東方短編集   作:天虎

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おやつゲーム《main:鈴仙・優曇華院・イナバ/因幡てゐ》

「少し休憩してきなさい」

 昼時の患者のピークを終え波が落ち着いてきた頃、師匠はそう告げた。

「え、しかし……」

「いいのよ。私はそう疲れたりはしないけどあなたは違うでしょう? 適度に休むのもまた仕事のうちよ」

 そう言われると断りづらい。私は渋々その指示に従った。

 しかし休むと言っても特別やることがないというのが実際のところだった。短い時間で最大限に休める睡眠法なんてものも私の体には叩き込まれているが、そんな気分にもなれない。

 ふと足を止めた。休憩の時だけだろうか、と。休む時以外なら私はここでやることがあるのだろうか。この場所に居させてもらってはいるが、それで本当にいいのだろうか、と。

 そんな悩みにすぐになにか結論が出るわけでもなく、結局私は外の空気が吸うために縁側の方へ移動することにした。

「待ってたよ」

 向かった先で私は、縁側にちょこんと腰を下ろし不敵に笑う小さな白兎にお出迎えされる形となった。そのすぐ隣には大福の二つ乗った皿と、微かに湯気を漏らす湯呑が二つ置かれている。

「これ、食べていいってさ。私と一個ずつね」

「……ありがと。だけどそれを言うためにわざわざ待ってたの?」

「もちろん。私は慈愛に満ちた善良兎だからね」

「冗談きついわ」

 なんて戯言を交わしつつ隣へと腰を掛ける。見た目が似ているから、それとも彼女の性格のせいか。兎の少女――てゐと話す時が一番気が楽だった。

 しかしそれは信頼に由来しない。

「さて本題だけど、一つ勝負をしない?」

 その言葉に緊張が走る。我ながら無理もない。なにせ彼女は出会って数日の時に、当然といった顔で落とし穴にはめてくるような相手なのだから。

「そう身構えないでいいよ。やるのはただのにらめっこ。声を出したり、直接相手に触れたりするのは反則。逆に言えばそれ以外はなんでもあり」

「勝者の特典は?」

「相手の大福」

 てゐはニヤリと口角を吊り上げる。反面私は肩すかしを食らった気分だった。彼女のことだからまた良からぬことを考えているのだろうと、そう考えていたというのに目当ては私の大福とは。案外可愛いところがあるじゃない、と私は内心微笑んで、その対決を受けた。

 てゐの掛け声に合わせて戦いの幕が切って落とされた――その直後。てゐの顔がみるみるうちに真っ青に染まった。視線を私の後ろに向けたまま、目を見開いてぱくぱくと口を動かしている。

 私の後ろに一体何があるのか、振り返ろうとする、その前に私は彼女を疑った。もし仮に、本当に私の後ろに何か驚異的なものがあったとして、何故彼女は声を出そうとしないのか。それが身の危険に至る程のものであれば、声を出す、あるいは手を引いてでも知らせるのではないか、と。

 私はどこまでも冷静だった。そして冷静故にある結論へと至る。

 振り返って確認すればいい、と。この勝負はにらめっこなのだから。

 そして私は半信半疑。どちらであっても対応できるよう身構えながら、恐る恐る振り返ったのだった。

 振り返ってすぐ、後ろの世界とのファーストコンタクト。驚異的なものは特別見当たらない。しかし見逃している可能性も十分ある。私は一度瞬き一呼吸して、もう一度周囲を警戒した。

 ……何も無い。異変も何もそこには無かった。

 やはりてゐの謀略かと一息ついて居直った――私は目を見開く。そこにこそ異変はあった。視界に飛び込んできたのは、二つの大福を掴み、今にもかぶりつこうとしているてゐの姿。

「ちょ、あんた! 何してんのよ!!」

 咄嗟に声を張り上げ肩を掴みてゐを制止する。てゐは素直に動きを止めはしたものの不敵に笑った。

「はい、鈴仙の負け〜」

「はぁ!? あなたが変なことするからでしょう!?」

「私は『何でもあり』って言ったわ」

「そうだけど! これは掛け金でしょ!? それを利用するなんて――」

 有り得ない。そう口にしようとして私は気付いた。

 『逆』だ。

 大福《それ》が掛け金である以上、大福《それ》に再び関与するのはゲームが終わってから、と普通は考える。それを目の前で横領しようとされれば誰だって止めようとするだろう。すぐに消費してしまえる大福なら尚更だ。だからこそ彼女は大福《それ》を掛け金に指定した。何気ないルール説明に罠まで仕掛けて。

 そして、私はそれに同意した。

 してやられた。そんな思いに染められた私は、彼女の詭弁じみた論を否定するにできなかった。てゐが美味しそうに大福を頬張っている間も、隣でお茶をすすりながら悔しさを持て余すしかなかった。

 

 

 次の日。同じように永琳に休憩を勧められて縁側の方へ行くと、また同じようにてゐの姿があった。その隣に今日は羊羹が置かれている。

 私はその隣に腰掛け、内心ニヤリと笑った。

「ねぇ、てゐ。勝負をしない?」

 そう。今日私は入念な準備をしてきていた。何としてでもてゐに勝つために、寝る間も惜しんで用意した秘策。卑怯だなんだと言われても。勝てばいい。それが私の叩き込んできた全て。

 計画の先にある勝利に思いを馳せ、返事と同時にルールを語り始めたいくらいには私は昂ぶっていた。

「いいや、やらないよ」

「――――え?」

「相手が持ってきた勝負なんて何が仕掛けられてるかわかんないし、昨日の意趣返しだとすれば報酬はこの羊羹でしょ? 今私はそこまでお腹空いてないから――――ってなんて顔してるのよ!! わかったって、やるから、やればいいんでしょう?」

 そう言って観念したようにてゐは両手を上げた。彼女がそこまで動揺するなんて、一体私はどんな顔をしていたのか。想像したくもない。私は両の手のひらで二度、少し強めに頬を打って顔を上げた。

「……賭けるのはあなたの想像通り、羊羹よ。そして、今からやるのは簡易的な丁半」

 へぇ、と相づちを打ったてゐの口元が少し歪んだ気がした。しかし今彼女の表情にその面影はない。見間違いか、と私は説明を続ける。

「今回はツボ振りがいないから、私達自身で四つの賽から二つ選んで振る、それを交互に繰り返す。公平を期すために丁か半か宣言するのは振ってない側からよ。これをお互いに二回ずつやって、的中率が高い方の勝ち。同数の場合は差がでるまで一セットずつ増やしていく」

「相手と同じ方に張るのは有り?」

 私はてゐの方を見たままかぶりを振った。てゐは納得したように頷く。

「じゃあ私から振るわ」

 言って私は白と黒が二つずつある賽を一つずつ取ってツボの中へ放り込んだ。軽く揺するとカラカラといい音が鳴る。巧みなツボ振りならこの音で賽の出目を操ったりするのだろうかなんて考えるが、残念ながら私にそんな技術はない。追加で二、三回揺すった後ツボを盆へと返した。

「丁か半か」

 私が決まり文句を言うと、てゐは少し悩んだ末に宣言する。

「丁で」

「じゃあ私は半ね」

 最後に視線でてゐに再確認だけして、私はツボを上げた。二人が注目する先、開かれた出目は四と一。つまるところ半であった。

「あーあ、外しちゃったか。まあまだ一回目だしね。これからこれから」

 てゐは僅かに悔しそうな素振りを見せるも、すぐに切り替えて賽を二つ手にとった。黒い賽が二つ残されている。

「それじゃあ今度は私が振るね」

 私が頷くとてゐは手際よくツボを伏せ、告げる。

「丁か半か」

 私は少しの間考える。否、考える素振りを見せる。本当はどちらにするか決まっている。しかし即答してしまえば疑念は避けられない。一秒、二秒、三秒……。心の中で数えてから私は答えた。

「丁」

「なるほど」

 それだけ言ってこともなさげにてゐはツボを開いた。公開された出目は二と四。

「あちゃー、また外れ。まぁいいや次いこう次」

 そうやって次へ次へと進もうとするてゐの態度に、私はかすかに不満を募らせる。仕方のないことだと理解はしている。この勝負は彼女にとって乗り気でない勝負。負けてでも早く終わらせたいと考えていても不思議ではない。

 まるで大人に軽くあしらわれている駄々をこねた子供のよう、そう自分が思えて恥ずかしくなるが、なんとしてでも勝つと決めていたことを思い出して気を引き締め直した。

「私が振る番ね」

 今度は黒の賽を二つ取ってツボに入れる。ガラガラと音を立てながら盆に伏せた。

「丁か半か」

「丁」

 てゐは即答した。先のこともあって私は一瞬辟易しそうになるが、冷静になって考えてみれば彼女のそれは別段おかしなことでもなかった。丁半は出目を予想するものであって予測するものではない。なら直感に頼ってみるのも悪くない。そして恐らく彼女のその選択は間違いでない。

 私はゆっくりとツボを上げた。賽の出目は三と五。

「よしよしやっと当たった」

 てゐは笑みを浮かべて手を叩く。その振る舞いから、勝ちを放棄したわけじゃなかったのか、と気付く。しかしそうなると悪いことをした気がする。なぜなら私はこの時点で勝ちを確信していたからだ。

「さぁ、今度はてゐが振る番よ」

「ん」

 短い返事だけ返しててゐは賽を手にとった。白と黒の賽が一つずつ残される。そしてツボが伏せられる。

「丁か半か」

「半」

 彼女のやり方に則って私も即答してみせた。この状況なら特別違和感もないだろう。実際てゐも特に疑念を抱くわけでもなく、じゃあ私は丁ね、とだけいってツボを上げた。

 最後の結果が明かされる。しかし私は見る必要すらなかった。予測のできない丁半で、予測ができるよう仕掛けておいたから。私は勝利の余韻とも言える平静を保って結果を目にした。

「え」

 賽の出目は二と六――――丁であった。

 予期せぬ結果に思考が停止する。ただ二つの賽を見開いた目で見つめていたところに声がかかる。

「どうしたの鈴仙?」

 その声に辛うじて己を取り戻した私は、ゆるゆると声の方を向いた――そこで再度声を失った。

「なにか不思議な事があった?」

 黒い、黒い、不敵な笑み。すべてを見透かしたような視線が突き刺さる。

 何故、どうして。理解の追いつかない状況に呼吸が乱れる。しかし息つく暇も許さないといった風に彼女は続ける。

「ほら次は鈴仙が振る番だよ」

「え、あ、うん」

 そう急かされ咄嗟に私は白の賽を二つ取って振った。そしてその後なんと言うのだったかと、回らない頭で考えている最中にてゐは答えた。

「丁」

 息を呑んだ。バレている。私の仕込んだ細工は完璧に理解されている、そう確信した。

「これで三対二。次は私が振る番だね」

 てゐの手は止まらない。手早く賽を取るとすぐにツボを伏せた。

「さぁ丁か半か」

 そう詰められて息が詰まる。今私の体は動揺と混乱が支配しているが、しかし幸いなことにわずかに残った冷静さが、残された二つの白い賽を確かに見ていた。

「……丁」

「じゃあ私は半ね」

 釘を刺すようにてゐはそう告げる。そしてゆっくりとツボを開けた。

 

 私はゆっくりと息を吐いた。

 出目は一と六。半だった。

 また負けた。気が落ちる。しかし悔しさはあるものの、どこか清々しい気分なのも事実であった。

 そうやって心の余裕ができたからだろうか、私は一つの明らかなことに気づいた。最後に振られた賽の色が白と黒の二つであったのだ。

 そうか、と。私が残された賽の色を確認していたことを逆手に取られたわけだ。

 しかしその気付きが新たな疑問を生む。

 二回目のてゐの手番、つまり全体では四回目。あの時振られていた賽は確かに白と黒の賽であったはずだ。なのに何故。

 そうやって私が思案していると、てゐが子供のような無邪気な笑みを浮かべて言い放ったのだった。

「今回は運がなかったね」

 やかましい。

 私は彼女への再戦を改めて決めた。

 

     *

 

 永遠亭内を輝夜が当てもなくふらふらと歩いていると、外の方を眺めたまま固まっている永琳を見つけた。

「何してるの?」

 随分熱中して観戦していたのだろうか、彼女が応じるまでに少し間があった。

「……二人が、おやつを賭けて勝負をしているんです」

「ふーん、戦績は?」

「七戦七勝」

「どっちが?」

「てゐがです」

 一方的ねー、と輝夜は肩をすくめる。一方で永琳は神妙な面持ちで告げた。

「これで、良かったんでしょうか」

「何が?」

「私は一度てゐを嗜めたんです。しかし意外にも彼女、優曇華に止められました。『これは私の勝負ですから』と」

 輝夜はんー、と少し考えてから別にいいんじゃない? と気楽に言い放った。

「なんとなくだけど、あの子は褒められたら調子にのって失敗する代わりに、困難で力を発揮するタイプだと思うし、なにより」

 輝夜は視線を縁側の方へと移す。今もなお、二人は勝負に勤しんでいる。余裕綽々なてゐと違って、鈴仙は必死に思考を続けている。そんな姿を見て輝夜は笑みを浮かべた。

「ここに初めて来たときより楽しそうだもの、彼女」

 

 明日もきっと、おやつを賭けたゲームが始まる。

 

 

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