――《ガンダム》機動実験の3日前
「……ん」
一人の青年が、目を覚ました。
「ここは……どこだ?」
青年がいるのは真っ暗で何もない空間。足場はなく、無重力の中を漂うように体が浮かんでいるように青年は感じた。
まだ頭が完全に機能していない青年は、現状を理解することができていない。
意味も無く青年が辺りを見渡していたその時、
『……『刹那』』
目の前の真っ暗な空間の中に、突如光と共に女性が一人現れた。
刹那はその光に目を眩ませるが、現れた女性を見て驚愕した。
(『マリナ・イスマイール』!?)
刹那の驚く姿を見て、マリナは優しく微笑んだ。
『久しぶりね。あなたを最後に見たのはいつのことかしら』
そういってまたマリナは優しく微笑む。だが、刹那は混乱していた。
一体なぜここにマリナが? ここは一体どこなんだ? さまざまな疑問が頭の中を埋め尽くす。
しかし、混乱をしながらも刹那はあることに気付いた。マリナが、少し透けている。
何をすればいいかも分からず、とりあえず何かを言おうとしたが、なぜか刹那の口は開くことができなかった。
そんな刹那に、マリナは悲しそうな表情を浮かべて告げる。
『……ねぇ、刹那。あなたに頼みたいことがあるの』
頼み? 一体何を。問いただしたくとも、口は動いてくれない。
『……この世界を、人々の《可能性》を救って』
そのマリナの言葉を聞いた瞬間、刹那は思い出した。
戦った。《ダブルオー》で。突如月から現れ、地球に侵攻してきた謎のMSと。
その時には『ロックオン』、『アレルヤ』達とも一緒に戦った。だが、全く歯がたたなかった。
次々と破壊され、砂へと変わっていくていく都市。消滅する人々。
なんとか接近し撃墜を試みたが、それは叶わず、髭のついている《ガンダム》によって刹那は墜とされた。そう。『墜とされた』。ならばここは地獄か何かなのだろうか。
確かに、今まで世界の変革のためと言って沢山の人を殺め、自分の手を汚してきた。地獄に落ちるのは当たり前のことかもしれないと、刹那は思う。
険しい表情の刹那に、マリナは再び微笑んだ。
『私はもう戻れないけど、あなたはまだ戻ることができるから安心して』
「戻る……?」
ようやく微かながら動くようになった口から漏れたのは、疑問の声。それに対し、マリナは微笑みを崩すことなく返した
『あなたはまだ、生きているから』
「俺が……?」
マリナの言うことに嘘偽りは感じられない。だからこそ刹那の内に不安は膨らんでいった。
まだ、話したいことがあった。残っている数々の未練が心の中で渦巻く。
『大丈夫。あなたは未来を切り開く、人と人を繋ぐ力を持っているんだもの……』
柔らかな笑みのままで、マリナはだんだん遠ざかり始めた。
真っ暗な空間を照らしていた光が消えていく。追おうとしても、刹那は前に進むことが出来なかった。
微笑みながら遠ざかっていくマリナに、刹那は叫んだ。
「マリナ!!」
◆
「――……」
刹那は目を覚ました。恐らく、これが本当の目覚め。
人が一人入れるぐらいの円柱状のカプセルのようなものに、今刹那は仰向けになって寝ていた。
夢だったのか。マリナが言った通り、現実に戻ってきたのだろうか。そう刹那が思っていたとき、カプセルが開いた。
とりあえず上半身を起す。すると、そこには薄暗い研究所のような空間が広がっていた。薄暗さの中で目を凝らせば、他にもいくつかのカプセルがあるのを確認できた。
その内の一つが開く。そこから、
「どこだ……ここは?」
「『ロックオン』!」
「おお刹那。元気そうだな」
刹那と同じソレスタルビーイングのガンダムマイスター、『ロックオン・ストラトス』が眠そうに目を掻きながらカプセルから上半身を上げた。
共に正体不明機と戦闘を繰り広げたロックオンがいるといううことは、他のカプセルにも見知った存在がいるかもしれない。そう考えた刹那が他のカプセルへと視線を移そうとしたとき、元気な機械音声が響いた。
「ハロサイキドウ! ハロサイキドウ!」
「おっ、目覚めたか相棒」
ここからは見えないが、どうやらロックオンのカプセルの中にはハロも一緒に入っていたようだった。
場に合わないハロの声が辺りに響く。それに触発される形で、もう一人のガンダムマイスターが目を覚ました。
「ハロ……?」
「アレルヤ!」
刹那の隣のカプセルが開き、そこから『アレルヤ・ハプティズム』がだるそうに上半身を起す。
アレルヤが入っていたカプセルが開くと同時に、その隣のカプセルも開いた。
「ん……、くっ」
「……あ、『マリー』!」
上半身を重々しく上げた『マリー・パーファシー』を見て、アレルヤが声をかけた。
カプセルから飛び出し、アレルヤはマリーの側に駆け寄る。
「大丈夫? マリー?」
「……うん。大丈夫。ちょっと頭が痛いだけだから……」
心配そうに声をかけてくるアレルヤにマリーは少々辛そうにしながら返答する。いつもと変わらぬ仲を見せつけられれば、刹那とロックオンの不安がわずかに和らぐ。
こうして互いの安否を確認し合うのもいいが、不可思議な現状を把握するために刹那とロックオンはカプセルから出て素足のままで立ち上がった。
すると、
「……ふゎ? ここどこですかぁ?」
「んぁ……どこだここは?」
「………ここは?」
「いたた……ってここどこ?」
四つのカプセルがほぼ同時に開き、その中から、『ミレイナ・ヴァスティ』、『ラッセ・アイオン』、『フェルト・グレイス』、『スメラギ・李・ノリエガ』が現れた。
ここにいる全員が、自分が何故今この場所にいるかがよく分かっていないようだ。
しかし、その中でまだ一つだけ開いていないカプセルがあった。
「……その中には誰が入ってるんだ?」
「気を付けろロックオン。敵対する存在が入っている可能性もある」
「分かってる」
最大限の警戒をしながらロックオンはカプセルへと近づいていく。もう少しで内部を把握できそうになるほど近づいたところで、カプセルは開いた。
もしもに備えたロックオンは後方に下がり、刹那も身構える。そしてカプセルから姿を現した人物に、この場にいる全員が驚愕した。
「くっ……」
「……『ティエリア』!?」
その中から現れたのは『ティエリア・アーデ』。皆、あまりの驚きで口を開けることができない。カプセルから現れた当の本人も現状が理解できていないようだ。
「何故だ……私は『ヴェーダ』の中で……」
ティエリアはアロウズ、『リボンズ・アルマーク』との戦いの際に死亡し、『ヴェーダ』のシステムの一部として一体化。あの《髭付き》に襲撃を受けた際、『ヴェーダ』からの通信が途絶えたために、安否の確認ができなかったのである。
そのティエリアが無事でいたことにも皆驚いていたが、それ以上に現状を飲み込めずに混乱していた。しばし無言の時が流れた後、部屋の隅のドアが開き、誰かが入ってきた。
「ロックオン!! ロックオン!!」
「は、ハロ!?」
カプセルに置いたままだったハロが、開いた扉の方へと転がっていく。
やがて入ってきた人物の足元まで到達すると、その人物は手慣れた手つきでハロを拾い上げた。
「ロックオン!! ロックオン!!」
「いよぉ相棒。随分久しぶりだな、元気にしてたか?」
その拾い上げた人を見て、ロックオン、『ライル・ディランディ』は目を見開いた。
「に、兄……さん?」
「おお、ライル久しぶりだな」
そこにいたのは、ライルの兄にして、初代ロックオン・ストラトスの『ニール・ディランディ』。二人は双子で、ライルと全く変わらない顔、声をしている。
しかし、そのニールの存在に誰もが驚いていたが、一番驚いていたのはフェルトだった。
「……ニール?」
目が点になったままのフェルトは、無意識のうちにニールの名を告げていた。そんな彼女にニールはもう見ることもないと思っていた微笑みを返す。
「フェルトか! 元気にしてたか?」
刹那やここにいるほぼ全員が彼のことは覚えている。いや、忘れるはずがない。リーダー的存在で、刹那も何度も助けてもらったことがある。
しかし、国連軍との戦いの際に、彼は死んだはず。死んだと思っていた二人の登場に、全員驚愕し、黙りこんでしまった。
「ロックオン!! ロックオン!!」
唯一、ハロの声だけが辺り全体に響き渡る。そんな気まずい状況の中、さらに扉から二人、男性が入ってきた。
「なんだお前等。折角の感動の再会なのにこんなに黙りこくっちまって」
入ってきた『イアン・ヴァスティ』が全員に向かって言った。それに続いて共に入ってきた男性も口を開く。
「まぁ、しょうがないでしょう。いきなりこんなサプライズをされてもリアクションに困ってしまいますよ」
だが、そのもう一人はこの場にいるイアンとニール意外、知る者はいなかった。
その男はこの場にいる全員を見渡すと、軽く咳払いをし、告げた。
「おはようございます。『ソレスタルビーイング』の皆さん。私の名前は『カラジャ・アル・ウォーケン』です」
カラジャはそういって目覚めた全員を見渡す。
「何故今自分達がここにいることに疑問を持っていると思いますが、時間が掛かるので後ほど説明しましょう」
すると、カラジャは体を反転させ、扉の方へと体を向ける。
「付いて来てください。これからあなた達にやってもらいたいことがあります」
◆
――《ガンダム》機動実験開始1時間前 サイド7周辺暗礁宙域
『こちら《ケルディム》、目標ポイントに到達』
「了解。そのまま待機していてください」
回線に、フェルトが対応する。刹那達は今、《プレトマイオスⅡ》でサイド7の近くまでやってきていた。
全てはあのカラジャという男が全てを教えてくれた。それを聞き、夢の中でマリナが言っていたことをようやく理解することができた。
艦橋のモニターに広がる宇宙を見て、ティエリアは刹那に問い掛けた。
「なぁ、刹那」
「何だ、ティエリア」
「私達の戦いは……意味がなかったのだろうか?」
ティエリアはそう言って険しい表情を浮かべる。今この場にいて聞いている皆も険しい表情になっていた。
しかし、その中で刹那は答える。
「そんなことはないはずだ」
そうではないと言いきれないが、刹那は続けた。
「今まで俺がやってきたことに意味がなかったとしても、俺はまだ戦う」
刹那はそう言うと、モニターに映る宇宙を見る。
輝かしく感じられる星々の輝きと、恐ろしくも感じられる深い闇。変わることなくあり続ける景色の中に、刹那は会うことは叶わないマリナの存在を感じていた。
いつかは、彼女と同じ場所に行く。それまでの間は、自らの成すべきことを成す。確固たる思いを胸に、刹那は短いながらも力強く告げた。
「――この世界の未来を切り開くために」
「……そうか、君らしいな」
そういうとティエリアは小さく笑う。二人の会話を聞いていたミレイナは刹那を見ながら楽し気に頬を緩ませていた。
「ちょっとさっきのはかっこよかったですよぉ~」
「確かに。でも、刹那らしい答えね」
艦長のスメラギもそういってモニターの方へと視線を移し、共に無限に広がるように思える星の海を見つめ始めていた。
無限に広がる宇宙、再びその中を舞台にこれからまた戦っていく。
いつ終わるかはわからない。終わらないかもしれない。だが、彼等は、ソレスタルビーイングは戦う。 この世界の未来を切り開くために。
決意を新たにする刹那の瞳はイノベイター特有の輝きを放つ。破壊と再生を促し続ける彼らの戦いが、始まりを告げるのだった。