もし宮永照と大星淡がタイムリープしたら   作:どんタヌキ

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対局の展開に関するネタはぽんぽん浮かぶけど、それ以外の部分は逆に中々浮かばないという。
さて、今回からついに主人公の一人である照の対局が開始です。


18,魔物卓、中堅戦開始

 中堅戦、選手達は対局をするため一人一人が会場へ向かっていく。

 

 

 

「~~♪」

 

 龍門渕の中堅に配置された人物、天江衣もその一人だ。

 鼻歌を歌いながら、軽い足取りで歩いていく。

 

 

 

「お、天江じゃないか」

「……む?フジタか」

 

 その時偶然、本日の解説をしており現在休憩中の藤田プロと衣はすれ違う。

 二人はすでにプロアマ混合試合などを通して顔見知り同士であったため、先に衣の存在に気づいた藤田プロが衣に声をかけた。

 

「どうなんだ、調子は?」

「今日のコロモは絶好調だ!夜の帳が降りず、月が見えなくても誰にも負ける気はしない」

「その時の環境とか関係するのか?本当に面白い奴だな」

 

 普段のベストポジションである大将ではなくても、そんなのは関係は無い、絶好調だと衣は豪語する。

 その目は、既に他を狩る強者の目――――ギラギラとした、鋭い目をしていた。

 

「じゃあ、そんな天江に質問だ。今日はあの宮永照がいる卓だが、それでも誰にも負ける気はしないと?」

「――――愚問。確かにこのコロモでも強者とわかるだけの力はある、だがそれでも負ける気など微塵も無い。勝つのが当然だ」

 

 衣は照の力を認めつつも、負けなど絶対にありえないと断言する。

 

(天江のこの自信……いや、自信も勿論あるだろうが、何か違う)

 

 藤田プロは少し違和感を感じていた。

 

 照の実力というのは誰が見てもわかるくらいの物であり、そしてそれは衣も認めている。

 そして、今の衣の発言。負けたくない等の意志から来る物とは違う、勝って当然という断定。

 それも冗談っぽく負けるわけが無い、と強がりで言っている物とは違い完全に確信したかのような言いぶりである。

 

 

 

(!……そうか、こいつは)

 

 少し考えた後に、その違和感の原因の元となる事に藤田プロは気づいた。

 

(負けを知らない、勝つ運命しか自分には見えない……だからこその、この違和感か)

 

 衣は自身が敗北と感じた負けを未だ知らないため、打つ前から自分が勝つに決まっている、と既に思い込んでいる。

 そしてそれは、今までの相手ならば全てその勝つ運命の道筋通りに進んで来れた。

 

 だが、今回の相手は照だ。

 それでも、今の衣は勝つ事に関し確信しかしていない。

 

 

 

 藤田プロはパイプを口にくわえ、吸ってからふう、と一息つく。

 そしてもう一度しっかり、衣に視線を向ける。

 

 

 

「天江」

「む?」

「私は中立な立場だ、だからアドバイスとかそういった物を言うつもりは無い。……が、これだけは言っておく」

「何だ、今更忠告などコロモにはいらないぞ」

「……麻雀、打って来いよ。じゃあな」

「?コロモはいつも麻雀を打って……」

 

 麻雀を打つ。

 それだけを言い残し、藤田プロは再び実況席へと戻って行った。

 

 

 

「……フジタはいったい何を言いたかったんだろう?」

 

 藤田プロの言葉の意を全く衣は理解する事が出来ず、考える事を放棄して再び会場へと向かって行った。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 これから中堅戦が始まろうとしている会場。

 まだ試合開始まではそれなりに時間があるのだが、既に一人の選手が誰よりも早く入場していた。

 

 その選手は、いつもこの試合が始まる前の少しの時間を本を読む時間として有効活用している。

 理由としては、自身の精神を落ち着かせるため、ベストコンディションに持っていくためである。

 

 

 

「一番乗り!……じゃないのね、会場入り早すぎじゃないかしら?」

 

 二番目にやってきた人物――――久は、これだけ早く来れば一番乗りだろうと思っていたが、既に本を読んでいた人物――――照が座っていたので少し驚いてしまう。

 

「……本?」

「……別に深い意味は無いよ、誰だって試合前集中するために何かはしようとするでしょ。それが、私にとっては本を読むってだけの話」

 

 選手なら必ず、試合前に自分の集中力を高めるために深呼吸やら、軽く身体を動かすやらそれぞれの調整法というものがあるだろう。

 それが照にとっては、本を読む事というだけの話だ。

 

 

 

「……一年前くらいに、公式戦でも練習試合でもない、喫茶店で私は貴方と対局した事があるんだけど、覚えてるかしら?」

 

 久は照に問いかけてみる。

 久からすると、あの対局が悔しくてずっと忘れられない出来事ではあるのだが、対して照はどう思っているのか、そもそも覚えているのかという点が気になっていたのだ。

 

 

 

「……うん、覚えてる。今まで対局してきた人全てが記憶に残る……って事は無いけど、飛ばなかった人は何となく、印象に残るから」

 

 それに対し照の返答は、記憶にあるとの事。

 だが、その理由がただ飛ばなかったからという理由だ。

 

 照からすれば、最近では自分が打ってきて飛んでいない相手の方が珍しいため、それで飛ばなかった久の事を何となく覚えている、それだけの話だ。

 

 

 

「ッ……」

 

 久はそれを聞いて、より悔しさがこみ上げてくる。

 だが照は決して挑発をしたとか、そういうわけでは無い。ただ、事実を言っただけの話である。

 

 

 

「今日は絶対に負けないわよ!対策も立ててきたんだから!」

 

 久は照に対し思い切り指をビシッと差し、宣言する。

 

(本当は対策なんて無いのだけれどね、少しでも動揺してくれれば儲け物……それに、絶対に負けたくないという気持ちに嘘偽りは無いしね)

(対策って何だろ……こういう向かってくる相手は、本当に楽しみ)

 

 久は動揺してくれれば、という気持ちで立ててもいない対策を立てたと照に言ったが、それは照のやる気スイッチを着火させるだけだった。

 

 

 

「ワハハ、一番乗り……って早すぎだろー?」

 

 また一人、試合前時刻よりもだいぶ早く会場入りしてきた人物が現れた。

 

 

 

「おー、本物の宮永照だ、今サイン貰っておけば値打ちがつくかなー?」

(鶴賀の部長、蒲原智美……今大会のダークホースのチームを纏め上げてきた部長。宮永照や天江衣だけじゃなくて、こっちも要警戒ね)

(……目がかなり生き生きとしてる。こういう相手は、何をするかわからない怖さがある)

 

 智美は入場してすぐに試合と関係ない事を言ったりと、緊張感がまるで無いかのような振る舞いである。

 だがその中でも、目だけはこれから始まるであろう中堅戦をしっかりと見据えたようなそんな目をしており、照もそれに気づく。

 

 久もこれまでの快進撃を引き起こしてきたチームの中心人物という事もあり、高く評価していた。

 

 

 

「ま、こっちは実力では劣っていると思うし、胸を借りるつもりでいかせて貰うぞー」

「……打ってみるまでは何が起こるかわからない、それが麻雀」

 

 智美も挑戦者のつもり、という気持ちが強く気負いは無かった。

 それぞれがいいコンディションに整えてきていた。そして、残り時間を待つ。

 

 

 

「……ワハハ、長いなー。早く来すぎたなー」

 

 十分くらいした所で無言の空気に耐え切れなくなったのか、智美が声を出す。

 ちなみに、対局時刻にはもう少しだけ時間がある。

 

「せっかくだし、待ち時間で何か話さないかー?」

「話?」

「今いるの全員三年生だし、聞きたい事もあってなー。あ、まだ集中力高めてるとか、話したくないとかだったら無理しなくてもだが……」

 

 智美は同じ三年生として、この舞台に上がっている相手に対し話したい事があったので提案を持ちかけた。

 

「構わない、私はもう十分集中力を高めたから」

 

 照は読んでいた本を閉じ、了承の返事をする。

 

「私も大丈夫よ。たまにはいいわね、そういう話。それに決勝の対局前にとか、中々面白そうじゃない?」

 

 久も同じく、了承の返事。

 どちらもコンディションは最高まで高め、あとは時間が過ぎるのを待つだけだったため話すのも面白そう、と智美の提案に惹かれた。

 

 

 

「おっ、ノリがいいなー。ま、聞きたい事は一つだけ何だが。チームの最上級生として、どんな思いでこの場所に来たのかってのが気になってなー」

 

 智美の聞きたい事とは、チームを引っ張る立場である者同士、どんな思いを持ちながら会場入りしたのかという点だ。

 

「……そうね、勿論私がチームを優勝へ導くために、引っ張るんだって気持ちは強いわね。私達風越は去年優勝を逃してるし、私は去年のメンバーにも入っていたからより一層その気持ちは強いわね」

「悔しさをバネに、って奴かー」

「負けを知っているからこそ、私はこの一年で更に伸びたと思うしね」

 

 負けを知っている、の台詞の辺りで照の方を横目でチラッと見る久。

 敗北を知らないであろうチャンピオンが、この台詞にどのような反応をするのか気になったからだ。

 

「そうだね、負けを知ると人はかなり変わる」

「……無敗のチャンプが言うような台詞とは思えないわね?」

 

 久からすると意外な事に、照はその台詞に肯定的な反応を示した。

 負け知らずの照がそんな事を言うとは思っていなかったために、久は思わず問いただす。

 

 

 

「私は咲に負けてばかりだったから、その悔しさをバネに伸びてきたタイプだと思う。それに、私の周りでも負けを知って飛躍的に変わった人物もいる」

 

 照はその飛躍的に変わった人物――――淡の顔を頭に浮かべながら、話す。

 極端に言えば、周りからすると妬ましいほど才能を持っていたにも関わらずどこか麻雀を舐めていた淡が、一つの敗北を知って麻雀に対し相当真剣に打ち込むようになった。

 

 それだけ、負けは人を飛躍的に変える可能性がある。

 

「咲?……って、もしかしてあの副将の宮永咲って子?」

「今までの牌譜もないし、昨日の清澄は副将戦まで回ってないから完全に実力が未知数だったんだが、その話本当なのかー?」

 

 俄かには信じがたいような言葉が照から飛び出し、思わず問いかける二人。

 

 

 

 

(……あれ、これって言ったら駄目な奴だったかも)

 

 発言してから、情報をぽろっと漏らしてしまった事に気づきしまった、と考えてしまう照。

 久と智美の二人は興味津々に照の目を見つめる。

 

 

 

「ごめん、何でもない」

「えっ、でもさっき」

「……何でもない」

 

 これ以上の情報が出回るのはまずい、と強引に押し切る事を選択した照。

 二人ともこれ以上は言及しても漏らさないだろうと判断し、それ以上は聞こうとしなかった。

 

(けど、もし今の実力に関する話が本当ならば……)

 

 照の妹という事だけあって一筋縄では行かないとまでは考えていたが、思っていた以上だと久は考える。

 話が本当だと仮定するならば、副将にも化け物がいるという事になるのだ。

 

(っと、今は先の事を考えていても仕方ないか。とにかく、現状をどうにかしないと!)

 

 だが、先の事ばかり気にしていても今が変わるわけではない。

 久はすぐに中堅戦へ神経を集中させた。

 

 

 

「私はなー、多分他の人と違って決勝に上がれているって事実にびっくりしているからなー」

「確かに、鶴賀なんて今までの経歴からすると無名でしょうしね。最も、今年の実力は本物だとは思うけど」

 

 智美の場合、決勝に上がれたという事がそもそもびっくりなのだ。

 他のチームは決勝に上がるべくして上がったような、そんなチームが揃ってはいるが鶴賀に関しては違う。

 

「でも、ここまで来ちゃうと優勝したいって欲張っちゃうよなー。その為には私がどうにかチームを引っ張って……って考えてるんだが、それで四位にでもなったら考えも糞も無いよなー」

「そんな事も無いと思うけど」

「あら、意外。チャンプがそんな事を言うのね?」

 

 智美の四位なら、という言葉を否定した照に対し、久は意外そうに問いただす。

 

「うちの煌も四位だったけど、あれはあれでチームを引っ張ってた。点数は勿論チームを引っ張る上での大切な要素ではあるけど、それだけが全てじゃない」

「なるほどなー……」

「確かに花田さん、後半の勢いは凄かったわね。四位だけど、あれはチームを活気付けててもおかしくは無い内容だったわよね」

 

 団体戦においてチームを引っ張る要素というのは点数もそうだが、その他にも対局の内容や目で見える卓に向かう姿勢など、色々ある。

 照の説明を聞いて久も煌がチームを引っ張っていたという所に関しては同意した。

 

 

 

「あれだけ打ち切れば、チームは自然と勢いがつくよ。現に、私は今燃えている」

(ワハハ、凄い真顔だぞー)

(何だか……宮永照に対するイメージが少し変わってしまったわね。もっと、クールなイメージだったけど)

 

 照は表情を崩すことも無く二人に燃えている、と言い放つ。

 久の中では既に、そんな照に対するイメージ像が変わりつつあった。

 

 

 

「あとは、チャンプだけだなー」

「私は……そうだな、勝つためにここに来てる」

「おおー、チャンプらしいシンプルな答え方だなー」

「まあ、恐らくは誰もが考えてはいる事よね」

 

 照の口からはとてもシンプルな答え、勝つという言葉。

 

「ただ、個人戦だったらそれだけ何だけど……団体戦だし、チームの為に何が出来るかとか。しっかり考えながら打ってるよ」

(何だろう、この説得力の無さ……)

(その割には……ずっと無表情でただ暴れて相手を飛ばしているだけにしか見えないぞー?)

 

 照は自分なりに自身に与えられた役割を考えながら打っていると話すが、久と智美にはそれが伝わらなかった。

 団体戦の照も、周りから見れば無表情でただ和了り続けているだけにしか見えないのだ。

 

(ただ……高校の団体戦は出るのが初めてみたいだけど、部長らしい部長よね。実力は勿論、そのカリスマ性でチームを引っ張っているであろう所とかが)

(本当に立派な部長だよなー、私も一応部長だけど……ユミちんとよく間違われるくらい、風格無いしなー。羨ましいぞ)

 

 二人は実力は勿論、部長としての照もとても高い評価をする。

 私生活等では抜けた部分も見られるものの、麻雀に関わる時の照というのは周りから見れば完璧と言っていいほどの存在である。

 

 

 

 ただ、対局時はともかくそれ以外も今まで完璧かと言われれば、それは少し違った部分もあっただろう。

 

 白糸台時代、照は実力でチームを引っ張ってきたかもしれない。だが、普段の態度などで引っ張れていたかと言われると、そこまででも無かった。

 そもそも照は白糸台の時は部長ですらなかったし、他に引っ張る事に適した存在がいたという事もあったため、照自身が積極的にチームを引っ張っていくという事もあまり無かったのだ。エースではあったがチームの士気を鼓舞するようなタイプでは無かった。

 

 だが、この清澄では三年生は一人。後輩達は少数だが、思わず指導したくなるようなやる気のある後輩達ばかり。

 その中で照の中にもこのチームを私が引っ張らないといけない、という責任感が芽生え、対局以外の麻雀に関するあらゆる面での意識も今まで以上に高くなってくる。

 

 このタイムリープの中で、淡だけではなく照も成長しているのだ。

 口数が少ないとか根本的な所はそこまで変化は無いが、それでも今ではエースであり、チームの精神的支柱でもある。

 

 

 

「ま、結局は……言っている事に多少の違いはあるものの、根本的な所としては皆勝ちたい、チームを引っ張る、そんな所かしらね」

「やっぱ、最上級生は責任感が高まっていくよなー」

 

 照も久も智美も、思っている事はほぼ一致していた。

 気持ちの強さでは誰が勝っているとか、誰が劣っているとか、そんなものは無いだろう。

 

 

 

「……お、ようやく四人目が来たなー。遅いぞ、迷子かー?」

「……なっ、衣は迷子になんてなってないぞ!それに、試合時間には間に合っているであろう!」

「ワハハ、冗談だー。今日は、よろしくなー?」

 

 三人の話のキリがいい所で、ちょうど四人目の選手――――衣が姿を現す。

 いよいよ、この会場にいる人が最も期待していたであろう中堅戦が、開幕する。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「さあ始まりました中堅戦、この対局を見にどれだけのお客様が会場に集まった事でしょうか」

「プロスカウトもかなり見に来ているらしいな、県予選に来るという事自体は不思議ではないが……今年は、その量が異常らしい」

「県予選決勝なのにも関わらず、全国大会決勝と言っても過言ではない豪華なメンバーが揃っていますからね」

 

 実況席、いつものようにアナウンサー、それから藤田プロの二人体制。

 既にアナウンサーの声は高ぶっている。それだけ、この中堅戦は名前だけで見る人を興奮させるくらい豪華なのだ。

 

 

 

「では、藤田プロ。早速、気になる見所を」

「そうだな、色々あるが……まずは、この前半戦東一局だろうな」

 

 全てが見所と言ってもいいようなこの試合。

 その中でまずは一つ、藤田プロは東一局の入り方をポイントに挙げた。

 

「見ている者皆が知っている事だとは思うが、宮永照は和了率が凄まじい。だが、東一局だけはほぼ0%なんだ」

「0%!?それは逆に、ある意味凄まじいデータですね……」

「プロでも最初は様子見という事で東一局の和了率が多少低くなっている選手というのはいないわけではない。だが、ここまで露骨に見に徹する選手もプロアマ含め宮永照だけなのではないかと思う」

 

 照の驚異的なデータの一つ、東一局の和了率。

 それはほぼ0%、つまり和了らないという事になる。

 

「その一局、他の選手はどう手を作っていくのか、見物ではあるな」

「勿論、一般の人はわからなくても対戦する選手ならそのデータは把握済みでしょうしね。ですがあの卓には天江もいる。竹井と蒲原は、宮永照抜きにしても厳しいのではないのでしょうか?」

「そうだな、厳しい。その二人を同時に相手にするというのは、相当辛い対局になるはずだ。宮永照、天江の二人の良さがいつも通り出てくる卓なら、竹井と蒲原にとっては最悪のパターンだな」

 

 その照の和了らない東一局こそ、他の者にとっては和了りやすい大事な一局となる。

 だが、衣もいるこの場で久と智美がいつも通り打つ事が出来るかと言われれば、中々難しくもなってくる問題だ。

 

「――――だが、そうならないパターンの可能性もある」

「そうならないパターンですか?いったいどういう……」

「それは、対局が進んでから説明するよ。いくつか考えてはいるが、私でもどのパターンになるかは見当もつかないしな」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 中堅戦の前半戦、東一局。

 場は東家が照、南家が衣、西家が久、北家が智美といった具合だ。

 

 

 

(さて、この東一局……宮永照が和了しないこの局、取りたい所ね)

 

 久は手を作りながらそんな事を考える。

 四巡目、メンタンピンドラ1が狙えそうな二向聴。まずまず良手だ。

 

(でも、そっちがおとなしくしていても……こっちは、どうかしらね)

 

 久はチラッと横目で、衣の表情を伺う。

 

 この大会に出る前から、長野屈指の実力者である照と衣に対しては風越メンバーで徹底的に調べ上げた。

 対策出来る出来ないはともかく、情報だけは頭の中に大量に叩き込んでいる状態だ。

 

(去年華菜が団体戦で天江衣と当たった時、明らかに違和感だと感じたと言っていた物……それを、昨日の龍門渕の試合の様子で確信した)

 

 華菜が対局で違和感を感じた物、それは衣が時折見せた海底撈月だ。

 

 海底撈月というのは滅多に和了出来るような役でもなく、それを時折見せる程度の頻度ですらおかしいくらい出ているのだ。

 それ以外にも華菜が何となく感じた違和感というのにも風越メンバーは耳を傾け、衣の麻雀のスタイルの一つと仮定して研究していた。

 

 そして大会初日、衣は中堅戦で海底撈月を何度も和了した。

 久はそれを見て、自分達は仮定していた事は間違っていなかったと確信する。

 

 

 

(その海底撈月に至るまでの流れ……他の対局者が一向聴から手が進んでいなかったのよね、不自然なくらいに)

 

 海底撈月を和了するという事は、それまでに誰も和了しないというのが絶対条件だ。

 誰も和了せずにそこまで場が進む確率というのは、普通なら誰かが和了する確率よりも低い。つまり、そこに至るまでの流れも不自然なのである。

 

 

 

(天江衣の脅威になる点はそれだけじゃないけど……まずは聴牌出来るか、和了できるか、これが問題になってくるわね)

 

 九巡目、久の手は一向聴。

 今の所誰かが鳴こうともせず、静かな展開が続く。

 

 

 

 そう、思われた。

 

 

 

「ワハハー、来るならリーチかけとけば一発だったな……」

 

 十一巡目、智美が突如声を出したのだ。

 リーチかけとけば一発だった――――つまりダマのまま門前ツモをしたという事という意味だ。

 

「ツモ、タンピン三色赤1……3000、6000だぞー」

「ッ!?」

「ほう……」

 

 久は対局しながらもその出来事に驚き、衣は静かな声を出す。

 

 恐らくこの会場にいた誰もが予想していなかった事が、起きた。

 智美がこの場で跳満ツモというありえないとも思えるような事を、やってのけたのだ。

 

 観戦している一般の客、関係者などはあまりの出来事に思わず静まり返ったり、逆に下克上のような展開を期待する者は大歓声が上がる。

 

 

 

「麻雀ってのは、面白いなー。やってみなけりゃ、わからないもんだ」

 

 智美はワハハと笑いながら、今の自分の結果に自分でも驚くように、満足気に語る。

 そして主に対面の衣に視線を合わせながら、続けて話す。

 

 

 

「絶対勝てるとか、甘い事考えてるようなら痛い目見るぞー?」

「……戯言を。まだ東一局のみの和了、対局終了時にも同じ事を語ることが出来るのか?」

 

 智美はまるで衣を挑発するかのように、ニヤリとした笑みを浮かべながら話す。

 衣はその挑発に乗るかのように、智美に鋭い目を向けながら静かな声で対応した。

 

 

 

(しかし、私はツモ運は普段はそんなに良くないんだかなー。何かこの場の凄まじい空気で逆に一周して和了しちゃったって感じだなー)

 

 智美が和了出来たのは本当に偶然であり、特に対策とかを立てた結果とかそういうわけでもない。

 だが、その偶然が起きるのが麻雀と言えるであろう。

 

(この+12000点、大事にしないとなー。運とかが無くても自分で確実に出来る事、それをとにかく貫いたほうが良さそうかなー)

 

 偶然といえど、この相手に跳満を和了れたというのは本当に大きな事であるのだ。

 それをとにかく大事にしようと、智美は決心する。

 

(さーて、天江。挑発に乗ってこっちを狙い打ってきてもいいんだぞー?その方が、展開的にも面白くなりそうだしなー)

 

 

 

 中堅戦、思わぬ形で開幕する。

 

 

 

(ッ!?!?!?この感覚、去年打った時のゾクッとするような……いや、それ以上の……!)

(この見られるような感じ……面白い、見られた所で衣は止まらん!)

(?竹井と天江がいきなり座っている席をガタって揺らしたんだが、どうしたんだー?)

 

 そして東一局、見に徹していた人物も闘志をその身に宿しながら、動き出す。

 まだまだ、中堅戦は始まったばかりだ。




今回のまとめ
負けを知る者、知らない者
照の成長
各選手の思い
蒲 原 智 美

この小説を読んでいる全ワハハファン、待たせたな!
と言っても、まだ前半戦東一局でしかないので。魔物卓だとあっという間に数十万は持っていかれてもおかしくは無いので。←

自分で書いていて思ったけども、照がリーダー格の話って少ないと思いました。白糸台以外の異種混合団体戦とかでも、照はエースだけどキャプテンではないみたいな。

リーダーシップを持つ照って珍しいのかな?

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