乃木さんちの青葉くんはこんな感じである   作:ቻンቻンቺቻቺቻ

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9:おすすめする感じの二人、もしくは優しさの話

 あの夜中の拳骨祭りから数日、僕と目が合う度に少しだけ悲し気な顔になっていた鷲尾先生が自然に接してくれるようになった頃、僕は教室で杏にとあるお願い事をされていた。

 

「本屋へ?」

 

「うん、手持ちの本を全部読みきっちゃって新しい本が欲しくて……明日の休みに一緒に来てもらってもいいかな?」

 

 例の刃物男を警戒している丸亀城の大人達は敷地外での勇者の単独行動を強く禁止し、最低でも男子である僕を含めた三人以上での行動を指示している。そのため、このようにちょっとした買い物でもこのように予定を合わせて行動しなければならないのだ。

 

「うん、勿論いいよ。後もう一人必要だね、誰か街に用事がある人はいる?」

 

 三人以上と指示されてる以上はもう一人一緒に行動する人が必要なのだ。教室全体に問い掛ける。

 

「私は無いな」

「私も有りませんね」

 

 姉と幼馴染は即答で答える。

 

「うーん……私も特に用事は無いかなぁ」

 

 少し考えていた様子の友奈も特に用事は無いらしい。

 

「タマは特に用事は無いけど……千景にも用事が無いならタマも行くがどうなんだ?」

 

 球子は人が足りないなら一緒に来てくれるらしいが、千景に用事を確認する。球子が少しだけ乗り気では無いように見えるのは目的地に本屋が含まれているからだろうか?

 

「実は私も買い物に行きたいのだけど……良いかしら?」

 

 おずおずと許可を求めるようにそう言った千景に球子が「お、珍しいな」と笑った。

 

「勿論、ばっちこいだよ」

 

 千景にも街への用事が有ったらしい。こうして僕と杏と千景という珍しい組み合わせでの街歩きが決定された。球子が安堵の息を吐いていたのが妙に気になった。

 

「あんずの買い物は疲れるからなぁ、特に本屋だとかなり疲れる。」

 

 そういう事か。でもまぁ姉と幼馴染がそろった時の服屋さんでの買い物の面倒さに慣れきってるから大丈夫だろう。

 

 

 ─────

 

 

 大丈夫じゃなかった。

 杏の特定分野に対してのバイタリティは僕の想像と経験を遥かに越えるモノだった。姉の服装を選ぶ時の幼馴染は姉自身が時折ストッパーになるので休憩を挟むなり姉が完全に参ってくればすぐに切り上げる等で暴走しっぱなしというのは実は余り無い。だが、僕に買い物かごを持たせて店内を物色し続ける杏にはストッパーが見当たらないのだ。

 

「わぁ!山千代先生の新作が出てたんだ。買わなきゃ」

 

 軽い感じで買い物かごに入れられる文芸書。一冊一冊を軽く買い物かごに入れるのを繰り返して十度。買い物かごが、重い。

 重いだけなら鍛練だと思えば全然平気なのだが、杏の買い物の仕方が店内から欲しいものを探してそれをレジに持っていくのではなく、店内をあっちにフラフラこっちにフラフラと繰り返しては見つけたものを欲しいか否かを吟味して欲しくなったら買い物かごへというのを満足するまで繰り返すスタイルらしい。店の滞在時間が、長い。

 

「ねぇ青葉くん、この翻訳版とこっちの翻訳版、どっちがいいと思う?」

 

「……どっちもにあうとおもうよ」

 

「乃木君の目が……死んでる」

 

 店内を一緒に歩く千景も重たい荷物を持っているわけではないが、長い距離を歩き続けた結果それなりに疲労しているのがげんなりとした雰囲気で見てとれる。

 

「どっちも買ったら良いって事?流石に無駄遣いだよ」

 

 杏の左右の手にそれぞれタイトルの同じ装丁の違う本が掴まれているが、僕には見た目の違い以外何も解らない。その場で「ん~」と上機嫌に唸った後に右手に持っていた方の文庫本が軽い動作で買い物かごに追加された。買い物かごが、更に重くなる。

 女の子との買い物の時は買い物かごをもってやれという父の教えが、恨めしい。「僕が持つよ」なんて言わなければ良かった。

 

「いつもと違って早くしろ!って急かすタマっちがいないからかな?はやめに帰らなきゃなのについつい長居しちゃいそう」

 

 既に長居だよとは、楽しそうに店内を往復するフワフワとした笑顔の杏に、僕は言えなかった。

 

「僕ってさ……」

 

「……何かしら」

 

「若姉さんとひなちゃん位としか女の子と買い物に来たこと無かったんだけど……女の子の買い物ってみんなこうなの?」

 

「……解らないけど……私は欲しい物を買ったらすぐに家へ帰ってたわ」

 

「そうなんだ、それじゃあこれがもうワンセットっていうのは無さそうだね」

 

「そうね、私ももうワンセットこれをやる位なら……買い物しないで帰るわ」

 

 苦笑いする千景。今までに見たことの無い類いの千景の笑顔だった。

 

「ねぇねぇ、この本なんだけど……」

 

「なんだい?」

 

「シリーズ全部をいきなり買っちゃうのは冒険し過ぎかな?」

 

「……どんなのでも手元に本が有って時間も有るなら杏ちゃんは読み進めちゃうんじゃない?」

 

「そんなこと……無いとは言えないなぁ。よし、買う決心がついちゃった 」

 

 無邪気な笑顔で追加される文庫本三冊。重すぎる。買い物かごの取っ手が歪み始めた。杏が買い物かごを覗き込んで満足そうに笑う、いつかのようなペカーと効果音のつきそうな満開の笑顔だ。

 

「そろそろレジ通しちゃおっか」

 

「そうしよう、そうするべき」

 

 漸く終わりそうな杏の買い物に安堵の息。もし次回があるのならストッパーになりそうな球子を絶対に連れてくると堅く心に決めた。ストッパーにならなかったとしても巻き添えにしてやるのだと、ほんの少しの八つ当たりも含まなくもない。

 

 

 ─────

 

 千景の目的地に向かって千景を先頭に歩く僕達三人、千景の後ろを僕と並んで歩く杏が先程の書店で作った大量の荷物を詰めた鞄を背負う僕にションボリとした申し訳なさそうな顔をする。

 

「ごめんね、まさか自分で持ちきれない程沢山選んでたなんて……はしゃぎ過ぎちゃってたみたい」

 

「大丈夫ダイジョーブ、へーきへーき」

 

 レジを通してお会計だという段階で少しだけ冷静に戻った杏は、買い物かごから店員さんが検品しながらレジ横に本を積んでいく姿を見て買い過ぎたと気づいたらしく、「あ、あれ?こんなにだったっけ?どうしよ……」と呟いていた。幼馴染もテンションが上がりすぎると時たま同じ事をやるので、まさかなぁとは思いはしたものの、もしもに供えて持ってきておいた鞄が役に立っている。

 

「ここだわ」

 

 千景の目的地は案の定と言うべきがゲームショップ。自動ドアを抜ければ派手な演出で彩られたディスプレイの映像が僕達三人を迎えた。目を引くそれを特に気にした様子を見せることなく足を進める千景に着いて歩き、パターン付けられて並べられた棚の間を縫って進む。

 

「あれ?これ……もしかして!」

 

 まだ少しだけションボリとしていた杏が突然大きめの声をだす。その声に前を歩いていた千景の肩がビクリと跳ねた。

 

「どーしたのさ」

 

「……やっぱり……見覚えのあるタイトルだと思ったら山千代先生の本がゲームになってる!」

 

 先程の書店でも聞いた名前だ、杏はその人のファンなのだろう。ゲームソフトをのパッケージを両手で掴んでソワソワしだした杏に今さっきまでのションボリの影はない。

 

「凄い……ゲームだけのもしものストーリーが幾つも収録されてるんだ!……でもなぁ……」

 

 再びションボリの杏。普段の大人しさとは違うテンションの乱高下に今更だが杏は趣味の分野だと暴走しやすいのだなと確信した。

 

「んん?」

 

「ゲーム機……持ってない」

 

「……そっかぁ」

 

 当たり前の話だかゲームというのはゲーム機とゲームソフトがあって初めてゲームをプレイできる、杏がこのゲームをやりたいと思ってソフトを購入しても遊ぶためのゲーム機が無いのだ。

 

「本を買いすぎちゃったしゲーム機なんて買えないなぁ」

 

「……どんまい」

 

 僕にはそう言うだけしかできなかった。

 

「それなら、私持ってるから……貸してあげれる」

 

「え?」

 

「ゲーム機も、そのゲームソフトも……持ってるわ」

 

 テンションの乱高下が始まった時に三歩離れた場所まで下がっていた千景の声で、杏の瞳に光が満ち始めた。

 

「とても……面白い話だったわ」

 

「……貸してくれるんですか?」

 

「そのつもりだけど……余計なお世話……だったかしら?」

 

 満ち溢れた杏の光が、全身から放たれた。

 フワリと入りの見えなかった足運びで千景に音もなく寄った杏が、柔らかさと速さを両立させた腕の動きで千景を絡め取る。

 

「ありがとう!」

「~~~~~ッ!!」

 

 突如為されたその洗練されたハグに対応出来なかった千景は、いきなり尻尾を掴まれた猫のような顔で驚いていた。

 

「これが、本気の勇者の動き……すごい!」

 

「多分……違うと思うわ」

 

「これが……杏ちゃんの本気……なんか納得できちゃうなぁ」

 

「……そうね」

 

 しばらく千景は抱擁され続けていた。

 

 

 ─────

 

 

「んふ、んふふふ」

 

「んー、にっこにこだね」

 

「そんなに……喜ばれるなんて、驚いたわ」

 

 杏が満足するまで抱擁した後、無事に千景の買い物を済ませた僕達は帰路についていた。一見いつもと変わり無いように見える千景も、その手に持つ新しいゲームのコントローラーのお蔭かそれとも杏の喜ぶ姿を喜んでいるのか口調がどことなく柔らかく感じる。

 ボタンが磨り減って使えなくなるほど以前のコントローラーを使い込んだらしいが千景のプレイ時間はどれ程なのか、少し気になる。

 

「そう言えばあのゲームを千景さんも面白いって言ってましたけど……シナリオの大元を書いた人の本は読んだことありますか?」

 

「無いわ……ゲームシナリオ以外にもやってる人なのね……さっきまで、知らなかった」

 

「興味あるなら!是非、読んでもらいたいです!私、何冊か持ってるので貸しちゃいます!」

 

 杏の笑顔に、どこか別の場所でみた誰かの笑顔が一瞬だけ重なる。なんだったろうかと少し記憶を辿れば答えはすぐに出てきた、丸亀城に来る前に姿を眩ませた居合の師範だ。師範は僕に対して「これも面白いぞぉ」としきりに居合ではなく実践剣術を薦めてきたが、その時のこれは良いものだと鼻息を荒くする笑顔と杏の今のフンスフンスと鼻息を鳴らして千景に迫る姿がとても似ている。ちなみに僕は姉と居合がしたかったのでその全てを断った。

 

「んーんふーふふー」

 

「……鼻唄うたって、上機嫌ね」

 

「友達が楽しそうにしてると僕も嬉しいのさ」

 

「……そう」

 

 杏の鼻息荒い笑顔もそうだが、結果的にお互いのおすすめを交換しあっていた千景の戸惑いながらの笑顔がなんだか嬉しかった。ただ、それだけ。

 

「…………」

「…………」

「ふーふふーんふーふーへーい」

 

 ほとんど杏が話して受け身の千景が応えるだけのお互いのおすすめの情報交換が一段落したのか、落ち着いた杏と最初から落ち着いてる千景となんだか気分が良くなってきた僕の三人で、もうすぐ赤くなってくる程度に傾いてきた太陽を背に街中を丸亀城に向かって歩く。

 

「あれっ、もしかして……」

 

 また、杏が何か見つけたらしい。千景がほんのり身構えたのが見えた。

 

「……うそっ」

 

「次は何をみつけたんだい?」

 

 杏は問いに答えずに前触れなく駆け出して路地裏に飛び込んだ。

 

「えっ?待って杏ちゃん!それはっ──」

 

 余りにも無用心だ。まだ明るい時間帯だとはいえ建物と建物の間に延びる路地裏は狭く薄暗い。害意と刃物を持ち歩く男がこの近辺を出没している中での杏のこの行動は僕を焦らせるのには十分だった。

 全力で走るために肩を振って背中の鞄を下ろし、ほんの少し歩いた先のコンビニを指差す。

 

「千景ちゃん!そこのコンビニで待ってて!」

 

「えっ……えっ?」

 

「絶対に人のいるところにいて!」

 

 返事を聞く前に杏の背中を追って走る。

 視界の先の杏が駆ける先に、小汚ない男が踞っているのが見えた。見えてしまった。

 

──判断を、間違えた!!

 

 なりふり構わず鞄を投げ捨てて千景に短く「待ってて」とだけ言って走れば杏があの男と接触する前に確実に追い付く事ができたのに、僕にはその判断が出来なかった。

 

「待って!杏ちゃん!」

 

 制止の声に杏は振り向かない。

 少しの判断ミスで離された大きな距離を全身に刀の鋒を突き付けられたような恐慌に近い精神状態で駆けて縮める。縮めるが、

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

 杏が膝を着いて小汚ない男の肩にそっと触れるのと、距離を縮めきるのは同時だった。

 

──少しでも、危うい動きをすれば……その低い位置の首に!

 

 左袖の中に右手を入れて、小刀の柄を握る。

 

 

「胸が……苦しい」

 

 そう掠れた声で訴えた男の声は、あの夜に出会った刃物男の声とは全然違うものだった。

 

「救急車呼ばなきゃ!」

 

 慌てた様子の杏が立ち上がり、ポケットからスマートフォンを取り出して操作し、耳に当てる。

 一応警戒を解かずに通話先に場所を細かく話始めた杏と胸を押さえて踞る男の間に身体を差し込み、いつでも動けるようにしながら男の顔を覗き込む。

 

「すまんねぇ……すまんねぇ」

 

 脂汗を流す皺だらけな男の顔はやはり刃物男とは全然似ても似つかないものだった。

 

「こんな世界になっても……こんなにも優しい子供がいるなんてなぁ」

 

 涙で細い筋を作る男は、続けて口を開く。

 

「たかだか一千万で……奪われていい……命じゃねぇよぅ」

 

 この男は、何を言っているのか。何を、知っているのか。

 電話先に必死の顔で男の状態を伝える杏は、男のうわごとのような言葉に気付いていない。

 

「罰当たりだぁ……そんなの……罰当たりだぁ」

 

 直前まで必要あらば切り捨てるつもりだったこの男に絶対に死なせる訳にはいかなくなった。知ってる事を洗いざらい吐いて貰わなければいけなくなった。

 

「何か病気ですか?薬はもってますか?」

 

 男の耳に口を寄せてハッキリとゆっくりと自分の精神を落ち着かせながら、喋る。とにかく、必要だと思うことは全部やらなければ。

 ツンとした男の体臭を最大限無視して男の言葉を待つ。

 

「病院には、十何年も、行ってねぇ……わからねえ」

 

「何か、して欲しい事は、ありますか?」

 

「坊ちゃんも、優しいなぁ……ありがとう」

 

──やめてくれ、必要あらば、切るつもりだったんだ。

 

「背中を、さすってくれないかぃ」

 

「はい」

 

 茶色の、何の汚れにまみれたのか解らない服越しに背中をさする。ひたすらに柔らかく、優しくをイメージしてさする。

 

「ありがとう……ありがとう」

 

──やめてくれ。

 

「ありがとうぅ」

 

 

 救急車が来るまで「ありがとう」と言い続けた男の皺だらけの儚い笑顔が、とても、辛かった。

 

──男は搬送された先で、一命を取り留めた。




 
 
 
 
 
青葉くん
必要あらばやるけど心が痛まない訳ではない、そりゃ血も涙もない殺戮マシンじゃないからね。でも必要あらば切り捨てる。笑顔が好きだけどその笑顔は辛かった。やったね!人助けできたよ!

杏ちゃん
趣味で暴走しちゃう系ガール。暴走の結果包囲網に参戦。自分も病弱だったから病の苦しさを知っている。倒れた人を見捨てるなんてあり得ない。ホームレスの汚っさんに駆け寄って声を掛けれるやさしい少女。でも臭い汚っさんに顔を寄せて優しく話掛けて背中をさする男の子には驚いた。そういう事ができる人なんだね!

千景ちゃん
ションボリ少女に少しだけ歩みよってみたらハグされた。今までどれくらいハグされた事があるんだろうね?重たい鞄を頑張ってコンビニまで持っていって待ってたら救急車が二人が入っていった路地裏へ、え?どうなってんの?二人は無事でした。良かったね!

善の汚っさん
年季の入ったホームレス。自分の首を狙った少年に感謝しちゃう。無事に一命を取り留める。良かったね!え?大社からお客さん?取り調べ?一千万円より子供の命。

───

少しずつ話を進めます。
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