■前回のあらすじ
ズビニェク「プラトニックラブだからセーフだろ!」
パトリツィア「いや、アウトだわ(真顔)」
「あー! あー! 聞いてくれよ、恋をしたんだ!」
久しぶりに会った同胞は、両手で顔を覆いながら、心の底から叫んでいた。
「ふーん」
先程会った者を思い出す。種族が違うので美醜のことはよく分からないが、同胞がここまで骨抜きにされるとは思わなかった。一体、何が彼をここまで駆り立てているのだろうか。
「なんてことだ……この俺が、まさか、恋をするなんて……! 信じられない! なあ、聞いてるか!?」
「聞いているとも」
勿論、話半分にだが。一体誰が、変態の変態性癖を聞きたいものだろうか。正直勘弁して欲しい、というのが自らの心の内にある正直な気持ちだ。
「彼女の何と言うか……こう、笑顔が素敵なんだ。見ているだけで、心がぽかぽかするとは、正にこのことだ! 生命というのは、新しい命を育んでこそ――とは言うが、その言葉を吐いた奴は、間違いなく本物の愛を知らないに違いない!」
性欲を伴わない愛情がこの世に存在するとは、今まで知らなかったと同胞は言う。
だが、それはつまり同胞の性癖がそういうものだっただけだろう。生粋のサディストかと思っていたが、どうやら同胞はマゾヒストでもあったらしい。正直、引く。
「あぁ……俺の愛しい君。なんて愛らしいんだ……! 死ぬまで離したくないし、死んでも離したくない……!」
「ふーん」
爪の手入れをしながら、話半分。とりあえず適当に相槌を打つ。相手には可哀想だと思うが、まあ、この同胞がまともになってくれるなら、良いことなのだろう。たぶん。
「やらないからな! 絶対にやらないからな! あー! なんて美しいんだ、君よ!」
「いらないよ。そんな変態性癖は持っていないし」
「あ?」
今何て言った――などとメンチ切ってくる同胞に、溜息を吐いて「何でもないよ」と呟いて、爪の手入れから尾の手入れへと移動する。
同胞は、ひたすら惚気話に夢中だ。もう、自分の相槌さえ聞いていないだろう。
「…………」
溜息を吐いて、ひたすら手入れに没頭する。そうしてどれだけ話しただろうか、ようやく同胞の惚気話は止まったようだった。
「そういえば、お前の息子は何て名前だったっけ?」
自分の話に夢中で、その前に話していたこちらの話題を聞いてなかったのか、こいつは。
同胞の愛しの君にくっついて、とことこ歩いていった息子の姿を思い出しながら、息子の名前をもう一度教えてあげた。
「――三度目の答えにて、お妃様は答えます。『もしかして貴方の名前はルンペルシュティルツヒェン?』。その答えを聞いた小人は怒り狂い、地団駄を踏みました。『悪魔がお前に教えたな!』『悪魔がお前に教えたな!』。小人の怒りは止まず、ひたすら地団駄を踏み続け、遂には足がめり込んで、それでも小人は地団駄を止めません。なので、最後にはそのままめり込んで体が二つに別れてしまいましたとさ」
「…………」
膝の上に寝転ぶ綺麗な色の鱗の
「――つまり、調子に乗って口を滑らせたらダメだよってこと?」
膝の上の子どもの言葉に、パトリツィアは微笑む。
「そうね。たぶん、この教訓は最後の最後まで手を抜いてはいけませんってことなんじゃないかしら? まあ、教訓があるような物語と、無いような物語もあるから。よく分からないけれど」
「ふーん」
子どもは呟くと、彼女の膝の上でまったりとする。見たことも無い素材で出来た金属の鎧に、とても興味津々だ。小さくても
「ふふ。記念に、これをあげる」
「?」
パトリツィアは一枚の金貨を取り出す。ユグドラシルの金貨だ。女性の横顔が描かれている。純金貨を受け取った子どもは、瞳を輝かせて金貨を見つめた。
「ありがとう。パトリツィア」
「どういたしまして」
素直にお礼を言える良い子に微笑んで、パトリツィアは子どもの頭を優しく撫でた。子どもはされるがままだ。
「パトリツィアー! もう帰るぞー!」
「あら。ズビニェクだわ」
どうやら、知人との話は終わったようだ。パトリツィアは膝の上の子どもを抱き上げると、そのまま抱えて声の方へ歩く。
「――それじゃあ、はつかねずみがやって来ました。話はこれでおしまいです」
「はつかねずみ?」
きょとんとした表情の子どもに、パトリツィアは優しく語る。
「ええ。物語の締めくくりは、はつかねずみで終わるのよ」
「ふーん」
くるくる。金貨を手の中で弄びながら子どもは気の無い返事をする。子どもは、金貨を大事そうに抱えたまま、パトリツィアの手の中から翼を広げて空へ浮いた。
「じゃあ、またねパトリツィア」
「ええ。縁があったら、また会いましょうツアーくん」
ズビニェクが名前を呼んでいる。パトリツィアは「そんなに大声出さなくても聞こえているわよ!」と叫んでズビニェクが待つ方へ向かっていった。
――そんな、幼い頃の夢を見た。
「――――」
アーグランド評議国の永久評議員の一体にして、“
「…………」
少し、目を擦って懐かしい思い出をもう一度脳裏に描く。彼が小さな頃の、おそらくはユグドラシルから来た稀人を。
最近、例の森が姿を消したと聞いた。つまり、彼女はようやく解放されたのだろう。もう、顔も名前も思い出せない彼女は。
「シュヴァンツァラのじいさんも、遂にくたばったか」
父からズビニェクの詳しい魔法の仕組みを聞いていたツアーは、森の消失と共にズビニェクの死を確信した。彼女の解放と共に、ズビニェクは完全なる死を迎える。
父が少しだけ、気にしていた。「アイツがマトモになったと思ったのは、気のせいだったか」と溜息を吐いて。
ツアーは、再び目を閉じる。微睡み、眠りの世界へ落ちていく。そして、また彼女の夢を見た。
彼女は優しげな、幼い子に語りかける静かな声でツアーに語りかけている。膝の上に寝転ぶツアーに向けて、彼女は物語を語るのだ。
――はつかねずみがやって来ました。
「……うん。はなしは、これでおしまい……」
少しだけ幼い頃に戻って、舌足らずな口調で寝言を呟く。
夢の中で、金髪碧眼の美しい女性が、膝の上に寝転ぶ幼いツアーに、優しく微笑みかけていた。
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