第19話 未来の選択
椅子に座り、目の前に表示されたモニターの向こう側で慌しく人が行き交う中、《アークエンジェル》(以下略称《AA》)の修復作業が行われている。その様子を見ていた連邦議会に所属するの長い黒髪が特徴の男が秘書官に問いかけた。
「後どれぐらいかかるのかね」
「ジャブローに予定通り帰艦できたとはいえ大気圏突入直前の戦闘での損害が大きく、最速でも4日はかかるかと」
「3日では無理か?」
「……伝えまーす」
そういうと秘書官は端末を懐から取り出し、連絡を取り始めた。端末の向こうからは苦悶の声が聞こえてくる。
ジオンが宇宙において使用したコロニーそのものを利用した兵器は連邦議会に衝撃を与えた。それが脅威的な破壊力を持つこと以上に、ジオンがそんなものを建造できる財力を持っていることが驚きだったのだ。
戦争が長期化すれば間違いなくジオンは連邦より先に疲弊する。しかし、彼らにはまだこの戦争を続行することができる力を持っているかもしれない。莫大な額が投じられたであろうコロニー兵器を容易に破棄。すでに廃コロニーが2基、サイド3に向けて移送されていくのも確認された。この現状を見て、約6ヵ月前のコロニー落としもこちらを油断させるための作戦だったのではないかといった意見も出始めた。
果たしてジオンに戦争継続する力があるのか。それを確かめることも大切だが、今はそれよりも集中しなければならないことがある。
端末を懐に戻し、秘書官は頷いた。どうやら3日で済ませる要請が承諾されたようだ。その直後、扉がノックされた。彼らが来たようだ。
「入ってくれたまえ」
「失礼します」
部屋に入ってきたには2人。先頭からラウ、そしてキラ・ヤマト。ここに入ってくるときにキラの表情に一瞬の変化があったのをデュランダルは見逃さなかった。彼も『前』の記憶を取り戻したのだろう。
秘書官に退室するように促し、部屋の中は3人だけになった。緊迫した空気が部屋の中を満たす。その中で、男が話し始めた。
「ご苦労だった、ラウ。君にはまた苦労をかけてしまったな」
「いえ、私は当然のことをしたまで。彼の働きも目覚しいもので、助けられたよ」
ラウは隣にいるキラに視線を向けた。
「初めまして……いや、久しぶりといったほうがいいかな、キラ・ヤマト君」
「あなたも……!」
「ああ。君の想像通りだよ」
驚きを隠せない様子のキラを見て、『ギルバート・デュランダル』は微笑んだ。
「今はコロニーの代表の上院議員の1人として連邦議会に所属している。まぁ、表向きにはコロニー側の動きを少しでも抑制するため連邦の駒の1つとなっているのだが」
「……僕に、何か話があるんですよね」
「話が早くて助かる。単刀直入に言わせてもらおう」
テーブルの上で手を組み、デュランダルはキラに対して静かに言った。
「このまま連邦に所属してMSのパイロットを続けるか、民間人に戻るか、君に選択して欲しい」
それを聞いたキラは表情を曇らせた。恐らく予想はしていたであろう提案に少し戸惑っているようだ。少しのときが流れた後、先にデュランダルが口を開いた。
「前者に関して君は心配しなくてもいい。私が働きかけて何とかしてみせる。レビル閣下とのコネクションもあるから問題はないはずだ。後者を望むのであればそれもいいだろう。それが『今』の君の決断なのならば私は止めはしないさ」
「質問をしてもいいでしょうか」
「かまわないよ。私が答えられる範囲のものであれば」
「『ラクス』は……どうなっているんですか? 『今』の自分の記憶が正しければジオンの評議会議員の父の補佐をしているはずなのですが」
『ラクス・クライン』。やはり彼女のことが気にかかっていたのだろう。『前』では彼にとっての大切な存在。それは『今』でも変わらないようだが、それだからこそ、彼も薄々感じ取っているのだろう。
デュランダルが手元の端末を操作すると、背後に表示されたモニターにいくつかの写真が映し出された。
「約2ヵ月のことだ。穏健派とも言われていた『シーゲル・クライン』がジオン本国においてスピーチを行おうと計画し関係者を集めた会議の途中、暗殺された」
険しい表情のまま、黙ってモニターに映し出されている写真1枚1枚をキラは見続けている。
「テロとして取り上げられる予定だったが、圧力で表沙汰になることは無かった。民衆に刺激を与えないため、そして穏健派に対しての見せしめと動きを止めるためのものと見るのが妥当だろう。この事件で死亡した議員や関係者の大半が穏健派とされた者達だからな」
「……あ」
次々と映し出されていく写真の中、キラは見つけてしまった。変わり果てた大切な人の姿を。
唖然としているキラに対してデュランダルは続けた。
「彼女の遺体は比較的綺麗な状態で発見された。致命傷となったのは背中におった傷だそうだ。発見時には既に死亡が確認されている」
説明を聞いたキラは重々しく口を開き、デュランダルに問いかけた。
「何故そこまで詳しい情報を持っているんですか? それなら彼女を救うことも……」
「……残念だが、私がこれらの情報を手に入れたときには既に遅かった。もし事前に手に入れることが出来ていれば対処はできたかもしれない。申し訳ない」
「そう……ですか」
大切な存在の死を知り、かなりの衝撃を受けたのだろう。姿勢に変化は無くとも表情には出てしまっている。しかし、デュランダルはこれ以上の慰めの言葉はかけなかった。彼は、キラ・ヤマトがこれを乗り越えることができると確信しているからだ。少なくとも、『前』と同じ心の強さを持っているのが条件だが。
映し出されていた写真が消え、モニターには整備中の《AA》が再び映し出された。
最後にもう一度どちらを選択するかの確認をとろうとデュランダルが口を開こうとする前に、それをキラの一言が遮った。
「乗ります」
「それでいいのかね? 後戻りは出来ないが」
「はい。大丈夫です。僕をMSのパイロットとして連邦に所属させてください」
予想通りの答え。先ほどとは違う力強い声からして、決心は固いようだ。
立ち上がったデュランダルはキラの目の前まで行くと、右手を差し出した。キラもそれに応えて握手を交わした。
「これからよろしく頼むよ。キラ君」
「はい。よろしくお願いします」
これで新たな戦力を手に入れることが出来た。それも、かなり強大な。
握手を終えたところでラウが言った。
「ギル、そろそろ予定の時間だ」
「そうだな。ではキラ君、私は用があるのでこれまでだが、聞きたいことがあればラウに聞いてくれ」
「分かりました」
そうしてラウとキラの2人は部屋の出口へと向かっていった。しかし、出口の手前でキラは立ち止まってこちらに振り向いた。
真っ直ぐとこちらを見つめる瞳。その容姿からは考えられない力強い眼差しに、デュランダルは思わず息を呑んだ。久しぶりだ、こんな感覚。
「もし、あなたが『前』と同じようなことをしようとしているなら、僕はまたあなたを止めます」
「……ああ。覚悟しておくよ。だが、心配はいらない。『今』の私はそんなことは考えていないさ」
2人が出て行くと、外で待機していた秘書官が入ってくる。その様子を見て、デュランダルは言った。
「不満そうだね『ミーア』」
それを聞いて彼女、『ミーア・キャンベル』がため息をしつつ、手元の端末を操作する。
「大丈夫です。デュランダル議員の予測不能っぷりにはもう慣れましたから。それよりも……」
「それよりも?」
「彼が……私のことに気づいてなかったのが気掛かりなだけです」
「無理もないさ。あの状況で、尚且つその容姿ではな」
肩まで伸びた黒髪に眼鏡。体型はほとんど変わらないとはいえ、この見た目ではラクスや『前』のミーアと判別するのは難しい。とあることがきっかけで彼女と出会ったのだが、最初は名前を確認するまでデュランダル自身も分からなかった。
彼女も『前』の記憶があり、『今』の自分の容姿に満足しているようだ。しかも現在、美人秘書官として人気があるらしい。ラクスとしてではなく自分自身が高い評価を得ていることに彼女も喜んでいるようである。
ミーアが端末の操作を終えると同時にモニターに新たな画面が表示される。
「『彼ら』からの緊急の依頼ですが、何でこんな情報が必要なんでしょうかね」
「事情はこちらの知るところではないが、今まで間者を通して遠まわしに情報を伝えてきた彼らが直接こちらに依頼をしてきたということは、想定外の事態があったと思うが……」
表示された簡潔な依頼内容と人物の画像。隣からミーアがその人物を覗き込む。
「結構かわいい人ですよね。私ほどじゃないですけど」
表示されているのは女性士官。この女性に、彼らは何を欲しているのだろうか。
「リィナ・ブリジスか……」