海のように広がっている。空もまた、広がる海のように青黒い色をしていた。

 日の光は存在しない。太陽なんて、この地の底には存在しなかった。だが、何故か明るい。視界は朝焼けのように良好だ。

 それが酷く異様で――()()が尋常ならざる場所なのだと理解させる。

「さぁ、奥へ進みましょう。そこで、貪食狼が私たちを待っているはずだわ」

 パトリツィアに促され、黒の湖を観察するのもそこそこに、アインズたちは奥へと進んだ。

 そして、砂浜を進んだそこに。

「――――え?」

 パトリツィアは、ぽかんと口を開けて呆けたような表情を浮かべる。ナーベラルやハムスケも同様だ。アインズもまた、その光景に驚いた。

 貪食狼ドゥシャン。彼は――

 

「――なんで、死んでいるのコイツ」

 本来、アインズたちを待つはずの場所で、両膝をついて蹲り、腹部を割かれた状態で死亡していた。

 

「…………ぁ」

 アインズたちの見ている前で、ドゥシャンの死体が光の粒子となって消えていく。その光景を、呆然と見送る。パトリツィアは、その死体が消えていく様を見て、思わずといった様子で手を伸ばしていた。

 しかし、彼女の手がドゥシャンに触れることは無い。ドゥシャンは、パトリツィアの手が触れる前に光の粒子となって溶けて消えたのだから。

 今までのエリアボス、「苗床ナジェジュダ」や「疫病の双子ダグマル」同様に。

「…………」

 その不可解さに、全員が困惑する。そして――

「……とりあえず、状況を整理した方が良さそうだな」

 アインズは、パトリツィアへの警戒を滲ませた声で、そう呟いた。

「……そうね。この謎を放っておいたままじゃ、先へは進めないわ」

 アインズの言葉に、パトリツィアもくしゃりと前髪辺りの髪を握り、頷く。そして、アインズたちに対して距離を少し空けようとしたのか、足を動かした。

「待て。パトリツィア、お前は動くな」

 それを、アインズが静止する。アインズの言葉にパトリツィアは動きを止め、そして溜息を吐きながら「分かったわ」と頷いた。

「信用して欲しいのなら、鞘に武器を収めろ。さすがに、装備品を外せとまでは言わん」

「……了解。ここから一歩も動かず、武器も抜かず、貴方の質問に答えればいいのね」

「ああ、そうだ」

 パトリツィアは両手に抜いていた二挺の短剣を鞘に収めると、両手を下げて手持無沙汰気味に立ち尽くした。それを確認して、アインズはナーベラルとハムスケに声をかける。

「お前たち、私と一緒に少し下がれ。パトリツィアから距離を空けろ」

「かしこまりました」

「は、はいでござる!」

 ナーベラルとハムスケはアインズの命令に頷き、アインズと共にパトリツィアと距離を取る。その距離は、およそ十メートル。パトリツィアの敏捷性を考えるともう少し間合いを空けておきたいが、これ以上開くと別の意味で支障が出る。

「……殿、一体何がどうなっているのでござるか?」

 距離を離したハムスケが、不思議そうにアインズを見やる。ナーベラルもアインズを見た。

「アインズ様、あの狼は死んでいたのだから、無視して先へ進めば良いのでは?」

「それは短絡的だぞ、ナーベラル。この謎を放置したまま進むと、万が一があった場合、非常に厄介なことになる」

 ナーベラルに一言注意し、アインズはナーベラルとハムスケを見つめた。

「……さて、わざわざ確認するのも心苦しいのだが、言わせてくれ」

 そう、この確認をするのは非常に不愉快だ。だが、しないわけにもいかない。なので、アインズはまずハムスケに訊ねることにした。

「ハムスケ、お前と私が初めて遭遇した場所は?」

 アインズに質問されたハムスケは、円らな瞳を更に丸くして、困惑したようだった。

「どうしたのでござるか、殿?」

「いいから答えろ。これから幾つか質問するが、全て重要な質問だ。嘘偽りなく答えるんだ」

「り、了解したでござるよ」

 アインズの威圧感に少したじろぎ、ハムスケは答える。

「それがしと殿が初めて会った場所は、トブの大森林でござる。殿は剣士の姿をしていたでござるよ」

「その時私は誰と一緒にいた?」

「殿と共にいたのはナーベラル殿と、アウラ殿でござる。ただ、街に行く時は人間が他に五人一緒だったでござるな。アウラ殿とは森で別れたでざる」

「ナザリックにいる、お前の武技の教師の名は?」

「ザリュース殿でござる! あと、ゼンベル殿もそうでござるな!」

「二人の種族」

蜥蜴人(リザードマン)でござるよ!」

「戦士の姿の時の私の名前」

「モモン殿でござる」

「最近紹介した影武者の本名」

「パンドラズ・アクター殿でござる」

「……あの、アインズ様?」

 アインズのする質問に、ナーベラルは困惑しているようだった。アインズはハムスケへの一通りの質問を終えて、とりあえずは納得する。

 そして、最後の確認のために魔法を唱えた。

「〈敵感知(センス・エネミー)〉」

 ――反応は無い。敵意を持つ存在は、周囲に存在しない。だが、不可知化などをしていた場合、この魔法探知から逃れることがある。それも警戒しなければ。

 そして。

「……ナーベラル。すまないがお前にも確認させてもらうぞ。お前の所属は?」

「は、はい。ナザリック地下大墳墓、“アインズ・ウール・ゴウン”です」

「リーダーの名と、組織名」

「えっと、プレアデスの方でしょうか?」

「違う」

「では、プレイアデス。リーダーはオーレオールです」

「基本は誰の指揮権に入っている?」

「ユリ姉様、あるいはセバス様です」

「お前の創造主の名と種族は?」

「弐式炎雷様です。種族は、ハーフ・ゴーレムになります」

「その創造主と仲が良かったギルドメンバーを告げよ」

「武人建御雷様です。種族は、半魔巨人(ネフィリム)になります。獣王メコン川様とも良く話をしておられました」

「――()()()の玉座の間で、私やお前と共にいた者たちを全て告げよ」

 ナーベラルは、少し考える。()()()が何を指すのか、少し考えているのだろう。

 だが、少し考えれば分かるはずだ。ナーベラルが玉座の間にアインズと共にいたタイミングは、多く無い。

 ナーベラルは少し考えると、まずアルベドの名を告げ――そしてセバス、ユリを初めとしたプレアデスの名を告げていく。

 全てを聞き終えたアインズは、一つ頷いて安堵の息を吐いた。

「ふむ――お前たちは偽物では無さそうだ」

「偽物? どういうことでござるか、殿」

 アインズの言葉にハムスケがきょとんと瞳を丸くする。ナーベラルも「どういうことでしょうか?」と訊ねるので、アインズは理由を語った。

「あのドゥシャンを殺した犯人だよ。私たちの中に偽物がいる可能性があるだろう? なので、少し悪いが幾つか質問をさせてもらった。お前たちに訊ねた質問は、本人かその関係者でないと知らない情報だろう? ……二重の影(ドッペルゲンガー)と入れ替わっている可能性も、否定出来ないからな」

 モンスターである二重の影(ドッペルゲンガー)は、変身対象がするであろう表層思考を、対話している相手や周囲の者から読み取り、変身対象に化けることが出来る。

 ただ、表層思考を読み取る特殊能力は精神操作系に属する攻撃に分類されるので、アインズのようなアンデッドには効果が無い。そのため、アインズが知るような反応は出来ないはずなのだ。

 だが、この迷宮に存在するモンスターは全て、アインズの知らないユグドラシルにはいないモンスターだ。能力も似たような能力を使うことはあるが、ユグドラシルとはシステムが異なる。

 その最たる例は、先程のダグマルだろう。ダグマルの使う状態異常攻撃魔法〈疫病の嵐〉は、アンデッドの耐性こそ貫通しないが、その状態異常の種類は世界級(ワールド)エネミーに通じるものがある。

 ――だからこそ、ズビニェクというこの迷宮の主が気になるのだが。

 元を辿れば、ダグマルを生み出したのはズビニェクだ。果たしてこの迷宮の主は何者なのだろうか。何のために、こんな迷宮を生み出したのか。

 …………どうして、ズビニェクはパトリツィアを閉じ込めているのだろうか。疑問は尽きなかった。

「なるほど。では、それがしたちと殿が違うというのであれば、あの御仁が偽物でござるか?」

「――そうとも言い切れない」

 ハムスケの疑問に、アインズは渋面を作る。そう、パトリツィアについては複雑だ。そもそも、互いに深く知る仲ではないのだ。偽物と本物の区別なんてつくはずがない。

 ナーベラルとハムスケが偽物ではなく、本物である以上――偽物の可能性はパトリツィアだけだろう。事実、パトリツィアは大樹の穴で自分たちと別れた。再会した時は大樹の穴の底だ。その間に、入れ替わりは出来るだろう。

 しかし――

「入れ替わりの場合、あの女の言動が最初から嘘になる」

 そう、パトリツィアが偽物だと仮定すると、そもそも彼女が「外に出たい」と言っていた発言が、嘘になってしまうのだ。「外に出たい」という一〇〇レベルのパトリツィアが入れ替わりに無抵抗なはずが無く、だが抵抗があるのならばアインズたちに気づかれないはずも無い。

 では無抵抗だった――そう仮定すると、「外に出たい」と告げた言葉が嘘になってしまう。そうなると、アインズたちに協力してくれていた意味を新たに考え直さなければならない。

 即ち――このまま下層へ進んでいいのか。それとも悪いのかを。

 パトリツィアを信じるのならば、下層へ進むべきだ。だがその場合、誰がドゥシャンを殺害したのかが問題だ。検分するべき死体も残らず、この何も無さそうな黒の湖で犯人探しをしなくてはならない。

 パトリツィアを信じないのならば、ここでパトリツィアと戦うべきだ。どの道、迷宮の奥には進まないといけない。だが、パトリツィアが敵ならば今の内に殺しておくべきだろう。いざという時に裏切られると困る。

 しかし、どちらにもメリットとデメリットが存在した。しかも扱いを間違えると、パトリツィアがアインズたちを見捨てる可能性もある。

 何故なら――パトリツィアは、迷宮を攻略するプレイヤーがアインズでなくても良いのだから。

 偶然、彷徨うパトリツィアのもとを訪れたプレイヤーの最初の一人がアインズだった。パトリツィアとアインズの関係はそれだけだ。ユグドラシルのプレイヤーはアインズとパトリツィアの二人だけではなく、他にも存在しているのは確かなのだからパトリツィアはそのいつかをずっと待てば良い。

 パトリツィアは、アインズである必要が無い。気に入らない相手ならば、見捨ててしまうことが出来るのだ。数百年も迷宮を彷徨っている以上、寿命などどうでも良いはずだ。パトリツィアに時間は関係無い。

(面倒な。こういう推理を俺にさせるなよ本当……デミウルゴスがいればなぁ)

 いつものように「説明してあげなさいデミウルゴス」で、デミウルゴスなら簡単にドゥシャンの謎を解いてくれるだろう。

 しかしここにいるのは、けだもののハムスケにポンコツのナーベラル。そして小卒アインズである。推理ものを解けるようなメンバーでは無い。

 だが――ナーベラルとハムスケは、アインズがこの謎を解くのを疑っていなかった。その期待の眼差しが痛い。痛過ぎる。

「殺したのがあの女では無い場合は、別の第三勢力か、あるいはパトリツィアも知らないギミックが存在することになる。だとすると、このまま下層へ降りるのは危険過ぎるからな。ここである程度謎を解いておく必要がある」

 アインズはそう告げ、離れたところで佇むパトリツィアを横目で見た。

 

 

        

 

 

「――やってくれたわね、ドゥシャン」

 パトリツィアは、ドゥシャンの消えた場所を見下ろす。アインズたちは色々と話し合いをしているのだろうが、パトリツィアはある程度ドゥシャンの死因に見当がついていた。

 ――断言しよう。この迷宮にパトリツィアの知らないギミックは存在しない。

 既に、何度も経験した迷宮だ。いや、大抵の迷宮は何度もパトリツィアにとって攻略済みである。エリアボスとの戦闘方法ならともかく、ダンジョンギミックについては、完全にどこに何があるか、どこで何が起こるか把握している。

 よって、パトリツィアにとってドゥシャンの死は最初困惑こそすれ、謎では無い。

 「貪食狼ドゥシャン」。彼は――()()()()()()()()()()

「信じられない。……自殺なんて、どうしてそこまで出来るの? ズビニェクは、貴方のこともダグマルのことも大嫌いなのに」

 ズビニェクは、ドゥシャンとダグマルのことを心底嫌いぬいている。いつだって、二人に与えられる役柄は悪党でやられ役だ。

 『赤ずきん』でなくても、『灰かぶり』でも。『雪の女王』でも『白雪姫』でも。いつだって二人は、やられ役ばかりを寄越されてきた。

 自分で生んだくせに。自分が生んだくせに――ズビニェクは、二人のことが嫌いなのだ。

 なのに、ドゥシャンもダグマルも、ズビニェクのためにここまで出来る。

 ダグマルは、ズビニェクを勝たせるためにナーベラルを何がなんでも殺そうとした。

 ドゥシャンは、ダグマルが攻略された時点で勝てないと見るや、こうして自殺してアインズたちに不信感を植え付けた。

 パトリツィアは、アインズに教えられない。ユグドラシルプレイヤーなのだから、ある程度ゲームのお約束は分かっているだろうが、パトリツィアはこの迷宮の法則の根幹を教えることは出来ない。それがルール。

 パトリツィアは霊廟に至るまで、侵入者たちにこの迷宮の仕組みを教えることは出来ないのだ。

 だから、ドゥシャンがアインズを騙すために自殺したんだということを、パトリツィアは教えられないのだ。

 彼は、「貪食狼ドゥシャン」は人を騙すのが大好き。そのことを覚えてくれていればいいのだが。

 ……いや、例え覚えていたとしても。まさか自殺までするとは思うまい。パトリツィアだって驚いた。自分が死んでまで騙してこようとするとは、一体誰が思うだろうか。

「――さよなら、ドゥシャン」

 死体があった場所を見下ろしながら、パトリツィアは囁いた。創造主のために必死になる、パトリツィアのために用意された哀しい玩具たちを思いながら。

 

 最初の街に住む、苗床たる母親。

 旅人を騙す、人喰い狼。

 二つの役を持つ、病に伏せる老婆。

 赤い頭巾をかぶった女の子。

 そして、赤ずきんを助ける狩人。

 この迷宮の名は『Little Red Riding Hood(赤ずきん)』。ズビニェクの生み出した迷宮の、()()()である。

 

 パトリツィアは、決まって主役(ヒロイン)。ドゥシャンとダグマルは、決まって悪役。ナジェジュダは、臨機応変に様々な役へ。迷宮の童話の舞台によって、更に増えたり減ったりと。

 そして、侵入者たちは主役(ヒーロー)だ。

 この様々な童話を舞台にした迷宮は、必ずパトリツィアが中心になる。だが、ヒロインだけでは舞台の幕は上がらない。侵入者という名のヒーローが来ないかぎり、一生この迷宮の時間は進まないのだ。

 狭間の森と、霊廟とその下の玉座のみ、童話の舞台は固定だ。童話が切り替わるたびに他のエリアは形を変える。エリアボスたちも姿を変える。

 童話の舞台が切り替わる度に、彼らは死んで、新生するのだ。

 それを、どうして彼らは受け入れられるのだろうか。生きたり死んだりを繰り返していけるのだろうか。

 パトリツィアには、彼らの気持ちがさっぱり分からない。

 だから願う。外に出たい。この迷宮はうんざりだ。こんな場所は耐えられない。

 パトリツィアは思う。皆は、頭がおかしい。こんなものを創っておきながら、そんな彼らのことが大嫌いなズビニェクも。そんな主人の侮蔑も何とも思わず、ひたすら主人に尽くして自分の相手をしてくれる彼らも。

 みんな、みんな……頭がおかしかった。

 こんな場所には耐えられない。例え外に出たら死んでしまうのだとしても、こんな場所には耐えられない。助けて欲しいと、強く思うのだ。

「……早く、霊廟のエリアボスを倒してね、アインズ。私は、ずっと待っている」

 ズビニェクの腹の中で。外に出られる瞬間を。この数百年間ずっと――。

 

 

        

 

 

「…………うむ」

 アインズは色々考え――結論を下す。

(良し! 分からん!)

 パトリツィアからの情報を抜きに、色々と考えたがさっぱり分からない。何も思いつかない。アインズの頭脳では、ドゥシャンの死因はさっぱり分からなかった。

「殿、何か分かったのでござるか?」

「さすがはアインズ様……まさに智謀の王たる御方です」

 ハムスケとナーベラルの尊敬が宿った輝く瞳から、アインズは内心で必死に目を逸らす。ただし、ナーベラルとハムスケに対しては頷いておいた。

「幾らか可能性は考えたが――やはり確実性を取るべきだと結論した。ハムスケ、パトリツィアを呼んできてくれ」

「了解したでござるよ、殿!」

 ハムスケは元気良く返事をすると、四足でパトリツィアのもとへ走り寄って行く。近づいてくるハムスケに、パトリツィアは困惑した様子だがハムスケの言葉に頷くと、ハムスケと並んで歩いて寄って来た。

「私の見立てが必要かしら?」

「そうだな。パトリツィアよ、正直に告げろ――この黒の湖に、お前の知らないギミックは存在するか?」

 アインズの言葉に、パトリツィアは断言した。

「無いわ」

「――そうか。誓って?」

「誓うわ」

 頷くパトリツィアに、アインズは覚悟を決める。

(出来れば〈記憶操作(コントロール・アムネジア)〉で頭の中身を見せて欲しいが、完全に敵対すると決めた時だな、それは。友好関係を築いている時に「記憶を覗かせてくれ」は、せっかくの良好な関係を破壊する危険性がある)

 アインズだって、友好関係を築いていた相手がいきなり「魔法で頭の中身を確認させてくれ」と言ってきたら、かなり警戒する。例え知られても困る情報を持っていなくとも。その時点で、相手に対して敵対行為に移るだろう。

 なので、アインズはパトリツィアを信じることにした。インベントリから、あるマジックアイテムを取り出す。

「殿、それはなんでござるか?」

 インベントリから取り出されたアイテムを見て、ハムスケが首を傾げる。ナーベラルも見たことが無いからか、ハムスケと同じように首を傾げていた。

 ただ、パトリツィアだけがぱちくりと目蓋を動かし、アインズの取り出したマジックアイテムを驚きの感情を込めた瞳で見つめている。

 それは、不思議な紋様の描かれた眼球の形をしていた。

「それ、もしかして“プロビデンスの義眼”? アインズ、貴方よくそんな貴重なアイテム持っていたわね」

 そう、これはパトリツィアの言う通り、かなり貴重なマジックアイテムになる。

 アーティーファクト“プロビデンスの義眼”。

 その能力は、たった一度だけだがどんな難易度のダンジョンであろうと、一階層(ワンフロア)分のあらゆるギミックを解除するというマジックアイテムだ。

(昔ガチャで偶然当てたんだよなぁ。……まあ、“流れ星の指輪(シューティングスター)”を当てようとしてボーナスぶち込んだ時のことだけど)

 嫌な思い出だった。ボーナスを全て消費したこともだが、やまいこが簡単に当ててしまったことも含めて。

(これを当てた時、思わず叫んじゃったんだよな。エフェクトが“流れ星の指輪(シューティングスター)”と一緒とか、やめて欲しいよ本当)

 ガチャから輝くエフェクトを見た瞬間狂喜乱舞し、そして出て来たアイテムを見ての「これじゃない」感。思わず「クソがぁあああああああッ!!」と拳を叩きつけて叫んでしまったものだ。幾らどちらも希少アイテムとはいえ、ガチャ演出が同じなのはどうかと思う。

 ……そして実のところ、ダンジョンギミックを知り、安全に案内出来る案内役がいるのに、わざわざギミック解除のマジックアイテムを使用するのは無駄の極みだ。しかし背に腹は代えられない。自分の命と、ナーベラルとハムスケの命には代えられないのだ。

「……もしかしてアインズ、貴方ってアイテムを中々使えない、俗にいうエリクサー病の人?」

「う!」

 パトリツィアの指摘に、ぎくりとする。ナーベラルはパトリツィアの言葉に顔面蒼白になった。

「アインズ様! エリクサー病とはいったい!? もしや御病気なのでしょうか!?」

「ち、違う! 私は健康体だナーベラルよ! エリクサー病とは病気の名前ではなくてだな……」

 涙目になって縋りつくナーベラルに、アインズは急いで訂正する。必死の形相を作るナーベラルに、パトリツィアがなだめるように告げた。

「あ、違うのよナーベラル。エリクサー病っていうのは、アイテムを使うのが勿体なくて、使わずにそのまま死蔵しちゃう人のことを言うの。別に病気じゃないわ」

 そう、ラストエリクサー症候群とも呼ばれるそれは、貴重な消耗品アイテムをつい使わずに取っておき、最終的にそのままゲームをクリアしてしまうプレイヤーにつけられた、勿体ない精神の具現化のことだ。

 大抵のゲームにおいて『エリクサー』と呼ばれるアイテムは希少品だ。その効果はゲームによって様々だが、大抵HPやMPを全回復させてくれたり、破格の効果を発揮することが多い。

 そんなアイテムを、勿体なくて使わずに取っておく。ゲーム終盤で使おうと思い、大事に大事に取っておいて――そのままゲームをクリアしてしまう。そんなゲームプレイヤーにつけられた、哀しい習性の名前なのだ。

 勿論、アインズ以外にもその哀しい習性を持つギルドメンバーは何人もいた。逆に景気良く必要でも無い時に使用するビックリな者もいたが。

「えっと……つまり、病気ではないのですか?」

「ええ、病気じゃないわ。っていうか、アンデッドは病気にならないでしょう。死んでいるのだし」

「まったくだ。私にとってあらゆる病気は無効だぞ、ナーベラル。まあ、プレイヤー特有のちょっとした習性だと思っておけ。私以外にもいたし、な」

「ちょっと驚いたでござるよ、殿。パトリツィア殿。心臓に悪いでござる」

「……ごめんなさいね」

「……すまん」

 プレイヤーと話をしていると、ついNPCたちにとってはメタ的な発言をしてしまう。ナーベラルたちは他のゲームの話など分からないし、ハムスケだって分からないだろう。

「――ごほん! えっと、それでそのアイテム使うの?」

 話を切り替えるように咳を一つして、パトリツィアが訊ねる。アインズはそれに頷いた。

「あ、ああ。色々と考えたが、これでこのエリアのギミックを根こそぎにした方がいいかと思ってな。……ところでパトリツィア、今まで聞いてこなかったんだが――」

 ある疑惑を、アインズは口にする。

「この迷宮、お前がいないと下層に降りられないのか?」

「――――」

 アインズの質問に、パトリツィアは眉を顰めた。そのまま少し首を傾げて考え込む仕草をして……首を横に振る。

「降りられる、とも言えるし。降りられない、とも言えるわ」

「詳細は?」

()()()()

「…………そうか」

 それだけ聞くことが出来れば充分だ。アインズは、“プロビデンスの義眼”を使用した。手の平を握り力を籠めると、ぱきり――と軽い音を立ててプラスチックが割れるような音をマジックアイテムは鳴らす。

「――――っ」

「な、なんでござるか!?」

「きゃ……」

「っと――」

 途端、ぶわりと力の奔流らしきものが溢れ出す。視界を白く染め上げ、アインズの手の平を中心に強い風が舞う。

 数瞬の後――アインズは頭の中で、あることを確信した。この黒の湖に、隠された仕組みは最奥にしか存在しないと。

 そして、カチリ……という音を立てて黒の湖の最奥にある、隠し扉がひとりでに開いたことを。

「……なるほど。そういう効果か」

 ユグドラシルでは単純に、「このエリアの全てのギミックが解除されました」とメッセージが出るだけだが、現実化した今となってはこうして頭の中の感覚で分かるようだ。〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉の時と同じようなものだろう。あの超位魔法も、この異世界にきてから使用感が激変していた魔法の一つだ。

「……どうなったの?」

 風が止み、アインズの手の平にあったはずのアイテムが消えているのを見てパトリツィアが呟く。アインズは口を開いた。

「お前の言う通り、ギミックは存在しないようだな。そして、どうやら最奥にある隠し扉が開いたようだぞ」

「え? 最奥? あそこも開いたの? 一定距離近づかないと開かないはずなのだけれど」

「そうなのか?」

「ええ。最奥の隠し扉が、次の階層――霊廟エトへの扉なの。あそこ、私が一定距離近づかないと開かないのよね」

 そして、パトリツィアが「っていうか、そういうアイテム使われるなんてドゥシャンもびっくりよ」と何か呟いたようだが、アインズには小さすぎて聞こえなかった。

「ふむ……」

 パトリツィアが一定距離近づく。つまり……言外に死体を運んでも良いということだろう。

(パトリツィアが死んでもいい前提の、最後のギミック? 霊廟のエリアボスが俺の想像通りのものなら、鍵は死体でもいいんだろうが……ドゥシャンは何故死んだんだ?)

 ドゥシャンの死は、パトリツィアを信頼するなら犯人は第三者――しかしその場合、アインズたちと同タイミングで侵入した敵か、あるいは世界級(ワールド)アイテムを所持しているアインズの守護さえものともしないズビニェクの魔法を突破する相手になる。

 だが、これは無理がありすぎる。そもそも、大樹の穴を管理していたダグマルが侵入者を見逃すとは思えない。

 となると、もう一つの可能性――ドゥシャンは自殺した。それならドゥシャンの死は辻褄があうのだ。

 だが、だとするとある疑問が出る。どうしてドゥシャンは、自殺したのだろうか。その動機は、果たして何なのだろうか。

(パトリツィアと俺の仲違い? 確かに、信用出来なくて殺して安全を確保する方法が無くも無いが)

 特に、既に最下層が近いのだ。パトリツィア抜きでも構わないと、敵対行為に出るか悩まなくもなかった。この後の霊廟を抜ければ、ズビニェクに会えると言うのなら尚更だ。……それ自体が信用出来る言葉かどうかは別にして。

 だが、それならどうして、ドゥシャンはパトリツィアと自分を仲違いさせたかったのだろうか。自分では勝ち目が無い。あのダグマルという面倒な相手を突破した以上、水晶洞窟で遭遇し戦った戦闘能力なら確かにドゥシャンの方が弱いだろう。ドゥシャンはアインズたちを殺せない。

 だからこそ、パトリツィアと仲違いさせてパトリツィア自身にアインズを始末させようとしたのかもしれないが――どうも、しっくりと来ない。

(やっぱり、俺に推理ものは無理だな。知恵熱が出そうだ)

 アインズは頭を軽く振って、パトリツィアを先頭に先へ進み始めたナーベラルとハムスケを見る。パトリツィアは神聖属性の二挺の短剣をインベントリに入れて、最初に狭間の森で見た装備に切り替えていた。

 片方は刃が鋭利な二等辺三角形の形をしている、刺突力に優れた受け流しも出来るチンクエディアに似た短剣。

 もう片方はソードブレイカー。両刃の片側が櫛形になっており、相手の剣を受け止めてへし折るためのデザインの短剣だ。

 おそらく、どちらも伝説級(レジェンド)アイテムだろう。ギルド“アカ・マナフ”はPK専門ギルドであり、ダンジョン探索などはほとんどしていないはずだ。なので、一〇〇レベルプレイヤーでも一つも持っていないことも珍しくない、神器級(ゴッズ)アイテムの装備品は所持していないと思われる。

 ユグドラシル時代のPKで、例えドロップアイテムの中に神器級(ゴッズ)アイテムがあったとしても基本はそのプレイヤー専用アイテムだ。そんなものを使うより、専用の伝説級(レジェンド)アイテムを使った方が強いこともある。

 パトリツィアは振り返る。アインズへ向かって。

「さあ、行きましょうアインズ」

「……あぁ」

 アインズも、一歩踏み出した。そして、パトリツィアが再び前を向いたのを確認してから、無詠唱で自身への強化魔法を幾つもかけていく。

 黒の湖の最奥には、大きな両開きの扉が存在していた。おそらく、アインズの使用したアイテムによって、姿を現したのだろう。

 パトリツィアが、その重厚な黒い扉を開く。ぎぃ、と鈍い音を立てて、扉が開いていく。

 

 ……最下層(ズビニェク)まで、あと僅かだった。

 

 

 




 
■「疫病の双子」ダグマル/Dagmar/異形種
大樹の穴を棲み処とする「疫病の双子」。
自分と瓜二つの分身を一体、あるいは劣化体を複数体生み出す疫病の集合体。
さながらその姿は増殖するウィルスである。
ダグマルが受け持つ役の中でもっとも強く、そしてもっとも創造主に嫌悪されている。

■「貪食狼」ドゥシャン/Dušan/異形種
黒の湖を棲み処とする「貪食狼」。水晶洞窟にも出現する。
「疫病の双子」の食べ残しを掃除するのが主な仕事。
侵入者を騙すためなら、自分の命も投げ捨てる。
 





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