乃木さんちの青葉くんはこんな感じである   作:ቻンቻンቺቻቺቻ

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11:こんな感じの日常、もしくは頼ってみた話

 少し前の夜中の拳骨祭り以来警備の詰所に時々お邪魔しては刃物男について警備の人達に聞いているのだが、杏があの浮浪者を助けてからは物凄い早さで調査が進んでいるらしい。

 なんでも杏が助けたあの浮浪者はかなりの古株だったらしく、同じく浮浪者の身であれば世話になった事の無い人はいないと言えるほどの長老的な浮浪者だったそうだ。あの騒ぎの途中から杏が必死に浮浪者を助けようとしている所を別の浮浪者が見ていたらしく、その話が浮浪者どうしで広まり、恩人の恩人に恩を返そうと今までに無い視点での協力者達が増えた結果という事だ。

 何事にも報いを。杏の優しさが報われたのだ。

 

「ねぇ青葉くん、そこのお醤油取って欲しいな」

 

「うん」

 

 当の本人は自分がとても凄いことをして、その結果丸亀城の皆に仇なす刃物男を追い詰める結果になっていることを知らずにフワフワとした動作で朝食の冷奴に醤油をかけていた。

 

「あ、かけすぎちゃった」

 

 動作がフワフワし過ぎて、なんというか、トロい。

 

──今日の特集は天空恐怖症候群について……

 

 食堂の天井の角に吊るされるように設置されたテレビ朝日から最近よく耳にするようになった単語が聞こえてきた。天空恐怖症候群、いわゆる天恐。あの天災の日に空から降ってきた化物への多大な恐れで発症する精神的な病だ。朝のワイドショーがその天恐について特集を組み、コメンテーターが理解を求めるように話している。

 

──最近広く認知されてきましたがね、空を恐がるってのが……

 

 僕が病院で療養している時に酷く症状の重い天恐患者を見たことがある。窓から見える空に発狂して喚きたて、テレビに映る空に震えて、カーテンが閉まっていても窓辺に近寄ることを激しく拒否する。隣の病室のお姉さんがそうだったのだが、少しはよくなったのだろうか?

 

──今のところこれを発症すると完治するのが難しいといわれてましてね……

 

 僕の、特に星空を恐れるこれも、きっとそうなんだろう。最近では刃物男との遭遇時に強く恐怖心を感じた、心が天に引き抜かれるように自分から離れていき体の感覚が遠くなる程の恐怖心。日常的には屋外に出ても胸の何処かに小さな渦が巻く程度だったのだがあの日のこれにはかなり参った。

 

「青葉ちゃん?ここ、寄ってますよ」

 

 同じ長机に座る幼馴染が自分の眉間に指を当てる、その顔はなんとなく物憂げに見える。

 

「ふむ、青葉にしては珍し……身長の事か?」

 

「タマに身長抜かされたのまだ気にしてるのか?小さい奴め、ビックなタマをみならいタマえ」

 

「いや、身長の事はいずれくるはずの成長期に賭けることにしたからもう気にしない事にしたよ。」

 

「んじゃあ、どうしたんだ?」

 

「ほら、あれ」

 

 特集を続けているテレビを箸で指す。皆の目線が一度テレビに向かった。

 

──現在も多くの発症者が診察を受けずに生活をしていると推測され……

 

「入院していた時の隣の病室の人がたぶん強烈な天恐だったのを思い出してね、その時はまだ皆天恐なんてのを解ってなかったからどう対応するかって病院の人達が毎日困ってたよ」

 

「大変なんだな」

 

「テレビに空が映って大暴れした事とかあったなぁ」

 

 獣ような形相で暴れたそのお姉さんは次の日には病院からいなくなっていた、そういう人専門の病院に送られたと逆となりのおじさんが言っていたのを覚えている。

 恐怖に飲まれれば、僕もああなるのだろうか?正気を失い、自分が何をしているのかも解らずに助けを求めながら手当たり次第に殴り付けて攻撃する。ああはなりたくない。心も、鍛えなければ。

 

──続きましては地域のニュースを……

 

 特集は終わりらしい、テレビの画面から視線を切って手元の味噌汁を啜る。煮干しの出汁と具のワカメが実に良い、おさんどんさんのおばちゃんは良い仕事している。

 

「あのニュース、この辺りの事だな」

 

 姉の言葉にもう一度テレビを見た。

 

──刃物を持ち歩く危険な人物の目撃情報が多数寄せられ、警察では広く注意を……

 

「鷲尾先生が毎日気を付けろって言ってる奴だな」

 

「ニュースなるくらい大事になってるんですね」

 

「全く、何が目的なのやら……迷惑な輩め」

 

「こわいなぁ」

 

 あの夜に半分だけ見た顔にそっくりな似顔絵を映したニュースにそれぞれが感想をこぼす、僕からしてみれば先日の路地裏に駆け込んだ時の杏の無用心さが一番怖かったのだが、言わぬが仏だろう。あんな奴に狙われてるなんて知ったら、きっと皆落ち着いて鍛練に励めないだろう。

 

「春が近いからね、変なおじさんも元気なんだろうさ」

 

「おっ、変な奴がなんかそれっぽいこと言ってやがる」

 

「なんと」

 

 変な奴呼ばわりは心外である。

 

「気を付けろ球子、春の青葉はホントに変になる。恨みを買えば……」

 

「タマっちさん……いいお友達でした……」

 

「ひいっ、タマ……なにされるんだよ……」

 

「なにもしないよ?いつもどおりさ」

 

「……ダメじゃん。タマはもうおしまいだぁ、また辱しめられる」

 

「タマっち先輩、元気出して」

 

 僕の事をなんだと思っているのか。

 

 

 ─────

 

 

 国語、それなり。算数、赤点。理科、赤点。社会、ギリギリアウト。これが僕の今回のテストの結果である。鷲尾先生が返却したテストの答案用紙を見ながら皆が一喜一憂している中、僕にはその"一喜"が一教科分しかなかった。

 

「青葉、お前また鍛練にかまけて学業をおろそかにしたな」

 

「多分鍛練しなくてもこんな感じだとおもうよ?」

 

「尚更ダメです、将来困るのは青葉ちゃんなんですからね」

 

「タマっち先輩、算数苦手なんだね」

 

「……小数とか分数とかややこしいんだよ、だいたいこれくらいって感じでいいじゃん」

 

「私は暗記するの苦手だなぁ」

 

 郡と書いて"こおり"と読まずに"ぐん"と読む位には漢字も苦手らしい。僕の転入の時の自己紹介で郡千景と名乗った時に友奈が首を傾げていたのは覚えている。

 本来の読みをしって尚"ぐんちゃん"と呼ぶのは何故なのだろうか聞いた事があるのだが「なんとなく!」と言っていた。千景も「渾名は初めて」と微かに赤らんでいたのでそれで良いのだろう。

 

「皆さん、私は教師です」

 

 皆で答案用紙を見比べて点数を競い合っていると、突然の重い声で鷲尾先生が今更な事を言い放つ。

 

「故に、皆さんが四国を、世界を救って日常に復帰するまで私なりの最大限の教育を施す義務と権利があります。世界を救った勇者が、この程度も解らないのかと笑われないような、そんな教育をです」

 

 盛り上がっていたポジティブ組と僕の動きが「まさか」という想いに固まる。

 

「赤点のある生徒は追試を、それでも赤点ならば春休み期間の鍛練の後に更に補習を行います。勿論、毎日です」

 

「先生、勇者じゃない僕はセーフに……」

 

「青葉!抜け駆けはズルいぞ!」

「そうだよ、同じクラスメイトなんだよ!」

 

「私にはね、仲間外れというものがとても許せない。土居さんと高嶋さんの言うとおり……皆一緒なのだよ乃木君」

 

「なんてこった」

 

「そも、全て終わった後に勇者や巫女の肩書きが無かった君には一番勉学が必要だろう」

 

「……そーいうの考えずに刀振っていたいなぁ」

 

「そして未来の刃物男になるんだな。タマには解るぞ」

 

「やめて、笑えない」

「…………」

 

「青葉くんが急にマジな顔になった……!?」

 

「解りにくいけど鷲尾先生も今までに無い顔になってるね」

 

「辻斬り青葉か……私に斬れるだろうか……いや、斬る」

「青葉ちゃんが罪を重ねる前に……私が刺し違えてでも……」

 

「幼馴染組が悲壮な覚悟を決めちまった、冗談一つでまさかこんな事になるとはまさにおっタマげだ」

 

「……レアアイテム、ドロップしそうね」

 

 誰がレアエンカウントのモンスターか。

 とにもかくにもこういった経緯で更なる勉強をしなくてはいけなくなった僕とポジティブ組は勉強会を開くことにしたのだ。場所はお馴染み物が少なくてスペースを広くとれる僕の部屋、講師に一年分先の勉強をしている千景を招いての勉強会だ。

 

「人選……間違えて無いかしら?」

 

「そう?少なくとも僕達より勉強できそうだし」

「タマの経験上大人しいやつは大体頭良いからな」

「頼りにしてるよぐんちゃん!」

 

「……そうじゃなくて」

 

 千景には何か不安があるようだが今回はそれでも協力して貰いたいのだ。勇者ではない僕に春休みの鍛練は課せられないが、それでも皆の鍛練にまざるつもりだった僕に鍛練の後の補習を課せられたら生活サイクルが大変な事になってしまう。起きて食べて鍛練からの勉強ですぐに就寝、軍人や囚人も真っ青になるだろう。ポジティブ二人組も同じ思いらしく、必死に頼み込んで千景を根負けさせる事ができた。

 

「それじゃあ……三人共通で苦手な、算数から」

 

『小数を筆算するとなんで点がずれるの?』

 

「そこから……なのね」

 

 と、こうして千景先生に教えを請うてみて解った事がある。

 

「ぐんちゃん、これなんだけど……」

「……これは──」

 

「なぁ千景、こいつは……」

「何故小数点がこんなに?……一つでいいのよ」

 

 千景は、頼られると実は面倒見が良い。頼んでおいてなんだけど教え方そのものはあまり解りやすいとは言えないものの、解らない所を聞けばそれが解るまで言い方教え方を変えて試行錯誤してくれるのだ。そのおかげで少しずつでも僕達赤点組は理解できる範囲を増やす事ができている。

 

「そういうことなんだ。ありがとうぐんちゃん!」

「やっぱり一年分お姉さんなんだな、流石千景!」

 

「……そう」

 

 こうやって嬉しそうにお礼を言う二人の花開くような笑顔と、ぶっきらぼうに見せかけた雲間からひょっこり見えるような静かな満月の微笑みがとても嬉しい。

 

「千景ちゃんのお蔭で算数はどうにかなりそうだよ、ありがとう」

 

「なら、良かったわ……でも」

 

「んー?」

 

「理科とか、社会とか、暗記が大事なものは……教えようが無いわ。国語の漢字は、沢山書き取りしてとしか……」

 

「そっかー」

「書き取りかぁ、頑張らなきゃ」

 

「タマは算数ができれば問題ないから大丈夫だ!」

 

「タマっちに裏切られた……この恨み……!」

 

「ひぃっ!」

 

「逆恨みだね」

「……八つ当たりだと、思うわ」

 

 ひたすら教科書を繰り返して読むことで、なんとか春休みの補習は回避できた。

 

 

 ─────

 

 

 曇天の空の下、丸亀城敷地内で外れの場所にある少し湿った芝を裸足で踏みしめる。胸の内に渦巻く恐怖心を克服するために敢えての屋外での居合、この場所を選んだのは刃引きしてあるとはいえ刃物を振り回すのだから安全の為に人の滅多に来ない場だからである。

 

「フーー」

 

 袈裟斬り、一言で言えば相手の肩から水月……みぞおちを通して腰までを斬る動作。僕は今、その袈裟斬りの鍛練を積んでいる。

 

「コーー」

 

 最近では左腕から生じていた全身のズレがようやく小さいものに感じるようになり、動作の一つ一つにおいて脳内で描いた理想の動きへの試行回数が減少傾向にある。それでも手首、肘、肩、腰、足、連動する体の捻り、曲げ、入りに抜きを組み合わせを変えて相当数試行錯誤し、更に言えば立ち、半身、中腰に座、姿勢の数だけ同じように繰り返す。

 

「ふーーふひぃ~~」

 

 納刀し、一度に息を抜く。試行錯誤のなかで手応えの感じた動きをタオルや飲み物とまとめて置いといたノートに書き記す。後で読み返して何か解ることがないか検証するためだ。

 

「見事なものだね、それも勇者ってやつの鍛練なのかな?」

 

 背後からの、聞き慣れない、優しげで穏やかな声。

 背後をとられた不様は、技量で取り返す。

 

「誰!」

 

 最初に抜刀と納刀を満足行くまで繰り返した僕はどんな姿勢からでも抜いてみせる。鞘滑り静かに、抜いて構える。

 構えた先にはやはり見慣れない伊達男。例の刃物男ではない。

 

「うわっ!はやっ!危なっ!」

 

 大袈裟に驚く男から眼を逸らさない。例え、解りやすく両手を上げて無害をアピールしていてもだ。

 

「それ、おろして欲しいなー?」

 

 頬を引き攣らせながらも人懐こい笑みと声の調子を崩さない男の目的はなんなのか、軽装でここにいるこの男は凶器になりうる物を持ち歩いてるようには見えず、また、隠し持っていたとしてもこれほど解りにくいなら相当に凝った隠し方なのだろう、使うとしても僕の抜刀の方が早い。

 その願いを聞く義理は無いが納刀しておいた。柄から離した手を胴衣の中へ入れて隠す。

 

「いやぁー驚かせちゃったみたいだね、ごめんよ。僕は──」

 

「名前はいいよ、何しにここに来たの?」

 

「うわぁ、つっけんどん。何しにって言われると……そうだね、お話を聞きたくて、ちょっとお話良いかな?」

 

 話?

 

「良いけど、一つ条件」

 

「いいのかい?ありがとう。条件って?」

 

「お兄さんはそこに胡座で座って、僕はこのままで」

 

「ん?それだけ?」

 

「うん、それが良い位置に首がくるから」

 

「えー……もしかしてその懐に何か武器でも隠してるのかな?」

 

「最強のが入ってるんだ」

 

 僕なりの脅しは通じているのか、伊達男は「そっかー」と人懐こい顔を変えずに腰をおろした。

 

「それじゃあ早速、君の名前は?」

 

「但馬宮光國丸」

 

「古風だね」

 

「良く言われる」

 

 先ほど僕の鍛練を見て勇者の鍛練かと聞いて、オマケみたいなものではあるけどこの丸亀城において最重要人物の関係者である僕を知らないのは、やはりこの男が部外者だからなのだろう。懐の最強を使う。

 

「今やってたのは何かな?」

 

「居合だよ」

 

「なんのために?」

 

「難しい話だね、これが僕の日常だから」

 

「武器を持つことが?」

 

「うーん、そうじゃないんだよね」

 

「戦うことかな?」

 

「ちょっと離れた、戦うのは必要になったときだけ」

 

「……お兄さんに解りやすく話して欲しいな」

 

 少しだけ雰囲気の変わる伊達男、その瞳は毎日鏡で見るような見慣れたものに感じる。この伊達男の事が直感的に少しだけ解った、目的のためなら躊躇わない、そんな男に見える。

 

「僕はお兄さんみたいなのはわりとシンパシー感じるな」

 

「んん?話が飛んだね」

 

「でも、最強を使っちゃったからお話は終わりなんだ」

 

「おう伊達男、二度目の御用だ。話がしたいなら詰所で恐い人達が付き合ってくれるぞ」

 

 僕の最強、大人へのホットラインである。肌身離さず持ち歩く支給された携帯電話、懐にいれていたこれで位置情報を発信して警備を呼んだのである。 格闘術の先生と数人の警備員に囲まれる伊達男。

 

「なっ、しまったぁ!」

 

「お巡りさんが来るまで詰所でトークショーだ」

 

「こ、これは不当な拘束──」

 

「不法侵入が生意気言うな」

 

「大人って大変だなぁ」

 

 仕事熱心な大人達が伊達男を引き摺って行くのを見送ってから居合の鍛練を再開する。

 案の定部外者だったあの伊達男が接触したのがクラスメイト達の誰でも無く僕だった幸運がどうにも気分が良く、この後の鍛練は納得いく型を見付けることはできなかったがとても捗るものだった。




 
 
 
 
 
青葉くん
病院には行かない、恐いだけなら鍛練で乗り越えれるとか考えてる。刃物男と同じ扱いは勘弁。春、つまり花見、パーティー好きにはタマらん季節が近い。勉強できない?居合へのストイックさを少しでも向ければ多分人並み程度にはできる……気がする。変なお兄さんには恐いお兄さんをぶつけてみた。

杏ちゃん
知らないうちに路地裏の汚っさん達のアイドルになってる。暴走エンジェル系アイドル。

タマっち
ビックなタマっち。褒め殺しはもう勘弁。勉強はやればできる子、やり方さえ解れば算数は怖くない。

友奈ちゃん
暗記が苦手、沢山書き取り。ぐんちゃんはやっぱりぐんちゃんと呼ぶ。

千景先生
学力はそれなり、もうすぐ中学生。今まで頼られる事はどれくらいあったんだろうね?頼られたから頑張ってみた。

若葉さん
弟の手が血で染まるならば自分の手を血で染めてそれを最期にする。

ひなたちゃん
幼馴染が凶行に走るならばこの身を挺して最後にさせる。

鷲尾先生
教育熱心。教え子が辻斬りな未来は勘弁。

格闘術の先生
仕事熱心。丸亀城のセコム。馬鹿野郎からの電話、頼られたのが嬉しい。

伊達男
御用、一度目はクリスマスの前。

───

2話で千景にパンツの話ができなかった辺りから少しずつプロットからズレて話に矛盾を生みかける不具合が発生しています。話を書くのは難しいですね。

いつも誤字報告ありがとうございます。
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