ジオンの攻撃を退けた《WB》は連邦軍の宇宙基地、《ルナツー》へと向かっていた。
アキラは今、人手の足りない格納庫で《G-3》の整備を終え、リィナ少尉の《イナクト》の整備を手伝っていた。
先ほどの戦闘で二度目の実戦とは思えないほどの戦いぶりを見せた《ガンダム》。ほぼ無傷で帰還し、皆を驚かせていた。
何よりもアムロが《赤い彗星》と互角に渡り合ったのが、一番の驚きだった。アキラが援護しに出る必要もなかったかのようにも思えたほどだ。
アムロ自身は無我夢中で操縦していて覚えていないといっている。だが、彼の操縦技術は間違いなくこの艦にいるパイロットの中でもトップレベルだろう。
彼も今格納庫にて整備の手伝っている。若干今までよりも手際がいいように見える。実戦で彼の眠っていた『何か』が目覚めたとでも言えばいいのだろうか。
ならば自分の中に眠っている『何か』も目覚めて欲しいものだ。その『何か』が自分にあるのか分からないが。少なくともあってほしい。そんな希望的観測を胸に抱きながらも、大部分の整備が完了した。
後は起動テストを行い、問題がなければ整備終了。一息付けそうだと安堵のため息をついたアキラに近づいてくる者の姿があった。
「お疲れさんアキラ。ほれ」
「おう。ありがとう」
アストナージから飲料を受け取り、アキラは礼を言った。
「後は任せな。機体も大切だがパイロットはもっと大切だ」
「そうさせてもらうよ。後は頼んだ」
受け取った飲料を口にしながら他の整備員にも声をかけ、アキラは休憩のために自分の部屋がある居住区へと向かった。
その途中でエレベーターに乗ろうと廊下を移動していた時、
「あ、お疲れ様です。大尉」
「リィナ少尉か。お疲れさん」
《イナクト》のパイロットのリィナ少尉と鉢合わせした。その顔には少々疲れが浮かんでいた。
「俺は居住区に行くが、少尉も?」
「はい。ご一緒させてもらってもいいでしょうか」
「おう」
そうして2人は共に居住区へと向かった。
肩まで伸びた茶髪に穏やかそうな見た目、軍服を着ていなければそこらへんのモデルよりかは綺麗だとも思える。というか、女性士官とは最近メイリンと接することしかなかったのもあり、アキラには大体の女性が綺麗に見えていた。
別にメイリンのことを悪く言っているわけではない。彼女の見た目が子供っぽいといっているわけでも決してない、といった感じで何故かアキラは脳内にてこの場にいないメイリンへの言い訳を並べていた。
そういえばメイリンには姉がいるらしく、同じく連邦軍のパイロットになっているらしい。彼女の姉も似たように子供、もとい綺麗な女性なのだろうか。
正直自分でも本当にどうでもいいことを考えていると自覚しつつも、エレベーターへ到着した。
エレベーターを待っていたその時、ここまで無言だったリィナが口を開いた。
「……すいませんでした。大尉」
「ん?」
俯きながらのリィナが告げたのは謝罪。
「《イナクト》の中破。《WB》までの補助。迷惑をかけてばかりで……」
「そのことか。過ぎたこと悔いてもしょうがないんだ。大丈夫だ、少尉。お前に非はないぞ」
「ですが……」
このリィナ少尉の謝罪は今始まったわけではなく、アキラが補助して《WB》まで連れて行く間までにずっと続いていた。あのときは中破した衝撃で回線が音声しか繋がらなかったが、同じような謝罪を延々と続けていた。
申し訳ない気持ちも良く伝わってきたのだが、それ以上に強い悔しさを感じ取ることができた。
「大尉のお父様も、コロニーでの戦闘で亡くなられたと聞きました。大尉は……悔しくないんですか?」
「そりゃ悔しいさ。でもな……っと」
会話の最中にエレベーターは到着し、2人はそれに乗り込んだ。居住区へと動き出すと同時に、アキラは続けた。
「悔しさ、怒りに身を任せて行動すれば失敗する。冷静に受け止め、慎重に行動する。それが成功へと繋がる。よく親父が言ってた」
「冷静に……」
俯き、険しい表情を浮かべていたリィナ少尉の表情が少し和らいだように感じた。
「ま、俺も頑張ってはいるが、うまくその通り実践出来てないけどな。土壇場で冷静になれってのが一番厳しいことだからな。自分に出来ることを頑張るしかないんだよ」
「自分に出来ること……ですか?」
「ああ。今で例えるなら、次の出撃まで全力で休むことだな」
エレベーターが中間地点まで来た。居住区まであと少し。
「……たったそれだけでいいのでしょうか」
「いいんだよそれだけで。でもないとやってられないだろ。ネガティブな思考は失敗に繋がるぞ少尉」
「……はい。了解しました」
その後、居住区に着くまで二人の間には沈黙が続いた。
自分が出せるであろう助言は出した。後はリィナ少尉がそれをどう考え、行動に起こせるかは彼女次第だろう。少なくとも今の彼女の精神状態で出撃すれば、操縦に支障が出てくるはずだ。早く立ち直って欲しい。
といいつつも、その助言で親父を思い出してしまったアキラ自身も、少し心が揺らいでいる。早く立ち直るのが必要なのは彼女だけでなく、自分も含まれているのを思い知った。
自分自身の決意がこうも簡単に揺らいだのを感じ、小さなため息をついた。それと同時にエレベーターは居住区に到着するのだった。
「うおっと、こりゃすげぇことになってるな」
エレベーター外の廊下には居場所の無い避難民でいっぱいになっていた。あれだけの人数が全ての部屋に入ることができず、現在廊下に溢れているとの報告は受けていたが、まさかこれほどとは。
その中を二人で部屋へ向かって進んでいく。避難民の中にはこちらを睨みつけている人もいた。
「あ、大尉。私はこの部屋です」
「お、そうか。ちゃんと休めよ。それじゃ」
リィナ少尉を見送って、自分の部屋へと向かおうとした。
「あの、大尉」
「?」
呼び止められて、アキラは振り向いた。
そこには、先ほどの俯いていた彼女ではなく、しっかりとこちらを見つめている彼女の姿があった。
「私、頑張ります。ですから……大尉も頑張ってください」
「……おう。お互い頑張ろうや」
そうしてリィナ少尉は自分の部屋へと入っていった。
あのため息に気づいていたのだろうか。まさか逆に少尉に心配されるとは思ってはいなかった。上官としての面子を保つためにも、より決心を固めなければ。
アキラはそう考えながら、自分の部屋へと向かっていった。
◆
艦橋から見える宇宙をシャアは眺めていた。
先ほどドズル中将に現状の報告を行った。再び《WB》を襲撃するためにも補給を要請し、それが了承され、『ガデム』が《パプア》で合流するとのことだ。
ここまでは『あの時』とほぼ同じ。ところどころ違う部分も存在するが、似たように事は進むだろう。
運命とでもいえばいいのだろうか。いや、こうなることが必然であったとも今自分は感じている。
そうシャアが考えていたその時、周囲の怪訝そうな視線をものともせずに近づいてくる男がいた。
「お疲れさまです少佐殿。秘匿回線使わせてもらいました。感謝します」
この艦に避難してきた傭兵、サーシェスだ。
彼は本社との連絡を取りたいとのことで、秘匿回線の使用を申し出てきた。
その時にはジェリドがサーシェスに掴みかかろうとしたが、逆に押さえつけられてしまった。カクリコン達が撃墜されたのは彼のせいかもしれない。情報を流していたかもしれないとサーシェスを疑ったからだ。
だが、依頼主が変わらないうちは裏切ることは決してないとサーシェスは言い切った。
まだ怒りが収まらず、その矛先をどこに向ければいいか分からず、現在ジェリドは混乱している。今はガトーを側につけることで抑えているが、再び周囲に危害を与えかねない危険な精神状態だった。それだけ、相棒を失ったのは彼に深い悲しみを与えたのである。
『前』では彼はアースノイドだった。何が原因かは分からないが、『今』はスペースノイドになっている。運命のいたずらがこのようなことを起こしたのだろか。
「用はもう済んだのかね」
「はい。俺以外全滅の報告したら案の定かなり怒られましたよ。後、これを少佐殿に。本社からあなたへの伝言です」
「私に?」
「はい。どうやらあなただけに知って欲しいものだそうで。私も中身は確認してません」
手渡された携帯端末をシャアは起動すると、あるメッセージが表示された。
それほど長くはない。だが、それを読み、その内容にシャアは眉をひそめた。
文面からして、襲撃してきた正体不明機はこの伝言の送り主。あの時にシャアが何故堕とされなかったという疑問の答えも書き記されていた。
(送り主は把握している。私が、私達が『二度目』を始めているのを)
全て読み終わると、シャアは胸中にて思いを巡らせながらもサーシェスに端末を返却した。
「ありがとう。後で本社の方々によろしく伝えておいてくれ」
「了解しました。では、私はこれにて」
「ん? もう出るのかね?」
「はい。もう報酬は貰いましたからね。次の仕事に。回収座標も送られてきましたのでね。補給で出た燃料代は後で本社から送られてきますよ」
そう言うとサーシェスは足早に艦橋を出て行こうとする。シャアはそれを止めようとはしない。
お互い背を向き合ったまま、顔を合わせることはなかった。背後で艦橋のドアが開く音がした。シャアは言った。
「手加減はしないからな」
サーシェスはそれを聞いて脚を止めたのだろう、ドアの閉まる音が聞こえない。
近くで見ていたドレンと船員が不思議そうにこちらを見ている。
「……何故そんなことを?」
振り向かずにサーシェスは問いかけた。
「今度から自分の口元を気にしたほうがいいぞ。仕事にも影響するだろうからな」
「……なるほど。ご忠告どうもありがとうございます。少佐殿」
そういい残し、去っていった。最後は小さく笑ったような気もした。
実際シャアは彼の表情が変わったのを確認していない。感じたのだ、去り際に彼が嬉しそうにしていたのを。
恐らく近いうちに彼と。サーシェスという男とは一戦交えることとなる。
傭兵。あのような奴には的役といえるかもしれない。
「少佐……」
状況を把握できていないドレンが恐る恐る問いかけてきた。
「ああ、すまないな。なんでもない。警戒を続けてくれ」
「……了解しました」
これ以上の詮索はよした方が身のため。そう割り切ってくれたドレンは持ち場へと戻っていく。その配慮に感謝しつつ、シャアは誰にも気づかれない程の小さなため息をついた。
これからどうなっていくのか、少し分からなくなってしまった。伝言の主である『彼ら』は再び目の前に現れるだろう。
だが、そうなったとしても私は『今』やれることやるだけ。それは変わらない。
どこまでも広がる宇宙の中、補給地点である《ルナツー》へ向けて進む《グワジン》艦橋にて、シャアは小さく呟いた。
「――《ソレスタルビーイング》か」