ナズーリンは今日もモノ探しに精を出していた。ただ今回の件は少し特殊で、流石の彼女も手をこまねいていた。さてどうしたものかと考えていると、ある妖精の姿が彼女の目に止まる。彼女とて妖精の区別がハッキリつく訳では無いが、その妖精とは面識があり確かに覚えていた。しかし彼女はナズーリンの記憶と比べると少し苛立っているように見える。
「何かあったのかい?」
ナズーリンが小さく手を振りながら声を掛けると、彼女――大妖精は笑みを作った。
「はい、ちょっと……と言っても大したことじゃないんですけど。ナズーリンさんは今日も何かお探しで?」
「ん、ああ」
その話題には踏み込まないようにと、露骨に念押しされたようで彼女は少し答えに詰まった。しかし彼女にも事情があって引くに引けない。小さくも回る脳を回転させる。
「あー、その探しモノなんだが、少々厄介でね。良ければだけど君も手伝ってはくれないだろうか?」
大妖精は驚いたように首を傾げる。最もだ、と思いつつナズーリンは言葉を続けた。
「私だけでなく色んな視点から探したいんだ。それに、何かしていたほうが気が紛れるだろう?」
ナズーリンがくしゃりと表情を崩すと、納得したのかあるいはなにか思うところがあったのか、大妖精は同意した。
*
連れられるままにナズーリンについて行っている途中、肝心なことを聞いていないのを大妖精は思い出した。
「ナズーリンさんは何を探しているんですか」
「それは……わからない」
「わからない?」
「何となくはわかっているんだけどね、詳しくは」
「そんなことあるんですか?」
「そんなことも何も、モノ探しなんて往々にしてそんなものだよ」
ナズーリンは愚痴のように漏らした。
「例えば君が傘を失くしたとして、色、形、大きさ、柄、装飾。君はどれだけそれを覚えている?」
「それは……」
どうだろうか、と。普段傘なんて使わない大妖精であっても柄や色は簡単に覚えられる気がしたが、しかし全てと言われれば自信が無い。
大妖精が言葉に窮しているのを見て、ナズーリンは失敗したといった風に眉を寄せた。
「妖精に傘の例えはわかりにくかったかな。まぁ何だっていいんだ。服とか髪留めとか、何かをなくした時にその詳細をハッキリ思い出せる者は案外少ない」
ナズーリンは一度足を止め大妖精の方へと振り返る。
「そしてそのことは別の問題も生み出すこともある。何かわかるかい?」
ナズーリンの問いに大妖精は少しだけ考える素振りを見せるも、すぐに首を横に振った。
「気付かないのさ。持ち物を一つまるまるなくした場合はまだいい。だけどその一部だけをなくした場合、持ち主は失くしたことに気付かない、あるいは、気づいたところでそれが何だったか思い出せない」
「つまり……今ナズーリンさんが探しているものはそういうものだと?」
「ああ。と言っても、今回探しているのは失せモノ自体ではないけどね」
その含みを持たせた彼女の言葉に大妖精は首を傾げた。
「それじゃあ、私は何を探せばいいんですか?」
「何も探さなくていい」
大妖精は思わず声を失った。それを見て取り繕うようにナズーリンは告げる。
「ああいや。何もしなくてもいい、というわけじゃない。何かを探そうとするんじゃなく、とにかく気になったものを私に教えてほしいんだ」
「気になったもの、ですか?」
「違和感を覚えるもの、単純に興味の湧いたもの、目を引かれたもの。なんだっていい、とにかく全部」
そうこう話しているうちに最初の探し場所に着いたようでナズーリンは歩みを止めた。そこは小さな雑貨屋だった。大妖精は少し面食らう。
「意外かい?」
「いえ、まぁ……少し」
大妖精は言葉を濁す。失礼だという気持ちもあったが、その違和感が言語化できそうにない感覚的なものであったというのが大きい。
ただナズーリンは特に気にすることなくその扉をくぐった。慌てて大妖精も続く。その時になって違和感を覚えたことは教えてくれと言われていたことを思い出す。今からでも伝えるかと一瞬悩んだが、先のナズーリンは自分の動揺に気付いた上で言及しなかったのだから問題ないはずだ、と結論づけて大妖精も店に入った。その違いはなんだろうか、と思いながらも。
中に入ると雑貨屋というだけあって多種多様なものが並んでいた。君は自分の好きなように見るといい、と念を押された大妖精はその指示に従って色々と見て回ることにする。風呂敷などから小物入れのようなものまであるが、彼女が気になったのは装飾品の棚だった。その中でも水晶のようなブレスレットが彼女には一際輝いて見えた。手に取ろうとしてやっぱりすぐに駄目にしちゃうかもしれない、と直前で彼女は手を引いた。
「それが気になるのかい?」
店の奥からひょっこりとナズーリンが現れる。大妖精が頷くとナズーリンはそのブレスレットを一瞥しなるほど、とつぶやく。なにかわかったのだろうか、と大妖精が不思議に思っていると、ナズーリンはこういうのもどうだい? と何かを差し出してきた。
「君は綺麗な髪をしているし似合うと思うんだけど」
それは蝶の意匠を施した簪《かんざし》だった。確かにその簪は美しく、大妖精の緑髪に映えるように見える。しかし。
「私はこのリボンが気に入っていますから」
ごめんなさい、大妖精がそう断ると、ナズーリンはそうかと微笑んだ。
それから二人はいくつかの場所を巡った。服屋に土産屋、それに食事処。共通する点としてそれはどこも商店だった。ただその裏にあるナズーリンの意図が読めず大妖精は首をかしげるばかりだった。
ただ結局のところ求めるものはどこにも無いらしく、日が傾き始めた頃ここを最後にしようと入ったのもまた雑貨屋であった。ただ最初に入った店と比べると雰囲気の違うものが多く、大妖精にとってどれもこれも興味深くあった。その中でふと目を引いたのは金属の輪だ。
「なんですかこれ?」
「それは知恵の輪だね。謎解きの一種だ」
ナズーリンは二つの輪が連なったそれを手に取ると、引き剥がすように軽く引っ張ってみせる。しかしそれは離れそうにない。
「こんな風に力技じゃ外せないようになってるのさ。だけど」
彼女は両の手首を反対向きにくるりと回す。すると元から障害などなかったかのようにするりと二つの輪は解けたのだった。大妖精は思わず手を叩く。
「興味深いよね。単体ではただの金属の輪でしか無いのに、二つ合わさることで美しいものへと変わる。そして一見強固に見えて、噛み合ってしまえば簡単に解けてしまう」
ねぇ? と同意を求められ大妖精はドキリとする。結局大妖精は頷くことしかできなかった。
「これを君にあげるよ。今日手伝ってもらったお礼さ」
少ししてナズーリンから声がかかったかと思うと、大妖精は小さな袋を受け渡された。彼女に許可を取ってから中を確認すると、さっきの知恵の輪と小さな手鏡が入っていた。
「ずいぶん気に入っていたようだからね」
そう笑うナズーリンに大妖精は苦笑する。
しかし彼女には一つわからないことがあった。確かに知恵の輪は興味を持って見ていたけれど、手鏡は――?
そんなことを考えているナズーリンが一際低い声で告げた。
「あくまで二つで一つなんだ。そのことを忘れてはいけないよ」
その言葉は知恵の輪のことを指しているのか、知恵の輪と手鏡のことを指しているのか、あるいは。
ふと手鏡を覗くと、そこには一人の妖精の姿があった。
「さて。見つかりなさそうだしそろそろ帰ろうか」
そう言ってナズーリンは体の前で手を叩いた。結局彼女が何を探していたのか、自分の行動が何をもたらしたのか。大妖精にはわからないことだらけではあったが、見つかりそうにないという事実だけは同意できた。ただ。
「見つからないままでいいんですか?」
彼女はそのことが気がかりだった。もしかしたら自分の力不足だったのではと考えた。
しかし振り返ったナズーリンの顔は不敵な、それでいて楽しそうな笑みを浮かべていた。
「いいや、見つかったよ」
大妖精の謎がまた一つ増えた。
*
「今日はずいぶんとごきげんですね」
監視対象に突拍子もなくそう告げられて、ナズーリンは咄嗟に顔を手で覆った。
「顔に出てましたかね」
「それはもう」
そう言う彼女の顔はずいぶんとにやけ顔で、ナズーリンは一言申したくなるが流石に抑えた。
「ずっと外に居たようですが、何をしていたんです?」
「……」
なんのことは無い。今朝彼女は氷の妖精から一つの相談を受けたのだ。
『友達をけんかしたが謝りたい。だけど方法が思いつかない。何か贈り物はないだろうか』といった風な。
きっと何かのすれ違いからだろう、と察した彼女はその相談に乗った。そして結果として『贈り物などなしに、真摯に謝るだけでいい』と答えを返したのだった。
それを聞いた彼女の姿がナズーリンの脳裏に焼き付いている。すれ違いによるぶつかり合いは誰にだって起こり得るが、それに対して真っ直ぐ当たれと言われて出来るものはそう多くない。ただ。
目の前の彼女にナズーリンは視線をやる。
「きっとご主人みたいな『善い人』には関係ないですよ」
「ずいぶん高評価を頂いてしまいましたね」
そうやって額面通り受け取る辺りが『善い人』だと、ナズーリンは苦笑する。
「もしご主人がそれを失くしたときは、私が探してきてあげますよ」
「何かはわかりませんがそれは頼もしい」
寅丸星が笑うのに合わせてナズーリンも笑った。