乃木さんちの青葉くんはこんな感じである 作:ቻンቻンቺቻቺቻ
小刻みに振動する車両が軌道を突き進み、車窓の景色を先へ先へと滑らせる。向かい合う座席に座る千景と駅のホームにいた時と同じようにポツリポツリと言葉を交わし合う。
会話の内容に一貫性なんてなく、格闘術の先生の靴を左右取り替えて靴箱に戻しておくイタズラの話だったり隻腕でもプレイに支障の無いゲームの話、もうそろそろ秋が深まるからまた焼き芋がしたいと二人で賛同し合ったりとのんびりと二人で笑いあった。ちなみに格闘術の先生は履いてから左右の違いに気付いたらしく、直後に靴を脱いで物陰に隠れて反応を見ていた僕と球子を靴を両手に持って追い掛けてきた。隣に並んで走っていた球子が『ここは青葉に任せた!タマは先に行く!』と僕の脚を引っ掻けた瞬間のしたり顔と鼻に押しつけられた先生の靴のエグい匂いは記憶に新しい。
「あれは鼻だけ火星人のトイレに突入した気分だったよ」
「……想像できないし……したくもないわ」
苦笑いする千景。
県境を跨いで徳島県に入った頃、僕達は日々の鍛練の話をしていた。
「今まで何も実感は無かったけど……バーテックスを一振りで断ち切れたのを見ると……少しだけ強くなれた気がしたわ」
「ん、いつも頑張ってるもんね。間違いなく千景ちゃんは強くなってるさ」
「そう……なのかしら」
「ん!」
淡く顔をほころばせる千景。
「鍛練に眼で見てわかる結果が出ると嬉しいよね」
「乃木くんも……そうなの?」
「ん、そうさ」
最近では僕も春頃から始めた棒手裏剣の鍛練で、威力に重きを置かなければ七歩の間合いならば狙った位置にほぼ確実に当てられるようになった事に達成感を感じている。
「棒手裏剣……とてもマニアックな武器の練習してたのね」
そこから何故か静かに盛り上がる飛び道具談義、千景もゲームで知った武器がどんな物か気になってインターネットで調べる事が有るらしく意外にも広く深い知識を持っていた。
「なぜ……棒手裏剣を?」
「……カッコいいから?」
本当は隠し持つのも取り出すのも楽という実用性を求めた結果僕にはこれが一番だと思ったからなのであるが、流石に「武器を常に携帯するため」とおおっぴらにいうのも憚られたので誤魔化した。ちなみに今もベルトの裏と腰の間に差して隠し持っている。
「……そう……中学二年生だものね……わかるわ」
「ん?」
千景は何が解ったのだろうか?何故かその微笑みは優しかった。
いよいよ徳島県を越えて高知県に入った頃、僕達は少しだけ喋り疲れて口数が減ってきた。口を開くのが言葉を話すかお茶を啜るかの五分五分になってきた位で千景の雰囲気が何か変わった気がした。
「ねぇ、乃木くん」
駅のホームにてベンチに並んで座っていた時に聞いた改まったような少しだけ硬い空気を纏う千景の声。そういえば先程何か言いかけていたなと思い出しながら「んー?」と聞き返す。
「なんで……やさしいの?」
流れて過ぎ去っていく車窓の景色から向かい合う座席に眼を移すと、眉尻が少しだけ下がった無表情。
「……ん?」
問われた言葉の意味が解らないので聞き返してみる。
「なんで乃木くんは……やさしいの?」
杏といい千景といい勇気だの優しさだの哲学的で難しい事を聞くのが流行っているのだろうか?そういうのはもっと頭の良さそうな人や大人に聞いて欲しいものだ。
「僕が、やさしい?」
「…………」
ただ無言で僕の瞳を昏い瞳で覗く千景。
「ん~?よくわからないや」
僕はいつだって自分自身で思うように振る舞っている。優しさとかを意識して振る舞った事などない僕には千景の問いに答える言葉を見つける事ができなかった。
「乃木くんは……いつも、私の手を引いてくれるわ」
「ん」
「今も、散歩だなんて言って……電車に飛び乗ってたくさん私を楽しくて嬉しい気持ちにしてくれた」
「ん」
表情を変えないまま僕と眼を合わせ続ける千景。その口調も声色も、普段と変わらないようにも力が籠っているようにも感じる。
「初めてのクリスマスの時も、焼き芋の時も、いつだって」
「ん」
「いつも、乃木くんが私をあたたかい気持ちにしてくれるのは……笑顔にしてくれるのは……なんで?」
その問いになら僕は答えられる。
「あたたかい気持ちってのはちょっと難しくてわからないけどさ」
「…………」
「僕が千景ちゃんを笑顔にしたい理由は答えられるよ」
とても、とても簡単な事だ。
「言ったじゃん、僕が千景ちゃんの笑う顔が見たいんだって。ただそれだけだよ」
「……なんで?」
答えたにもかかわらず繰り返される千景の『なんで?』の言葉。千景の眉尻の下がった能面にばかり気を取られていたが、今になって千景の揃えられた膝の上に載せられた両手が硬く握り締められて微かにふるえているのに気が付いた。
何かに不安を感じているのだろうか?
「私に……それだけの……乃木くんが頑張るだけの価値が……あるの?」
「ん~?」
まーた難しい事を言ってる、人の価値なんて僕に解ってたまるか。そもそも頑張ってはいない、心のままに振る舞っているだけなのだ。
それでも『わかんない』と答えるのは何か違う気がするし、何かへの不安に震えているかも知れない女の子の問いに思考放棄した答えを返すのも違うのではないかと僕は足りない頭でどう答えたものかと考える。
僕は千景のこんな顔ではなくて笑う顔が見たいん──何故だ?
──なんで僕はこんなにも千景の笑顔にこだわるんだろう?
「ちょっと待ってね、今考えてる」
「…………」
たしかに僕は誰かが笑っているのを見るのが好きだ。姉の凛とした笑み、幼馴染の柔らな笑み、球子のやんちゃな笑み、杏のフワフワとした笑み、友奈の花開く笑み、両親や祖母、丸亀城の大人や大社の巫女達、今までの会った事のある人達にそれは共通していてそこに僕も一緒に笑えていればとても幸福な気持ちになれる。千景だってこれは一緒だ、他の人となにも変わらない。
何も変わらないけど、強く思ってる。
「……ん~」
最初に千景の笑顔を見たのはいつだったか、多分僕が丸亀城にきてすぐ球子との悪ふざけで怪我をさせたのを謝りに行った時のはずだ。その後からなんとなく一人で暗い無表情をしている姿がなんとなく気になっていて、クリスマスの買い出しに行った時の『友達』という言葉に戸惑って躊躇っていた姿を見て笑顔になって欲しいと義務感にも似た強い衝動を感じたのもおぼえているし、その直後に解りづらく嬉しそうに笑った千景の微笑みも強く記憶に焼き付いている。
「…………んん~……」
そこまで考えても結局答えは思い浮かばなかった。ただ僕は千景の笑う顔に心が満たされると改めて思ったのと、千景が浮かない顔をしているのがひどく心に引っ掛かるという事だ。
「千景ちゃんの望んでいる答えとは違うかも知れないけどさ」
「…………」
「僕がただ、千景ちゃんの笑顔が好きだからじゃあ……ダメかな?」
一度キョトンとした顔になった千景が首だけ俯き、長い黒髪で隠れた顔が見えなくなる。拳だけ震えていたはずなのに、今は肩も震えていた。
「……私が笑うことに……価値があるんですか?」
何故丁寧語なのか。
「価値とか考えても僕には解らなかったよ。でもさ、僕が千景ちゃんと一緒に笑い合いたいって気持ちに嘘偽りなんて無いし、千景ちゃんの笑顔は僕の心を満たしてくれるよ」
「…………そうですか」
だから何故丁寧語なのか。
「……ありがとう」
「ん~?」
何のお礼なのか僕には解らない。
高知駅に着く直前まで千景は俯いたその姿勢のまま微動だにしなかった。
─────
駅に停車した電車から千景と共に下車し、改札を通り抜けた直後に口数がほぼ皆無になっていた千景が思い出したように口を開く。喋る姿はどこか上機嫌に見えた。
「私はここからバスに乗り換えて家に行くけど……乃木くんはどうするの?」
衝動的に高知に来たはいいものの僕は高知については詳しくない、鰹のタタキが美味しいとは知っているがどこのお店が良いお店なのかも知らないのだ。折角ここまで来たのだからお土産を吟味しつつ良さげなお店を探して鰹のタタキを食べてから帰る予定だと口にする。
「それなら……私も行った事は無いけど……評判の良いお店なら知ってるわ」
「ん!是非教えて欲しいな」
流石地元民。
「家への用事が済んだら案内できるのだけど……その……一緒に……どうかしら?」
少しだけしどろもどろな千景からのありがたいお誘い。一人で食べる美味しい料理より誰かと食べる美味しい料理の方が好きな僕としては願ったり叶ったりである。
千景の用事も元々少し話を聞いて終わらせる予定だったらしく、その評判の良いお店も駅と家の間にあるとの事で別行動してまた後で合流するよりは楽だろうとここから先も千景と行動を共にする事になった。僕の散歩の移動距離がまた延びるのが決定した瞬間である。
「乃木くんが一緒だと……心強いわ」
「ん~?」
ただ家に帰るのに心強いとはこれいかに、千景はもしかして家族と折り合いが悪いのだろうか。生きて触れ合える家族がいるのにそれは勿体無いなと拳骨ばかりされていたがそれでも大好きな両親と祖母を思い出しつつ思ったが、複雑な事情が在るのかもしれないと口には出さなかった。
「バスターミナルは……あっち」
眼に見えて上機嫌な千景に案内されるままに待合所へ、時刻表によればそう待たずともバスは来るらしい。
「千景ちゃんのいた所ってどんな所?」
「あまり……良い所とは……言えないかも知れないわ」
待ち時間の間になんとなく尋ねた僕に、あまり良い顔をしなかった。
家に帰りたくないのではなく故郷に良い思いを抱いていないのだろうか、僕はなにやら釈然としないモノを心の何処かに感じつつも目の前で扉を開いたバスに乗り込み、千景と肩を並べて座席に着いた。
電車での移動時とは違い、僕と千景は最初から余り口を開かなかった。でもこの沈黙に辛さなんて欠片も無く、お互いの息遣いさえ感じられそうな距離にちょっとだけ照れを感じながら車窓の外を眺め続けた。
駅前から市街地へ、市街地から街の外れへ、車窓の外に稲田が見られるようになり、田園風景と住宅街の合の子のような風景に変わった頃に僕と千景はバスから降りた。
「田んぼだね」
「そうね」
まぁ田んぼなんてのは何処にでも有るとは言えないがそう珍しい物でもない、遮蔽物のない見渡しの良い景色の中「もう、すぐそこ」と千景に案内されるままに歩き出す。数分ほど歩いた先にある小さな一階建ての借家の前で千景が足を止めた。
「ここが……私の家」
久しぶりの帰省だろうに、なんの感慨も無さそうな千景が玄関の引戸をカラリと静かに開けて数瞬の間の後に敷居を跨がずに素早く引戸を閉めた。少しだけ強めの勢いにピシャと音が鳴る。
「…………」
「んー」
ほんの少しだけ見えた玄関は空き缶と空き瓶、そしてゴミ袋の積んである光景。火星人のトイレよりはマシだがちょっと残念な匂いも鼻に感じられた。
チラリとみた千景の顔が恥ずかし気に紅潮していた。
「何も見てないよって言うべき?」
「…………」
何も答えない千景。
「千景か?帰ってきたのか?」
閉じられた引戸の向こうから男性の声、引戸を強く閉めた音に気が付いて様子を見に来たのだろう。ハッとした千景が引戸を押さえようとするも無情にも間に合わず全開にされる引戸、開かれたその先には見た目の年齢からして千景の父親らしき男性とその背後に残念な光景。
「やっぱり千景か、久しぶりだな……おや、君は……」
朗らかな笑みで千景を迎えた千景父、そしてすぐに僕に気付いたのか視線が絡み合う。
──なるほど、この感じ……!
「…………」
「…………」
男二人、視線を絡み合わせたまま無言で相手の出方を窺い合う。
「お父さん、掃除くらいして……え?」
遅ればせながら千景も僕達の雰囲気に気が付いたのかキョロキョロと僕と千景父の顔を交互に見る。
「君は、千景の何だい?」
「友達です」
千景父への問いに即答する。
「千景、たしかにさっきメールで友達と一緒に帰ると聞いたけど……この男の子がそうなのかい?」
「う、うん……メール読んでたならもう少し掃除くらい……」
「まさか、男の子とはね。しかも、こんな男の子とは」
挑発的に聞こえる千景父の言葉にショックを受けた顔をしてオロオロとまた僕と千景父の顔を交互に見る。
「……ふっ」
僕と千景父、どちらともなく吐き捨てる笑みを溢す。
一迅の風が吹いた。
軽く前傾姿勢になり胸の前で腕を交差させて片足立ちになる千景父。その構えに対峙する僕は肩幅に足を開いて右腕を真っ直ぐ伸ばして左上へ。
「ほぅ、そうくるか」
「オジサンこそまさかその構えだなんて」
「二人とも、何を……」
僕と千景父に挟まれる位置に立つ千景が混乱の様相で立ち竦む。
先に仕掛けたのは千景父。胸の前で交差していた両腕を左右の斜め下に広げつつ片足立ちをしていた足の左右を素早く入れ換える。
僕も千景父の動きに間髪入れずに真っ直ぐ伸ばした腕を動かして手のひらでS字を宙に描く。
「命!」
「変身!」
再び一迅の風が吹いた。
「……ふっ」
男二人の吐き捨てるような笑み、堅い握手が僕達の間に交わされた。
一目見た瞬間から僕達はお互いにエンジョイを嗜む者だと通じ合い、今それを確かめあったのだ。
「お父さん、掃除して」
白けた顔の千景に言われて軽く掃除する事にした千景父を待つ間、僕と千景は散歩を更におかわりして千景の地元を歩く事になった。
青葉くん
ハイパーおかわりタイム、バスの旅をおかわりして更に千景ちゃんの地元の散歩もおかわりした。意識して優しくした事なんて無いし人の価値なんて考えた事もない。誰かの笑顔が好き、千景の笑う顔がとても好き。自分中心なエンジョイ野郎、エンジョイ野郎は引かれ合う!裁くのは俺のエンジョイだ!引き分け。何も盗んでないけど丸亀城のルパン。友達の家に遊びに行って親と仲良くなる男子
千景ちゃん
ゆっくりのんびり電車の旅、実は二人きりになる事の少ない『友達』と長時間の二人きり。「君の笑顔が好きだから」口説かれてる?解りません。私でも誰かの……『友達』の心を満たす価値があるらしい。用事を済ませて鰹のタタキを食べに行く予定が父親と『友達』が謎のバトルを始めた、意味不明。おい、掃除しろ。中学二年生、わかるわ。
千景父
家庭を省みないレベルな自分中心のエンジョイ野郎。娘が男連れで帰って来た。半身も幼馴染も居合も無かった場合の青葉くんの未来の姿かもしれない。ダメンズ同士は引かれ合う!
タマっち
何も横取りしてないけど丸亀城の不二子、尚体型。
格闘術の先生
丸亀城の銭型。足が火星人のトイレ。
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音読した!時間を置いての読み直しもした!来いよ誤字!打ち間違いなんて捨ててかかってこい!