副将戦の前半戦も残り僅か、南三局。
(配牌は……うー、良くも無く悪くも無くって所っすか。どんな形でもいいから和了りたいっすけど、鳴けないのがやや辛いっすね……)
親番は桃子。
現在他者から桃子の姿は認識されていない。鳴いてしまうと見つかってしまうためそれを実行する事は出来ずにいた。
(まあ、門前手でいつものように揃えてくだけっすけどね。こればっかりは、しょうがないっす)
八巡目、桃子は二向聴まで手を進めて行く。
そして不要牌を切っていく。他の人物は桃子を警戒しているようで、見えてはいない。
(……こっちからは龍門渕も風越も……清澄はよくわかんないっすけど、警戒してきているってのが目に見えてわかるっすよ。最も、私を目で見る事は既に不可能っすけどね)
十巡目、桃子の手は一向聴まで進む。
(生牌の南……ま、私には関係ないっすけど)
この巡目で役牌の生牌――――一枚も河に捨てられていない牌を切るというのは、普通ならば少し躊躇う部分もあるだろう。
何故なら誰かが対子で持っている可能性が高く、鳴かれて手を進めるのを手助けしてしまうからだ。
だが、そんな事は桃子には関係ない。周りから認識されず、鳴かれる事など無いのだから。
「カン」
その時、空気が豹変した。
(……カン?誰の何の牌を……じょ、冗談っすよね?)
透華も未春も、見えていなかったはずの牌を咲が鳴き、そこで初めて桃子の捨てた南を認識する事が出来たという事実に驚くしかなかった。
そして鳴かれた桃子はその信じられないという表情を見せる透華と未春以上に――――驚く事しか出来なかった。
だが、鳴く事だけで咲の行動が終わったわけではない。
嶺上牌を手に取った咲はそれが何なのか既にわかっているかのような表情を見せつつ、手に加え宣言する。
「――――ツモ。嶺上開花、役牌2。6400です」
その宣言を聞き、周囲は更に黙る事しか出来ない。
今、この瞬間に於いては完全にこの場の支配者は、咲であった。
―――
「さて、副将戦の前半戦も終わり藤田プロ。地味な立ち上がりから一転して派手な和了が目立ったようにも見えましたが?」
「そうだな、起爆剤としてはあの龍門渕の倍満ツモ……リーチしなくても十分な手をあえて勝負をかけにいった場面、私は嫌いじゃなかったな」
早くも副将戦の前半戦は終了する。
実況席では休憩時間に、いつものように戦いの流れを振り返っていた。
「あそこから東横の一発ロン、それから目が覚めたかのように宮永咲の連続嶺上開花。南四局の倍満ツモで、一度は二位に転落した清澄を再び首位に……しかし、二連続で嶺上開花というのは起きる物なんですかね?」
「現に起きているからそうなのだろう、単純な確率での計算なら稀なケースではあるがな……だが、私には狙ってやっていたようにも見えた」
「……インパクトがとても強かったのは確かですが、あの中堅戦の後だと何を見ても極端に驚く事が無くなった自分が怖いです」
「……まあな」
二連続嶺上開花、それは確率だけで見るなら本当にごく僅かな物であり普通ならば見ている者からすると驚愕の出来事である。
だが、それよりも凄い物をほんの少し前に見ていた為に、アナウンサー含め観客の驚きというものは低下してしまっているのも事実だ。
「さーて、早速だがそれぞれを振り返ってみようか」
「今の所区間では龍門渕が一歩リード、その次に宮永咲が続くという形ですね」
「収支はともかくとして、龍門渕と吉留は自分の堅実なスタイルを保ったまましっかりと打てていたんじゃないか?この二人は例えマイナスになろうが、大崩れはしなさそうだな」
透華は途中で思い切ったリーチがあったものの、今の所この二人は堅実なデジタル打ちを貫き通せている。
降りる判断もしっかり出来ているため、例え収支がマイナスであろうと大崩れとまではいかない、大将へ繋ぐ役割というものは出来ていると言えるであろう。
「宮永咲、東横に関してはどうでしょうか?」
「東横に関してはいまいちわからん。あそこまで鳴きを入れない理由もわからんし、この予選会での出和了率も何故かやけに高い」
「……そういえば、宮永咲のあの振り込みも不用意だったような?」
「打っている者だけが何かを感じ取っているのかもしれないな、見てる分には何もわからんが」
「……藤田プロの言っている事は滅茶苦茶なはずなのに、だんだん順応してきている私がいる事が怖くなってきましたよ」
桃子の打ち筋というのはとにかく鳴かない、どんな事があっても頑なに門前手で進めようとする。
そこにはちゃんとした理由があるのだが、見ている者からすると何故その手で鳴きを入れようとしないのか、などと疑問に思う者もいてもおかしくはない部分だ。
それこそ見ている者にはわからない、打っている者だけが何かを感じるという藤田プロの推測は疑問に対する一つの意見であり、的を射ていた。
また、普通の麻雀しか出来ないアナウンサーのような人の立場だと、その藤田プロの意見に対して疑問を抱いてもおかしくは無いのだが、今日という一日のおかげで順応し掛けていた。
(しかし、宮永咲に関してはそれだけではない……南三局、一回目の嶺上開花を和了る前の不可解な打ち方。その意味に同じ卓についている者、あるいはチームメイトは気づき、この休憩時間に対応する事が出来るだろうか?)
実は、咲は普通ならばありえない事を嶺上開花を和了る前に行っていた。
それの意味に気づく事が出来るのか、と藤田プロは心に思いつつ楽しみにしながら休憩時間を過ごしていた。
清澄・133500(+5000)
風越・103000(-4700)
龍門渕・115600(+13600)
鶴賀学園・47900(-13900)
―――
(ッ、落ち着け私……!)
休憩中、ベンチに座りながら必死に冷静になろうとしている人物が一人いた。
(ステルスを見破られた……原理はよくわからないっすけど、今後何らかの対策を立てなきゃいけないのも事実……)
現時点での桃子の脳内では、焦りという二文字で埋め尽くされていた。
どうにかしなければ、と強く思うものの焦った思考では良案は浮かびはしない。
(ガチで打っても、極端な遅れは取らないとは思うっす。けど、それじゃ駄目……!この点差、私がどうにかしなきゃどうにもならないっす……)
焦りの原因というのは勿論ステルスを見破られたという対局内容から来る物もあるが、それだけではない。
鶴賀だけ圧倒的に三校と点数が離れているこの現状、それも焦りを増幅させる一つの要因であった。
桃子は素で打ってもそれなりの実力がある。もし鶴賀がそれなりのリードしている状態でステルスを見破られたのならば、自身の素の実力だけで勝負して失点を極力減らすという打ち方も出来たかもしれない。
だが、桃子にこの場面で求められているのはポイントゲッターの役割。失点を出来るだけ抑える、ではチームは勝てない。
「モモ!」
「うわっ!?っと……せ、先輩?」
そんな悩む桃子の耳に、突如大きな声が入り込んでくる。
「……大丈夫か?何度も呼んだのに返事が無かったが」
「え?あ、その……正直な所、大丈夫では無いっすね」
桃子は自分の事に精一杯になっていたため、ゆみの声を拾う事が出来ていなかった。
思わず、苦笑いを浮かべながら今の現実的な、あるいは心理的になど総合的な状況を正直に話す。
「……一年生なのに、モモには負担をかけてしまい本当にすまないと思う」
「そんな事ないっす!学年とかそんなの関係ないっす、それに今までむっちゃん先輩やかおりん先輩、部長が必死に繋いできて……私がもっと頑張らなきゃいけないっす」
桃子は強敵を相手に何とか喰らいついてきた先輩達の姿を見て、自分がもっと頑張らないとという気持ちが高ぶっている。
だが、ゆみは首を横に振った。
「なっ……何か間違ってるっすか?」
「いや、間違ってはいない。だがモモ、それだけじゃないんだ」
ゆみの態度に、思わず桃子は疑問を抱いてしまった。
それに対し、ゆみは優しい口調で言う。
「今のモモは、自分がどうにかしなきゃいけないという気持ちが強すぎるんだ」
「だって、この点数じゃ……」
「じゃあいっそ、点数の事とか考えないで気楽にやってみたらどうだ?」
「えっ?」
ゆみの口から出たのは、桃子からすれば信じられない言葉であった。
既に副将戦であり、終盤なのにも関わらず点数の事は考えるなという言葉。
「色々な責任感とか感じすぎて、気持ちが後ろ向きになってるんだ。いつもの勝ち気なモモなら、仮にステルスを見破られたらそれの対策をして上回る、とか前向きに考えると思うがな」
「……!」
「自分の麻雀の性質をしっかり理解出来ているんだ。だったら、周りの特徴をある程度つかめればモモなら柔軟に対応出来る所は出来るだろう?」
モモはどうしよう、と考えようとしすぎて逆に変に思考が停止していた。
そうではなく打ち破られたのならばその相手を再び打ち負かしてやるんだくらいの、単純なプラス思考。そんな事を、ゆみは桃子に対し促した。
「……そうっすね、その通りっす。何だか吹っ切れる事が出来たっすよ!」
「ああ、やりたいように、好きなように打って来ればいい。そうしたらモモの実力なら自ずと結果はついてくるはずだ」
先程までは落ち込んでいた桃子の表情も、かなり明るくなり元気が戻ってきた。
一度は後ろを向きかけたが、再び桃子は前をしっかりと向く事が出来たのだ。
「じゃあ、行ってくるっすよ!」
「……あっ、モモ!その前にちょっとだけいいか?」
「ん?何っすか?」
「前半戦だけ見て気づいた部分の指摘だ。まあ、データが少なすぎるから頭に入れておく程度でいいが」
―――
「……ちょっと、みはるんに声かけに行ってきます!」
風越大将、華菜が前半戦終了の知らせを聞いてすぐに控え室を飛び出そうとしていた。
風越の控え室でもまた、鶴賀ほどではないが焦りというものが見え始めていた。
点数を大きく減らしているわけではないが、徐々に広がっていく上位陣との点差。
既に終盤に差し掛かっているこの場面、落ち着きを保つほうが難しいだろう。
「待って華菜、行くのはいいけど……これだけ伝えてきて。全部注意するのは勿論だけど、特に龍門渕には気をつけてって」
「ん、清澄じゃなくて龍門渕……?了解しました、伝えてきます!」
華菜は久から伝えられた言葉を受け取り、控え室を出て行った。
「竹井さん、華菜も言っていたけど清澄よりも龍門渕に注目した理由って?」
「そうじゃのう、わしも清澄のあの嶺上開花の方が脅威には思うたが……」
美穂子は真顔で、まこは疑問を浮かべた表情で久に問いかける。
明らかに最後に派手な和了を見せた咲よりも、収支では勝っているものの堅実な打ち方を続けていた透華に久は特に注目したのだ。
「うーん、華菜に伝える時も言ったけど全部注意は勿論の事。清澄はあの派手さだし、鶴賀も不可解な和了を見せてきたし。ただ、気になったのが南四局の最後ね」
「最後、ですか?」
「そ、最後。対局してた人はわからないかもしれないけど、倍満ツモられて親被りで点差を大きく離されたのに、気持ち悪いくらい冷静だった。ちょっと、気になるのよね」
久が注目したポイントは咲が最後に倍満を和了った時の事。
普通なら動揺してもおかしくない所で、気持ち悪いくらい冷静だったのだ。そこに久は、何か不気味な物を感じていた。
(龍門渕さんってそんな極端に冷静になるタイプじゃないわよね……?むしろ、感情を表に出すタイプのはず。だったらあの場面、やはりおかしいというか……違和感しかないわね)
何度振り返っても、やはりおかしいと久は感じていた。
まるで性格がある意味一周したかのような、そんな印象を受けていたのだ。
(宮永咲……試合前に宮永照が思わず口にしたあの事、やはり凄い打ち手なのは間違いない。そして鶴賀も、この点差でむしろ吹っ切れてきたら、かなり厄介ね。ダークホースって、こういう所で大どんでん返しをしてくる物だから)
久の目から見ても、咲も桃子も強敵、という認識であった。
一筋縄どころか、それ以上に厳しい相手であるという事を。
(ただ、それを踏まえても……やはり、あの龍門渕の……駄目ね、応援する側がこんなんじゃ。未春を信じましょう)
―――
清澄の控え室。
ここでは、モニターに目線を向けながら表情を崩さない者がいた。
「……」
「テルーが真顔だ!」
「いつも真顔だじぇ」
「そうですね、いつもこんな顔です」
「……ねえちょっと、黙ってるだけなのに皆酷くない?私これでも最上級生だよ?」
まだ何もしていないのに、後輩達に何故か突っ込まれ少し涙目を浮かべる清澄部長、照である。
「で、どうしたのー?考え事?」
「……いや、まあ。あの対局で、咲を見ている人はどう思っているのかって思ってさ」
「……どうって」
「嶺上使いだじぇ!」
「……うん、やっぱそうなるよね」
優希が照の質問に対し、嶺上開花のイメージがまず第一に来ると率直に答える。
照もそんな返しが来る事を何となく予想していたのか、納得の表情を浮かべながら対応した。
「南三局の見逃しからの嶺上開花だからねー、そんな印象を受けて当然じゃない?」
淡も優希の意見に賛同し、答える。
実は南三局、役牌2のみで和了れたのにも関わらず他家を見逃し、そこからの嶺上開花だったのだ。
実際に打っていた者は気づかなかったかもしれないが、少なくとも見ていた周りの大多数はその行為に驚き、そして嶺上開花によっぽどの自信があると捉えてもおかしくは無い。
(……勿論、優希達の言うように嶺上開花を得意としているのは間違ってはいない。けどそれが主じゃない、あくまで手段。……プラマイ0の)
周囲からはわからない、照だからこそすぐに気づけた事。
普段打っている25000点スタートの30000点返し、五捨六入ルールならばプラマイ0となるプラス5000点の収支。
(序盤はかなり緊張していたみたいだけど、何だかんだここまで持ってくる点数修正能力……やはり、咲は強い)
咲にとってプラマイ0は昔からやっていた事で完全に染み付いてしまっている物であり、それが咲にとって一番やりやすい物である。
これは咲とケンカしてしまった一つの要因であり、部活でも矯正しようと咲自身も頑張っては来たのだが、中々染み付いたものというのは取れない。
ただ、照は前半戦対局終了間際に一つ、良い意味での異変を感じ取っていた。
しかしその異変は、もしかしたら悪い方向に結びつく事も考えられるのではないか、とも感じていたのだが。
(……南四局終了時、倍満を和了った後の咲の目は何だか……先を見ていたような。もしかしたら、後半戦は何か変わってくるかもしれない)
良い意味での異変とは、今まで咲が麻雀をしていた時には見た事のないような、生き生きとした目。
それはプラマイ0を行っていた時には見られなかった目である。
(ただ、龍門渕さん……こっちが何だか怖い。変に静まっていたというか……)
悪い方向とは、もしプラマイ0をやらなかったとしてもそれが必ずプラスの収支になるとは限らないという事。
そして照ですら怖いと感じる、透華の不気味さ。
(勿論他の面子も何かが変わってくるかもしれない。打っている途中で成長というのもよくある事だから……周りは中々手強いけど咲、頑張って)
既に卓に戻り目を瞑りながら座って集中している咲を、照は心の中で応援する。
副将戦後半戦――――開始まで、時間は迫っていた。
―――
咲が一番最初に再び会場入りしてからさほど時間はかからずに、四人全てが卓へとついていた。
副将戦後半戦が、ついに動き出す。
席は東家が桃子、南家が未春、西家が咲、北家が透華。
桃子がまず最初に牌を切り、東一局が開始される。
(……よし、切り替え切り替え。先輩と色々話して、多少の対策立てて……後は、自分の打ちたいように打つ。これを貫くっす!)
四巡目、まだ全員聴牌には遠い。
(とりあえず、早い段階でさっき先輩から聞いた話から推測される事柄から導かれる仮定、そしてそれを確認し、結論へと結びつける必要があるっすね。焦った要因、私の捨てた牌がカンされてステルスが効いていないと思ったっすけど……)
八巡目、桃子は一向聴。
(聴牌に近い……いや、ここは思い切って露骨な手にしてみるっすか?その方が、他者に効いているかの確認はしやすいっすし)
だが、ここで桃子は手変えをする事を決意。
他がまだ聴牌気配を見せていないというのもあるが、それ以上に確認しておきたい事もあったからだ。
(……よし!上手い事引いてきたっす。火力十分、こんな露骨な手……このレベルの相手なら、振込みはありえないっす。……普通なら)
十二巡目、桃子は聴牌まで持ってくる。
役は役牌に筒子の混一色。河を見ればどんな手かわかってしまうくらい、露骨であった。
「……リーチ」
ここで、桃子は動く。
この巡目での親リー、手が微妙ならば確実に降りる所。よほどの手でもない限り突っ張ったりはしないだろう。
だが、それはリーチ宣言が聞こえたら。あるいは見えていたらの話であるが。
(ッ、おしいっす!だけどやっぱり、見えてはいないっすね)
未春がまず最初に捨てたのは二筒。
それは当たり牌では無かったが、露骨な筒子染めの親リーに対し一発で捨てるような牌ではない。
続く咲は、九萬をツモ切り。桃子はここだけでは見えているかいないかの判断までは出来ない。
(――――ッ!それっすよ、もらったっす!)
透華は七筒のツモ切り。
そしてそれは――――桃子の待っていた牌であった。
「……それ、ロンっすよ。リーチ一発役牌1混一色……18000っす!」
こうして、副将戦後半戦は派手に幕を開けた。
今回のまとめ
モモ、開き直る
咲、変わろうとしている?
透華、覚醒間近?
鶴賀だけ点数がよろしくない。
モモの能力に関して、ただ見えないからずっと突っ張るといったやり方ではなく、能力を上手く使った打ち方を考えて書くのって意外と楽しかったりします。
次で副将戦終わるかな……?
ぶっちゃけ、大将戦は書きたすぎてやばいです。忙しくて更新スピードがかなり落ちているのは申し訳ないですが……