子供にも大人にもなれない人間は?
「また開けたの?」
呆れてるような、少し羨んでるような声が鬱陶しかった。
左の耳には四つ。右の耳には三つ。シルバーのピアスは茶色の髪の間から控えめに覗き、痛みと背伸びを堂々と主張する。右の耳たぶに開けた穴は少しずつ拡張し、穴が開いていることが目で解る程になった。
「また怒られるよ」
知ってるよ。だから何?
ガッコーのセンセーに怒られたから何だっていうんだ。私の身体でしょ。あたしの耳でしょ。どれだけ傷つけたって穴開けたって私の勝手。痛い思いするの、私だけだし。
あんただって、羨ましそうな顔してるじゃん。センセーに怒られるのが怖くて、穴開けるのが怖くて、出来ないだけでしょ?自分が出来ないからってさ、あたしにうだうだ言うのやめてくれないかな。
大人になるってよくわかんなくて、純粋なあたしには、大人がとても美しく見えていた。
テレビのドラマで観るような、謝りたくもないようなムカつくやつにぺこぺこ頭下げたり。嫌いな人とお酒を飲んだり。夜中に独りで煙草を吸ったり。満たされないから、知らない人とホテルに行ったり。
子供っていうのは、抑圧されると逆に燃え上がるもんでしょ?
二十歳になるまで飲んじゃダメ!って言われたら隠れてお酒を飲みたくなるし、煙草だって隠れて吸いたくなる。不健全でエッチなお付き合いだって憧れちゃう。おニャン子クラブだってエッチしたいよ!って歌ってるでしょ、親の世代だからよく知らないけど。
そういう抑圧が無い。それだけで、大人は自由に見えたし、自由ってだけですごく美しいように見えていた。箍を外して犯罪起こして捕まっちゃうようなやつはアホだけどね。
あたしは自由になりたいんだと思う。ただでさえ法律で縛られてる。生きてるだけでこの世は縛られるように出来てる。なのに、やれまだ未成年なんだから、やれ高校生なんだからそれらしく、やれ女の子なんだからもっとお淑やかに、うるっさいんだよね。そんなもの知ったこっちゃない。
耳の穴は、そんな苛立つ言葉が通り抜けてくれないかな、って思って空けた。痛かった。そりゃそうか、身体に穴空けてるんだもん。痛くない訳が無かった。
見た目も、傍から見たら痛いんだろうな、って思った。でも、だから何?うわあ、あいつ金髪でピアス空けてるよ、カッコつけてら。イタイよね、あーゆーの。
あたしは抑圧されるのが嫌いなんだと思う。皆の「普通」っていう価値観からしたら、確かにあたしは「痛い」かもしれない。けど、あたしはそれが好きでやってるんだよ。ほっとけ。アンタらだってちょっと羨ましそうにしてるじゃん?本当はさ、ちょっとやってみたいんでしょ?
馬鹿じゃないの、やりたきゃやればいいのに。
どうせ周りの目が気になるからー、とかいやそこまでやりたい訳じゃないしー、とかいやあんたみたいに似合うとも思わないからー、とか言うんでしょ、ダサ。あたしからしたらアンタらの方が痛々しいわ。
友達と隠れて煙草も吸った。美味しいとは思わなかった。当たり前なんだけど、すっごく煙たい。気持ち悪かった。大人はよくこんなの吸えるな、って思った。二度と吸うもんか!って思った。……まあ、今でもたまーに吸うけど。
きっと、煙草の味が解れば大人に近づけるんだろうなって。そう思うと、「次吸う時は解るかもしれない」って思ってそのうちまた吸ってしまうんだよね。それで、また咳き込んで、二度と吸うもんか!って思う。その度に友達から「また吸ったの?」って嫌そうな顔をされる。お前一生吸うなよ。そんなに嫌なら。
髪の毛を初めて染めた時はなんか楽しかった。変身したみたいだった。誰だってセーラームーンだったり、プリキュアに憧れたことあるでしょ?初めて髪の毛をブリーチした時、うさぎちゃんになれた気がした。髪色だけね。その上から茶色を入れた時はキュアブラックになれた気がした。髪色だけね。
そこからは色んな色を入れた。バレないようにインナーカラーで赤色、夏休みは青にしたり、金にしたり……今は茶髪。
ヘビメタとかやってる大人の髪はすごいよね。憧れちゃう。流石にサラリーマンとかが赤色の髪の毛とかにしてたら、ちょっと引いちゃうけど。ある意味そういう所は、子供の方が自由なのかもしれない。まあ、「高校生らしい」とか「青少年らしい」髪色にしましょうね~、って言われて抑圧されるんだけどさ。アンタらの言う「らしい」ってなんなんだよ、気持ち悪い。
あたしは大人に憧れてる。
手っ取り早く大人になるには、そうやって抑圧から逃げることだと思う。
だって、子供を抑圧してるのは大人でしょ?
高校生らしく。青少年らしく。その「らしさ」の基準って、センセーとか、きょーいくいいんかい、みたいな大人の作ったもんなんでしょ?そうやって抑圧してるのが大人で、それに従うのが子供なら、抑圧から逃げたら子供じゃなくなる。
不健全でエッチなお付き合い、楽しかった。不健全な大人の人に、お金を貰って彼女になってあげる。あーゆーのって、気持ち悪いオッサンばっかりなのかと思ってたけど、意外とハンサムでお金持ちのオジサマとかもいるんだね。おっぱい触らせて、ホテルで喘いでいたらあたしをオトナにさせてくれる。そしてついでにお金もくれる。そのお金でピアスや染髪クリーム、煙草やお酒なんかを買うの。
ホントの彼氏もいるけど、物足りなかった。小さなキス一つで舞い上がってるんだもん。舌を絡めてよ。唾液をちょうだいよ。私をオトナにさせてくれないの?
裏でクソビッチだ、とか散々言われた。ビッチで結構。クソ童貞、綺麗な処女の皆さんにはわからないよ。セックスの幸福感、優越感なんかさ。なんか同級生のよく知らない子からエッチを誘われたことも何度もある。気分によっちゃ断ってたし、気分によっちゃ誘いに乗ってた。たまーにね、同級生でもオッサンより上手なことがあるの。あたしは裏でクソビッチとかほざいてる童貞より、あたしであわよくば童貞を卒業しようとして声掛けてくる男の方がハッキリしてて好きだけどね。
まあ、実際クソビッチなんだけどさ。彼氏いるのに援交やりまくってるし。
耳に空いた穴が痛い。多分、耳に穴を空ける度に、心のどこかにも穴を空けてる。バチン!って音を鳴らして、白い糸が垂れて、いつの間にか子供の頃には見えてたものが見えなくなっている。サンタクロースとか、空に浮かんでるソフトクリームとか、水溜まりの向こう側にあるもう一つの世界とかが見えなくなっている。
じゃあ、新しい何かは見えた?
大人になって初めて見えるもの、何かあった?
全くわからない。
そもそも、あたしはいつからこの世界を見ることが出来ていたんだろう?いつの間にか生まれて、いつの間にか世界を見てて、いつの間にか子供になって、いつの間にか大人になるものだと思ってる。だから、きっと大人になったから、と言って「あー!これが大人の見てた景色!世界!バッチリ見えるよ!」なんてことは無いんだろう。多分、気付いてないだけで、今もあたしの目には「大人の世界」ってやつが見えてる。
本当に?
「アンタって子供だよね」
は?
どこ見て言ってんの?
「いや、子供じゃないんだろうね。なんというか……うん、ハーフだよ。ハーフ」
ハーフ。
耳が痛い。
ぽっかり空いた穴を飾りで埋めて。
耳はそれでおしまい。
ぽっかり空いた心の穴は何で埋めればいい?
あ、でもその前に垂れてる白い糸を切らなきゃ。あれ、切っちゃダメなんだったっけ?切ったら見えなくなるんだっけ?
何が見えなくなるの?
もう子供じゃないんだから、サンタクロースがいないことくらい知ってるし、空に浮かぶ雲は雲でしか無い。水溜まりに映った反転する鏡の世界は光の反射だって知ってる。もう見えてないじゃん。
心に空いた穴から垂れている白い糸。
あたしを地獄から引っ張りあげてくれる蜘蛛の糸?
それにしがみついてそれを昇って大人になろうとする。でも。
でも、切れたら?
切れたら、何が見えなくなるの?
あたしは今、子供でも大人でもない。宙ぶらりん。ハーフ。ハーフなんて、綺麗な言い方。だけど、それってすごく「痛々しい」。
子供みたいに甘えたくない。抑圧されたくない。大人みたいに自由でいたい。
大人みたいに縛られたくない。首を締めたくない。子供みたいに純粋でいたい。
世界は美しい。だって、こんなにも矛盾しているんだから。
あ、こんなこと考えてるのが「痛々しい」のか。こんなこと考えてるのが「ハーフ」なのか。
私は醜い。だって、そんな「痛々しい」ことがカッコいい、って思ってた筈なのに、今この考えを、この今の思考を、とてもダサいと思ってしまっているから。
それが、大人になるってこと?
多分、違う気がする。
全部ハーフだから悪い。あたしがハーフだから悪いんだよ。
私は皆が羨ましかった。きっと、あーやって生きていたなら、いつの間にか大人になっていけたんだろう。
ピアスを空けたら、手っ取り早く大人になれる気がしていた。
処女を捨てた時は、大人になった気がしていた。援交してセックスしてる時は、お金を貰ってる時は、オトナになった気がしていた。
隠れて煙草を吸ってる時は、夜中にお酒を飲んでる時は、大人の気分だった。
全部、子供が背伸びしてただけ。
じゃあ、あたしは子供?
残念ながらそうじゃなかった。子供って呼ぶには、考え方が成熟し過ぎていた。
宙ぶらりん。
心に空いた穴から垂れている白い糸に必死にぶら下がってる。
これが切れたら何も見えなくなる気がする。
何バカなこと考えてるんだろ。
元から、何も見えてなかったじゃん。何か見えてたなら、ハーフなんて宙ぶらりんな状態になんかなってないよ。
「私だってハーフだよ」
同情?アホらしいね。そんなのいらないよ。
アンタが「ハーフ」って言うから聞こえはいいけど、言ってしまえばそんなものは「不適合者」じゃん?
……あ、あたしはルールに抑圧されるのが嫌でこんなことしてたんだっけ。元からあたし、不適合者希望者?笑えるね。
そういう事じゃないよ。
知ってるよ。
「世の中に、何人子供がいて、何人大人がいるんだろうね」
……そういえばアンタもあたしのピアスを見て少し羨ましそうな顔してたもんね。そっか、抑圧されたくなくてバカやって、バカを見て何も見えなくなったバカなあたしを羨ましそうな目で見てたアンタも「ハーフ」って訳ね。
世の中に何人子供がいて、何人大人がいるのか。
あたしの憧れてたものってなんだっけ?大人になりたかったんだっけ?
私の子供の頃の夢ってなんだっけ?素敵なお嫁さん?ナース?花屋さん?プリキュア?
ちゃんと、大人になれたら、なれたのかもね。素敵なお嫁さんにも。ナースにも。花屋さんにも。もしかしたら、プリキュアにだってなれたかもしれない。
ハーフになったら、大人にはなれないのかな。
くそ、バカやったな。クソみたいな気分だよ。クソビッチに成り果てたハーフがプリキュアになんかなれる訳ないじゃん?だって嫌でしょ、正義の為に戦うプリキュアが学生しながらセックス三昧だったら。
子供の頃の夢。大人になって叶えたかった。
ハーフってなんだ。耳が痛い。大人の声が痛い。子供の瞳が痛い。
違う。
大人になれなかったハーフの声が痛い。子供を卒業してしまったハーフの瞳が痛い。
ハーフってなんだ。
あたしは、大人になりたい。
ピアスを空けたらそれはハーフ?
処女を捨てたらハーフ?ビッチはハーフ?
そんな訳あるもんか。
そんな訳、あるもんか!
今からだってなってやる。大人に。
今からだってなってやるよ。プリキュアにだってなってやる。ハーフ怪獣イタイタシーを正義のパワーで浄化してやる。
ピアス空けてたって。
クソビッチであったって。
髪色が明るくたって。
あたしは、私だ。
痛々しいかもしれないけど。
私は、それでもハーフじゃなくて、大人になる。
それが「ハーフ」だって言う奴らだってハーフなんだ。同族嫌悪でしょ?バカバカしい。
白い糸にしがみついてるだけじゃないよ。
「なれたらいいね」
耳が痛い。
……あー、やっぱりピアスなんて空けるんじゃ無かったかなぁ。