風の戦士と古い書店   作:赤川3546

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風に誘われて

 しばらく降り続いた雨も止み、すっかり梅雨も明けて汗ばむ陽気が続いている。

 そんな初夏のとある休日、七尾百合子は心地良い風に導かれ馴染みのない町中を気ままに歩いていた。

 趣味である読書やゲームに興じていないところからして、家から離れた場所に仕事できているのだろうか。

 恐る恐るといった様子ではないということは、読了した作品で思い描いた風景と似ているのかもしれない。

 慣れない場所で楽しそうに見えるのはそういった理由があるのだろう。

 

 休日ということで人通りはそれなりにあるのだが道を行く人とはすれ違うばかり、百合子と同じ方へ向かう人は少数のようだ。

 つまり、町の中心から離れるように動いているということでもある。

 あまり中心から離れすぎると迷子になってしまわないだろうか。

 

「あれ? あのお店……」

 

 のんびりと歩いていた百合子は、とある店を視界に入れた瞬間になにかピンと来たようだ。

 

 彼女の視線の先にあるのは少し古い様相の書店、年季を感じさせる外観は掘り出し物がありそうな空気感を強く放っている。

 本が好きであるのならば惹かれる雰囲気の店だろう。

 

「ど、どうしよう……行ってみようかな……」

 

 興味はある、しかし全く知らない場所へと踏み込むには少し勇気がいる。

 百合子は人見知りなのだ。

 ましてや、この場にはプロデューサーや仲間も一緒にいるわけではない、一人だけだ。

 入る前から緊張しているのか唾を飲み込む音が百合子自身にまで聞こえる。

 

「こ、怖いけど……なぜか素敵な出会いがありそうな予感が……」

 

 彼女の言う出会いとは人とのではなく、本とのという意味合いである。

 様々なオンラインショップを探しても見つからないか、高すぎるというようなレア本があるかもしれないのならば一歩踏み出す価値は大いにある。

 恐る恐る近づいていく百合子は、最後の一歩を踏み出すための理由にとうとう行き着いた。

 

「これは……そう、古い歴史のある遺跡に魔術書を探しに行く物語。最近読んだファンタジー小説で見た!」

 

 どうやら自分を小説の主人公に見立てて勇気を奮い立たせるつもりのようだ。

 緊張した面持ちのまま、百合子はゆっくりと書店へと踏み込んだ。

 

「こ、こんにちわ……」

 

 搾り出すような小声で入店する百合子。

 これでは店員に聞こえない可能性が高いだろう。

 

「…………」

 

 書店の中はシンプルな配置で落ち着いており、百合子の表情は不安そうなものから一変して楽しそうに店内を見回し始めている。

 恐らく、奥の方は出版社と作家でまとめられておりこちらに掘り出し物があるのだろう。

 そして入り口付近は新作の小説が並べられているのだが、その中で一際異彩を放っているコーナーが存在する。

 アイドルを特集した雑誌の数々だ、これは店主の趣味なのだろうか。

 

 そのまま視線を会計の方へと移していくと、奥の方に女性の姿が見える。

 なにやら椅子に腰掛け読書に没頭している様子。

 白い肌と対照的な長い黒髪に端整な顔立ち……本を読み耽るその姿は絵画を切り取ったかのように映える。

 

「きれい……」

 

 百合子は思わず呟いた、見開いた目はキラキラと輝いている。

 本が好きな女性としての理想の姿に見えているのだろうか。

 

 一方の読書をしている女性は百合子の声に気づき、ようやく顔を上げた。

 二人はお互いを見つめあったまま動きがない。

 共になにか感じ入るものがあるのかもしれない。

 

「……あ、……その、いらっしゃいませ……」

 

 女性は本を置き立ち上がるとぺこりとお辞儀をする。

 まるでようやく店員としてその場にいることを思い出したかのようだ。

 

「ど、どうも……あの、本がお好きなんですか?」

「はい、そうですね……。ただ、読むことに没頭しすぎて周りが見えなくなってしまうことが……」

「分かりますっ! 続きが気になりすぎて夜更かししたりとか!」

「ホラーや猟奇的なサスペンスを読んで、眠れなくなってしまったり……」

「冒険小説を読んで色々な妄想をしちゃったり!」

 

 二人の表情は言葉を交わすごとに明るくなっていく。

 同じものが好きなのだと強く実感しているのだろう。

 お互いに人見知りと思われるのだが、同じものを好きな場合は例外なのかもしれない。

 

「……本がお好きなんですね」

「はい! でも、勉強は苦手で……本をたくさん読んでるのにどうしてってよく言われちゃいます」

「本が好きだと、そう思われがちですね……」

 

 二人とも照れくさそうに笑い合っている。

 本好きあるあるなのだろうか。

 

「あの、私は七尾百合子っていいます。ええと……普通の中学生です」

「……私は、鷺沢文香と申します。普段は文学部に所属している学生です……今は叔父の手伝いでここに」

「大学生……文学部……!」

 

 またもや目を輝かせ始める百合子。

 文香自身がどう思っているかはともかく、中学生から見れば大学生は十分に大人なのだ。

 だから、百合子がこう成りたいと文香に憧れるのも無理はない。

 

「私自身は凡庸で、特に秀でた人間ではありませんよ……」

「そんなことありませんよ、大学で勉強してるなんて凄いです!」

「……ふふ、ありがとうございます」

 

 文香は優しく笑った。

 戸惑う様子がないところからして、憧れの混じった慕い方に慣れているのだろうか。

 

「……そういえば、今日はどのような用件で書店に?」

「実はちゃんとした目的があった訳じゃなくて、お散歩してたら偶然見つけただけなんです。あっ、なんかこの本屋さんいいなって」

「そうでしたか……」

「でも、ファンタジー小説が読みたいなと思ってはいるんですよね。その……なにかお薦めってありますか?」

「そうですね……いくらか心当たりはあります」

 

 文香は思案しながらもカウンターから出てきて書店の奥の方へと歩んでいく。

 百合子も嬉しそうに彼女の後についていく。

 

「……普段からファンタジー小説を好んで読まれているのでしょうか?」

「そんなことないですよ。SFにサスペンス、ライトノベルに漫画……本ならみんな大好きです!」

「……想像以上に幅広く読まれているんですね。七尾さんに学ぶべきことは多くありそうです」

 

 文香はお世辞で言っているわけではない。

 恐らく、本以外に関しても興味の範囲を広げ見識を深くしたいと考えているのだ。

 自分と似ているようで似ていない百合子だからこそ、参考になることもあるのだろう。

 

「あ、あの……その……百合子って、呼んでもらえませんか? 私も文香さんって呼びたいので……」

 

 お互いに、百合子はそう考えているようだ。

 勇気を出しての言葉だったのか、少し頬が紅潮している。

 

「……やはり、百合子さんに学ぶべきことは多くありそうですね」

「そ、そうですか? そう言ってもらえるのは嬉しいです!」

 

 文香が優しく笑うと、百合子も嬉しそうに笑った。

 百合子が落ち着いた雰囲気を持つ文香に憧れを抱くのと同様に、文香もまた自分にはない明るさを持つ百合子を羨む感情があるのだろう。

 心の距離が近づいたからか、いつのまにか百合子は文香のほぼ真横にくっついて歩いていた。

 

「恐らく……百合子さんの読書量だと、名の知れた作品は一通り読了している……と考えたのですが……」

「一般的に名作と呼ばれてる作品は読んでると思います」

「そうなると……この辺りはどうでしょうか?」

 

 とある棚までやってくると、文香は一冊を手にとって百合子へと差し出した。

 

「……悪者になりきれない盗賊の物語です、王道からは少し外れていますが……」

 

 本を手に取った百合子は、背表紙のあらすじを見てから再度表紙を見て顔を上げた。

 実に楽しそうな表情だ。

 

「私、この作品読んでみたいです!」

「……興味を持っていただけたなら幸いです」

 

 二人は笑い合ってから、会計へと向かった。

 実に満足そうな笑顔だ。

 

「ありがとうございました、この本を読むの楽しみです!」

「はい、その書との出会いが良きものでありますよう……」

「ありがとうございます!」

 

 百合子は文香に一礼すると、嬉しそうに本を抱えながら出入り口へと向かう。

 そして、書店から出るその前に文香の方へと振り返った。

 

「いつかまたどこかで……会えたら嬉しいです」

「……はい、その時は……本の感想を聞かせていただければ……」

「もちろんです、本の話もいっぱいしましょうね!」

「楽しみにしています……」

 

 最後にもう一度頭を下げると、百合子は書店を明るい表情で後にした。

 外に出ると忘れていた熱気が襲ってくる、空調の効いた場所からの差でより暑く感じることだろう。

 しかし、どこからか爽やかな風も吹いてきた。

 百合子はその風に背中を押されるように帰路につく。

 

「また会えるといいなあ」

 

 そんなことをつぶやく百合子の歩みは、どこか軽やかだった。

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