――《ガンダム》機動実験終了直後
「凄い……」
実験場からかなり離れた格納庫で、壁に取り付けられていたモニターに映っていた実験の様子を見ていた女性が無意識のうちに声を漏らした。
《ザク》のマシンガンの直撃を受けたのにも関わらず、全く動じない《ガンダム》の姿に彼女は圧倒されていた。
勝てるかもしれない。これほどの性能ならジオンを倒せるかもしれない。彼女の周りにいる者達も、同じように思っていた。
「こらお前等。仕事に戻れ、仕事に」
興奮でその場に固まっていた者たちに注意したのは、この格納庫を任されている「エヴァン・アイゼン」中尉。聞きなれた野太い声を耳にし、しびしぶ各自の持ち場へと散らばっていく。
彼女、「リィナ・ブリジス」も自分の仕事に戻ろうと動き出すが、その背中に向けてエヴァンが声をかける。
「リィナ少尉。ちょっとこっちに来い」
「あ、はい」
何人もの人の声、重機の稼動する音が響き渡る格納庫の中をリィナは既に歩き出していたエヴァンの所へと走っていく。そして彼女が横に着いたところで、エヴァンは問いを投げかけた。
「少尉、《ガンダム》はどうだった?」
深いしわが刻まれ、威厳の漂う顔がリィナに向けられる。簡潔な問いであっても誰もが緊張してしまうような空気が漂う中、リィナは臆することなく答えを返す。
「凄かったです。《ザク》のマシンガンの直撃を受けても――」
「そうか、そりゃよかった」
リィナがまだ話している途中にも関わらず、エヴァンはそう言ってにんまりと笑みを浮かべた。そんなエヴァンに、少しリィナは戸惑ってしまった。
詳しく話さなくてもいいのだろうか? そういった純粋な疑問を抱くリィナに向け、エヴァンは言った。
「ただ現役のMSパイロットの感想を聞きたかっただけだ。お前も仕事に戻りな」
「中尉―! チェックお願いしますー!」
「おう! んじゃあな、少尉」
そう言うとエヴァンリィナの頭を掌で二回ほど優しく叩き、行ってしまった。
唖然としてその場に立ち尽していたいたリィナだが、我に帰り、自分の仕事の場へと戻っていった。
このコロニーに来てからもう数日が経ち、地球とは違うコロニーの重力にもやっと体が慣れてきた。
エヴァン中尉はこのコロニーにかなり前からいるようで、いろいろな事を教えてもらっている。五十代を越えているそうだが、その整備技術は連邦の中でもかなりの腕らしく、《Gシリーズ》の第2整備班の班長を務めていた。
さっきの笑顔は先日整備した《ガンダム》の活躍を聞いて嬉しかったからかもしれない。そんなことを考えながら、自分の持ち場に戻ったリィナは、そこにある自分のMSを見上げた。
連邦が《フラッグ》の設計データを元に製造した可変式MS、《イナクト》はその細身の体を拘束具によって固定され、格納庫の壁を背に立っていた。
見た目こそ少し形状が変化しただけの《フラッグ》に見えるが、これは《フラッグ》の後継機ではないという。
現在、フラッグ系のMSの開発は、技術開発局の「レイフ・エイフマン」教授とその助手の「ビリー・カタギリ」の二人が中心となって開発を進めているらしい。
この《イナクト》は、その二人が設計したのではなく、技術開発局の他の部署が設計、開発したものだ。
これが戦線に投入されたのは今年の七月の上旬くらい。しかし、あまり良い結果は今までに出せていない。
時期が悪かったという理由もあるかもしれない。ちょうど配備されてから直ぐに、ジオンが北米に降下してきたからだ。
リィナはその時、MSの操縦技術を認められてニューヤーク近辺の基地でテストパイロットとしてこの《イナクト》に乗っていたのだが、ジオンが降下してきた際にリィナは何もすることができなかった。
まだテストパイロットということもあり、前線に行くことはできず、ただ仲間が死んでいくのを遠くから見ていることしかできなかった。
結局、リィナは出撃することはなく。連邦軍は北米から撤退。悔しかった。ただ見ることしかできない自分に腹が立った。そうした悔恨の経験から死に物狂いで訓練を積み重ね、正規のMSパイロットとしてちゃんと戦場に立つことができるようになったのだった。
しかし、初任務が新型MSと新型艦《ホワイトベース》の護衛という重大な任務を任され、リィナは内心戸惑いもあったが、やれることなら何だってやりたいという気持ちがあった。
今度こそ、守って見せる。自分の手で、仲間を。そう思い、リィナは拳を強く握る。
万全を期すためにも、とりあえず今は仕事をしよう。そう思い、機体のメンテナンスをしようとしたと き、ふと目に《イナクト》の横に立っているMSが目に入った。
「――《ガンダム》」
無意識のうちに、リィナは小さくつぶやいていた。
《イナクト》と同じく体中を拘束具で固定されている灰色のMSの名は、《G-3》。今回の護衛MSの三機の内の一つ。現在機動実験を行っている《ガンダム》と全く同じ姿で、ただ色違いなだけのようにも思える。
しかし、エヴァン中尉からは、《G-3》はある特別な『何か』の実験機ということを聞いている。だが、その『何か』が何なのかは教えてはくれなかった。
初のビーム兵器搭載機の一つというだけでも凄いのだが、その『何か』とは一体何なのだろうか。リィナはその真相を知りたくて仕方がなかった。
果たして、この三機の新型によって連邦は優勢に立つことができるのだろうか。
希望と不安で浮き沈みを繰り返す気持ちを抑え、平常心であろうと自らに言い聞かせたリィナは《イナクト》のメンテナンスに取りかかるのだった。
◆
「素晴らしい!!」
実験場の観測所にいた「テム・レイ」は、《ガンダム》と我が子に向けて感嘆の言葉を口にする。周りの研究員達も同様に喜んでいた。
その中、レギルはテムに他よりも大きい喜びの声を上げた。
「やったな! テム!」
そう言ってレギルはテムに向かって手を差し伸べる。
「ああ! これならジオンと対等に戦える!」
差し伸べられた手をテムは力強く握り締め、レギルと共に笑った。
長かったこの悪夢を終わらせられるかもしれない。《ガンダム》ならやってくれるに違いない。ジオンに連邦の力を思い知らせることができる。この場にいる全員がそう思い、喜んでいた。
歓声に包まれる観測所。そこに、息を切らしている一人の連邦の士官が扉を開けて入ってきた。
それによって一気に静まり返った観測所の中で、飛びこんできた士官は言った。
「た……大変です!! ジオンが……」
◆
「す、凄い……!!」
観客席にいたメイリンは目を見開いて言った。アキラも心の底から溢れ出す喜びから、静かに拳を握り締めていた。
やれる。ここから連邦の反撃が始まる。そうアキラが思っていたその時、
「ほぉ……、連邦さんも随分凄いものを作ったもんだねぇ……」
隣に座っていたサーシェスとかいう男がぼそっとつぶやき、立ちあがった。
明らかにさっきまでの口調とは違うサーシェスに、アキラは寒気のようなものを感じ取った。
周りでは、実験を見に来た観客が、立ちあがって拍手をしていたり、感嘆の言葉を《ガンダム》へと投げかけている。人々の熱気の中で、サーシェスは恐ろしいほど冷たい視線をガンダムの方へと向けていた。
嫌な予感がする。持ち前の勘で危機を察知したアキラは静かに立ちあがると、メイリンに話しかける。
「行こう。メイリン」
「え? あ、はい」
突然の言葉に戸惑いながらも、出入り口の方へ歩いて行くアキラにメイリンはついていく。すると離れていく二人に向け、サーシェスは口元に笑みを造りながら問いかけた。
「おや? どこに行かれるのですか?」
「用事を思い出して。これで失礼します」
振り返った後に一礼し、アキラは再び出口の方へと歩き出そうとする。その態度からある程度を察したサーシェスは、隠していた本性を露わにした。
「まぁ待てよ。アキラ・ユウ大尉。これがなんだか分かるか?」
先ほどまでとは打って変わってドスの効いたサーシェスの言葉にアキラは足を止め、再び振り向いた。
彼の手には旧式の小型無線機のようなものが握られていた。ミノフスキー粒子による電波障害の問題などから、無線機は使用されることがなくなった故に珍しい代物だといえる。
だが、アキラは気づく。このコロニー内部はミノフスキー粒子はこれまでに散布されたことが無い。散布をすれば実験の情報伝達に支障が出てくる。故に使えるのだ。このコロニーの中であれば。
アキラの表情に焦りが見え始めたところで、サーシェスは冷ややかな笑みを浮かべた。
「今から、壮大なショーの始まりだ。まずは開会の花火でも上げなくっちゃな」
楽し気にか語るサーシェスは無線機に素早く何かを入力した。
その瞬間にアキラの脳裏をよぎったのは最悪の光景。歓声が絶叫へと変貌する悪夢のような光景だ。
「おい! お前は何を――」
そうした光景が生じるのを防ぐためにサーシェスを問いただそうとした途中で、凄まじい爆音が辺りに響き渡った。直後に衝撃が伝わり、観客席は騒然となり、恐怖にかられた人が出入り口の方へと押し寄せる。
一体どこが爆発した。音はそこまで遠くではなかった。おそらくこの実験場の辺り。そこまで考えたところで、アキラの脳裏に最悪の光景が映し出された。信じたくない光景が。アキラがその光景の方を見ると、それは現実となっていた。
観測所があったところから、黒煙が流れ出ている。過剰なまでの威力の爆発により、観測所は跡形もなく吹き飛んでいたのだった。
死んだ。あそこにいた研究員が。そして父さんも。目の前にいるこのサーシェスという男の手によって何のためらいも無く殺された。アキラは心の底から激しい怒りが込み上げてくるのが、自分でもわかった。
激しい怒りを宿した瞳を観測所の方からサーシェスの方へと戻す。冷静さを欠いている彼を嘲笑ったサーシェスは次なる行動に移った。
「んじゃ、お前にも逝ってもらいますかい」
「!!」
サーシェスは懐から銃を取りだし、その銃口をアキラに向ける。
「アキラさん……!」
後ろにいるメイリンが震える声で話しかけてくる。おそらく逃げようと言いたいのだろうが、それは無理な話だった。
眼前の男、サーシェスから逃げきることはできない。確信に近い想いがアキラにはあったのである。
逃げたくとも、怒りに震えていたとしても、どうすることもできない。悔しさともどかしさを抱きながら立ち尽くす二人の様子を見て、サーシェスは鼻で笑った。
「なんだ。アキラ大尉殿はよく分かってるようですね。逃げられないって」
「……なんで」
「あぁ?」
絶望的状況下においてアキラの口から出た僅かな声に、サーシェスは眉を吊り上げる。
「なんで父さん達を殺した?」
「雇われたからやった。ただそれだけだ。本当ならもっと派手にやりてぇが、雇い主はそれを望んでない。これでも少し抑え目にしたんだがねぇ」
楽し気に告げるサーシェスは冷ややかな笑みを口元に浮かべ続ける。
雇われたからやった。ということは、こいつは傭兵か。さらにアキラは問いただそうとしたが、サーシェスはそれを遮った。
「悪いがあんま時間がねぇんだ。お前がここにいるって時点でもう予定がちょっと狂いはじめてんだよ」
引き金にサーシェスは指をかけ、残忍な笑みをアキラへと向ける。そして嫌な汗で全身を濡らすアキラに対し、冷たくも丁寧な別れの言葉が放たれた。
「さようなら、アキラ大尉殿」
その瞬間、アキラは目を閉じた。そうすれば少しは死への恐怖が緩んだような気がしたからだ。
23年。思えば短いような長かったような人生が、今ここで幕を閉じる。
この後、連邦はジオンに勝つことはできるのだろうか。世で言う平和が訪れることはあるのだろうか。走馬灯と称せる思いと過去の記憶が胸中を巡ったが。今死ぬ身がそんなことを考えても意味がないと思い、アキラは何も考えないようにした。
刹那、銃声が辺りに響き渡った。そして、何かがはじき飛ばされる音をアキラは聞いた。
「――……?」
「んなっ……」
サーシェスの困惑した声が耳に伝わり、アキラは目を開けた。僅かにぼやけた視界の先にいるサーシェスは、銃を持っていた右腕を下のほうに向けて垂れ下げていた。
生きてる。撃たれなかった。でも、銃声は聞こえた。では、どこから。緊張で高鳴る鼓動に合わせて多くの疑問がアキラの脳内に浮かび上がる。
「ちくしょう……!!」
若干の混乱状態にあるアキラを早々に諦めたサーシェスは、観客席の出入り口に向けて凄まじい勢いで走り出した。すると再び銃声が響き渡り、サーシェスの後ろの椅子に小さな風穴が開いた。
椅子に開いた小さな穴の周りには焦げ後が残っている。どこかからの狙撃。銃声から着弾までにほんの僅かに間があることから、相当離れた距離からの狙撃のようだった。
気付けば既にサーシェスの姿はなく、銃声も止んだ。狙撃が自分たちに向けられる可能性を危惧してアキラとメイリンはしばらくその場で伏せていたが数秒経っても追撃はなく、ゆっくりと体をあげてほっとその場で胸をなでおろした。
秘密裏に警備で配備されていた部隊が助けてくれたのだろうか。にしても見事な狙撃だった。生の実感を得たことで押し寄せた安堵と共に多くの思慮を巡らせるアキラに、メイリンは言い放った。
「今の内です! 行きましょう!」
「お、おお!」
アキラはメイリンと共に、サーシェスの逃げた方の出入り口とは違うもう一つの出入り口に向かって走り出した。
走る最中で、アキラは心の底から自分のことを救ってくれた何者かに感謝をし続けるのだった。
◆
「――ちっ、逃がしちまったか」
実験場のにあるビルの屋上で、茶髪の青年は舌打ちする。悔し気な表情を浮かべながらも、使用した組立式のライフルの解体作業を手早くはじめた。
着々と解体を進める中で、青年の耳に付いているインカムから女性の声が発せられる。
『上手くやれた? ロックオン?』
「とりあえずアキラは死なせなかったぜ」
解体が終わったライフルを鞄の中にしまい、ロックオンは言った。
「んで、次はどうすればいいんだスメラギさん?」
その場からたち上がり、階段の方へとロックオンは歩いて行く。
『ノーマルスーツを着直して侵入ルートを戻り、《デュナメス》に乗って《ケルディム》と合流してちょうだい』
「了解」
手短かなスメラギから指示の後で回線は途切れ、ロックオンは足早に階段を降りようとした。
しかし、ロックオンは足を止めた。振り返った彼の視線は、混乱の渦中において佇むMSに向けられていた。
「あれが初代か……」
実験場に佇んでいる《ガンダム》をロックオンは見つめ、静かに独り言ちる。その姿は、ロックオンの所属する《ソレスタルビーイング》のガンダムの姿と似ていた。
全ての始まり。《ガンダム》の根源。この世界に、長い長い悪夢をもたらした存在。
「これからが長いんだよな……。ま、頑張るとしますか」
諦めと決意の意味を込めた溜め息をつきながら、ロックオンは階段を降りていく。その背中からは、荒波の中を進む覚悟に満ちた力強さが感じられるのだった。