副将戦は今回で決着。
ド派手な開幕から場は進み、現在東四局。
そのままの勢いのまま荒れる展開になるかと思いきや、淡々と進んでいった。
(ここまでは順調っす……!だいぶ取り戻せた、見えてきたっすよ、逆転の道……!)
最初の親の跳満の後、続くように親の満貫ツモに成功した桃子。
それからは大きな展開はなし。小さな和了などで細かく、それでも徐々にその差をつめていった。
(……さて、ここで状況整理っす。強く打つ、且つ冷静さは失わないように)
桃子は高ぶってくる気持ちを今一度抑え、冷静に状況を見回す。
(ガツガツ来ると思っていた清澄が思ったほどおとなしいのが意外っすね。だけど、そろそろ来る。……ただの勘っすけど)
後半戦になってから、咲の和了というのは一度も無い。カンすらない。
前半戦の終わり方が一番良かったのは咲だっただけに、桃子にとってこれは意外だった。
だが今までおとなしかった分、そろそろ来るのではないかという予感もしていた。
(後は……風越はこっちの対策を立てながら打ってるみたいっすね。早々に対策をしてくる事自体、流石名門といった感じっすが……出和了りをしない、その対策だとこっちが有利な事には変わりは無いっすよ……!)
東三局、未春はリーチをかけながらも咲の捨てた牌で和了らず、同じ牌でツモ和了。
これは完全に桃子に対するチョンボを防ぐための対策だ。だが、その対策では普通の麻雀を打たせてもらえてないという事でもあり、桃子有利は変わらない。
(そして龍門渕……何でそんなに静かに?おかしいっす、何もしてこない)
後半戦、何もしてこないのは透華。
強いて言うならば、最初に桃子に跳満を振り込んだだけ。
(何もしてこないような実力でもなければ、そんな閉じこもるような性格でも無かったはず。……不気味すぎるっす)
咲からはそろそろ来るのでは、という強い何かを感じ取る事が出来ている。
だが、透華からは何も感じない。無なのだ。
「リーチ!」
(ッ、さっきから本当に勝負かけてくるっすね……!有利と言えど、そこまで吹っ切れられると厄介っすよ……!)
再び未春のリーチ。
恐らく今回も出和了りは無いだろうと桃子は推測するが、有利な状況を作ったとしても運によってはどこに勝利が転がってもおかしくないのが麻雀だ。
そういう意味では、この未春の思い切りの良さはある意味自身に運を引き寄せ、勝ちを少しずつ手繰り寄せているのかもしれない。
「……カン!」
「ッ……!」
(北の暗槓……!って、それ役牌でドラじゃないっすか……!?)
未春は顔をしかめ、桃子はこれはヤバい、と悟る。
ついに、爆発してきたかと。この時点で5翻。もし嶺上開花がついてくると仮定するならば、既に跳満確定手。更に言えば、まだ点が伸びてくる可能性だってある。
「ロン」
「……え?」
空気が静まった。
(え……今、何を言ったっすか?ロン?それが出来る役って……一つしかないじゃないっすか!?)
一瞬時間が止まったが、再び桃子は意識を覚醒させ場の状況を判断する。
まず、咲が暗槓をした。その後、透華から聞こえてきたロンという声。
麻雀には槍槓という役があるが、それが認められるのは加槓をした牌で和了出来る時だけだ。
だが、暗槓に対してでも槍槓が認められる役が一つだけあった。
「国士無双、48000」
役満――――国士無双だ。
―――
「ちょっ、えっ……えっ?」
「……幻、とかじゃ無いですよね?」
咲が役満を振り込んだ時、清澄内の部室は凍り付いていた。
特に優希と煌の二人は、振り込んだというショックの大きさを更に上回るような信じられないといった気持ちが頭の中を支配していた。
咲の実力というのは清澄の部員ならば誰もが把握している事であり、それは照相手であろうと普通に喰らいついていけるほどの実力の持ち主だ。
それが、役満を振り込んだ。
「確かに私も役満を振り込みましたし、人の事を言える立場では無いですが……あんな事って、ルール上では成り立つとはいえ実際に起こりうるものなのですか?」
次鋒戦で役満を振り込んだ煌ですら、あの役満は信じられないといった思いであった。
国士無双の槍槓。今回の大会ルールでは認められている特殊な役。
だが、実際にそんな物を和了する者が現れるなどと誰も思いはしなかったであろう。
「現に起きているし、可能性が0じゃない限りはありえないわけではない」
「しかし……いや、そうですよね」
いつものように特に変わらない声のトーンで照は言った。
(……けど、流石にあんな事が起きるとは私でも予想は出来なかった)
しかし顔に出さないだけで、照も内心ではかなり動揺していた。
照自身、試合中に変化を見せていた咲にもしかしたら悪い方向に傾くかもしれないと、わずかながら感じてはいた。
だが実際に起こるとは。そして、ここまでの失点が発生するとは。姉である照ですら、予想の範囲外だった。
咲の今までに無い試合運び、その意識。それこそが、落とし穴であった。
(……ここから立ち直れる?周りがどう対応してくるかにもよるけど、咲のメンタルがかなり心配……!)
下手すれば試合中、ショックから立ち直れない可能性もある。咲の得意技のカンを打ち破るかのように、和了られたのだ。
立ち直れないという事は、このまま失点を重ね続ける可能性も無いわけではないという事だ。
「……さて、と」
今までずっと黙っていた淡が口を開き、座っていたソファから立ち上がる。
「ちょっとその辺歩いてくるね、集中力高めてくる」
「……行ってらっしゃい」
淡の突然の動きに優希と煌は口を開く事は出来ず、照だけが反応した。
そしてそのまま、淡は控え室から出る。
「……何だか、咲ちゃんがあんな事になったばかりなのに凄い淡は冷静だったじょ」
「試合に臨む心構えに関しては、とてもすばらな事です。しかし……この副将戦からの流れを引き継ぐのは、かなりの難しさがあるでしょう」
現時点での清澄の流れというのは、お通夜のように物凄く最悪な流れだ。
そしてそれを引き継いで大将としてどうにかするというのは、かなり難しい事である。更に言えば淡は、この大会でまだ一度も対局をしていない。
「まあ、淡に対しては何も問題は無いと思う。どちらかと言えば問題は……この副将戦」
「そうですね、咲さんのショックというのは私達が受けているショックなんかよりもはるかに重い物でしょう……」
「さ、咲ちゃんならきっとすぐに立ち直ってくれるはずだじぇ!」
それぞれ言っている事は多少は違うが、皆が全て咲の事を心配するような事を言う。
だが、どんなに励まして元気付けたくても。試合中は、本人に一人でどうにかして立ち直ってもらうしかない。
清澄メンバーは、祈る事しか出来なかった。
―――
会場内のとある廊下。
そこでは所々にあるモニターをチラッと眺めながら、歩いている少女の姿があった。
(……さっすがに、予想外。サキの安定感は私よりも凄いと思っていただけに、こればっかりは)
淡も控え室では口にはしなかったが、咲の振込みに関しては皆と同じように驚く事しか出来なかった。
まさか、という言葉しか出てこないような現象だったのだから。
(……まあ、サキが点数を削られ続けても私が全部取り返すから大丈夫として、一番心配なのは……って、あれ?)
淡は控え室でそれを口にしたら他の部員に怒られるような、だが可能性としてはありえなくも無い一つの心配事を持っていた。
だが、淡はモニターに映し出される試合展開を見て何らかの違和感を受けていた。
「……あ」
「む?……何でこんな所にいるのだ?」
「……それはこっちの台詞だったり?」
廊下を歩いていたら、何故か遭遇した淡と衣。
この試合中という時間帯で出会うのも珍しい、とお互いに感じた。
「べ、別に喉が渇いたからといって金を持ちつつこの辺を彷徨っていたわけでは」
「なにこのすっごいわかりやすい生き物。……そっちの控え室の近くにも自動販売機なかったっけ?」
「あそこには衣のお気に入りの飲み物がないのだ!」
衣がこの辺りをうろついていた理由は、ただ単に飲み物を買いたかっただけという理由であった。
「……ねえ、一つ聞いていい?」
「む?さっきの役満か?」
「いやまあ、それも敵ながらいい物を見せてもらったとは思いはしたけどさ。……そうじゃなくて、その後の展開」
淡が受けた違和感。それは役満後の急激な試合展開の速度上昇。
どうしてこんな展開に、という感情が強かった。
「正直、下手したらこのままサキが飛ばされるんじゃないかって事も覚悟したよ。メンタルよわそーだし、完全に龍門渕のペースだったし。だけど、連荘どころか既に南一局が終わって南二局に突入しようとしている」
部室では言わなかったが、淡は咲が飛ばされるのではないかという可能性も考えていた。このまま透華が連荘し、終わってしまうのではないかと。
だが、連荘どころか物凄いスピードで試合は進み、既に南二局。淡は理解が出来なかった。
「……む。あわいの言いたい事も判らなくは無い。衣もとーかがそのまま突っ切るとばかり思っていたからな」
「理由……何だと思う?他の二人もそこそこだろうけど、後半のあの状態の龍門渕を止める力というのは実力的にも相性的にも無いと思ったけど」
「と、なれば一つしか無いのではないか?」
「……サキ?」
淡の目から見て、桃子も未春も透華を止められるほどの物を持っているとは考えられなかった。
そしてそれに関しては衣も同意する。そうなると必然的に、理由は一つしか無くなる。
だがその一つの理由も淡は信じられず、衣も信じられはしないもののそれしかないのならそうなのだろう、と割り切っていた。
「見てる分にはわからぬ。だが、打っているとーかだからこそ感じている物というのがあるのかもしれぬ」
「……遊んでいる、という可能性は?」
「空前絶後。あの状態のとーかがそんな事をした事は一度も無く、そしてこれからもそれはありえない。という事は、あれは最も勝つために効率的という事になるのだろう」
あの安手でどんどん場が流れていっているのは、それが最善手だからと衣は考える。
「……という事で飛んで副将戦で終わる、という事は恐らく無い。あわいはこの後試合なのだろう?」
「うん、そーだけど?」
「この絶望に追い込まれながらも、余裕だな?はじめも中々手強いぞ」
「まあ、余裕かと言われたらちょっと違うと思うんだけどねー。よくそんな感じで言われるけどさ、ただ負けるつもりが無いってだけで」
「……それは副将の清澄の嶺上使いに責任を負わせないためか?」
「それも勿論あるっちゃあるけど、一番は――――」
瞬時に、淡の目の色が変わった。
「――――せっかくこの舞台に戻ってこようとしていて、こんな所で負けられないんだよね。二度と負けるわけにはいかないんだよ、私は」
―――
――――南四局。
あの役満の後、本当に速い流れで場が進んでいった。周りから見ても、打っている側からしても、よくわからない流れ、と感じているだろう。
(……最低限、ある程度の点数は取り戻したっす。けど、本当にしっくりこない感じの……訳がわからないっすね、序盤はいけるって思ったっすけど)
桃子も序盤は最高の出だし、流れを完全に掴んだと思っていた。
だが、今ではその流れは消えうせている。点数を減らしたわけではないので、決して悪いわけではないが。
(和了も小さめ、大きな振り込みもなし、牌が消えるなんていう思わぬ事にもだましだましで対応して上手く立ち回れているとは思うけど……しっくりこないなあ、何だろう)
周りの特殊な状況にも何とか対策を立て、基本堅実に、時には勝負をかけに行って悪くない立ち回りをしている未春。
こちらも決して悪いわけではない。良いとも言えないが、何とか堪えてバトンを回す役目は出来そうと言ってもいいだろう。
五巡目。
牌を捨てるときの小さな音だけが鳴り響く、とても静かな場になっている。
ここまで、誰も動きを見せない。
(ッ!?!?な、なんっすか!?いきなりゴッ!!って来た感じの……ど、どこからっすか!?)
九巡目、それは突如として起きた。
否、実際に何かが起きたわけではない。だが、桃子はその異質な何かを感じ取っていた。
何かはわからないけど、ヤバいというのを本能が告げている。
このままでは、大変な事が起きかねない――――
「ツモ、ドラ1。1000オール……和了止めで」
だが、透華の和了でそれが何か、というのが桃子はわからないまま終了した。
副将戦、ここに終了する。
清澄・75900(-52600)
風越・106600(-1100)
龍門渕・135300(+33300)
鶴賀学園・82200(+20400)
―――
(南四局の最後……もし九巡目に龍門渕が和了らなかったら宮永咲が持っていっていたか。上手く最良の選択をして逃げれたな)
藤田プロは副将戦を見て、場面ごとに思い返していた。
後半戦南四局では、とんでもない事が起こりかけていたという事が観戦者は認識していた。
(四暗刻単騎――――いや、あれはどちらかというと副産物、と言えばいいのか?私からはむしろ、四槓子の可能性を感じた)
咲は四暗刻単騎という役満を聴牌していたのだ。
だが藤田プロはそうではなく、あれは四槓子という別の役満を作る過程に過ぎなかったのではないか――――という、常人には到底考え付かないようなぶっ飛んだ事を考えていた。
そしてそれを藤田プロに思わせてしまうほど、後半戦南四局の咲は何かに目覚めかけていた。
(もし仮に龍門渕が出来るだけ点を稼ごう、そんな思考で打っていたならば……下手したら、宮永咲の逆襲を受けていた可能性は無きにしも非ずだったかもしれない)
咲がその何かに目覚める前に、透華は副将戦を終わらせる事が出来た。
チームを勝たせる上では、ベストの選択を行えたという事になる。
現に後半戦では透華は他者への振り込みが多く、親の役満を和了したのにも関わらず後半戦だけの稼ぎならば桃子よりも少ない。
だが、それでも十分すぎるくらい稼げた、チームはかなりの独走状態という事を考えると問題など存在しない。
しっかり流す所は振り込んででも流し、抑えるところは抑えれたといった感じだ。
(……長かったが、ついに大将戦か。清澄はこの点差にこの流れ、大星は堅実な打ちでインターミドル2位ではあるが……火力は普通だろうし、きついか?鶴賀の加治木は今までもいい活躍をしてきたが、清澄と同じくこの点差は厳しいか。風越の池田は高火力の選手でこの点差、ワンチャンス大暴れはあり得る。龍門渕の国広はやはり一番有利、普通に打てれば何とかなりそうではあるが……何が起こるかわからんからな)
そして大将戦に入ろうとしている今、点差と選手の特徴を考えながらどうなりそうか、という事を藤田プロは予想していた。
他者からはデジタル打ちの実力者で且つ状況に応じて臨機応変に打つプレイヤーと見られている淡は火力の問題と点差から厳しめ、ゆみも同じように実力者と認知されてはいるが点差の問題から厳しめ、華菜は高火力で状況によってはまだまだあり、そして何だかんだ一が最も有利という予想だ。
(……まあ、今までの長野県予選の中でもハイレベルな争いだったというのは事実。とにかく、悔いなく選手達には頑張ってほしい所だな)
長かった長野県予選も泣いても笑ってもこの大将戦で最後。
何よりもまず、頑張ってほしいと藤田プロは考えた。
「藤田プロ、そろそろ副将戦を振り返ってもらってもいいでしょうか?」
「そうだな、じゃあ最初の見せ場として――――」
大将戦の時間まで、あと少し。
―――
「……現在チームは最下位、そして点差は結構離れている、か」
淡は一人、廊下を歩きながら小声で呟いていた。
「で、私に回ってきたと。……ついに、回ってきたか」
これはある意味、淡にとってのスタートラインとなる。
屈辱を味わったあの日から――――再びあの舞台に立つための、初の本気で打つ高校での公式戦。
今の淡は昔のような負けん気はそのまま、且つ油断というものは既に存在しない。
相手を自身の持っている物全てを使って全力で叩き潰す、それだけであった。
「あー、結構自分で変わったとか、真面目になったとか思ってたんだけどな……結局根っこは変わってない。というより、やっばい。何かもう、色々と感情抑え切れないっぽいー……」
この厳しい、絶望に近い状況に追い込まれながらもそれ以上に楽しみという感情が強すぎて、思わず笑みを浮かべてしまうほど。
これをもし他者が見たならば、頭がおかしくなったかと判断しても仕方が無いくらいだ。
「本当にやばい。ヤバいやばい。あー、さっさと試合始まらないかな?もう楽しみという事と、勝つという事しか考えられないや。……あはっ。全部、倒す!」
まだ副将戦が終わったばかりで時間がしばらくあるのにも関わらず、淡は既に足を卓の置いてある会場へと動かすのであった。
今回のまとめ
咲、大失点
透華、圧勝
淡、始動
元々咲を大量失点させる予定ではあったのですが、プラマイゼロ子であるのにどうやって失点させるかというのが一つの難しさでした。
そこで根本的に咲の意識を試合をしていく中で稼いでチームに貢献したいといういい方向に変える(それこそが今回の落とし穴)という事をやってみた訳で。ちょっと透華がチートすぎたかもしれませんけど。
冷やし透華の能力はよくわかんないです。人によってはリーチやポンなど、音を出す事を許さない静かな場になり何もさせてもらえないとかの考え方もあるみたいですけど。
わからないので、もういっそ他者からはよくわからないけどとりあえず物凄い場の支配的な感じになってます。咲のオーラっぽいのには割と敏感でしたが、透華に対しては不気味程度の認識しかなかったモモ。
次は大将戦です。自分が一番やりたかった場面です。
既にある程度ネタは考えています。対能力者最終兵器加治木ゆみとか、一ちゃんとか、池田とか、勿論淡に関しても。