乃木さんちの青葉くんはこんな感じである 作:ቻンቻンቺቻቺቻ
この車外の様子が見えない高級車に乗ったのは三度目か、揺れの少ない落ち着いた車内でほどよい弾力のシートに身を預けつつ手持ち無沙汰に素鞘の愛刀をもてあそぶ。以前貰った"なんか凄い許可証"を折角なので活用して堂々と真剣を持ち歩いてみたのだが、改めて考えずとも平然と凶器を持ち歩く変な奴な姿になった僕にシートの隣に座る幼馴染からの何か言いたげな視線が痛いほどに突き刺さる。
「ねぇ、ひなちゃん」
「なんですか?」
一応の理由として、刀を持ち歩いて目立つ事により周囲からの注目を集めて悪い奴への牽制をするカカシの役割をしているというのがあるのだが、車での移動になっている今回において僕の銃刀法違反はまったくもって意味をなしていない。そのためこの手に持ち歩いている真剣に対して問い詰められても言葉に困りそうなので敢えてこちらから口を開いて別の話題にしてみる。
「ひなちゃんは大社でお役目があるって言ってたけどさ、具体的にどんな事をするの?」
「それはですね、神樹様からの大事な神託があるそうなのでそれを授かるのが今回の私のお役目なんですよ」
「へぇ~、そうなんだ」
幼馴染の言葉に納得した直後、ふととある事が心のどこかに引っ掛かる。
「大事な神託があるって前もってわかるんだね」
「そうみたいですね」
「どうやってわかるのかな?」
「そういえばどうしてわかるんでしょうね? ……占いでしょうか、それとも神託があるという神託を誰かが授かるのでしょうか?」
大事な神託があるという神託を授かるのか、もう最初から全部神託すればいいのに。
「メールで電話するよって伝えてから電話する的な?」
「二度手間ですね」
From:神樹 To:巫女 本文:後でちょっと大事な神託するよ みたいな感じなのだろうか。なんだろう、身近な事で例えたせいか急に神樹様に親近感を覚える。
「でも、なんでひなちゃんが大社に行く必要があるんだろう、他にも巫女さんはいるのにね」
安芸や鷲尾、他にも以前祝詞を唱えてくれた巫女達などが大勢いるなかで何故幼馴染が大社まで行く必要があるのか。
「私が神託を授かる事に何か都合の良いことが在るのかもしれませんね」
「ふーん」
例えばどんな事があるのだろう? 神樹様が信託を授ける相手を幼馴染に指定したとかだろうか。僕の脳内で『上里さん使命入りましたー』とドラマで観るような夜のネオン街なアナウンスが流れ、先程の二度手間な想像と相まって神樹様が夜のお店に足しげく通う冴えないサラリーマンのイメージに近付く。
「それはそうとですね」
「ん?」
話題が一段落したところで幼馴染からの話題転換、やっぱりそうなるかと想いつつも疑問符を返す。
「背中の傷は痛んだりしていませんか?」
「ん、平気だよ。もうほとんど治ってるしね」
幼馴染の物言いたげな視線は先月の倒木による怪我を気にしてのモノだったらしい。あの時、僕は痛みと異物感を感じてはいたものの腕を喰われた経験や刃物男にバッサリやられたり腕に穴を空けられた経験から大した怪我では無いと思って放置していたのだが、背中に刺さるささくれた木の枝や裂けた背中を見て姉と幼馴染がひどく慌てた様子で止める間もなく救急車を呼んだのは記憶に新しい。
「お医者さんだって『この程度なら縫う必要はないね』って笑ってたくらいだし、そんなに深い怪我じゃなかったんだからそんなに心配する事じゃないよ」
ちなみにその医者は僕の焼いた腕や斬られた背中を治療してくれた医者でもあるのだが、破傷風を予防するための注射を手にしながら『今回も一応キメとこうね』と、柔和な笑顔で言い放つ姿はなかなかにサイコだった。そして、そのまま笑顔で人に針を刺せるあたりあの医者はきっと頭がおかしいに違いない。更に言えば、緊急時にはあの医者を頼るようにと指定している大社も間違いなく頭がおかしいのだろう。
「そうかもしれませんけど……人に何かが刺さってる光景は強烈過ぎますよ」
「そうかな? そうかもしれないね」
言われて、姉と幼馴染やクラスの皆に異物が刺さってる姿を想像してみると途端に胸に嫌な気持ちが沸き上がってきた。幼馴染が過剰に僕を心配するのもきっと当然の事なのだろう。
そんな感じで車内でもいつものようにのんびりと会話を楽しんでいるとすぐに時間が過ぎ去り、短く感じた移動の果てに僕達は大社へと到着した。
「武器を、お預かり致します」
大社のに到着するなり出迎えてくれた丁寧な物腰の巫女装束なお姉さん、たしかお爺三羽鴉の一人である梟笑いのお爺さんの姪っ子さんだったはずだ。うやうやしい仕草で差し出されたたおやかで白い両手に得物を渡せという事なのだろうがあまりにもその細い手に物々しい刃物が似合わないので少々躊躇ってしまう。
「この先は神樹様をお祀りする社でもあります、そのような物はそぐいません」
「ん、そっか。それじゃあどうぞ」
そう言われてしまえば渡すのを渋る訳にもいかず、すなおに素鞘を渡しておく。
「腰の物と、袖の物もお預かり致します」
丁寧ながらも有無を言わさぬ雰囲気。元旦のテロ騒ぎの際にどちらもカメラの前で使っていたのだから隠してても解るのは当たり前か。
「どーぞ、棒手裏剣は抜き身だから気をつけてね。うっかり落としたりすると足に刺さるかも」
「はい」
「持ち歩いているだろうなとは思ってましたけど……もう少し安全な方法は無いんですか?」
「腰から抜かなければ安全だよ」
言うなれば腰とベルトの隙間が鞘の役割を果たしているのだ。そもそも、使い勝手を求めて棒手裏剣を選んだのに抜いた直後に使えないような持ち歩き方をしてられないのである。
「それではご案内します」
「青葉ちゃん、お行儀よくしてくださいね」
母みたいな事を言う幼馴染と別れて案内された部屋は初めてお爺三羽鴉達と会った時と同じ部屋、入室した先にいたのはあの時とは違って梟笑いの爺さんが一人だけだというくらいか。
「ほっほ、若武者殿。よくぞおいで下さいました」
「こんちは、元旦以来ですね」
「あれは大変な一日でしたな」
机を挟んで座布団に胡座をかき、そんな当たり障りのない挨拶から始まるお茶を啜りつつの他愛の無い会話、お爺三羽鴉が揃ってから大事な話とやらの本題に入るのだろうか? いや、一羽はボケてしまったらしいから二羽揃ってからか。
「視線があっちいったりこっちいったりしてるけど何か見えてるの?」
しきりに僕と合わせている視線が離れては空中の何かを追いかけるようにさ迷う梟笑いの視線を疑問に思い問い掛ける、神職ともあらば常人には見えない霊的なモノを見る事ができたりするのだろうか。
「……いえいえ、季節外れの小蝿がいたようでしてな。それよりも話の種と言ってはなんではありますが、若武者殿はこんな物はご存知ですかな?」
そう言って梟笑いが懐から取り出して机に載せたのは人の形に切り抜かれた一枚のお札のような紙。
「アニメ映画で見た事あるよ」
国民的アニメスタジオの作品の一つ、女の子が異世界チックな場所に迷い込んで風呂屋で働くアニメ映画にほとんど同じお札が描写されていたのを思い出す。白い龍に対して群がるように追い掛けて飛んでいたと梟笑いに言ってみた。
「ほっほぅ、私もあのアニメは姪が幼い頃に共に見ましたなぁ。しかし、これは形代や人形と言う物であのように飛び回って攻撃するような物とは違いましてな」
「かたしろ? ひとがた?」
なんでも神を祀る時に神霊の代わりに扱ったりお祓いの時に悪いモノを人からこれに移したりと、身代わり的な使い方をする物らしい。
「へぇー、攻撃するための物じゃないんだね」
「あのアニメでは恐らく陰陽道における式神のような物として表現したのでしょうな、あのアニメは神道的な表現も多いので初めて見たときはなんだこれはと首をひねったものです」
「神道的な表現?」
僕の疑問符に答えるように始まる梟笑いによるディープなアニメ映画の考察、これがなかなかに面白くて気付けばそれなりに時間が過ぎ、いつの間にか人の気配も薄くなっていた。
「さて、巫女達も禊に向かったようなのでそろそろ本題に入りましょうか」
「もう一人は待たないの?」
「あやつは来ませぬよ」
そう言いきる、笑みを沈めた梟笑い。
「まず、前提として一つ、理解を頂く事があります」
「ん?」
「大社とは元々様々な社から人を集めただけの神職の集まり、当然ながらそれぞれ異なる思想をもっています」
それは大社に関わっている人間には常識で、当然の事ながら僕も知るところである、今更確認する事でもない。
「その中で我等は少々ながら主流の者達とは外れた存在でありましてな」
「そうなんだ」
「我等が"こう"だったから大社も全てが"こう"だとは思わないで下され」
大社の偉い人達全員が話好きで恋ばな好きだったらそれこそただのお爺さん達の集会所ではないかと思いつつも言葉の先を待つ。
「……少々言葉を変えましょうか。これより先、我等のみを悪の親玉だと思って接しなされ」
「んん?」
唐突に何を言い出すのか、目の前にいるそこら辺の縁側でお茶を啜って羊羮でも齧ってそうな老人を悪の親玉と思えとはどういう事なのだろう。
「我等は、若武者殿と勇者であられる風雲児様にとあるまじないを施しました」
「まじない……?」
「はい、呪いとも言うべき外道のモノです」
完全に消え失せた梟のような笑い、老人の顔に浮かぶのは色の無い真顔。"姉を呪った"と、その一言に全身にムカデが這うような嫌悪感を覚える。
「先程の話に出したコレ、若武者殿には風雲児様にとっての型代となっていただきました」
机の上に載せたままだった紙の人形に指を指す老人。
「風雲児様とて年頃の娘、戦いに赴けば恐れや怒りに心を不安定する事も在るやもしれませぬ。そのような"負"とも言える概念的なモノを若武者殿に肩代わりして頂く、そのような呪いです」
覚えが、在る。
スマホの警報が鳴り響いた直後に胸の内を掻き乱して呼吸さえも狂わせる感情のうねり、ただ僕の心が弱いから毎回極度に不安になっているのだと思っていたのだが姉の心と繋がっていたと聞かされればある意味では納得ではある。──この老人の話が本当ならばだが。
「呪うのは簡単でした、同じ胎から同じ時に産まれ、更に言えば男女で陰と陽にハッキリと別れている。繋ぐのも片方を遮断するのも少しのきっかけがあればすぐに済みました」
老人が言うには以前僕がここで禊を受けて身を清めた時に準備が整い、勇者達全員が持つ勇者システムの媒介となるスマホと同じ機能を持つスマホを僕が手にした瞬間に呪いは成就したらしい。
あのどうでもいいような恋ばなをしている笑い顔の裏でそのような事をしていたのかと、目の前の老人が知謀策略を巡らす狡猾な妖怪に思えてくる。
「なんでそれを今暴露したのさ、言われなければ僕は気付かなかったよ」
言葉の通り、僕はあの心の乱れを自らの弱さだと思い込み今に至るまで外的要因だなんで考えてなかった。僕から疑心を向けられてでも今暴露する理由とはなんだろうか。
「最初はそのつもりでした。しかし、想定外の事が起こりましてな」
「予想外?」
「勇者様達の切り札の行使、その身に神霊を降ろすかの如きその行為にとある大きな負の要素があると最近になってわかりましてな、それがこの呪いに大きな影響を及ぼしているのです」
人ならざる存在を身に宿して力を引き出す切り札、行使を終えれば当然その人ならざる存在は勇者から離れて行くのだがほんの少しだけの残滓のようなモノがどうしても勇者にくっついたまま残ってしまうらしい。
どんなに小さくとも薄くとも人ならざる存在をその身に蓄積させるのはやはり良い影響を与えないらしく、むしろ精神の不安定を始めとする様々な悪影響があるのだとか。
「厳密に言えば違うモノなのですが、神道に明るくない者にも解りやすく説明するには穢れとでも呼ぶべきでしょうか」
「呼び方はどうでもいいよ、若姉さんは、皆は大丈夫なの?」
僕にとっては小難しい話よりもそちらの方が重要なのだと、答えをせかす。
「切り札を何度も繰り返せば危ういでしょうが今すぐにどうにかなるものではありませぬ、穢れなどにそう負けぬような存在としての強さや神霊との相性の良さを持つのも勇者の要因なのでしょうな」
「そうなんだ」
「しかし、常人たる我々は違います。穢れはそのまま精神を冒す猛毒となるでしょう」
ほんの一瞬の安堵を押し潰す老人の断言。直後に再び机の上に置かれたままになっていた紙は人形に指を差す。
「風雲児様の負の概念的なモノは全て型代となった若武者殿へと移ります。覚えがあるのでは? 見えぬはずのモノが見えたなどが……」
僕が見た人の形をしたナニかは穢れとやらに冒されたが故に見た幻覚なのか。
「人を呪わば穴二つ、逆説的に我等と同じく見えぬモノが見えているはずにございます。例えば腐れ落ちる自身の肉体、身を這い回る払えぬ蝿やウジ、物陰から自らを狙う鬼──」
「あぁ、うん……それで、結局それがなんだってのさ」
前者二つに覚えは無いがあの人の形のナニかが鬼とやらならばきっと同じモノをみているのだろう。今のところ敢えて僕にこの話をした理由が見えないのでまだ話の続きがあるのだろうと、聞いていて気持ちの悪い例えばかりなのを遮って促す。
「若武者殿は、型代にございます」
「ん、それは聞いたよ」
「型代は、役目を果たせばしかるべき方法によって処理されなければなりませぬ」
老人曰く、いずれ海に至る水の流れに乗せて手放すか火にくべて焚き上げるからしい。なんとも嫌な予感しかしない説明である。
「それをしなければどうなるの?」
「元の場所に帰ります、全て、一斉に。若武者殿の場合ならば、風雲児様の元に蓄積された穢れの塊が帰る事になるでしょう」
徐々に蓄積するのではなく、まっさらに綺麗な場所に突然穢れが爆発するように出現する。それはきっととんでもない悪影響を及ぼすだろうと老人は真顔で言う。
「そうなれば、風雲児様とて正気でいられるか怪しいですな」
「それは、嫌だなぁ」
口から出る、率直な感想。
「ならばこそ、若武者殿の死に方を指定させていただきたく」
「ん、予想はつくけど一応言ってみてよ」
「死ぬる時、息のある内に必ずやその身、火にくべていただきたい」
僕に焼け死ねと、穢れを抱えたまま死ねと、そういう事らしい。
「そうしなきゃいけないのは絶対なの?」
「絶対ですな、我等は既にこれを確かめました」
「……んん?」
「あの堅物がその身と命をもって証明いたしました」
「まじか」
元旦の演舞の前に会ってネタとして話した心霊体験のような話、それを聞いて爺さん鴉二羽は自分達も体験していた不可解な事と急にボケた一羽の事や僕と姉に掛けた呪い等の関連性に思い至り、調べに調べた結果今ここで話した全てに辿り着いたらしい。その後、堅物口調の爺さん鴉は四国の未来を思って外道に手を染めていたのが裏目だったのではと思い至り自責の念のまま自害したらしい。
「あの堅物、最後に格好つけて若武者殿と同じく自らを型代にした癖に死に方を間違えましてな。火も水もなく胸の一突きですわ……おかげで全部私に集まりおった」
「うわぁ」
愚痴っぽくなった老人の言葉にはドン引きするしかない。
「どうせなら僕のも持っていってくれれば良かったのに」
「そこまで考えれるほど正気が残ってはいなかったのでしょうな」
二人揃っての乾いた笑い声、老人の短時間だった真顔に梟の笑い声が少しだけ戻ってきた。
「しかし、私が言うのもなんではありますが若武者殿、我等の身勝手に対して平然とし過ぎでは?」
「そうかな? まぁ、そうだろうね」
聞いた限りでは姉が生きている限り僕も死ななければいいだけの話なのだ。『僕は簡単には死ぬつもりは無いよ、いつか至る僕の果てまでは生き続けるさ』と、千景にも誓っている、つまりはこれまでとそう変わらないのだ。
「ようは死ななきゃいい、それだけでしょ?」
「いやいや、穢れに心蝕まれる事をお忘れですか?」
「僕は天恐さ、発狂だって今更な話なんだよね」
医者に診て貰った訳ではないがこれは症状的に確実だと思っている。穢れ云々も結局は今までと変わらないのだ、これからも僕は自らの心身を鍛えて強くなり続ければいい。それで全てが解決する。
「……ほ?」
口を開けたままの間抜け面で固まる梟笑い。
「悪の親玉だの若姉さんを呪っただのって言うから何かと思ったけどさ、話を聞いてみれば結局は大した事じゃ無いんだもん。驚かせないでよ」
むしろ、生き続けるだけで姉の助けになる事ができる、それだけの話だ。
「死ぬまで全力で生きる、死にそうになったら川か火に飛び込むってのが増えただけでそれ以外は普通の事じゃないか」
「左様ですか……生き続けるおつもりならば一つ助言を、穢れを産む行為は決してなさらぬように。穢れは引き寄せ合い、合わさり、膨らみ続けます。その心身を蝕む毒を増やす事になるでしょう」
殺生や同意無き姦淫をするなと言う事らしい、言われずとも普通ならそんな事はしない。
「悪い事はしない、それも普通のことだね」
「左様でしたな……若武者殿はそのような感じでしたか」
二人で揃って、ゆっくりと冷めたお茶を啜る。
「このお茶、冷めても美味しいね」
「ほっ、そうですなぁ」
気の抜けた梟笑いの声を聞きつつ耳で人の声や動く音も同時に拾い、出払っていた人の気配が戻ってきたのを感じ取る。
「一つ聞くよ」
僕に合わせている視線が時折泳ぐ姿に僕が何をせずとも報いを受けているのだろうなと、幻覚の世界に囚われているであろう梟笑いの老人に問い掛ける。
「なんでこんな事したのさ?」
老年に至るまで神職として信仰に生きてきた人間が何故人を呪う行為に手を染めたのか、その動機が少しだけ気になったのだ。
「……半分は、神々が愛するこの地上を、私も愛しく思うが故に。ほんの少しでも、勇者の勝利を手繰り寄せたいが故にございます」
結果的に様々な要因が絡んで姉に僕という爆弾を抱えさせてしまったが、良かれと思ってやったのだろう。
「そっかぁ、もう半分は?」
「娘や孫の如く思う姪が生きるこの世界、滅ぼす訳にはいかぬのです」
この理由は決して半分程度ではないのだろう。この老人が外道に手を染めたのは間違いなく家族のためなのだと、その強い声色と折れる瞬間を想像する事さえできない眼光が物語っていた。
この老人は、大切な存在のためならなんだってする男なのだと容易く悟る。
「やるならあらかじめ言っといてよね、そういうの」
「軽いですなぁ」
僕だって必要と思うならなんでもやる、それだけの話だ。
大事な話とやらはこれで終わりらしく、廊下を慌ただしく行き来していた巫女達が「上里様が倒れた」と話しているのを耳で拾うまで二人で揃ってのんびりとお茶を啜っていた。
─────
廊下にて呼び止めた神官曰く、お役目の最中に意識を失われたようですが大事には至っては……お待ち下さい、そこから先は男子禁制です。あー、いけません乃木様。お待ち下さ……あー、あ~~。との事。
腰にしがみついた神官をそのままに引き摺りながら人の気配を辿った先の部屋には布団に寝かされて横になっている幼馴染と安芸や鷲尾等の見知った顔の巫女や数人の初めて見るであろう巫女と女性神官。
安芸曰く、うわっ、無表情なガチ顔してる。
鷲尾曰く、今のにーちゃんちょっと怖いからひなたねーちゃんに近付いちゃ駄目。との事。僕の腕を掴んで引っ張る鷲尾を無理に振り払う訳にもいかないので静かに眠る幼馴染から半畳分だけ離れた場所に腰を降ろした。
「んーー?」
小さく細い両腕で僕の腕をしがみつくように掴み、自分の体全体を重りに僕を畳に縫い付けるようにしていた鷲尾が突然に首を捻る。
「どうしたの?」
眠る幼馴染から眉間にシワを寄せている鷲尾に訊ねながら視線を移す。
「にーちゃんは変わってないけど変わってる」
「……ん?」
変人と言われてるのだろうか? だとしたらわりと心にダメージがある。
「にーちゃんは変わってなくて怖くないけどにーちゃんが怖い」
「んん?」
もしかしたら鷲尾は友奈よりも遥かに感覚派な人間なのだろうか、言ってる内容が全くもってわからないので翻訳を求めて安芸に視線を向ける。
「こっち見られても困る……あっ、その乃木君の困り顔なら私も怖くないわ、むしろ親近感を感じる」
「怖いのはにーちゃんじゃないからひなたねーちゃんにも大丈夫?」
困難を極めそうな鷲尾語の理解はさておき、首を傾げつつも腕の拘束を解いて衣服の背中を握るのに変えた鷲尾に幼馴染に近寄る許可が降りたのだと解釈し、布団の中で微かにも身じろぎしない幼馴染の側に近寄る。
これだけ近づいてもほんの僅かにしか耳で拾えない呼吸の音の静けさとピクリとも動かない幼馴染の顔とその常よりも白の増した顔色にまるで幼馴染を模した精巧な人形と相対しているのではと心の隅に感じつつ、その蒼白な頬に傷付けないように産まれたての雛鳥に触れるよりも繊細に力を抜いて手のひらを添えて指先で首の横に触れる。感じる幼馴染のやわらかな熱と鼓動に落ち着いた自身の心に、今更ながら自身の精神が緊迫していたのだと自覚する。
なるほどたしかに、これほど内心が緊張していたのなら向かい合った感覚の聡い女の子に『怖い』と言われるのも無理も無いのかもしれない。
「あおば……ちゃん」
幼馴染とはいえ寝ている異性に長く触れているのはよろしくないだろうと手を離そうとした矢先、幼馴染の片手が僕の右手を捕まえて蒼白の上に留め、残る片手が僕の頬に伸ばされた。
「こわい顔してますよ、いやな事でもあったんですか?」
まったく、この幼馴染は自分が倒れて目を覚ました直後にコレか。自分が心配されていたのだと自覚して欲しいものだ。
「ん、幼馴染が神樹にいじめられたんだ」
「誤解ですよ、ちょっと神樹様のこえが大きくておどろいただけです」
「そっか」
まだ少しぼんやりとしているのか幼馴染の声に揺れを感じる。
「神樹をやっつけてやろうかと思ったけど、それなら必要なさそうだね」
「んもぅ、また変なこと言ってますね」
「変じゃないさ、樹木として形があるのなら僕はひなちゃんのために神様だって斬ってみせるよ」
背中越しに「どストレートなテロ宣言だね」と安芸の呆れた声を耳で拾い、部屋の中が女性神官や巫女の困惑の声にどよめく。
「安芸さんもいらっしゃるんですね」
寝起きのぼんやりが抜けてきたのか僕の手を掴んだまま布団から上半身を起こし、視線を安芸と絡み合わせて気丈な表情を作る。
「神託がありました」
そして、幼馴染の口から紡がれる抽象的とも詩的とも言える僕には難解な言葉。長く聞いていたら眠気を誘いそうなその言葉を聞き終えた安芸がすぐさま周りの巫女に指示を出して何人かの巫女が退室する。
「……まもなく、総攻撃が起こります。今までよりもずっと激しい攻撃が……」
強く僕の手を握り小さな声を絞り出す幼馴染。難解な言葉はそういう意味だったのだろう。
「大丈夫、皆は、強いから」
籠る力を増す幼馴染の手、その震えと僕の内心にもある不安を握り潰す用に幼馴染の手を握り返して少しでも不安が薄まる事を願い一言一句言い聞かせる。
「……そう……ですね。青葉ちゃんが大丈夫って言ってくれるなら、大丈夫ですよね」
「ん、そうさ」
「話は変わりますけど……」
首を動かして周囲を見回した後に僕と視線を合わせる幼馴染、何だと言うのか。
「勘違いかも知れませんが……ここ、男子禁制の区域では……?」
「ん~、そんな事聞いたような……聞かなかったような……?」
「いやいや、ガッツリ男子禁制の区域だよ。いきなり現れた時半泣きの大社の人が止めてたじゃん」
再度呆れた声を放つ安芸の発言と残っていた数人の巫女と女性神官の頷く姿に幼馴染の眉が逆さまな八の字を記す。これは、間違いなく怒ってる顔だ。
「青葉ちゃん」
「ヒェッ……」
寝起きにこれほどまでに冷たさと迫力を兼ね備えた声を出せる幼馴染がちょっと……いや、かなり怖い。
久々の幼馴染による雷魔法の予感に、肺から空気が漏れ出して喉を鳴らして情けない音が鳴る。
「にーちゃんはねーちゃんだった?」
トンチンカンな鷲尾語を背中越しに聞きつつ、僕と幼馴染を送る車の支度が整うまでお説教は続いた。
青葉くん
君のためなら神様だって斬るよ(その神様を信仰する組織の施設内で巫女に背中を掴まれながら)大事な話?なんや、言うてみぃや。死ぬな→普通の事やろ。殺生するな→おう、普通の事やな。無理強いな姦淫をするな→せやな、普通やな。……改めて言わんでも普通の事だけやないかい、呪っただの悪の親玉だの前置き仰々しいねん。発狂?既に片足突っ込んどるわ。いずれ火か水の中で死ぬ以外は普通。穢れを放り込むゴミ箱ではない、若葉さん専用の外付け穢れタンク。最初に言ってくれれば普通に手伝った。
ひなたちゃん
平気な顔で武装している幼馴染が心配、だけど使い方を間違えないと信頼しているし状況的にも仕方ないかなと思って何も言わない。大社の指名で神樹様からの電話の応対したらスピリチュアルなテレビ電話だった、スピリチュアル過ぎて気絶。寝起きに幼馴染が常ではないちょっと怖い顔していたのをナチュラルに心配しちゃう、原因は貴女です。ここ男子禁制じゃ?……え?押し通ってきた?そこに正座しなさい。
安芸さん
あっ、来てたんだ。今日はガチの顔なんだね。唐突に現れた青葉くんがガチの顔していたので部屋中にアイコンタクト、刺激しないように様子見しようか。怯まずに青葉くんを捕まえた鷲尾ちゃんにビビる。
鷲尾ちゃん
にーちゃんが何か変わったと思ったけど変わってなくてにーちゃんは怖くないけど怖い、怖いのはにーちゃんじゃなくてにーちゃん。もしかしてねーちゃん?でもちんこついてたからにーちゃん。ひなたねーちゃんは怒ると怖い。
お爺三羽鴉
また一羽リタイアして残り一羽。一羽になっても三羽鴉、穢れが三羽分。ガチギレされて殺される事も視野に入れた上でのお話だったけどなんか普通に流された。ヘイトを自分に向けるためにちょっと不遜な態度+謝らない、でも流された。何故だ。お堅い神様への信仰をガチで貫いてた結果童貞、云十年貫いた信仰を曲げるほど姪が可愛くて仕方ない。幻覚で人は死なねぇやろと開き直って幻覚を無視し続ける図太き爺さん。
梟の姪
死ねば骨と灰になるまで触れるなと前日にいきなり厳命されて首を捻ってたけど青葉くんが来たのを見て直感で武装解除させた、でもあんまり意味なかった。叔父大好き。
部屋の巫女と女性神官
上里様パネェ、なんかヤバそうだった人をガチ説教で半泣きに追い込んでる。
医者
大変な目にあった患者を安心させるために笑顔で接する医者の鑑。
神官
引き摺られた、可哀想。安芸さんに「なんとかなるでしょ」と言われて退散した。
───
説明の多いお話でした。
誤字報告ありがとうごさいます。