咲の漫画11巻まで
阿知賀編
二十一世紀、麻雀という競技がメジャーになってきた頃の時代。
世界各地でそれは流行り、競技人口は一億人を超える。
日本でも子供から大人といった様々な年代で麻雀という競技が大人気で、趣味で打つ人、プロを目指して打つ人、あるいはプロで大活躍をする人と様々だ。
今回の舞台は高校インターハイ、全国を対象とした所から物語は始まっていく――――
―――
「はぁ」
全国大会決勝を前日にし、東京の大通りで一人でため息をつく金髪の少女。彼女はその決勝の舞台に立ち、それも優勝候補筆頭チームに一年生で大将に抜擢されたスーパールーキー。
白糸台高校所属、名を大星淡と言う。
何故、そんな彼女が肩を降ろし気落ちした様子なのかと言うと、だ。
準決勝大将戦、白糸台は圧勝する。そういう予想があらゆる所でされていた。
だが、結果を見てみれば二位通過。それも、ギリギリの二位通過だ。
そして、淡は全く気にしてもいなかった阿知賀という新星の如く現れたチームの大将――――それも同じ一年である高鴨穏乃に内容を見てみれば完全敗北、といった結果になってしまったのだ。
(高鴨穏乃……絶対に倒さなければならない相手。一回なんてもんじゃない、百回は倒さないと私の気がすまない)
準決勝で受けた屈辱を晴らすべく、リベンジに燃える淡。しかし。
(だけど、終盤になるにつれて私の能力が通用しなくなった。恐らく、このまま普通に打っていても決勝でも……)
普段ならば勝気な性格で、どんな事にも怯まなかったであろう。
いや、怯むほどの壁に当たる事はなかった、実力で全て薙ぎ倒してきたというのが正しいか。
しかし今回、本物の壁にある意味初めて、衝突している。
「……ん?」
どうすればいい、そもそも自分の麻雀って何だっけ?といった風に様々な思考が渦巻いている中、ある人物が遠くで歩いているのが淡の目から見えた。
「……テル?」
高校生最強の雀士であり、そして淡のチームメイト――――宮永照が、歩いていたのだ。
(何でテルがあんな所に?)
本来ならば今は部のミーティングをやっているはずじゃ、と淡は考える。いや、そもそもそのミーティングは全員参加は必須なものだが。
淡は面倒臭い、と一言だけ告げてこうして現在外出している。実の所は面倒臭いはあくまで口実であり、一人で考える時間が欲しかったからであるが。
そのミーティングの時間――――自分は置いといて、何でテルが今外出しているんだ?と淡は物凄く疑問に感じてしまう。
(テルって別にミーティングを面倒臭いからって抜け出すような性格でも無いと思うけど……うーん?)
何故だろうか、と淡はずっと考えるが答えは出てこない。
だがその答えとは別に一つ、頭に浮かぶ事が出てきた。
(……テルに相談してみようか)
むしろこうして悩んでいる時に現れたのを好都合と捉えて、色々と話してみよう。そう淡は考えた。
「テルー!」
そうと決まれば早速呼ぼう、と淡は考えて実際に呼ぶ。しかし、反応は無い。
(……おかしいな、聞こえるくらいには大きな声出したつもりだけど)
いくらそれなりの距離があるとはいえ、そこまで届く声を出したのにも関わらず無反応なのだ。
(テルがボーっとして危なっかしいのはいつもの事だけど……なんか)
違和感を感じる、淡はそう思った。
ふらふらと、とぼとぼと歩く――――いつも通りのテルだ。
私の声に反応しない――――おかしい、いくらテルでもこれだけの大声ならば。
そのまま、信号を見ずにいつものようにふらふらと歩――――え?
(ッ!?嘘でしょ?)
信号は赤。それにも関わらず照は歩みを止めようとはしない。
――――そして不運は重なる。鳴り響く、クラクションの音。大型トラックのスピードは緩まらない。
淡は咄嗟に身体が動く。自分が動いたところで助かるのか、そんな事は頭には浮かばない。ただ、本能の赴くままに照の下へと走っていく。
「――――テルッ!!」
「……え?」
淡がデッドゾーンに入ったと同時くらいに、ようやく照は淡の声に気づく事が出来た。だが、遅すぎた。
大型トラックのスピードは緩まらない。
―――
「……はっ!?」
淡はようやく、目覚める。
「えっと……えっと……あれ?」
果たして自分はどれだけの時間寝ていたのか、いや、そもそも寝て起きた?という観点すら違う。
何かを考えよう、思い出そうと淡は必死になるが思考が働かない。
自分落ち着け、と言い聞かすかのように大きな深呼吸をスーハー、スーハーと二度行う。
「あ、あぁっ!そうだ、テル!」
ようやく少し思考が働くようになり、自分の身に何が起きたか……テルはどうなったのかと淡は思い出していく。
そして周りを見渡して――――
「……ん、淡おはよ」
淡の隣に、照はいた。
「おはようじゃないって!何が起こったか覚えてるの!?私達多分死んだから、トラックに跳ねられて!」
「……うん」
「だぁぁぁ!何なのその反応!?多分ここ天国だって!」
「……何だか懐かしさを感じる天国」
「懐かしさも糞も無いから!いや、確かに天国にしてはやけに平凡な平野の芝だとは思うけどさ!」
本当に自覚しているのか、と言わんばかりに柄にも無く激しい突込みを入れていく後輩の淡であった。
「……そういえば」
「うん?」
「何で、淡は飛び込んできたの?」
「……こっちだって訳わかんないよ。ただテルが危ない!って考えたら身体が勝手にさ」
「心配してくれたんだね、ありがと」
「何かもう心配とかそういう次元の話じゃないと思うけど……そういえばさ」
ここで淡はあの場面で最も気になっていた疑問を投げかける。
「どうして信号無視なんかしちゃったのさ。いくらテルでも、ありえないよ」
「……ちょっと考え事をね」
「考え事?信号を無視するくらいまで深く考えるって、いったいどんな内容なのさ」
「誰にも言った事が無い内容だし、言いたくない内容……いや、いいか。もう、死んじゃったんだしね」
ちょっと長くなるんだけどいいかな?と、照は話を切り出していく。
―――
私には二個下の妹がいた。
そしてその妹――――宮永咲とは、とても仲のいい姉妹だった。
が、中学生の時にその姉妹仲は崩壊を迎える。
宮永家で行われていた家族麻雀。
仲良く楽しく行われていた家族麻雀。だがある時を境に、それは賭けが含まれた麻雀へと変わっていく。
咲はそこから、プラマイ0の麻雀をするようになってしまう。勝って誰かを傷つけたくないし、負けて自分が傷つきたくない。そんな気持ちと、咲の麻雀の技術が相当優れた事とが上手く混ざり合い、それを可能としていた。
しかし、それを私は快くは感じなかった。咲は本気を出せば勝てるのに、自分は舐められている――――そう捉えてしまったのだ。
私は咲に強く当たってしまう。そしてある時、私は言ってはいけない事を言ってしまったのだ。
「これだけ言っても手加減を止めない咲は大嫌い」
「……もう、私の妹なんかじゃない」
確かに苛々はしていた。けど、ここまで言うつもりじゃなかったのに、と私は思う。
すぐにでも謝ろうとした。だけど、私は中々それを行動に移せない。
そしてそのまま亀裂は治る事が無かった。
家族麻雀が原因で母と父の仲も険悪なものへとなり、別居。私も謝らなきゃいけない、そうわかっているはずなのにあの空気がもう嫌だ、と逃げるように母についていき長野から東京へ向かう事となる。
―――
「そしてあの時、決勝に上がってきた咲に会おうか、そして謝ろうか、そんな事をずっと考えながら歩いていた」
「……え、テルの妹あそこにいたの?しかも、決勝?」
「清澄の大将に宮永咲っていたでしょ、あれがそう」
「……他校のオーダーとかまるで興味なかったし」
「…………そう」
長い、そして誰にも話した事の無い家庭の事情を照は淡へと話し終えた。
話を聞いていて色々と感じるところはあるが、とりあえず淡は一つだけ照へと言いたい事があった。
「テルってさ、凄い不器用なんだね」
「……自覚はしている」
「謝ろうとして数年も謝れず、挙句の果てに東京に逃げるなんてさー」
だけどそんな事を色々と今更振り返ったところで、もうどうしようもならない。
彼女達は、もう死んでいるのだから。
「咲に、謝りたかったな……」
無言の空気が、その場を長い事支配する。
だがその空気をぶち壊す少女が一人、寝ていた芝から立ち上がる。淡だ。
「……あー、今更言ったところでどうしようも無い事なんだけど。凄く叫びたい事が私もあるかな」
「?」
そんな淡の言っている事が照には理解できず疑問の表情を浮かべてしまうが、すぐに理解する事となる。
「うああああああああああああ!!!!」
「くーやーしーいー!!!!!!」
「決勝で高鴨穏乃、いや全員ぶっ倒すつもりだったのに、」
「死んで負け逃げしたみたいじゃないかああああああああああああああ!!!!!!!」
「あああああああああああ!!!!!」
照は照で後悔している部分があったのだが、淡も淡で相当なものを溜め込んでいた。
決勝でのリベンジ。それが出来ずに、死んでしまったのだから。
「はぁ……はぁ……」
「相当悔しかったんだね、淡は」
「そりゃあ勿論!あんな屈辱、今まで受けた事無かったから!」
「淡が悔しいと思う事がそもそも、私との麻雀以外じゃ初めてなんじゃない?」
「……確かに」
そしてまた一息はぁ、とついてから淡は口にする。
「麻雀……打ちたいな」
「天使相手に対局って感じ?」
「まあ、誰が相手だろうともう負けないけどね!」
「淡ならその内調子に乗りすぎて地獄に落ちそう」
「やめてよテル……そういう事言うの」
そんなこんなで、お互い溜めている者を吐き出して楽になったのか、先程よりも笑顔を見せる。
そしてお互い、くだらない話やらで笑い合う。ほのぼのとした時間だ。
その時だ。
照が、異変に気づいた。何故、今までこんな事に気がつかなかったというくらいの異変にだ。
「ねえ、淡」
「んー?」
「よくわからないけど、少し顔が幼いよね。あと、背も若干低い」
「……え?」
そう指摘されて、淡は自分の髪やら顔やらを手でペタペタと触る。
だが触ったところで自分の変化には気づきにくいものだし、容姿に関しては鏡でもない限りわからないだろう。故に、自分の姿に関して自覚する事は出来ない。
しかし、照の指摘を受けて淡は別の観点から気づいた事があった。
「そういえば、テルも同じく幼い感じで、背も低い気がする」
「……本当に?」
「うん、間違いないよ」
同じ事に関して、照にも言えたのだ。
自覚は出来ずとも、テルに対しての変化ならその指摘のおかげで感じる事が出来た、と淡は思った。
どういう事?と両者の頭の中で同じ疑問が渦巻くが、答えは出ない。
それは普通ではない、明らかなオカルトな事なのだから。
「何だか、日も暮れてきちゃったなあ……天国でも時間とかの概念はあるのかな?」
先程まで青空が広がっていたが、徐々に空も夜に向けて色を変えてきた。
不思議なものだなぁ、と淡が空を眺めていた時、横にいた照は。
――――空の変化なんてどうでもいいと言わんばかりに、もっと驚愕の表情を浮かべていた。
「え、ちょっとテル?」
普段ポーカーフェイスでほぼ表情を崩す事が無い照の変化を見て、淡もそれにつられるかのように驚いてしまう。
そして、淡は照の視線の先に映るものを見て、同じく驚愕してしまう。それと同時に照が口を開く。
「お……父さん?」
「……え?」
まず、人がいた事。それに対し淡は相当驚いていたが照の発言を聞いてその驚きは相乗される。
今、お父さんと確かに口にした。それは、おかしい。何故なら、先程の話によれば父は長野、照は東京にいる。
いや、そもそもの前提として人がいる事もおかしい。というより、何かもう全てがおかしい。
(……いったい、どうなってるの?)
疑問という疑問が絶えず、どこからその疑問を解消していけばいいのかわからないまま淡は混乱していく。
そしてそんな中、照がお父さんと口にした人物――――が、ようやく口を開く。
「……ったく、こんな所にいたのか。相変わらず照は、悩み事があると人気のいないこの場所に来るんだなあ」
「え?ああ、うん……」
「何を悩んでるのかは知らんが、時間は有効に使えよ?お前も中学三年生、進路を考えなきゃいけない時期だからな」
「うん、そうだね……って、え?」
今照の父が二人からすると驚愕の発言をした。淡も口には出さなかったが、驚いたというレベルを超えた顔を照に向け、視線を合わせる。
そんな様子に気づかなかったのか、照の父は話を続けていく。
「ところでそっちの子は?照の友達か?」
「あ、いや……後輩かな」
「大星淡って言います!」
「お、元気な子だな。……じゃあ、そろそろ家に帰るぞ?大星さんも、帰り道は気をつけろよ。何なら、家まで送っていこうか?」
「え?えっと……」
淡はまずい、と感じた。
疑問が解消されないまま、また新たな疑問が浮上し、そしてその流れのままお開きといった形になろうとしている。それだけは阻止せねば、と。
だが、いい方法が見つからない。どうしよう、どうしようと淡は頭を働かせるが――――
その時、照が口を開いた。
「ねえ、お父さん。今日、淡を家に泊めていい?」
「ん?」
「大丈夫、使うのは私の部屋だけ。うるさくはしないし、家に迷惑かけないから」
「まあ、構わないが……大星さんの家は大丈夫なのか?」
「え、私ですか?全然問題ないですって!」
宮永照、麻雀以外で過去最高とも言える機転を利かせる。
―――
「正直私のあれは物凄くファインプレーだったと思う」
「うん、確かにあれは助かった」
「もっと褒めてもいいよー」
(うわ、テル面倒くさ……)
場所は宮永家。照の部屋に、部屋主である照と淡の二人がいる状況だ。
「とにかく、今わかっている事をまとめてみようか」
ここは日本の長野。
そして照は中学三年生、淡は中学一年生。まだ、照が東京にいない頃だ。
「……って、もう既におかしいから!」
「うん、おかしい。でも、受け入れないと話が進まないからとりあえず受け入れて」
そう、これを事実とするならば過去に戻っているという事になる。
ただ、元通りの過去ではない。
「私、中学の時に長野にいたって事は無いんだけど……」
「じゃあ、家とか長野に無いって事なの?」
「いや、これを見て欲しいんだ」
そう言って淡が服のポケットから取り出したのは一つの携帯電話。
「これ、さっきある事に気がついたんだ。中学の時に使ってたガラケー……って今はそんな事はどうでもいいか」
「携帯電話がどうかしたの?」
「携帯電話ってほら、アドレスとかと一緒に個人情報として住所とかも登録したりする人もいるじゃん?私、意外とそういう所マメだったからさ」
「いや、携帯私持って無いから……アドレスって何?」
「……あー、うん。まあ、住所登録もしてあるんだよね。それを見て欲しいんだけど」
そして淡が個人情報の欄を照にも見えるように開く。
――――長野県、某所。そこに、淡の家があるという事が書いてあるのだ。
「……確信ではないけど、多分ここに私の家があるのかも。長野県なんて住んでいた事も無いし、色々とおかしいんだけど……」
だけど、書いてあるからにはこれが正しいという可能性が高いと淡は判断する。
「……ねえ、テル」
「ん?」
「これから、どうする?」
淡は照に対し、質問を投げかける。
「この不可思議な現象、もう受け入れるとしよう。テルは中三、私は中一。……テルは、白糸台に行くの?」
「……」
「いや、確かに白糸台も楽しいけどさー。私はむしろ奈良の阿知賀に行ったりとかさ?ほら、そこに行って高鴨穏乃を百回は倒さないと気がすまなかったり?」
「私、は」
少し沈んだ声質で一言。間を空けてから、再び照は発言する。
「清澄に行こうかな、なんて考えてる」
「……えっ?清澄って、その照の妹のいた高校だよね?」
「……やっぱり、咲と仲直りしたい。清澄に行ってどうなるかわからないけど……もしかしたら、咲は清澄に入ってこなくなるかもしれないけど……それでも、」
照は高校生活を麻雀はともかくとして、私生活では後悔の残る生活だった。
それを、やり直すチャンスが来たのだ。動いた結果どうなるかはわからないが、照は逃げる事ではなく、勇気の行動をする事を決意した。
(……はぁ、本当に不器用なんだな、テルって)
本当に麻雀以外では世話のやける先輩だな、と淡は思った。
だけど、尊敬している先輩。そしてその先輩の為に何か出来る事はないか、と考えた結果。
「よーし、私も清澄に行くっ!」
「え?」
淡の口からは清澄に進学するとの宣言。
「何かテル見てたらほっとけなくてさー。いやあ、困った先輩だー。私が妹との仲直りの仲介役もしてあげるって!」
「別に、私のためなんかに無理して清澄に来る必要も」
「だあああっ、勿論テルの為でもあるんだけど、うん、これは……」
そして淡は一息つき、
「私の為でもあるんだから!やっぱ、テルと麻雀打ちたいし!」
「あれ?さっき、阿知賀がどうこうって……」
「やっぱ同じチームじゃだめなの!敵になって、インターハイとかで百回はぶっ倒す!」
「インターハイは百回も無いと思うけど……」
そんな後輩の馬鹿っぷりがにじみ出た発言に思わず照も苦笑する。
淡は照の表情を見てムッとして、
「何笑ってるのさ!?」
「いや、本当におかしくて……淡」
「んー?」
「ありがとう。先に清澄に行って、待ってるから」
「……うんっ!待ってて!」
ここに照と淡、二人の将来の目先の目標が出来た。
お互いに清澄に行く事。それが、今までの世界とどう変化していくのか――――
「そういえばテル、清澄って強いのかな?決勝に上がってきたって事はそれなりに強いんだろうけど」
「私が見たオーダーでは三年が一人、二年が一人、一年が三人だったかな。初出場って事は、かなり層が薄いか、あるいは部員が他にいないのかも」
「え?そんなしょぼいんだ……じゃあ、私が入学するまで団体優勝はお預けだねー」
そんな話をしながら、二人は笑い合う。
ここから、二人の世界は再スタートする――――
プロローグなのに、今まで自分が書いてきた小説の話の一話の長さとして一番長いのではないだろうか……?
作者自身の麻雀の腕としては、ネトマのレート1600~1750程度をウロウロしているニワカです。
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