乃木さんちの青葉くんはこんな感じである 作:ቻンቻンቺቻቺቻ
もしかしたら僕は必要なかったのかもしれない。いや、正確には仮装じみたこの格好が必要なかったのかもしれない。
「ぽやぽやとお茶を啜る神官装束の青葉ちゃん、激写です」
「ひなたさん、とってもご機嫌だね」
演武に参加する皆の控え室として扱っている丸亀城天守閣、そこから護衛の優先対象である杏が出る気配が無いのだ。考えてみれば今回の行事はお祭りのようなものではあるがお祭りそのものでは無いのだ、出店が並ぶ訳でもないしちょっと観光するにしても元々勇者教室の皆は丸亀城の敷地で生活しているので今更な話なのである。
「私、ちょっと緊張してきちゃった」
「……高嶋さんもなのね」
「タマはむしろ燃えてきている!」
「なに、あれだけ練習したんだ。きっと上手くいくから堅くなることはない」
そんな訳で、神官装束に似た丈の長い白色の羽織を纏う正装姿の皆がくつろいでる中で僕ものんびりお茶を啜っている事ができているのだ。
一応沢山の人の前に出る機会なので正装を纏っている皆だけど演武を披露する時は勇者装束を予定している。……別に待機している時は正装姿でなくても良かったのではと思わなくもない。
「燃えすぎて小腹が空いてきたな、タマはカレーうどんが食べたい」
「ん、白い服の時になぜかカレーうどんが食べたくなるはあるあるだね。僕も小腹が空いてきたよ」
「やめろよ? 絶対にやめろよ?……特に青葉は絶対にやめてくれ」
眉間に皺を寄せた姉に念押しされたが元より食べたくても食べるつもりはない、僕はそこまでチャレンジャーではないのだ。何を言う事なく手早くみかんの皮を剥いて渡してくれた幼馴染にお礼を言いつつ頬張る。
「んまい」
「そうですか」
ぷちぷちとした果肉を噛み潰すたびに口内に広がる爽やかさと濃厚さを兼ね備えた甘い果汁、呼吸で鼻を通る空気がみかんの香りに染まって呼吸すらも心地よい。
よくよく熟れたみかんに些細な幸せを感じていると、ふと、半目の球子の視線が突き刺さってるのに気づいた
「この当たり前のように世話を焼くひなたが甘やかし過ぎなのか世話を焼かれてる青葉が甘ったれなのか、どっちだ?」
「タマっち先輩に言われるまで違和感を全然感じてなかったなぁ……」
球子の言葉に続いた杏の言葉。僕自身も言われるまで違和感を感じてなかったのは一人の男としてちょっとマズイのかもしれない。
「そう深く考える事でも無いですよ、私は楽しんで世話焼きしてるだけですから」
「楽しいんだ……」
「その感覚、タマにはわからんな」
苦笑する杏と首を傾げる球子。
「お二人もやってみますか?」
んん?と、幼馴染の言葉がどういう意味なのかを考えてるうちにみかんの皮を剥き始める球子と杏。つまりは二人がみかんを剥いて僕に渡すのか、なんだこの流れは。
「はい、どーぞ」
「ん~? ありがとう」
杏から房をばらしたみかんの一粒を貰って咀嚼する。甘い。
「……あっ、なるほど」
杏は何に納得したのか。
「ほれ青葉、コイツも食え」
球子が緩やかな曲線を描くようにトスしたみかんの一粒を口でキャッチして咀嚼。ちょっと酸っぱい。
「……なるほどな」
球子も何に納得したのか。
「青葉くん」
「ん?」
「それっ」
友奈に呼ばれて振り返ればすぐに目の前まで飛んできたオレンジ色の一粒、それも反射的に口でキャッチして咀嚼。甘酸っぱい。
「……この感じ……どこかで……?」
友奈には何か引っ掛かるものがあるらしい。
「お二人とも、食べ物を投げるのは行儀悪いですよ」
「すまん」
「ごめんなさーい」
「乃木くん」
球子と友奈が幼馴染に窘められてるのとは別方向から今度は千景の声。振り向けば目の前にオレンジ色の一粒があったのでこれも反射的に口でパクリとキャッチする。
瞬間、口に違和感。
「……あの……乃木くん」
僕の口元まで延びている千景の細く白い指、唇に触れる小さな二つの異物感、千景が手渡そうとしたみかんをそのまま口でキャッチしてしまっていたらしい。
「なんか、ごめんね」
「……かまわないわ」
事故のようなものだが所謂この"あ~ん"な状況、とんでもなく恥ずかしい、千景も同様なようでわかりやすく頬を赤らめていた。
感じる羞恥を誤魔化すために咀嚼。微かな酸味を含む濃い甘さが口内に広がる。
「……ぁ」
唐突に、嬉しそうに楽しそうに小さく弛む千景のかんばせ。今しがたの事故"あーん"の羞恥もあってか目の前で花開いていった千景に笑みが眩しく見えて直視できず、千景を視界に残しつつ少しだけ目を逸らした。
「思い出した!うさぎ小屋!」
「ん?」
引っ掛かりを解消したのか友奈が少しだけ大きな声を上げる。
「よく噛んで食べるのがげっ歯類な感じだよね」
「食ってる時は上機嫌なのも実に動物的だな」
杏と球子の納得したままの声。
「人を噛まない大人しさも特徴ですよ」
何故か胸を張る幼馴染の自慢気な声。
「この感じ、餌付けだな」
畜生扱いか!
うんうんと頷く球子に続いて頷く杏と友奈。
「乃木くん、もう一つどうかしら……?」
期待するような千景に、僕は断る事ができなかった。
「与えたら与えただけ食べてしまうからな、元旦という事で夕食は豪勢にすると聞いているしそこそこにしてやってくれ」
姉よ、弟が畜生扱いされてるのにそれでいいのか。いや、この姉の口振りからして姉にも畜生扱いされた気がする。
「図体の大きなげっ歯類、カピバラか」
せせら笑う球子。うるせぇ。
今度は手渡しで貰ったみかんも甘酸っぱくて美味しかった。
─────
僕は、必要だったのか?
幼馴染が長年僕を畜生扱いしていた疑惑が浮上してきた一件以外は天守閣でのんびりとしていたのだが、杏のスマホに着信がありどうやら杏の両親が丸亀城まで来ているらしく会えないかとの話。これから演武をする四人のくつろぎを邪魔しないように屋外で合流する事にした杏に『目立つ格好してる僕がいれば迷う事なく合流できるんじゃない?』と提案してついてきたのだが僕は自分の必要性を少し考えていた。
「あれ伊予島様じゃない?」「演武はしないと聞いていたがあの様子だと体調不良とかの心配はいらなさそうだな」「ありがたや」
杏単独でも凄く目立っているのだ。
両親との久しぶりの会話を邪魔しないように少しだけ離れた場所にいるのだが道行く一般の人達は皆杏に気付いて遠巻きに視線を送っている。よくよく考えれば元旦から神社でもない丸亀城に演武を見に来る人達が勇者のファンではないはずもなく、そんな中に勇者の一人である杏がいて目立たない訳がないのだ。
ちなみに、杏が移動すると報告しておいた格闘術の先生も神官姿で自ら遠巻きに警護しているが、鋭い目付きで周辺を睨み回している姿に周囲が威圧されてその一部だけ人がいない空白地帯になっている。人を喰い殺してそうな目付きの格闘術の先生のほうが僕よりよっぽど畜生じみている気がする。いや、むしろケダモノという言葉が似合う。
「もしもし、どこにいるの? 私は侍っぽいのの近くにいるよ」「あっ、かーちゃん見っけた」「また迷子になったら面倒だから手繋ぐよ」「お~、いたいた」
僕は僕で目論見通りに目立ってはいるものの何かが違う、何故か僕の周囲に迷子やら待ち合わせの人が集まって謎の人だかりができてしまっていた。
「あら?……貴方は……」
人だかりの喧騒の中からなんとなく聞き覚えのある声に振り向けば神経質そうな顔つきに眼鏡を掛けた女性、どこかで見たのは覚えているがあまりはっきりと覚えていない。
「先月はお話途中に固まってしまって失礼しました」
「ん~?」
本当に誰だったか? この眼鏡女はしっかりと僕の事を覚えているようなので思い出せない事に軽く罪悪感をかんじてしまう。
「ダーリンでナイトなんて強烈なワードに驚いてしまったもので」
「……あっ」
思い出した、球子と友奈との三人で商店街をぶらぶらとしていた時の街宣活動をしていた眼鏡女か。
「その様子だと完全に忘れていたみたいですね」
「……ん、そんな感じですね」
忘れていた事を見抜かれてしまったか、僕はやはりわかりやすいらしい。苦笑する眼鏡女に対して少々ばつの悪さを感じたのを曖昧に笑って流してみた。
「それで、その……貴方は本当に勇者様方とそういった関係なんですか?」
「まさかですよ、アレはその場限りのおふざけなノリです」
僕達はクラスメイトで、仲のいい友達で、分野は違えど共に鍛えあう仲間でもある。決して軟派な関係ではない。そういう意味を込めて言葉を返すと眼鏡女が解りやすく安堵の息を吐いた。
「やっぱり、そうですよね。言葉は悪いですが貴方からは邪悪と言うか……穢れと言いますか……そう言うナニかを感じていたのでまさかとは思ってたんですよ」
邪悪とは。穢れとは。
僕はもしかして喧嘩売られてるのだろうか? と、思いはしたが神経質そうな顔つきをほんの少しだけ弛めている眼鏡女にそのような意図は見えない気がする。もしかしたらこの眼鏡女は天然な毒舌なのかもしれない。
人と合流する予定でも有るのだろうか、腕時計をちらりと見て時間を確認した眼鏡女がほんの少しだけ弛めていた顔を神経質なそれに戻して口を開く。
「ついで程度の質問なのですが、一つ良いですか?」
「ん」
元より少しだけ離れた場所にいる杏が両親との会話を終えて移動しない限り僕もここから動くつもりは無いので多少の会話くらいどうって個とない。ただ、この眼鏡女との会話はドギーの存在並みに疲れるので長くならないことを少しだけ祈りつつ言葉の先を視線で促す。
「大切なモノを犠牲にしなければ大勢の人が死ぬとして、貴方は大切なモノと大勢の人のどちらを選びますか?」
「ナンセンスな質問だね」
心理テストみたいなものなのだろうか、僕にとっては悩むまでもなく答えは決まっている。
「大切なモノを選ぶよ」
僕にとっての大切とは姉、幼馴染、千景達クラスメイトだ。僕にとってこの"大切"はその為大勢と比べ物にならないのほどの"大切"なのだ。そもそもその他大勢の為に犠牲にできる程度のモノならば僕は"大切"と言う言葉なんて使わない。故に、その質問は僕にとってナンセンスなのである。
「なんなら僕は"大切"の為なら大勢の人を手に掛けるよ。僕にとっての"大切"はそう言う意味を持つんだ」
「……そう……ですか」
驚いているのかいつかみたいに理解がおいついていないのかまばたきを多くして呆けているかのような眼鏡女
。ややあって顔つきをまた神経質そうなそれに戻した眼鏡女が一つ咳払いした。
「大変参考になりました。それでは私は人と会う予定ですのでこれで」
「ん」
僕に背を向けて人だかりから抜けて行く眼鏡女。なんだか会話と言うよりは聞きたい事だけ聞かれただけな気がする。
見送る背中から目線を外して杏を確認すれば両親との会話が盛り上がっているのか楽し気にゆるゆるふわふわと笑っているのが見える。まだしばらくは移動は無さそうだ。
なんとなく雲が疎らな忌々しい空を一瞬だけ見上げて天気を確認してみる、心の臓を鷲掴まれたような感覚が走るのを代償に雲の流れが穏やかだなとだけわかった。
──空に感じる恐怖に、慣れてきているな。
自分の精神状態で感じる恐怖の大小はあれど三年ほど感じ続けている空への恐怖、今ではちょっと天気を確認するためだけに空を見上げれる程度には慣れてしまっていた。今は鉄格子の中にいるであろう師範は『恐怖に慣れたら鈍化してブレーキが壊れるか刺激を求め始めるかのどっちかだ』と、言っていた。僕はどちらなのだろうか。
「ヘイ!アオバ!」
掛けられた声に思考から意識を戻した直後に柔らかい衝撃、僕の顔の横にふわふわとした優しい色合いの金糸が見えて更にその奥に複雑そうに歪められた理知的な顔。
「んー、いきなりハグは照れるよ」
「ハグは挨拶でス!」
「日本では違うんだけどね」
エマとハンサムの組み合わせは珍しい気がする。
「誰でもハグするワケじゃないですヨ? ハンサムとアオバと……あとはシテンチョさんです」
「シテンチョさん?」
「Yes」
アルバイト先の支店長さんらしい、熊のようなゴリゴリマッチョの毛深いおじさんとの事。ハグしたら外見に似合わず縮こまって顔を赤くするのが可愛いとおでこにうっすらと傷を残した顔で満面に笑うエマ。つい最近もひどい目にあったのにこれほど翳りなく笑う姿には凄まじいタフネスを感じざるを得ない。
「故郷でハ事件に巻き込まレルのはそのままDEADがほとんどでシタ、イキテいるのでNo problemでス」
「外国って、怖いね」
「道行く人がピストル持ってるらしいからね」
それにしてもエマのメンタルは強いと感じざるを得ない。
「それで、青葉君はなんでそんな珍妙な格好をしているんだい?」
「アオバ、コスプレ?」
珍妙言うな。
疑問の声を上げるハンサムに続いてエマも小首を傾げる。
「ん、一応僕も大社の所属的な……制服的な……? 皆と一緒にいて余計な混乱を一般の人に与えないようにってさ」
皆の安全の為に案山子やってますとはおおっぴらに言うのは憚られるのでそう言う事になってるらしい。「ほら」と、空白地帯のケダモノ先生に指差してみる。
「今日は関係者はみんな神官服なんだ」
「……あの人、もしかして大社での試合の時にいた人かな?」
佇まいだけで見抜くあたりハンサムはやはり頭がおかしいかもしれない。
「僕に向けてる敵意みたいなのに覚えがあったんだ」
そんなあやふやなモノが根拠だったのか、やっぱり頭おかしい。それはともかくとして僕もちょっと気になる事がある。
「二人が一緒なのは珍しいね、初めて見たかも。」
「実はワタシがハンサムのGirl friendになってハンサムがワタシのBoy friendになりましタ」
「そう言う事になったんだ」
「なんと」
聞けば事件の後も変わらずに仕事の為とはいえ朝早い人の少ない時間から人目の少ない路地などを突き進むエマが心配過ぎていてもたってもいられず『心配だから傍にいてくれ』と、勢いで言った所いつの間にかそんな関係になっていたと、照れながらもハンサム顔をゆるゆるに崩して語られた。驚きの気持ちと共に祝福の気持ちも湧いてくる。
「おめでとう?」
「ありがとう」
「Thank You!」
おめでとうで一つ思い出した事がある。
「ん、忘れてた。明けましておめでとう」
「うん、今年もよろしく」
「Happy new year!」
今日は元旦、新年の挨拶は大事なのである。
「それじゃあ僕達は行くよ、エマに丸亀城を案内したいんだ」
「ん、一般解放されてない場所に入ると警備の人に怒られるから気をつけてね」
「それジャ、Good bye」
腕を組み寄り添いながら去っていく美男美女を見送り、増えてきた周囲の人だかりの隙間から杏を確認すれば未だにこやかに談笑を続ける杏と両親の三人。家族との語らいは僕もできる時にもっとしていればよかったなぁと今更な事を思う。
元旦の寒空の下、暖かな団欒をしている一組の家族が少しだけ羨ましいのかもしれない。いや、僕には姉と幼馴染がいる。あの地獄を共に乗り越えた二人がいながらこれ以上を望むのは贅沢なのかもしれない。
「そぉれドーンッ!」
「んぐぇっ」
自分でも似合わないなと思う哀愁に浸っていれば次は背後から背中への強い衝撃と元気な声。首だけ振り返れば黒髪の元気な笑顔。
「にーちゃん!あけおめ!……ん、ん~?」
「鷲尾ちゃんたら急に走り出したと思ったら乃木君を見つけてたのね」
「にーちゃん、なんか変わった?」
真っ直ぐな瞳で僕を見上げる鷲尾と腰に手を当てて少しだけ疲れ気味な様子の安芸がそこにいた。
「あけおめ。前にあった時より背が伸びたからね、変わって、見えるのはそれのせいかも」
「そうじゃなくて……んー、わかんないからどーでもいーや」
どーでもいーのか。
「二人も演武を見に来たの?」
「偉い人から演武する球子を応援してあげてって言われてね、新年で色々忙しい所を抜け出せてラッキーだわ」
球子と杏を導いた巫女として激励役に抜擢されたらしい。鷲尾も一緒なのは他の巫女では忙しい中で面倒見きれないから連れてってくれと頼まれたとの事。鷲尾はこの通り常に自由でパワフルらしい。
「さっきとーちゃんとも会った。むっつりでニコニコだったぞ」
「ん」
どんな状態なのかわからないので取り敢えず頷いておく。
「お互いに会える機会が少ないから丁度良いのかも知れないわね」
「ん、こんな世界だし話せる時に話しておかないと後で後悔するかも知れないしね」
「……生き死にがすぐ近くに転がってそうな乃木君が言うと説得力あるわ」
誰にだって生き死になんて平等なモノなのに大袈裟な。
「ほっほ、寄る年波には勝てませぬな。駆け足もつらい」
「主は普段からの運動も足りてないから尚更だろう」
ひょっこりと現れるお爺三羽烏の内二人。勇者達への激励ついでに新年の挨拶をしに丸亀城まで巫女と二人と一緒に来たらしい。新年の挨拶もそこそこに演武の時間が迫っているので巫女二人は球子への激励の為に団欒している杏をさておき天守閣へ向かった。
「そういえば、今日は二人なんですね」
以前大社で会った時の印象が強い為か三羽揃って無いことになんとなく違和感を感じたのでこの場に残った二羽に聞いてみる。
「……あやつ、急に呆けてしまいましてな。今は然るべき場所にて療養しておりますわ」
「なんと」
少しだけ沈んだ空気で語る堅物口調の爺さん烏。
「ほっほ、我等は幼い頃より良く知る仲だけに悪い面も良く知っておりましてな。神職にあるまじき行いをしたバチが当たったのでありましょう」
「悪い事?」
「おい、よさぬか」
梟笑いを窘める堅物口調。梟笑いは特に気に留める事なく話を続ける。
「人を呪わば穴二つ、そんな所でごさいますよ。まぁ我等二人も同じ穴の狢ではありますが」
「ハァ……お主のマイペースはどうにかならんものか」
お爺三羽烏はこんなにもただの爺さんみたいな感じなのに何か裏の顔でもあるのだろうか。
「ところで若武者殿、最近何か不調は在りましたか?」
話題を変えようとしているのか堅物口調が脈絡なく僕の調子を訪ねてくる。良い事を聞くならわかるが不調を尋ねるのはなかなか珍しいな。
「ん~、特に無いけど……しいて言うならお化けをみたかも」
特に思いつかなかったので冗談として以前浴室で見たかもしれない人影の話をしてみる。
「ほぅ……」
「ふむ」
その時の状況をさらっと語るとにこやかだった烏の二羽が突如神妙な顔つきになり顎に手をを当てたり空を見上げたりと何かを考える素振りを見せる。ちょっとした冗談のつもりだったのだが神職の人だと何かを引っ掛かるものが有ったのかもしれない。
「ほっほ、参考になりましたぞ若武者殿」
その言葉はさっきも聞いたな。なんの参考にするつもりなのか全くもってわからないが役に立ったのなら何よりだ。
「さて、そろそろ演武の時刻になりますな」
空を見上げていた堅物口調が時計も見ずにさらりと告げる。もしかして陽の高さで時間を読んだのだろうか、何気無く凄いことをする人だな。
「それなら杏ちゃんを連れて天守閣に戻るよ。教えてくれてありがとう」
「いや、礼には及びませぬよ」
神妙な顔つきを崩さない二羽の烏をその場に残し、団欒の一時を邪魔するのに大きな罪悪感を感じつつも時間を忘れているであろう談笑中の杏の元へそろそろ演武だと教えるために重たく感じる一歩目を踏み出した。
─────
演武は大成功だった。今日この日の為だけに拵えられた舞台の上で皆が順番に演武を披露したのだがどれも見事な演武だったのだ。
友奈が拳の一突きで粉砕したバーテックスを模した看板の破片が縦一列に並んだ全ての看板を連鎖的に粉砕すれば歓声が上がり、千景が大鎌の動きを一切止めない流麗な流れで沢山の巻藁を次々と両断してまた歓声が上がり、球子が盾を豪快に叩き付けて砕け散った看板の破片が観客に降り注いで歓声と悲鳴の入り交じった声が上がった。その後、球子は観客達に向かって謝っていた。大取りの姉の演武では切り落とした巻藁に対して縦横無尽に剣閃を走らせて地に落ちるまでに八分割したところで拍手喝采となっていた。
「皆さんの晴れ舞台、しっかり写真に収めました」
ご満悦な幼馴染。
「みんな凄いね」
「ん、みんなが凄いのは当然さ」
舞台袖から共に皆を見守っていた杏の声には同意だが、この観客の中に皆の凄さを正しく理解している人はどれ程いるのだろうか。多くの人が派手な動きに対してばかり歓声をあげているが皆が真に褒められるべきは勇者システムにより増した力や敏捷さによる派手さではなく日々の積み重ねによって成された迷いない足運びや派手な動きを制御できる自身への理解の方だと思う。そう杏に言ってみると「マニアックだね」とだけ言われた。
「伊予島の嬢ちゃん、記者が勇者勢揃いの写真を撮りたいっていってるんだが頼めるか?」
演武が大成功に終わったのを喜んでいるのか格闘術の先生が上機嫌な顔で寄ってきて杏に告げる。
「もしかして、舞台に上がるんですか? ……それはちょっと……」
「いや、ちょっと場所を移して天守閣を背景に写真を撮りたいらしい」
「それなら……ちょっと恥ずかしいけど大丈夫です」
少しだけ難色を示していたが舞台に上がらないと聞いて了承する杏。格闘術の先生はその返事を聞いて先程のケダモノ顔の面影を感じさせないニカッとした笑みを浮かべた。
「そうか、これもイメージアップの一環でな。そうしてくれると助かるわ」
他の四人は自分の演武を終えたら控え室でもあった天守閣に戻っていたので杏が向かえばすぐに撮影できるらしい。
幼馴染と杏と、二人を挟むように立つ僕と格闘術の先生で天守閣に向かえば四人は正装姿の準備万端といった感じで天守閣前の広場で待っていた。
「沢山人がいますね」
「演武が終わったのにまだこんなにいるんだ、写真に撮られるだけなのに緊張してきちゃった」
幼馴染と杏の言うとおり広くはない広場に少なくない人が集まっていた。天守閣の目の前には姉を含む四人の勇者と、少し離れた場所にゴテゴテな塊に見えるレンズの大きなカメラを携えた複数人の記者らしき人達と神官服を着た警備の人達、そして遠巻きに勇者をみる一般の人達とそこにも紛れる神官服の警備員。しっかりと警備していて頼もしい限りだ。
「そんじゃ俺は警備に戻るわ」
そう言って一般の人達の中に紛れる為なのか踵を返す格闘術の先生、一瞬だけ見えた振り返り際の顔がまたケダモノのそれになっていたのは見間違いではないだろう。その証拠にケダモノ先生の向かう先には人だかりが割れて空白地帯の道が出来上がっている。
「あんずも来たか、ちゃちゃっと写真撮って貰っておやつでも食べよう。タマはもうさっきのみかんを消化しちまった」
「タマっちってば食い意地はってるね」
「お、餌付けされたらされただけ食うやつが何か言ってるな」
餌付け言うな。
「それじゃ勇者の皆さん、並んで下さい」
記者の人達に促されて正装姿で並ぶ五人、その中で友奈がキョトンとした顔で口を開いた。
「あれ? 青葉くんとひなちゃんは一緒じゃないの?」
「友奈、残念だがこれは記念撮影とは少し違うんだ。本当に残念だがな」
姉の言う通りこれは記念撮影ではなく新聞や雑誌に載せるための写真撮影らしいのでただ鍛練を共にするクラスメイトなだけの僕や皆のサポートをする巫女である幼馴染は必要とされてないのだ。
「えー、……じゃあ、それが終わったら別で写真撮って貰おうよ!」
「それは……素敵ね」
ほんの一瞬だけ残念そう顔を沈めたした友奈が名案を思い付いたと言わんばかりに表情を跳ね上げ、千景も友奈の案に賛同してか柔らかく微笑む。そんなやり取りを見た記者達の中から「それくらいなら私達がこのまま撮影して後程写真をお贈りしますよ」と、声が上がる。
「それでは撮りますよー」
記者達の合図で五人の撮影が滞りなく終わり、次は勇者教室全員での記念撮影。先程撮影してくれると言った記者以外にもほとんどの記者がその場に残り撮影してくれるらしい。それぞれ「これはこれで記事に使える」やら「さっきより表情が柔らかくなりそうだ」と口に出していた。
「それじゃ撮りますよ~」
記者の合図と同時に、頭の後ろで金属の擦れる鞘走りの音を聴いた。
背筋に冷たい感覚が走り、僕の意識の何かが切り替わる。
「急に振り替えってどうしたんだ青葉?」
離れた物陰から飛び出す着膨れしてるのか不自然な体型の女性、それは顔を醜悪な笑みに歪め胸の前で何か金属質な物を挟むように握り真っ直ぐにこちらへと駆けてくる。
「止まれ!」
腰に手を伸ばし、引き抜くは棒手裏剣。このまま警告を聞かず止まらなければ間合いに入り次第射ち込む。
駆ける女は醜悪な笑みのまま、止まらなかった。
確証はないが、コイツはヤバいと確信。
「コーー……」
胸は握られた手に阻害されて当たらないだろう。ならばと確実に仕留める為に額へと狙いを定めて腕を最速で振りかぶる。
「殺すなっ!」
姉の懇願の叫び。ならば──
「フーーッ!」
射ち放つ棒手裏剣。狙いを放つ直前に変えために多少の軌道のブレは在ったが一射目は狙った通りに胸の前に握られた両手を縫い合わせてその手に握る金属質の何かを弾き飛ばす。
「コッ……!」
そして、続けざまに射ち放った二射目で右膝を貫いて脚を止めさせて地に転がした。
瞬時に静まり返る天守閣前の広場、勇者も、警備達も、記者も、人だかり達さえも何も音を発っさない静寂が満ちる。
「アッハハハハハ!」
血を流して地に伏しながらも突如気狂いの如く笑い始める醜悪な笑みの女。何がおかしくて笑うのか。なにが目的だったのかは知らないがこうして邪魔されて尚余裕さえ感じる大笑いをするのは何故なのか。
「……はっ!? 全員勇者システムを起動させろ!」
何かに気付いたのか気付いてないのか、護身の為に皆に号令を出す姉の大声が背後から聞こえる。
また、頭の後ろで鞘走る音を聞いて、反射的に振り返る。
視界の中、一番近くにスマホを取り出してシステムを起動させようとする姉、次に両手で口を覆い目を見開く幼馴染、その奥には未だ呆けている皆。そして、更にその奥には人だかりから抜けてこちらへと駆けてくるニット帽を被る嫌らしい笑みの女。
──ヤバイのは、一人じゃなかった!
驚愕に身を硬直させてる皆を潜り抜けてたら間に合わずに皆に接近される、迷いは一瞬だけだった。
「若姉さん!」
「青葉!」
名を叫ぶだけで通じた。
姉の膝と肩を駆け上がり、高く跳躍。袖から抜いた小刀をニット帽の女に投擲。命中はしなかった。
「せんせーっ!そいつゥッ!!」
「任せろォ!」
命中はしなかったが、進行方向を遮るように激しく地に突き刺さった小刀にたたらを踏んだニット帽女。その隙に同じく人だかりから抜け出していた鋭い眼光の格闘術の先生が追い付き、鈍い音のする掌打で胸を叩いて動きを止め、鞭のようにしなる拳の一撃で顎を叩き意識を刈り取った。顎への一撃の衝撃で脱げたニット帽の下に不自然な広がり方でハゲとも言える広いおでこ。
「青葉! 状況!」
「なんかヤバイ!」
「わかった!」
着地した時には勇者システムを起動させて勇者装束を身に纏っていた姉に説明を求められたがこれだけで通じたらしい。未だ硬直している皆を僕と姉で背中合わせで挟んで周囲を警戒する。
「鞘走りの音を聴いたんだ! コイツら刃物持ってなかったからまだ他にいるかも!」
ヤバいのが二人いたのだ、三人目も四人目もいるかもしれない。
「あーーっ! お前! ふざけんなよ! あーーっ! お前! あーーっ!!」
気狂いの如く大笑いをしていた女が悪態を撒き散らしながらのたうち回る。
「なんだってんだよ!」
「わかんないよぅ!」
混乱のまま勇者システムを起動させた球子と友奈が僕と姉と同じように構えて無防備な幼馴染と千景と杏を守るために別方向を向いて囲む。
意識を刈り取られたニット帽のハゲ女を格闘術の先生がそのまま拘束し、喚き散らす女を別の警備が噛みつかれながらも拘束。
「マジかよ」
拘束される時に散々暴れた為にはだけたコートの下に見えた腹に幾本も括られた短い鉄パイプを見て記者の一人が呆然としつつ呟く。
「パイプ爆弾? テロなのか?」
別の記者がカメラを向けてシャッターを切りつつ現実味を感じて無いようなどこか他人事のように言葉を繋げた。
「はあ!? 爆弾!? そんなんで狙われるほどタマ達は悪い事なんてしてないぞ!!」
「それでも……現に狙われたわ!」
遅れ馳せながら勇者システムを起動させた千景も震える声を出しながら警戒に加わる。
勇者四人と僕で周囲を警戒する中、丸亀城に避難のアナウンスが響く。敷地内から大社の関係者以外がいなくなって安全が確保されるまで僕達はひたすら警戒をしてその場から動けなかった。
二○一九年の元旦、僕は円陣の中で気丈に口を結びながらも青い顔をする幼馴染と身を縮めて震える杏を見て、また心を護れなかったと、そう悟った。
修羅カピ葉ラ
カピバラってゅぅのゎ、のほほんとしてるけど、実は群れに危険が迫るとチョットぉこる事がぁるの、げっ歯類だから噛みつかれるとかなりやばぃ。しかも、いつものんびりしてるけど本気で走ると超はやぃ、金メダリストで時速45㎞、カピバラゎ時速50㎞、原付ぢてんしゃょりはゃぃ。つまり、時速50㎞の青葉くん。もぅマヂ無理、意味わかんなぃ。棒手裏剣投げょ。修羅顔ダブル棒手裏剣した後にFly away。勇者も、大社も、記者を通して四国中の人達も大勢が武力行使を目撃。餌付けしたらなつくのではなく、なついてるから餌付けに応じる。良く噛んで食事!
若葉さん
名を叫ぶだけでなんか通じる、これがコンビネーション!半身がヤル気満々なのを直感で察知して叫んだ。それは、殺すのは、やめろ!勇者状態の若葉さんにとって八分割は戻し切りのやりそこない。
ひなたちゃん
青葉くんを畜生扱いしているのではなく純粋に青葉くん扱いして世話を焼いています。世話好きな幼馴染。突然のヤベー暴力の嵐に気丈に振る舞うけどやっぱり怖い。
タマっち
豪快な演武で破片を撒き散らした。みかんだけではカロリーが足りねぇ!反応がちょっと遅かったけど守るために盾を構える、守る女タマっち!悪い事した覚えはちょっとだけしか無い!爆弾持ち出されるほどのイタズラなんかしてねぇよ!
杏ちゃん
家族団欒でニコニコふわふわ。バーテックス相手には戦えたけど人からの悪意には馴れてなかった。守られた少女あんずん。
友奈ちゃん
破片で遠当てする拳の勇者。写真撮るなら皆一緒が良いな。本気の青葉くんを目撃、普段とは違う容赦の無さに凄くビックリ。状況がわからないま拳を握る。
千景ちゃん
カピ葉ラにあーんして餌付け。事故みたいなものだったけど美味しそうに咀嚼するカピ葉ラがなんとなく嬉しくて楽しかった。あーんして受け入れられる喜びというのはね、実は命に関わる食事という行為を自身に委ねさせて支配し服従させてるサディズムな喜びなんよ。嘘です。突如のバイオレンスに反応が遅れたものの生きるため生かすために大鎌を構えれた。
眼鏡女
青葉くんに邪悪を感じたらしい。演武見に来てた。なんかのアンケートかな?
ハンサム
リア充。幸せ。
エマ
タフ。幸せ。
安芸さん
球子の激励しに来た。面倒な正月のなんやかんやから逃げれたと思ったけど鷲尾ちゃんもセットだったのでやっぱり疲れる。
鷲尾ちゃん
にーちゃんなんか変わった?まぁいいや。馴れた人じゃないと面倒見きれないほど元気で自由。
お爺三羽烏
1人ボケて脱落、残り二羽。裏で悪い事してるって軽い感じでカミングアウトしてるけどそれってどうなのよ?
醜悪な笑みの女
修羅顔ダブル棒手裏剣された。
ニット帽ハゲ女
心臓打ちで止められて顎打ちで脳震盪。こいつが通り魔、ハゲはハンサムにむしられた部分
ケダモノ先生
実は初期プロットではこのお話でボンバーしてリタイアの予定だった。リタイアした結果ヘタレ青葉くんが覚悟ガンギマル予定だったけどなんかもうガンギマッているのでボンバーするのは取り止め。エンディングの笑顔は沢山有る方が良いもんね!(全員笑顔とは言ってない)
狙って脳震盪を起こせる程度には達人。
パイプ爆弾
子供のお小遣いで作れる。マジカルではない、マジ狩るなヤバさ。
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忙しいので更に更新ペースが落ちます。