百合子が文香に出会ってから数日後、事務所へと戻ってきた彼女は松田亜利沙に書店での出来事を語っていた。
「――ということがあったんですよ、亜利沙さん!」
「……鷺沢……文香ちゃん……本が……好き……」
ウキウキした様子で語る百合子とは対照的に、亜利沙はなにやら独り言をつぶやいている。
普段の彼女であればアイドルのオフの話に興奮すると思われるのだが、百合子の話の内容に引っかかる点でもあったのだろうか。
しかし、語るのに夢中なのか百合子は亜利沙の異変に気づかぬまま話を続ける。
「いつか、本当にまた会えるといいなって……あれ? 亜利沙さん、どうしたんですか?」
ここでようやく百合子はいつもと様子が違うことに気づいた。
恐る恐る近よると、突然亜利沙は立ち上がり叫んだ。
「ふぉぉぉー! ありさデータに該当有りですーっ!」
「ひゃあ!? ど、どうしたんですか!?」
「該当有りですよ、百合子ちゃんっ!」
「え? え?」
興奮する亜利沙だが、百合子は理解が追いつかないのか不思議そうに眺めている。
「ムフフ♪ 見てもらった方が早いですね、ちょっと待ってください!」
そう言うと亜利沙はスマートフォンを取り出すとすさまじい速度で操作を始めた。
その姿を百合子はポカーンと見つめている。
「これなら……分かりやすいと思います、どうぞっ!」
亜利沙はスマートフォンを差し出した、なにやら自信満々のようだ。
一方の百合子は未だに不思議そうな表情のままだが、スマートフォンを受け取り画面に目を移した。
「……え? あの、この人って……もしかして……」
「はい、百合子ちゃんが本屋さんで会った鷺沢文香ちゃんですっ!」
そう、画面に映っていたのは鷺沢文香だった。
煌びやかな衣装を身にまとい、ステージに立っているその姿はまるで……。
「アイドル……なんですか?」
「その通りです~! 鷺沢文香ちゃんといえばありさ的文学少女系アイドル五本指に入りますーっ!」
「そ、そうなんですか?」
「ちなみに、百合子ちゃんも五本指の内の一人です!」
「そうなんですか!? 嬉しいです!」
身を乗り出して喜ぶ百合子、三銃士や四天王のようなワードも好きなのだろう。
だがしかし、今はそういった話題を広げるときではない。
「じゃなくてっ、亜利沙さんは文香さんを知ってるんですか?」
「そうですね、応援しているアイドルちゃんではあります。時間をなんとか作って、デビューライブを見に行ったりしましたね~」
当時を懐かしんでいる様子の亜利沙だが、口ぶりから察するに自分のデビューも近い時期だったのだろうか。
好きとはいえ、苦労をいとわないその姿勢はさすがである。
「文香さんのライブ……」
「興味があるなら、チケット取りましょうか~?」
「……いえ、いいです。最初に出会ったときはお互いにオフのときでしたから、次に会うときはお互いにアイドルのときがいいです!」
「会って本の感想を伝えるんですか?」
「それもありますけど……私、文香さんの物語を聞きたいんです。それに、私の物語も聞いてほしくて」
新しい目標ができたのか、百合子の表情は晴れ晴れとしている。
アイドルとして成長して歩いていけばいつか会えるのだと確信したのだろう。
「良いっ! それは実に良いことだと思いますよーっ! 二人がステージで会えることになったのなら、そのときはありさにお任せです~!」
そう叫びながら亜利沙はどこからともなくカメラを取り出した。
二人が再会したときの運命的な写真は任せろと言っているようだ。
「亜利沙さん、気持ちは嬉しいんですけど……事務所が違うから、写真を撮るなら向こうの許可が必要じゃありませんか?」
「はぁぁっ! 完全に失念してましたーっ!」
亜利沙は膝から崩れ落ちた。
「はっ! 前もってプロデューサーさんに話を通しておいてもらいましょう! これで完璧ですよぉ~!」
亜利沙は勢い良く立ち上がった。
膝は大丈夫なのだろうか。
「たしかに、それなら完璧……かもしれません」
「ふぅ、これで懸念も解消されましたね」
心配事はなくなったと言わんばかりに安堵の息を吐く亜利沙。
いつかの話だというのに全力である、本当にアイドルが好きなのだということが伝わってくる。
「……その、文香さんのことを教えてくれてありがとうございます。亜利沙さんじゃないと、アイドルだって知らないままだったかも」
「ムフフ♪ アイドルちゃんのことならありさにお任せですっ! まあ、今回は偶然が重なっただけですけど、百合子ちゃんの力になれて良かったです!」
「本当にありがとうございました」
百合子はペコリと頭を下げる。
そして、頭を上げると亜利沙はニコリと笑った。
「ギブ・アンド・テイクッですよ、百合子ちゃん! 文香ちゃんがお手伝いしてたという本屋さんの場所を教えてください~!」
「えっと、いいですけど……文香さんがいるかは分かりませんよ」
「いいんですよ、百合子ちゃんのお話を聞いて行ってみたくなっただけですから。聖地巡礼です~!」
この場合の聖地巡礼は正しい意味合いなのだろうか。
二人のアイドルが偶然出会った場所、という意味でならファンにとっての聖地ではあるかもしれないが。
「なら良かったです。それじゃあ、念のため取っておいた書店の袋持ってきますね」
百合子は立ち上がり、鞄をしまっている場所へと向かおうとした。
すると、亜利沙が声をかけた。
「百合子ちゃん、これからもお仕事一緒にがんばっていきましょうね、文香ちゃんに会えるように!」
「はいっ!」
彼女の言葉に、百合子は明るい笑顔で返事をした。
後日、書店から帰ってきた亜利沙は百合子に語った。
やはり文香はいなかったらしい。
それは想定内だったのだが、書店で小説を三冊購入すると文香のポスターが一枚貰えるという予想外のキャンペーンが始まっていたのだという。
しかもそのポスター、百枚に一枚サインが入っている上に、サイン入りは限定十枚とのこと。
亜利沙曰く、これはSNSで拡散される前に人を集め文香を遠ざける高度な作戦なのかもしれないらしい。
たしかに、文香の知名度が上がるほど手伝いをしているときに問題が発生してしまう確率が上昇する。
自分に関することで人が集まっている以上、本が好きでも叔父の書店には近づけないというわけである。
そんな仮説を語る亜利沙は三冊の小説を抱えていたそうな。