乃木さんちの青葉くんはこんな感じである   作:ቻンቻンቺቻቺቻ

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42:また見えた感じの人影、もしくは全力の話

「随分と多いな、千を超える位か?」

 

辺り一面植物質な世界で遠方のバーテックス達を睨みながら呟く若葉さんの声、スマホのマップ機能と肉眼の双方でも数えきれないほどのバーテックスを前にしても平静さを欠片も崩さない心の強さには羨望と安心を感じてしまう。

 

「普通に攻めれば返り討ち、融合しようとすれば途中で斬られるし弾幕で攻めても不死身な奴が強引に突破、全力疾走で駆け抜けようとしてもそれ以上に早い奴が斬りかかる……なるほどな、次は数で攻めてきたのか」

 

「半分は若葉ちゃんのエピソードだね」

 

「やっこさんたち、やべー奴を封じる為に色々考えてるな」

 

 からかうように笑うタマっちと苦笑いする友奈さん。高い知性を持つと推測されているだけにバーテックスは襲撃を失敗する度にあの手この手と作戦を変えてきているのは容易に理解できる。

 これはあまり良くない傾向なのではないかと私は口にせずとも考えてしまう。相手は最低でも日本全国を同時に侵攻できる戦力が有るけれども私達はたったの五人、相手が数に任せて随時戦力を投入し続ける消耗戦が有効だと気付いてしまえば私達に対応する術がないからだ。更に消耗戦の最中に進化体の襲来も合わされたらと思うと背中に氷柱を差し込まれたような感覚を感じてしまう。

 

「なんだ、私のせいでバーテックスが作戦を練ってるとでも言いたいのか?」

 

「残機に制限が無いのなら……ゾンビ戦法は合理的よ。猪武者と同じ括りは……やめて欲しいのだけど」

 

「……イノシシ?」

 

 珍しくちょっとだけ毒を吐きつつしれっとした顔の千景さんに困惑の顔を向ける若葉さん。

 

「前回までの襲撃での乃木さんは……イノシシそのものだったと記憶しているわ」

 

「そうだな、あの突撃っぷりはまさにイノシシだった。バーテックスに対して常に全力で前進していたもんな」

 

 追従するように腕を組んでうんうんと頷くタマっち、私も前回までの若葉さんの大立ち回りは野武士やイノシシのそれと重なるように思える。

 

「くっ……反論しようと思ったが自分でも突撃ばかりだったと思っているから何も言えん」

 

「若葉ちゃん、自覚あったんだね」

 

「沸き立つ復讐心が爆発せずに消えるもどかしさがくしゃみが出そうで出ない気持ち悪さに似ていてな、それを解消するためにバーテックスを斬り捨てていたのは否定できない」

 

「例の勇者アプリの平静さを保たせるサポート機能か、タマはその機能を実感したこと無いけどその機能が無かったらどんだけ暴れていたのか逆に見てみたいな」

 

 若葉さんが言うには勇者アプリを起動すると煮え滾る怒りや憎悪が鎮められ平静になるらしいけどそんな精神に強く作用する機能があるのだろうか? 仮にそんな機能があるのならば勇者装束を纏う前から作用してくれれば恐怖にひるんで変身できない事態も回避できたのではと夏にあった最初の襲来を思い出す。

 

「だが、今回はキチンと自分を制御してみせるさ。なにせ今回は連携を重視した作戦だからな、指揮を任せた杏の指示にしっかり従おう」

 

「アンちゃんの指揮で交代しながら戦うんだよね」

 

 若葉さんに続く友奈さんの声に全員の視線が私に集まる。向けられた視線は例外なく真っ直ぐな信頼を色濃く輝かせていて、その期待が心強さと同時に強い緊張を私に及ぼす。

 

「が……頑張って指揮します!」

 

「そう固くなるなって、あんずは賢いから大丈夫だ。ちょっと間違ったとしてもそれだけでヤられるほどタマ達はヤワじゃないぞ」

 

 私の緊張に感づいたのであろうタマっちがポンと私の背中を柔らかく叩き、合わせた顔に自信に満ちた笑みを浮かべる。その小さな行動によって私の心に湧いたのは大きな勇気と安心感。タマっちの言う通りこの場の誰かがちょっと失敗しても皆でフォローし合えるはず、私達はそれだけの鍛練と作戦会議を重ねてきたのだ。

 ただ微笑むだけで私にこれだけの勇気をくれるタマっちは、やっぱり素敵な王子様だ。

 

「 …… ……」

 

 勇気……タマっちが私にくれた勇気に更に駄目押しで青葉くんに教えて貰った深呼吸を重ね、呼吸を整える。

 背筋か伸びて、肩が軽くなった。そして、青葉くんに『ん?』と、調子を訊かれた気がした。

 

 大丈夫、私達は助け合って皆で戦える。

 もう、ちょっとだけしか怖くない。

 

「バーテックスがかなり接近してきました、配置について下さい!」

 

「応!」

「任せタマえ!」

「皆、頑張ろうね!」

「了解よ」

 

 私の号令で颯爽と配置につく皆、打ち合わせ通りにまずは接近戦に強い若葉さんと友奈さんと千景さんが前に出てそれぞれ三角の頂点になるように立つ小規模な魚鱗の陣。遠距離攻撃のできる私と交代要因のタマっちがその後ろに立ってバーテックスを迎え討つ。

 

「勇者が先鋒、この乃木若葉を容易く抜けると思うな!」

 

 バーテックスの群れとの衝突の寸前、最も前に立つ若葉さんが凛とした声で樹海を震わせる。その勇ましさはきっと正しく"勇者"なのだろうと、今更ながらに深く納得。そして、三次元的に跳ね回りながらも持ち場を大きく離れずバーテックスを斬り捨てて行く荒々しい姿に"首輪のついたイノシシ"と失礼な事も連想してしまう。

 

「うわぁ……若葉の間合いに入ったバーテックスが即殺されてあそこだけ空白地帯みたいになってやがる……」

 

 かなり引いてるタマっちの声。いつもはバーテックスを追い掛けて縦横無尽に暴れる台風みたいな若葉さんが持ち場を決めたためか、台風を圧縮してその場に留まる竜巻のような様相を呈している。

 

「友奈さん、千景さん、もう少し前に出て若葉さんに群がる敵を少しだけ引き受けて下さい!」

 

 できてしまった空白地帯に次から次へとバーテックスが流れ込むせいで若葉さんへの負担が大きくなっているように見えるので、相対的に相手をする数が減っていた二人に指示を出す。個人の戦闘能力が高い故にこんなイレギュラーが発生するとは想定してなかったけど、この対応は間違ってはいないはず。

 

「解ったよー!」

「了解したわ」

 

 言外に危険を引き受けて下さいと言ってるようなものなのに、意気揚々と快諾してくれた二人。とても頼もしくて、信頼が嬉しい。

 

「タマっち先輩、そろそろ出番だよ。若葉さんと交代して」

 

「やっとか、任せタマえよ!」

 

 バーテックスの攻撃に一旦の弱まりが見えた隙に若葉さんとタマっちの立ち位置を替えて友奈さんと千景さんを元の立ち位置へ。淀みなく行われた配置変更と安定している戦線に、この陣形を組むという作戦は有用だと確信。

 

「うむ、休憩できる時間があると解っていれば常に惜しみ無く全力で戦えるな」

 

 戦線をフラリと抜けて神樹様に向かっていたバーテックスを射ち抜きつつ聞いた若葉さんの呟き、陣形を組んでローテーションするにはそういう意図も有るには有ったが若葉さんが言うとどうしてか言葉以上に攻撃的に聞こえる。

 こうして何度となく交代を繰り返して戦い続け、皆が休憩を挟んでも疲労を誤魔化せ無くなってきた頃に波状攻撃の一辺倒だったバーテックスの動きが突如変化を見せた。

 

「囲まれちゃった!」

 

 私達全員をやや遠巻きでドーム状に包囲して蠢くように飛び回るバーテックスの群れに友奈さんが声を上げる。

 

「何が……目的なのかしら?」

 

 千景さんが大鎌を油断無く構えたままバーテックスのドームを見回している中、疲労に少しだけ鈍くなった思考を回して予想し、バーテックスの動きを観察して予測する。

 恐らくは私達の手数を上回る全方向からの飽和攻撃、今一番されたら対処の難しいそれだと想定。もしかしたら視界を遮るこのドームの外には直接神樹様に向かった個体もいるのかもしれないとも考えが至り、マップ機能を確認すると案の定数匹のバーテックスが神樹様に向かっているのを確認できた。

 

「ならば、私が切り札を使って神樹様の方向を斬り開いて突破しよう。皆は私の背を追ってくれ、そいつらを斬り捨てて私もすぐに戻れば短時間の内に合流できるはずだ」

 

「若葉ばっかり負担の大きい切り札を使わせてられないぞ、今回はタマが──」

 

「案ずるな、行って斬って戻るだけの短時間ならばそう負担は多くは無いだろう。それに今は速度が重要なはず、私が適任だ」

 

 坦々と提案する若葉さんにきっと心配故に食い付くタマっちだけど、若葉さんは軽く笑いながら言い切ってみせた。

 

「そうかもしんねぇけどさ……」

 

 タマっちは理解はしているけどどこか納得いかない所が在るのかもしれない。反論はしないものの受け入れてる様子には見えない。

 

「なに、別に球子が頼りない訳じゃない、たまたま私が適任なだけだ。球子の切り札が必要な時は存分に頼らせて貰うつもりだからな……今回の作戦指揮を任せている杏もこの案でいいか?」

 

「はい、でも……気をつけて下さいね」

 

「ちょっと包囲を突破して斬ってくるだけだ、すぐに戻るさ」

 

 考える時間が沢山在るのなら他にも良案が思い付くかもしれないけどほんの少しの時間が惜しい現状で悠長に話し合う時間は無い、私も今は若葉さんに頼るべきだと思う。

 行動の指針が決まるやいなや切り札を行使して駆け出す若葉さん、変化した装束の首巻きがなびく後ろ姿を見送りつつ私達も後を追って駆け出す。

 

「危険に飛び込む事に……なんであんなに躊躇いが無いのかしら?」

 

 包囲を狭めるバーテックス達の中を駆ける中、既に敵に接触して後から通る私達の為に鎧袖一触の勢いで大きく切り取るように進む若葉さんを見て千景さんが言葉を溢す。

 

「ちょっと心配になるけど、若葉ちゃんの強さは心強いね……あれ?」

 

 ポジティブな発言の後に少し間の抜けた声を出す友奈さんが駆けながらも首を動かして周囲をしきりに見回しす。

 

「なんだかバーテックスの動き、変じゃない?」

 

「え?」

 

 友奈さんが異変に気付いたのと、若葉さんが群れ包囲を完全に突破したのと、バーテックスの目的が露になったのはほとんど同時だった。私達を包囲していた群れが狭めていた包囲を解除して完全に単独行動になった若葉さんを遮二無二に追い掛けて急速に移動を開始し始める。

 

「コイツらタマ達を無視してやがる!」

 

「せっかく開いた穴が関係無いくらい若葉ちゃんを追い掛けて集まってくよ!」

 

──釣られた! 神樹様を狙っているように見せ掛けてあれは囮だったんだ!

 

 内心の激しい動揺と共にバーテックスの狙いは私達を分断する事が狙いだったのだと悟る。

 

「乃木さんの危機ね、何か手は無いかしら」

 

「え、えっと……えっと!」

 

 判断のミス、仲間の危機、めまぐるしい状況の変化による焦りに思考を回そうとしても脳内のロジックが噛み合わないまま空転し、言葉がでないままに若葉さんを追い掛ける群れが流れるままに勢いを増していく。

 

「今度こそ、タマの出番だな」

 

「え?」

 

 焦りだけが募る中、耳を打つタマっちの普段通りな……いや、何時もよりも自信に満ちた強い声。引き寄せられた視界に映るタマっちは既に切り札を行使していたのか装束を変化させて私を見ていた。

 

「言っただろ? ちょっと間違ってもヤられるほどヤワじゃない。タマ達は助け合えるんだ!」

 

 立ち止まったその場で回転しながらハンマー投げのように旋刃盤を回して巨大化させていくタマっち。

 

「みんな! 伏せてろ!」

 

「わわっ!」

「いきなりね!」

 

 タマっちの言葉に従い慌てて伏せる私達。回転を増やす毎に肥大化する旋刃盤が唸りを上げて空気を轟かせる。

 

「いけねっ、忘れてた! 誰か若葉に上手く避けろって伝えてくれ!」

 

「うん!」

 

 タマっちの言葉にスマホを取り出し、乃木さんの端末に通話を呼び掛ける。三回目の呼び出し音の途中で繋がり、平然とした若葉さんの声がスピーカー越しに耳に届いた。

 

『バーテックスが予想外の動きをしてるがそちらは大丈夫か? こちらは目標を斬り捨ててそちらに真っ直ぐ向かって──』

 

「タマっちが大きな攻撃するから真横にとにかくに離れて下さい!」

 

 若葉さんもこちらを案じて視界の通らないような群れの中を直進していたらしく、すぐにその場から離れる事を指示する。

 

『何だって?』

 

「伝えたな! 行くぞ、これがタマの全部込め極大旋刃盤だ!!」

 

「若葉さん! 逃げて!」

 

 スピーカー越しの聞き返す若葉さんの声とタマっちの宣言が重なり、静止の間も無く投げ飛ばされる巨大な旋刃盤。タマっちの手を離れた瞬間から大きな火炎を轟音と共に撒き散らしながら突き進む旋刃盤が若葉さんを追い掛けて密集していたバーテックスの群れを撥ね飛ばし、焼き払い、断ち切りながら獰猛に直進していく。

 

「うおぉぉぅ……全力過ぎてフラフラする……」

 

「タマちゃん、大丈夫?」

 

 数歩ほど千鳥足で体を揺らしていたタマっちが膝を着き、友奈さんが駆け寄って肩を支える。

 

「回りすぎて眼を回しただけじゃ……? それにしても……凄い威力ね、まるでマップ兵器だわ」

 

「あははは…………ホントに凄い威力……」

 

 あまりの威力に乾いた笑いで現実から少しだけ眼を逸らし、すぐに気を取り直して通話の切れていたスマホのマップ機能で乃木さんを確認する。殲滅されて急激に反応を減らしていく群れから離れた場所に若葉さんの名前が表記されているのを見て心の底から安堵の息が吹き出てきた。

 

『なんだ今の隕石は!? みんな無事か!』

 

 急に起動したグループ通話機能から聞こえる乃木さんの驚愕と動揺の叫び。若葉さんにはあれが攻撃ではなくて災害に見えたらしい。

 

「全員無事、今のはタマちゃんだよ」

 

『球子が隕石になったのか!?』

 

「今のはタマっちの切り札で大きくなった旋刃盤ですよ」

 

 スマホを通して言葉短に説明する友奈さんに動揺を増す若葉さん。噛み合ってない会話に割り込んで説明しておく。

 

「へへっ……すっげぇだろ。これがタマの全力だ」

 

 疲れを隠せないほどのぐったりとした雰囲気のタマっちが、それでも誇らしげに通話する。

 

『ああ、凄いな……凄過ぎて轢き潰されると思ったぞ』

 

「でも若葉なら大きなのが来るとわかってるなら余裕で躱せると思ったからやった、実際に躱せただろ?」

 

『……あまりわかって無かったぞ、少しだけ危なかった』

 

「あん?」

 

「タマっちったらちゃんと伝えきる前に投げちゃうんだもん」

 

「…………すまん」

 

 膝を着いたまましょんぼりとするタマっちを肩を支えていた友奈さんが「つ、次は気を付ければ良いんだよ」と励ます。

 

「敵のほとんどを殲滅したとはいえ……無手は良くないわ。旋刃盤を回収しに行きましょう」

 

 未だに轟音と火炎を撒き散らしながら飛び続ける旋刃盤を眺めていた千景さんのもっともな提案に若葉さんと合流しつつみんなで回収しに行こうとしたところでタマっちが「いや」と静止の声を出す。

 

「戻ってくるから大丈夫だ」

 

「え? 戻ってくるの? あれが?」

 

 火炎を撒き散らしながら高速回転をする巨大な刃物が、戻ってくる?

 嫌な予感しか感じないその言葉に思わず全身が硬直し、こわばりに動かしにくい首を動かして「へぇ、便利だね」と笑う友奈さんに支えられてるタマっちを見る。視界の端に同じように嫌な予感を感じたらしい千景さんが何かもの言いたげな顔をしていた。

 

『旋刃盤が急にUターンしてそちらに向かってるが大丈夫なのか?』

 

 グループ通話の若葉さんの声に嫌な予感を更に強く感じながら轟音の方向におそるおそる振り返れば私達に向かって真っ直ぐ戻ってくる災害じみた旋刃盤、悪運強く行きの一度目を逃れたバーテックスを戻りの二度目で無情に殺戮しながらもぐんぐんと近づいてくる。

 

「こうして見るとスッゴく大きいね、一軒家より大きい……あれ、キャッチできるの?」

 

 近づくにつれて私達にはっきりと視覚で大きさと破壊力を理解させていく巨大な旋刃盤。それを見てようやく友奈さんも危険性に思い至ったらしい。

 荒々しい威容ながらも撒き散らした火炎が樹海の植物組織に触れる前に消失する光景に『意外と紳士的かも』なんて明後日の方向に飛んだ思考を引き寄せて叫ぶ。

 

「友奈さん! タマっちを抱えて走って!」

 

「わわわっ! うん!」

「あっ、ちょっ……ぐぇ」

 

 焦りのまま出した指示に従いタマっちを肩に担いで力強く走り出す友奈さん。何かを言い掛けたタマっちの潰れたカエルみたいな悲鳴が旋刃盤の轟音に掻き消されるのを耳にしながら私と千景さんも一緒に走り出す。

 

『なんだ今の悲鳴は!? 大丈夫なのか!? 誰か状況を説明してくれ!』

 

「あわわわわっ! 方向を変えても追いかけてくるよ!」

「冗談じゃないわ!」

 

「ゲホッ……腹にタックル喰らったみたいな気分だな……」

 

「タマっち! あれホントに大丈夫なの!? ちゃんとキャッチできるの!?」

 

 走りながら友奈さんの肩の上で呑気に噎せているタマっちに問う。二・三度咳をして呼吸を整えたタマっちが何を言ってるんだと言わんばかりの表情で私を見た。

 

「あんな大きいのは流石のタマにも無理だな」

 

「あぁっ、やっぱり!」

 

「えええ! タマちゃん、どうするの!?」

「もう近くまで迫ってきたわ!」

 

 あっけらかんと言い放つタマっちに恐慌する私達。タマっちだけが平然としていた。

 

「大丈夫だって」

 

「なにが!?」

「もう追いつかれちゃうよ!」

 

「縮めるから」

 

 タマっちの言葉の後に轟音と撒き散らされる火炎の明るさが止み、私達が呆気に取られてる内に普段のサイズに戻った旋刃盤がタマっちの腕に刃を収納しながら回転を弱めて収まる。

 

「な?」

 

『旋刃盤が消えたが結局どうなったんだ、無事なのか?』

 

 いつもの自信に満ちた笑みで旋刃盤を収めた左腕を私達に見せるタマっち、返す言葉が思い付かなくて繋がりっぱなしだったグループ通話機能から若葉さんの声だけが虚しく響いた。

 

「タマちゃん、もっと早く言ってよ」

 

 今の茶番劇のような逃走劇の内にバーテックスを殲滅していたらしく、友奈さんの脱力した声を耳にしながら樹海化が解除されていくのをやりきれない気持ちのままぼんやりと眺めた。

 

 

 ─────

 

 

 一月半ばの丸亀城、僕と幼馴染はついこの前皆で行った温泉の温もりが恋しくなる寒空の下で鳴り止んだアラームの嫌な余韻のなかで立ち尽くしていた。

 

「皆さん、無事でしょうか」

 

「……ん、きっと無事さ」

 

 心身を蝕み熱を奪う恐怖、不安、怒り乱雑に混ぜ合わせた黒い感情に呑まれないように震えそうな声を精一杯抑えつつ願望を口にする。指先の震えと冷たさは恐怖のせいか寒空のせいか、縋るように、それでも内心の情けない弱さを悟られないようにそっと熱を求めて幼馴染の手を握った。

 

「青葉ちゃん?」

 

「みんなを迎えに行こう」

 

「……そうですね」

 

 幼馴染の少しだけ間の空いた返事にきっと僕の内心の弱さをまた察知されてしまっているのだろうなと諦観を覚えつつ、二人で一歩目を踏み出した時にそれを聞いた。

 

 金属と硬い物を擦り合わせる冷たく無情な音、鞘走り。

 

 四国で一番安全なはずのこの丸亀城の敷地内で誰が何のために刃を抜いたのかと、緊張と不審に激しく脈打つ鼓動のまま周囲を警戒し、睨む。

 

「どうしたんですか?」

 

「なっ……!?」

 

 僕の急な動きとつい少しだけ力が入ってしまった手に驚いたのであろう幼馴染の不安げに眉を寄せる顔の向こうに、"ソレ" はいた。

 

「顔色が悪いですね……急な体調不良ですか?」

 

 その手に握る太刀だけがハッキリと目に映る地面に投影された人の影がそのまま形を持って立ち上がったかのような黒い半透明な人形。曖昧な輪郭しか持たないソレの手に握られた太刀が姉の生大刀に劣らないと一目で感じ取れてしまう事がソレの異様さを強めている。

 

「……あ、青葉ちゃん?」

 

「カヒュ……」

 

 どこか遠くに感じる幼馴染の僕を呼ぶ声。不安の色を強める幼馴染の向こうにいる黒く半透明でのっぺらぼうな輪郭だけの顔を見た瞬間に"眼が合った"と他の何もわからないままに確信。絡め取られた視線越しに不可視の圧力を叩きつけられて身体が硬直し、困難に陥った呼吸に短く喉が鳴らされる。

 心の臓を目に、どろりとした不定形の恐怖が渦を巻いて荒れ狂う。

 

「青葉ちゃん!? いったい何が、どうしたんですか!?」

 

 常のように僕の異変を察知した幼馴染が焦りと不安に顔を歪めて恐怖に縛られた僕の頬を自由になっていた細い右手で触れる。そんな狼狽する幼馴染の向こう、人の形のソレが動きだして唯一ハッキリと視覚で捉えていた刀を見せびらかすようにゆっくりと振り上げていく。

 それは、まるでこれからその少女を両断して斬り殺すと宣言しているかのような迷いの無い大上段の構え。

 

 やめろ! と声を出したくても出せず、逃げろ!と幼馴染に促す事も出来ずに身体が硬直のまま動けず、歯の根が合わずに震える。

 

「青葉ちゃん!」

 

 目尻に涙を浮かばせた、幼馴染の顔。

 僕は、そんな顔は見たくない。

 

「ぅ……ぅああぁっ!!」

「きゃっ!」

 

 一瞬だけ思考が弾け、なにも思考の無いままに繋いでいた手を引き寄せて幼馴染を胸に抱き、斬らせてなるものかと幼馴染と立ち位置を替えて人の形のソレに背を向ける。

 あれほどの構えを見せる相手が極上とも言えそうな得物を振るえば人の二人などそのまま両断できるのではと気付いたのはその直後。しかし、両断はされなかった。

 

「いつっ!」

 

 正体のわからない大きな音と共に背中に走る一筋の熱い痛み、まだ生きてる驚きに目を見開くとどんな手品を使ったのか目の前に音も無く回り込んでいた人の形のソレが再度大上段に構えていた。

 

「ふんっ!」

 

 人の形のソレの間合いから離れるために幼馴染を抱えたまま背後に跳躍、しようとして飛んだ瞬間に足を何かに取られて仰向けに倒れる。

 バキバシと堅いものをへし折る音と共に背中一面に感じる無数の痛みを無視し、幼馴染を抱えたまま体勢を急ぎ立て直して次の一手に備える為に人の形のソレの姿を探す。

 

「……消えた?」

 

 どの方向を探しても見つからない人の形のソレ、代わりに先程まで立っていた樹木が二本根元からへし折れて一本は僕の足元に、もう一本は転倒する直前の僕と幼馴染がいた場所を押し潰すように倒れていた。

 

「ん……んん……」

 

 今のは何だったのかと呆けていると腕に抱えて胸に押し付けたいた幼馴染の苦しそうな声が耳を打ち、ハッとなって身をよじっていた幼馴染を解放した。

 

「ぷはっ……いったい何なんですか!? ……え?」

 

 混乱の極みにいたらしき幼馴染の珍しい大声。そして、直後にまるで僕達を狙って倒れてきたのではと思える倒木に気付いたらしく間の抜けた声も上げる。

 

「ほんとに……なんだろね?」

 

 口から出た心の底からの言葉。

 

「青葉ちゃんにわからないなら……私にもわかりません」

 

「そーなの?」

 

「そうなんです……でも、ありがとうございます?」

 

「なにが?」

 

 混乱の抜け切らないままのふんわりと着地点の見えない会話。

 

「そんな気がしたんです」

 

「ん、そっかぁ」

 

 そのまま、何をするでもなくぼんやりとする僕と幼馴染。

 いつもはすぐに迎えに行く僕達が現れない事を不審に思った皆が逆に僕達を探し歩き、見つけた僕の背中に木の枝が数本刺さっているのに気付いた姉が狂乱して幼馴染が半泣きになるまで僕達の気は抜けていた。




 
 
 
 
 
 
 
若葉さん
圧縮した台風ではない、勇者です。吸引力の変わらないただ一人の勇者。首輪つきの獣ではない、勇者です。星屑種の天敵。タマっちの切り札が水平移動する隕石に見えた。星屑の群れを直進していたら突然目の前に燃え上がる巨大な何か、見てから回避余裕……でもないけど躱せた。切り札状態の若葉さん以外ならヤバかった。

杏ちゃん
今回の司令塔。深呼吸、もうなにも怖くない。黄色い先輩ではない。判断ミス?いいえ、見た目ウジ虫な怪物が戦術を練るなんて考える方が凄い。杏ちゃんは頑張りました。敵も味方も想定の範囲外に出過ぎ。ほんの一瞬だけリーダーが挽き肉になったかと思った。ひゃぁ!災害みたいな旋刃盤がこっちに来る!

タマっち
女子力マダンテ。

友奈ちゃん
今回のしれーとーはアンちゃん!指示に従ってチームプレーだよ!チームワークを発揮する勇者。抱える=俵担ぎな思いきりの良さ。うわぁ!どうしようもなさそうな旋刃盤が帰ってくる!

千景ちゃん
戦略シミュレーションなら陣形もマップ兵器も常識。作戦会議の時にかなり輝いていた、陣形とか作戦を大真面目に話し合うのは結構好きかも。えぇ!?このマップ兵器フレンドリーファイアするの!?

青葉くん
なんかヤバそうなのにがっつり遭遇。ガチガチにビビる。目の前のヤバそうなのより大切な幼馴染が斬られる方が怖かったので動けた。背中に何か刺さってますよ?大丈夫?……本人より周りが騒ぎました。

ひなたちゃん
戦いから帰ってきてるはずの皆を迎えに行こうとしてすぐに幼馴染が豹変。呼吸を乱した青葉くんに引き寄せられて激しい鼓動を感じる胸に抱き締められて激しく揺さぶられたと思ったらそのまま倒れたりまた持ち上げられたりとどめに苦しくなった、大変な体験をした。なんだかよく分からないけどありがとうな気がしたんです。また青葉くんが怪我してたみたいで半泣き、ぽやぽやしとる場合とちゃうわ!刺さっとるやないかい!

旋刃盤
お利口さんだからタマっちの所に帰ってくる。

バーテックス
お利口さんだから戦術を練ったけど圧倒的な個に台無しにされた。

人の形のソレ
斬るぜ~、めっちゃ斬るぜ~→空振り×2

───

若葉さんが暴走しなかったので原作のあれやそれやのフラグが消失しました。つまりどういう事かって? 復讐心を抱えたままの若葉さんです。
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