もし宮永照と大星淡がタイムリープしたら   作:どんタヌキ

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年末忙しく更新遅れました、申し訳ない。


19,動く者、貫く者、惑う者

 中堅戦前半戦、東二局。

 未だ東一局の熱が冷めない場の中、それぞれが牌を切っていく音が静かに響く。

 

(鶴賀の……猪口才な、そんなに早く悪夢を見たいのならば見せてやろう)

 

 そんな中、衣は頭に血が上っていた。

 智美の挑発、完全に乗せられていたのだ。

 

(……12000点、張ったか。さて、狙いは)

 

 衣は四巡目という相当早い段階で手作りを完成させていた。

 親満聴牌、かなり大きな手だ。

 

(……鶴賀、最初に稼いだ点棒、全て回収させてもらう!)

 

 衣の目線は完全に智美へと向いていた。

 最初に稼いだ12000点をそのまま、ロン和了で回収しようとしているのだ。

 

 

 

(……む)

 

 だが、衣は今まで完全に一つの方向にしか向いていなかった目線をずらす。

 その目線は、照へと向いていた。

 

(強くはないが、聴牌の気配。……まあ、引く必要など無いか)

 

 衣は他の人が聴牌した時それを察知し、更にその手の火力までも把握できるのだ。

 そして今回、衣は照の聴牌を察知する。だが、そんな事はお構い無しに浮いた牌を衣は捨てる。

 

 

 

「ロン、3900」

「……むぅ」

 

 その衣の捨てた牌が、照へと刺さる。

 大きな手ではないが、これにより衣の親番も流れる。

 

 

 

(まあいい、これくらいはやってくれないと面白味がない)

 

 チャンピオンなのだからこれくらいはやってもらわないとやりがいがない、と衣は思考する。

 そして再び、智美に目線を向ける。

 

(……その前に、やっておかなければならない事もあるけどな)

 

 

 

 一方で、この和了に少なからず違和感を感じている人物もいた。

 

(和了られたのは仕方ない……けど、最初から3900?)

 

 久は、その点数に違和感を感じていたのだ。

 

(……明らかに高いわね。今まで調べてきたデータでも、ここまでのは稀なケースじゃないかしら)

 

 3900点というのは普通ならそこまで高くない手ではあるのだが、久はそれをむしろ逆にかなり高い、と感じた。

 

 明確な対策こそ浮かんではいないものの、久は照の研究を相当やってきた。少なくとも、この中堅戦の場にいるメンバーの中では一番してきているだろう。

 その久が、今まででは中々見られなかったパターンであると多少の動揺を見せる。

 

 

 

(……ま、どうなろうと対策を立ててたわけじゃないからどうにかなるわけでもないんだけどね。私は、私の麻雀を打つだけね)

 

 だが、すぐに久は気持ちを切り替える。

 今、久が一番対抗できる可能性があるとするならば、どんな状況でも自分の麻雀を貫き通す事が大事だと久自身が思っていたからだ。

 

 

 

(でも……本当にどうなるのかしらね)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「いきなり3900って……高くない?」

 

 その点数に違和感を感じていたのは久だけではなかった。

 モニターを見ていた淡がまず真っ先に、メンバー内に呼びかける。

 

「確かに、高い気はしますね」

「最初ならいつも1000点とかだじぇ」

 

 煌も優希も、その意見に賛同する。

 

 照の特徴の一つ、連続和了は和了っていく内にどんどん点数が伸びていく。

 いつもなら最初は1000点和了がほとんど、それから2000点、2600点などと徐々に伸びていくのが普段の照なのだが、今回は最初から3900点といつもに比べ相当高いスタートだったのだ。

 

 

 

「お姉ちゃん……もしかして調子悪いのかな?」

「いや、テルの調子は別に悪そうには見えないけど……何だろねー?」

 

 咲は照の調子がもしかしたら悪いのでは、と指摘したが淡の目からはそうは見えなかった。

 

(調子云々はわかんないけどー……うーん?)

 

 それとは別に、淡は違和感を感じていた。

 

(何だかなー、白糸台では見た事無いような……生き生きとして打ってるような?うーん……)

 

 何となく、悪い方向ではない違和感を感じてはいたがそれが何なのかははっきりはしなかった淡であった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「東三局、ここは宮永照が満貫ツモ!藤田プロ、チャンピオンは乗ってきましたかね?」

「……ああ、ノリノリだな」

「……はっ?」

 

 東二局に続き、東三局も照が和了る。

 そこで藤田プロに調子が上がってきたかの問いかけをした所、思っていた以上の返答でアナウンサーは思わず変な声を出してしまった。

 

 

 

「ちょっと話を変えるけど、宮永照がネットで何て呼ばれているか知ってるか?」

「ネットですか……?あ、魔物とかなら見た事があるかもしれませんね」

「まあ、あの実力だからな。酷い所では、魔王だなんて書かれているのも見た事あるな」

「ま、魔王ですか?それは流石に、可哀想な……」

 

 表向きの雑誌等では流石に書かれる事は無いのだが、ネットでの照に対しての声は様々だ。

 魔物、魔王、大魔王――――酷い書き込みもあるが、全ては実力を認めた上での書き込みではある。

 

 また、そう呼ばれるのも照のプレイスタイルから来るものもある。

 機械のように安手から連続和了を繰り返し、最終的には相手の心をへし折る。そんな麻雀と周囲からは見られている事も少なくはなかった。

 

 

 

「いやー、その事を思い出したら笑っちゃってさ」

「えっと、結論が見えてこないのですが……」

「私も宮永照は機械みたいな印象は少なからず持ってたよ。だけど魔物という認識は違ったかもな。――――随分と、人間じゃないか」

 

 最初は藤田プロも照の事を魔物という枠の中での認識だった。

 だが、今日の今の所の対局を見てその印象は大きく変わる。

 

「随分と力が篭っているように見えるな、それに熱も感じられる……いやあ、思っていたイメージと相当ずれてるわ」

「……私からは冷静に、淡々と打っているようにしか見えないのですが」

「よーく見ればわかるんだな、これが。それに恐らく、最初の3900点も気持ちが高ぶってたからだろうな」

「はぁ……」

 

 常識を超えたような藤田プロの会話に、常識の範囲内でしか物事を捉えられないアナウンサーはついて行けていなかった。

 だが、そんなアナウンサーを置いていくかのように藤田プロはもう一言だけ添える。

 

 

 

「いやー、この対局本当に面白いな」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 東四局、三巡目。

 

(あー、この段階でダマ7700点が見える一向聴ってとこか。んー……)

 

 親である智美は思ったよりも早い段階でそこそこの手が出来てしまった事に逆に頭を悩ませる。

 

(ワハハ、対面さんは未だこっちを睨みっぱなしだぞー。集中して狙ってくる所を完全にかわして、天江を出来るだけ和了させない作戦だったんだがなー……)

 

 智美は完全にこの対局で、自分が勝つ事を諦めていた。

 自分は勝つ役目ではなく、繋ぐ役目という事をしっかり頭に入れながら今、この場にいる。

 

 だからといって、何もせずにこの場に座っているわけではない。

 せめて圧倒的格上である二人の内どっちかの和了チャンスを減らそうと、智美はひっそりと努力していた。

 

 そして作戦として、精神的にも隙の無さそうな照ではなく、まだ精神的になら崩せる可能性がワンチャンスあるかもしれない衣に矛先を向けていた。

 作戦通り衣は智美に集中し、そして智美は今の所は振り込んではいない。

 

 

 

(もうそこまで攻めたくは無いんだよなー、静かな流れのまま終わって欲しい感じだぞー。なのに、そこそこ手が出来てしまうんだよなぁ……)

 

 配牌の時点で微妙だったら、ほぼ最初から降り打ちの意識で打とうとしている智美。

 なのにも関わらず、今日に限ってそこそこ手が出来てしまう不思議。いい意味なのか悪い意味なのか自分でもわからないまま、智美は頭を抱えていた。

 

 

 

(……ツモ悪すぎだろー?まあ、いらない字牌ばかりだから安牌なのはいいんだが……)

 

 十巡目、智美は一向聴のままツモ切りを繰り返す。

 

(麻雀ではよくある事、と思いたいが……天江のいる卓では、違和感を感じる所も牌譜を見た中ではあったんだよなー、確定事項ではないが)

 

 智美も勿論、対戦相手の事は研究はしている。

 だが、久のように昨年後輩が直に対局したといった経験も無いため、まだ違和感を感じるといった程度の認識しかしていない。

 

 

 

(んー、しかしひどいツモだな……って、ん?何で天江はあんなに驚いた顔をしているんだー?)

 

 対局中はほとんど智美のほうに睨むように視線を向けていた衣が、別の方向を見ながら驚いたような表情を見せていた。

 

 

 

「ツモ、3000、6000」

「……ワハハ、親被り痛いぞー」

 

 照の跳満ツモ和了。

 やられた、と智美は口を開くがその中でも目線は照には向けず衣に向けていた。

 

 

 

(……あの驚き様、想定外って顔だなー)

 

 自身満々に打っていた衣の表情が、今の照の和了で崩れているのだ。

 智美はそれを見てこれは思いもよらぬ展開、とラッキーに思う反面、大きな心配事も抱えていた。

 

 

 

(天江が崩れてくれるならかなりの儲け物だが……これ、チャンプ止まるのかー?)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「リーチ」

 

 南一局、照の親番。

 リーチ宣言が六巡目で放たれる。

 

(ッ、早すぎでしょ……!?これ、点数が伸びるとするならば親倍よ?)

 

 ありえない、と久は心の中で叫ぶ。

 だが、現に照のリーチ宣言はされているのだ。

 

 

 

「ツモ、8000オール」

(ッ!?一発……)

 

 そして対局している者をあざ笑うかのような一発、親の倍満ツモ和了。

 対局している側からすれば、文句をたくさん言いたくなる位のレベルだ。

 

 

 

「……一本場」

 

 そして静かに、且つ熱の篭った声を発しながら照は百点棒を一本置く。

 

 

 

(……まだ、完全にツキに見放されたわけでは無さそうね)

 

 再び南一局。

 配牌時点で二向聴、かなり手が出来ている良手だ。

 

 

 

(よしっ、一向聴までは持ってきた!ただ……)

 

 二巡目、久の手が進み一向聴まで持ってくる。

 だが、情報をある程度持っている久だからこそ、心配材料もあった。

 

(宮永照は別として……ここから、聴牌まで持って行けるのかどうかが問題ね)

 

 衣の情報を掴んでいる久は、この一向聴から手を進めれるのか心配していた。

 照が手を作るのは別として、智美が東一局に見せた和了という僅かな希望こそあるが、基本はここからツモ切りしか出来ないと見てもおかしくはないのだ。

 

 

 

(……あら?)

 

 五巡目、久は普通に聴牌してしまった。

 

(聴牌する可能性は0ではないにしろ、それに限りなく近いと思っていたから……もっと時間がかかるかと思っていたけど)

 

 いい事ではあるのだが、逆におかしくないかと考え込んでしまう久。

 

(……もしかして)

 

 久はチラリと衣の様子を見る。

 

 常に全体の様子を見ながら久は打っていたので、衣が智美を狙っていたり、またはその後動揺しているという所も把握はしていた。

 そして現状、自身の手。そこから、一つの仮説を立てる。

 

(動揺が、影響力を激減させている?)

 

 衣の影響力は、精神が安定していて初めて生まれるのではないかという仮説だ。

 勿論、普通なら精神が崩れるような事も起きるわけが無いので常に影響力が発揮されていてもおかしくは無い。

 

 だが、ここは照がいるという普通ではない卓だ。

 

 

 

(……ありえなくは無いわね。まあ、今はそこは置いておいて……ここから、どう攻めるか)

 

 仮説の事は一度置いておき、どのように手を進めるかに久は集中する。

 

 三萬が一つ、四萬が三つ、そして浮いた南。

 南を切る事により二、三、五萬の三面張り、さらには断幺九確定、平和も見える手。

 久の手には現在赤ドラが2枚、ダマでも平和がつけば7700点の十分すぎる手だ。

 

 

 

(……どうするかなんて、決まってるじゃない!)

 

 久は迷うこと無く一つの牌を持つ。

 

「リーチ!」

 

 場に捨てた牌は――――三萬。

 更に言えば、河には既に南が二枚切れている。地獄単騎リーチだ。

 

 

 

(こんな場面で、こんな事をするだなんておかしいと思われるかもしれない……けど、ここはこれで勝負!)

 

 

 

 智美は無難に安牌を切っていく。

 そして、照が牌をツモる。

 

 珍しく少し迷ったような素振りを見せてから、一つの牌に手をかける。

 ――――そして、切る。

 

 

 

「リーチ」

 

 その宣言は、わかる人からすれば恐ろしいものであっただろう。

 何故なら、少なくとも三倍満確定――――つまりは、36000点確定なのだ。

 

 だが、照の対面の者は怯えた素振りを見せるどころかニヤリ、と笑みを浮かべる。

 

 

 

「――――通らないな」

 

 

 

 照が切った牌は、南。

 

 

 

「ロン!リーチ一発赤2……裏2!12300!」

 

 一発直撃和了。

 更には、裏ドラ表示は東。南二つがドラになり、更に点が伸びたのだ。

 

 

 

(……っし!)

 

 思わず久、対局中にもかかわらず渾身のガッツポーズ。

 放銃率も高くなく、それ以上にチャンプである照に対し自分のスタイルを貫き大きな手を直撃させたのだから喜んでも無理は無いだろう。

 

 

 

(……風越の竹井さん、一年前よりも相当強くなってる。……燃えてきた)

 

 だが、その直撃が照を更にやる気にさせたことに関しては久はまだ気づいてはいなかった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「すっごい!凄すぎでしょ!やばい、風越サイコーだよ!」

 

 その光景を見て、清澄の控え室でおかしな位テンションが上がっている人物がいた。

 

「テルにあそこで地獄単騎直撃とか、熱すぎるでしょ!いやいやいや、本当に凄いって!」

「確かに淡さんの言う通り、あれはすばらでしたね……あそこで三萬を切る決断力、そして勇気。天晴れです」

「あそこであんな悪待ちとか確かに考えられないじょ……南切ってダマかリーチかで迷うならまだしも、迷わず三萬切りリーチは凄いじぇ」

「お姉ちゃん、思わず笑ってたよね」

「えっ?」

「えっ」

 

 

 

 淡を筆頭に、敵ながら久の直撃和了には全員が感心していた。

 誰もが予想外の行動を迷わず行い、そして照から跳満直撃という結果を残した。照の凄さを身近で最も知っている部員達は、本当にただただ感心していた。

 

 そして振り込んだ時、咲だけが照が笑っているように見えていたと発言する。

 

 

 

「こんな物見せられたら応援したくなっちゃうよね!よし、テルの次に風越を応援しよう!」

「あはは……それはそれで、どうなんですかね」

 

 淡はキラキラと目を輝かせながら、興奮気味にモニターの久を注目し始める。

 一年前よりもレベルアップしてきた久の事を完全に認め、興味心身なのだ。

 

 

 

「それにしても……龍門渕の天江衣、全然波に乗れないみたいですね」

「ああ、言われてみればそうだね。まあ、しょうがないんじゃない?テル相手だし」

 

 煌の指摘に淡は照だから、の一言で返答する。

 

 

 

「たださ、テルが凄いって言っていたくらいだから絶対凄いんだよ。今の所、何も凄くないけど」

「淡の事だから、もう興味を失っているかと思ったじぇ」

「いや、そんな事は無いよ?だって、あのテルが言うんだよ?」

 

 優希は淡の性格上、ここまで特に活躍を見せていない衣の事はもう興味を無くしているのではないかと思っていたが、淡は意外にもそうではなかった。

 ただその理由も照だから、の一言ではあるが。

 

 

 

(あー、でもユウキの言うように若干興味薄れては来てるんだよねー……)

 

 ただ、今の所淡自身の目で見た限りでは特別興味を惹かれるような所を衣は見せてはいない。

 そして、少しずつ興味が薄れているのも事実だ。

 

 

 

(そろそろ見せてよ、風越並のインパクト……そうじゃないと、面白くないよー)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「前半戦終了ッ!!やはり凄い、宮永照!!」

「圧巻だったな。……とはいえ、他に全く見せ場が無かったかといえば、そうではない」

 

 注目されていた中堅戦も、半分まで終了する。

 そして結果だけ見れば、照の圧倒的な独走だ。

 

 だが他が全く何も出来なかったかといえば、そういうわけではなかった。

 

 

 

「鶴賀の蒲原も、出だしは良かったな。その後も落ち着いて場を見れてはいたが、流石に宮永照についていくのは厳しかったか」

「和了も最初だけではありますが、振り込んでいるわけではありませんね。ただ、ツモで削られている部分というのは大きいですが」

 

 智美もしっかりと守り重視の打ちを貫き、自身が振り込むという事は前半戦の中では無かった。

 そこは本人の作戦通りといえる部分であるのだが、作戦が成功しても照についていく事は出来ていないという事実がある。

 

 

 

「あとは竹井ですか……いやあ、私も実況という仕事を忘れて思わず、うおおぉっ!?って叫んでしまいましたよ。申し訳ありませんでした」

「……あれは素直に凄かった部分だな。宮永照が跳満を振る事も珍しいし、今日の試合の中で客が一番盛り上がった部分だろうな」

 

 久の跳満和了は打っている本人、それから見ている者全てを震え上がらせるほどの衝撃的な物であった。

 今日の中で、一番の歓声が響いた時間帯でもある。

 

 

 

「ただ……天江が全く元気が無いですね。宮永照との一騎打ちを予想した方も多かった事でしょうが、完全に独走を許している状態。それどころか、この中堅戦で現在最下位という事実」

「……どれ、ここでプロらしくしっかり解説してみようか」

 

 衣に関しては、照といい勝負をするどころか一人沈んで最下位。

 その原因といえる部分を、藤田プロは解説していく。

 

 

 

「まず、天江の大きな特徴として高火力の速攻、それから海底模月。この二つだな」

「海底模月ですか?確かに、昨日も何度か和了っていて多いとは思っていましたが……あの現象は、偶然ではないと?」

「ああ、あれは本人が故意的に行っている。そしてその時は、他者が一向聴から手をほとんど進められていないんだ」

 

 衣の特徴の海底模月。

 それは他者の手を止め、自身が最後にツモ和了するという他の人から見ればありえないとも思えるような現象だ。

 

 それを偶然ではなく、故意的に行えるのが衣の大きな特徴の内の一つである。

 

「天江はこの速攻か海底模月の緩急がとても上手く、周りがこれを対処するのも相当大変なんだ。……だが、宮永照はそれをお構い無しに聴牌し、和了る。これで天江の緩急は、潰されてるな」

 

 他の人からすれば、衣を相手にする時はどっちでくるのかわからない、且つ対処するのも相当難しいという怖さがある。

 だが照はそれを力で打ち破る。逆に、衣がいつものように麻雀を打てていないのだ。

 

「まさかこうも真正面から打ち破られると天江も思っていなかったんだろう。途中から完全に動揺し、自分を見失っていたな」

「……なるほど、そうなると天江からすると宮永照を相手にするのは相当相性が悪く、後半戦も辛くなると?」

「うーん、相性が悪いのは否めないが……ただ、天江はここで終わる雀士ではないのは確かだ。何かをきっかけに変わるかも知れないし、もしかしたらこのまま潰れる可能性もあるし。……私は前者だと思っているがな」

 

 それでも、このまま沈んでいくとは思えないと藤田プロは指摘する。

 相性が悪かろうが、衣は相当な実力者なのだ。何か一つのきっかけで、復活する可能性は十分にある。

 

 

 

「……宮永照に関しては?」

「……何か言う事あるか?」

「……圧倒的でしたね」

 

 

 

 清澄・112700(+36500)

 風越・131700(-8700)

 龍門渕・72000(-23800)

 鶴賀学園・83600(-4000)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「……ぐすっ」

 

 中堅戦前半戦終了後の休憩時間。

 衣は一人、ベンチに座り涙目になっていた。

 

 前半戦終了後に会場を逃げるように出て行き、ここに一人ぽつんと座っているのだ。

 

 

 

「衣の麻雀が……全然通用しない、ふえぇ……ぐすっ」

 

 衣の頭の中で、色々な感情が渦巻く。

 恐ろしい、怖い、逃げたい。

 

「……フジタが言ってた、麻雀を打つ……」

 

 最初に藤田プロが言っていた、麻雀を打つという言葉。

 今ここに来てその言葉が強く頭の中から掘り起こされていくが、色々な事を考えすぎているのかその真意まではたどり着けない。

 

 

 

「……あれっ?」

「む、誰……あわ、い?」

 

 その衣がいる場所をたまたま通りかかった人物、淡。

 お互いが気づき、声をかける。

 

 

 

「……もしかして、泣いてる?」

「ばっ、衣が泣くわけが無いだろう!泣く、わけが……」

 

 強がりこそするものの、声に力は無く、目には涙が浮かぶ。

 

 

 

「……はい、これさっき自販で買ってきたやつ。あげる」

「……え?」

「いーからいーから。もらっといて」

 

 淡が自分用に買っていたジュースの入ったペットボトル。

 それを衣に、押し付けるように手渡す。

 

 最初は戸惑うように受け取った衣だが、キャップをあけてからはゴキュゴキュと音が聞こえるくらい勢いよく飲んでいく。

 

 

 

「……ぷうっ。なあ、あわい」

 

 水分を摂取した事により少し落ち着きを取り戻した衣は、淡に対し問いかける。

 

 

 

「麻雀を打つ……って、何だ?」

「え?麻雀って打てば打ってるんじゃないの?」

「や、やっぱりそうだよな……むむ、わからん」

「?」

 

 自分が気になっていた部分の質問を淡に聞くが、返ってきた物は衣が思っていたこととほぼ同レベルの物。

 益々、衣は頭を悩ませる。

 

 

 

「んー、コロモってどんな事を考えて麻雀打ってるの?」

「どんな事を考えて……?」

 

 逆に、淡から質問で返される衣。

 少し考えてみるが、あまり答えは浮かばなかった。

 

 

 

「何か、コロモって少し前の私に似てる気がするんだよねー。あー、うん、悪い意味で」

「むっ、悪いとはどういう意味だ!」

「口で言うのは簡単何だけどさ……自分で気づかなきゃ、意味無い部分だと思うんだよね」

「むぅ……」

 

 悪い、という言葉に少しムッとする衣だが淡はその答えを口にはしなかった。

 

「うん、相手はあの鬼畜大魔王テルだから難しいかもしれないけど。前半戦は忘れて、いっそ開き直って麻雀を楽しんでくればいいんじゃない?」

「楽、しむ……?」

 

 楽しむ、という言葉に衣は過剰に反応する。

 まるで、そこに麻雀を打つ、という事の答えがあったかのように。

 

 

 

「……誰が鬼畜大魔王だって?」

「……あ、その。聞いてました?」

 

 その時、淡と衣の近くから低く威圧されるような声が、聞こえてくる。

 淡がゆっくりと後ろを振り向くと、そこには照がいた。

 

 

 

「……天江さん、後半戦は楽しみにしている」

「楽、しみ……」

「あ、淡は後で覚えておいてね」

 

 またしても衣の耳には、楽しむという単語が聞こえてくる。

 そのまま照は、再び会場へと戻って行った。

 

 そして淡は、無言のまま震えていた。

 

 

 

「……あっ、じゃあ私はもう戻るねー。敵だから頑張れとは言わないけど!せめて楽しませてよ!」

 

 そして淡もその場を後にする。

 歩きながら、小さくヤバいヤバい、これヤバいと口ずさみながら清澄の控え室のほうへと向かっていった。

 

 

 

「……ふぅっ」

 

 衣は小さく一つ、息を吐く。

 

 今、衣の頭の中はすっきりとしていた。

 そこではっきりと浮かんでいるのは、自身の麻雀の原点。楽しむという事。

 

 

 

「……思えば、衣は楽しむという事を久しく忘れていたのかもしれないな」

 

 それは自分の実力の高さ故か、相手がついて来れず楽しむ事が出来ていなかったのかもしれない。

 だが、この場では違う。前半戦だけを見れば完全に敗北。

 

 先ほどまではその敗北を恐怖などと負の方向に捉えていたのだが、今では逆だ。

 むしろ、後半は絶対に負けない、とプラスの意味で衣は捉える。

 

 

 

「……もう衣は負けぬ!後半戦は、取り返す!」

 

 誰もいない廊下で衣は宣言し、会場へと向かうのであった。

 

 

 

(……衣が心配で慰めようと思っていましたけど。こんな事なら何の心配もございませんでしたわ)

 

 それを影ながら眺めていた人物が一人、透華だ。

 最初は落ち込んでいるであろう衣を慰める目的で来たのだが、透華自身の出る幕は無かった。

 

 

 

(……後半戦は、暴れてくださいまし!)

 

 そして衣が会場へ向かったのを確認して、透華も自分の控え室へと向かっていった。




今回のまとめ

大 魔 王 宮 永 照
久の悪待ち、炸裂
衣覚醒の予感?
淡、死亡フラグ

正直この段階で照を+36500で抑えてるのは久は相当頑張ってる。いくら物語の都合があるといえど←
そして蒲原、大健闘。衣も一人沈んでいるとはいえ、後半目覚めればすぐに取り返せる点差ではあります。
照がこのまま突っ走る可能性も勿論ありますけどね。

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