『少佐ぁ! 後方からの奇襲です! 1隻やられました!』
「何!? このタイミングで……!」
慌てた様子のドレンからの報告を聞いて戸惑うシャア。それを察したのかアムロも攻撃の手を止めた。
まさかここで増援が来るとは予想していなかった。『前』とは勝手が違うとはいえ、この状況で仕掛けてくる覚悟を持った者がいるとは。
「各機、撤退して本隊の援護に向かえ」
《WB》と《アークエンジェル》を襲撃していたジオンのMSは指示に従い、撤退を始めた。それなりの戦力を投じたが、軌道を逸らすことができたのは《WB》だけ。しかし、戦力を分断することには成功した。
ふと、シャアの心の中に1人の男の顔が浮かび上がった。家族の仇でもある一族の末っ子の顔が。どうしたものか。既に終わった復讐をもう一度繰り返す必要があるのかと一瞬迷った。だが、記憶が蘇る前の『今』の自分がそれを胸に秘めてここまでやってきたのを思い出し、決意を固めた。『今』は『今』だが、『前』ではないのだ。
そしてシャアとアムロは今回の戦闘を通して、感じ取ったことがあった。いや何故か確信した。この世界に、『ララァ』は存在しない。しかし、2人はそれを悲しむことは無かった。会えるからだ。ララァには、いつでも。
アムロが《WB》に向けて動き出したのをレーダーで確認しつつ、シャアは本隊へ向けて後退していった。
目視で艦橋が破壊された《ムサイ》の姿が確認できるところまで来たところで、ドレンから回線が繋がった。
『一度引き返した奴等がどうやら後方から来たのと合流したようです!』
「エンジンには被弾していないんだろう? 脱出した兵と使える物は回収しろ。援護する」
『了解しました。頼みましたよ、少佐』
《ムサイ》へ救援に向かう《グワジン》を追い越して、接近してくるMSの迎撃体勢にはいる。
「救援作業の援護を最優先とする。深追いはするなよ」
シャアは後から追いついてきたMSに向けて指示をだした。その数は作戦開始から半数を下回っていた。《WB》襲撃のため新型の《ゲルググ》を含め、8機がシャアの下に配備されたが、今残っているのはシャアを入れてもたった3機しか残っていない。
こちらに向かってくるMSの数は7つ。その内4機が《アークエンジェル》の襲撃を行っている部隊へと分かれたのをレーダーで確認した。
かなりの速度で接近してくる。恐らく《フラッグ》だと思われるが、シャアの知るそれはここまで速度は出ないはずだった。その中でも戦闘を行く1機はさらに速度を上げ、真っ直ぐにこちらに向けてやってくる。
射程内に入った黒い《フラッグ》にシャアはライフルによる先制攻撃を行う。あの勢いならばこの攻撃を避けるのは不可能。だがその予想は外れ、《フラッグ》は変形することによってそれをギリギリで避けた。思いもよらない動きに驚愕したシャアだったが、そのまま攻撃を続ける。それを悉くかわし、《フラッグ》は手にするライフルで応戦しつつ接近してくる。
ニュータイプではない。だが、あれほどの動き。圧倒的な操縦技術、機体性能を限界にまで引き出せるパイロット。エースとでも言えばいいのだろうか。
変形し、ライフルを右手に持ち替えた《フラッグ》は左手でサーベルを引き抜いた。避けることができないと判断したシャアは、それをシールドで受け止める。
『初めまして、だな。《赤い彗星》!』
「連邦からの回線? 《フラッグ》のパイロットか!」
限界に達し、焼き切られる直前のシールドを左腕から外してライフルでそれごと撃ち抜いて攻撃する。似たようなことをジャブローでアムロにやられたのをシャアは覚えていた。だが、シャアが感慨に浸る間も与えず《フラッグ》のパイロットが告げた。
『シールド越しとは、流石だ! だが!』
「ええいっ!」
それをも避けた《フラッグ》が投げつけたサーベルがシャアの《ゲルググ》の頭部を貫いた。サブカメラに切り替わる前に接近を感じ取ったシャアは、背部に取り付けてあったナギナタ左手に取り、前方へと振り抜く。
『くうっ!』
回線越しから苦悶の声が聞こえてくる。手ごたえはあったが、直撃ではない。復活した映像には《フラッグ》のライフルの先端部分が映し出された。既に《フラッグ》はこちらから距離をとりはじめていた。
基本的な性能は恐らくこちらが上。しかしスピードだけはあちらの方があるようで、その動きに合わせようとしても《ゲルググ》がシャアの操縦についていくことができないでいた。
付かず離れずの距離を保ち続ける《フラッグ》にライフルで追撃をかけるが当たることは無く、ただエネルギーを無駄に消費するだけだった。
あともう少しで、後続の《フラッグ》もこちらに合流してしまう。そんな時、回線の向こうから聞こえてきた指示にシャアは驚いた。
『我々は十分に時間を稼いだ。各機、撤退!』
そうして《フラッグ》は後退をはじめた。予想はしていたが、この奇襲は《WB》と《アークエンジェル》を確実に大気圏突入させるための時間稼ぎだったようだ。
この数で襲撃されればこちらの目は間違いなく逸らすことができるとふんだのだろう。それに、たとえ失敗したとしても敵の母艦を叩くことができる。今母艦を失うことはかなりの痛手となるため、シャアは迎撃せざるをえなかったのだった。
猛スピードで後退していく《フラッグ》。去り際にそのパイロットはシャアに言った。
『私の名は『グラハム・エーカー』。覚えておいてもらおう、《赤い彗星》!』
やがて追撃可能範囲から外れ、後続と合流した《フラッグ》は後退していった。安堵すると同時に疲れがシャアを襲った。
自信に満ちたあの雰囲気と言動。彼、グラハムとまた戦うことを考えるのはいつも以上に神経を使うだろうと考え、シャアは小さなため息をついた。
周囲の安全を確認したシャアは地球を見た。既に大気圏に突入を始めている《WB》、《アークエンジェル》と大型シャトル。
この後、シャアは《WB》の追撃も兼ねて北米へと向けて降下する。果たして、この似た状況がどこまで続くのか。そう考え、《グワジン》へと向けて《ゲルググ》を動かそうとしたとき。
『残念だったな、《赤い彗星》さん』
「……!?」
頭の中に突然響いたのは若い男の声。その気配の先をたどると、そこに映ったのは《WB》。アムロではない。だが、先ほどの声の主は《WB》に乗っているのをシャアは感じ取った。
かなり距離は開いている。なのにもかかわらずあそこまで鮮明に声と感情を送りつけられる存在がいることにシャアは驚愕した。
※
「久しぶりだな……地球」
アキラは小さくつぶやいた。青い空が広がっていた。広大な大地と遠くには日差しを受けて輝く海も見える。《WB》は無事に地球へと降下することに成功した。
だが、艦橋は騒然としていた。ジオンの襲撃によって軌道が大きく逸れ、どうやら北米大陸に降下してしまったのが分かったからだ。
その事実を知り、一番慌てていたのは先ほどの戦闘の最中に収容したサラミスの艦長『リード』大尉だ。なぜこんなことに。速く本部に指示を仰がねば。といった感じでわめき散らしている。
しかし、そんな周囲の様子が気にならないほどの疲労感に襲われてアキラは耐えられずに壁に寄りかかっていた。
正直、自分にも何が起きたのかさっぱり分からなかった。あの戦闘の時に、アムロが《赤い彗星》と交戦しているのを見て、奇妙な感覚が自分の中で芽生えたのだ。
あの時、あの場所にいたありとあらゆる人の声が聞こえた。目の前にいないのにも関わらず。ジオンのパイロットの声も聞こえた。やがて、声だけでなく感情すらも理解することができるようになった。
そんな中で苦戦し、焦るリィナを感じ取ったアキラは、助言と援護を行った。今でも突然の砲撃指示に驚くブライトの顔が頭の中に浮かぶ。
出撃したパイロットは全員無事帰艦した。その後、駆けつけた救援部隊の襲撃をうけて遠くへと離れて行った《赤い彗星》に対してアキラは素直に感情を伝えた。
『残念だったな、《赤い彗星》さん』
しかし、知らされた北米への降下の件を知ったと同時にアキラは恥ずかしくなった。まんまと作戦に引っかかったのにも関わらず、その作戦を考えたであろう張本人にそんな捨て台詞を残してしまったからだ。今頃、《赤い彗星》はどんな心境なのだろうか。
降下完了ともにアキラは元の感覚に戻り、現在の状態になった。立っているのがつらい。可能ならば今ここで寝たい。傷の痛みもそれで麻痺しているのか余り感じない。
今にも瞼が閉じてしまいそうなのを必死に堪えるアキラ。そんな時、2人のパイロットが艦橋へとやってきた。
「状況は? 一体どうなっているんです?」
聞こえてきたのはアムロの声。そういえば戦闘の中でアムロは《赤い彗星》と思われる人物と会話していたような感じがした。実際どうなのかは分からないが。
ブライトから現状の報告を受けるアムロ。その横でリードが頭を抱えている。もう1人がどこにいったのかと考えていると。
「……大尉? 大丈夫ですか?」
「ん……、少尉か」
話しかけてきたリィナにかなり小さい声でアキラは答えた。瞼は閉じる寸前。というかほぼ閉じている。
「傷が痛むのですか? それなら私が医務室まで」
「いや……、眠いんだ」
「眠い……ですか」
それを聞いてリィナが安堵したのか呆れたのか分からないが、ため息をついたのが聞こえた。
「じゃあブライト艦長に体調を報告して医務室に行きましょうか。大尉は怪我人だし、許可が下りるかもしれませんよ」
「そう……だな」
ゆっくりと壁から離れてブライトの方へと歩こうとしたアキラだったが、耐えられなかった。
「うわっと! た、大尉!?」
アキラはその場で前のめりになって倒れてしまい、その先にいるリィナに抱きかかえられる状態となった。
これはまずい。セクハラとかになるのではなかろうかとアキラは体に力を入れようとするが、逆に何故か力が入らなくなってくるし、安心している自分がいる。リィナが怒るような感じはしない。いや、必死に怒りを抑えているのだろうか。
周囲の人がこちらに向かってくるのも感じた。それが自分を心配するものか、非難するものなのかはもうアキラには理解することができなかった。
とにかく謝った方がいい。薄れ行く意識の中で、アキラは言った。
「すま……ん、しょ……い」
そういい残したアキラは最後にリィナの声を聞いた。
「……大丈夫ですよ、大尉。それと……ありがとうございました」
怒りではなく優しさに満ちたその声を聞き、アキラは深い眠りについた。