乃木さんちの青葉くんはこんな感じである   作:ቻンቻンቺቻቺቻ

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45:穢れ無き感じの唇、もしくは幸せの話

 収縮し、空気を限界まで逆流させては酸欠を回避する最低限の酸素だけを取り込んではまた収縮するを繰り返す肺腑。痙攣し、不様に喘ぐ醜悪な音を鳴らす咽喉。せめてもの尊厳だけは守らねばと唇を強引に引き結び、硬さを増し続けて豆さえできぬ自身の手でだめ押しに口を塞ぐものの、意思に直結しない反射的な肉体活動により暴発する吐気に混じり赤黒い滴が指の隙間から漏れ落ちる。

 

「おのれ、土居球子……!」

 

 震えながらも赤い顔で大粒の涙を滲ませる小柄な少女に言葉を叩きつける。

 

「裏切ったのか……騙したのかぁっ!」

 

 手で口を押さえたままのくぐもる声を放つ度に、指の隙間から漏れ出る赤黒い滴は量を増し、流れ落ちて小さな斑点を落ちた先に描く。

 

「ちっ、違う……」

 

 普段の晴天のような溌剌な姿の面影を見せない曇天の面持ちで小さく首を左右に振る少女が弱々しく言葉を落とした。

 

「なにが……ちがう」

 

 呼吸のままならさに言葉をつっかえさせながらも問い詰めて少女の言葉を待ち、少しの間の後に更なる反論が帰ってきた。

 

「当たりは……一つだけだって……言ったろ」

 

「え? じゃあ私以外みんな激辛なの?」

 

 ニコニコしながら一口サイズのチョコレートを紅茶と共に楽しみつつ事の成り行きを見守っていた友奈の言葉にお茶会のテーブルを囲んでいた全員の時が止まった。

 

「そっかぁ……ヒー……当たりって……フフォー……安全って意味で……ヒャー……当たりん"ん"っふ……だったんだね」

 

「ついでに、言うと、反応的に、余った、唐辛子を、ありったけ、入れた、大外れを、食べたのは、タマと、青葉だな……ピィェア~~ゥ……」

 

 つまり、UMAの鳴き声で締め括った球子の発言が真実ならば僕と球子はロシアンルーレットでこめかみにあてがえたピストルからビーム砲が発射された後の状況という事らしい。

 

「うわぁ、タマっち先輩も青葉くんも凄い汗」

 

「一口でこんなになってしまうなんて、お腹壊してしまうんじゃないですか?」

 

 用意していたグラスに牛乳を注ぎつつドン引きする杏と手早く布巾で僕の口から零れ落ちた唐辛子色のチョコレートを拭き取る幼馴染。

 

「これ、食べなきゃ駄目か?」

 

「ルール通りなら食べなきゃ皆から手加減無しのデコピンだけど……どっちがマシなんだろうね?」

 

「エンジョイって……こんな選択を迫る事もあるのね」

 

 一口サイズのチョコレートにドン引きの視線を向ける姉と余裕の表情の友奈、千景もチョコレートを指で摘まんで眉尻を下げている。

 

「普通の、外れは、カレーの、辛口より、ちょっと、辛い、くらいだぞォヴァーゥ」

 

 球子の発言の後に全員がこめかみにあてがえたピストルの引き金を引き、そこそこ程度に悶絶した後に皆で牛乳を飲み干した。

 

「ふひー、やっと落ち着いてきた。それにしてもみんなが内緒にしてた事ってお菓子作りだったんだね」

 

 友奈が焼き上げたちょっと硬めのクッキーを齧って口直しする。舌の上でほろりと形を崩してほわりとひろがりバターの風味がダメージを負った口内に心地よい。

 

「うん、みんなでそれぞれ別のお菓子つくりに挑戦してみたんだよ」

 

「お茶会とサプライズとロシアンルーレットで三倍エンジョイだ、なかなかのアイディアだろ」

 

「ん」

 

 ふわふわと笑う杏に続く牛乳の入ったグラスを手に持った球子の笑みに頷きを返す。喉元過ぎればなんとやら、たしかに先程の激辛での悶絶もエンジョイの一部である。

 

「このチョコでマシュマロを包んだやつは杏ちゃんが作ったんだっけ?」

 

「うん、タマっち先輩のチョコで唐辛子団子を包んでるのを見て思い付いて一緒に作ったんだよ」

 

「ん、なんだか納得」

 

「……?」

 

 薄いチョコの軽い食感と中のマシュマロのふわふわな歯触りがふわふわな雰囲気の杏に妙に似合っている気がしたのだ、深い意味は無い。

 

「ところでなんで急にお菓子作り……あっ、そっかぁ。バレンタインの季節だもんね」

 

 ふと思い付いた疑問を口にしている途中で今の季節に思い至り自己解決し、無意識に一度頷いてからティーカップを傾けてなるべく音を立てないように紅茶を口に含む。味覚でも感じられる程の鮮やかな香りを楽しんで喉の奥に紅茶を流した頃になにやら皆が千景に生ぬるい曖昧な視線を送っているのに気付いた。

 

「青葉ですらコレだぞ」

 

「……何も……言わないで」

 

 球子の言葉に目を逸らす千景、何かあったのだろうか。

 

「でも、私は青葉くんの意識の中にバレンタインが在った事にちょっと驚きかも」

 

 季節の催し事を覚えているだけで驚かれるだなんて僕は友奈にどう思われてるのかがほんのり伺える、友奈には僕の事を何も考えて無いアッパラパーだとでも思われてるのだろう。若干のやるせなさを感じつつも姉が作ったというトリュフを口に入れて転がす。

 

「そういえば以前はバレンタインの季節に青葉は引っ張りダコだったな」

 

 ティーカップを傾ける姉に集まる皆の視線、杏が鳴らす鼻息の音が微かに耳を打つ。

 

「実は青葉くんはモテてたのかな?」

 

「いや、違う」

 

 ウキウキとした杏の問いに即答で答える姉、モテてないのは事実だが姉に力強く断言された事にどうしようもない虚無感を覚えてしまう。

 

「じゃあ、なんでかな?」

 

 急激に荒ぶりかけて即座に鎮火された杏から空気が抜けていくのをそのままに友奈が姉に問う。

 

「それはだな……青葉、今食べたトリュフの感想をできるだけ詳細に教えてくれ」

 

「ん、まずは見た目、表面を覆ったココアパウダーのふわふわ感と一口でぱっくり食べれちゃうコロッとしたサイズが合わさって可愛らしいね。口に入れた時にサァってココアパウダーが溶けて広がって食べた瞬間から甘くて時間差でチョコ部分がぶわ~って溶けて時間差で二度美味しいよ。んでんで、若姉さんが作ったこのトリュフを食べたのは今ので三粒目なんだけどさ、スタンダードな混じりっけ無しなやつだったり砕いたナッツが入ってたり……今食べたのは崩したウエハースかな? が入ってたり見た目だけじゃわからないアクセントが混ざってて食べてて楽しいよ。美味しくて楽しい、実にエンジョイだね」

 

 できるだけ詳細にと言われたのでちょっと頑張って喋ってみた。

 姉と幼馴染以外が今までに無いくらいの驚愕の顔で僕を見る、何故だ。

 

「青葉が知能指数が急に高くなった……いや、お前ニセモノだろ!」

 

「実は三つ子だったの?」

 

「乃木さんちの青葉は僕一人だけだよ?」

 

 警戒心を露に身構える球子と呆けた顔をしている杏。ここにいる僕はクローンではないし三人目の乃木姉弟でもない。ちょっと頑張って喋ってみただけで偽物と疑われるのは非常に心外だ。

 

「まぁ、この通り青葉は食事に対しては知能が上昇するし美味しそうに食べるからな。本命の相手にチョコを渡す前に男子からの意見を聞きたかったり自信を持ちたかったりする女子にとっては試食係にうってつけだったんだ」

 

「たしかに青葉くんは食べる事に情熱をもってるよね、特にうどんとか」

 

 姉の説明に納得の声を上げる友奈。姉の説明では食事時以外はアッパラパーだと言われてる気がするが深く追及はしないでおく。

 

「何故か青葉ちゃんに試食をお願いしたい人達が若葉ちゃんや青葉ちゃん本人ではなくて私に許可を求めに来ることが多かったのですが……あれはなんだったんでしょう? 私がどうするってお話では無いと思ってたのですが……」

 

 思い出したかのように口を開き、頬に手を当てながら小首を傾げる幼馴染。その言葉に僕も天災前に通っていた小学校での事を思い出す。

 

「そういえば僕も『上里さんにも話しといた方がいいよね?』なんてたまに聞かれた記憶がうっすらと……あるような……」

 

「うぅむ、もしかしたら青葉はクラスメイト達に自分の事を自分で決めれない情けない男子だと思われていたのかもしれないな」

 

「まじか」

 

 もしも本当にそんな目で見られていたのならば一人の男子として恥ずかし過ぎて屈辱なのだが。

 

「わざとなのかな?」

 

 真顔寄りの微笑みな友奈、なんの事なのか。

 

「誰か指摘してやれよ」

 

 稀に見る呆れた半目の球子、何をだろうか。

 

「きっとそういう芸風なんだよ」

 

 常通りのふわふわな笑顔な杏、なんなのか。

 つまりはどういう事なのかが解らないので訊いてみた。

 

「乃木くんは色々な人にとって……勘違いの起こりようがないセーフゾーンだったって事よ」

 

「ん、そうなんだ……?」

 

 危険人物扱いされるよりは安全に思われる方が良いとは思うが、頭の中で話の前後が繋がらない千景の言葉に首が傾いて視界も傾く。

 

「そんな事よりだな」

 

 僕にとってはプライドに関わりうる可能性をバッサリと切り捨てた球子が僕に向けて皿に載ったチョコマフィンを押し付ける。

 

「青葉の味覚を試してやろう、全力で千景の作ったコレをレビューしてみせろ」

 

「ちょっ……! 土居さん!」

 

 ニヤニヤと笑う球子とおどおどとしながらも慌てた姿の千景。

 

「タマ達はもう試食してるし作ってるところも見てたからな、見当違いな事を言ったら笑ってやるぞ」

 

 挑発的な球子の物言いにむくむくとやる気が湧いてくる。

 

「ん! 受けて立つよ」

 

「どうせなら褒め殺すつもりでレビューしてみましょうか」

 

 ニコニコと笑う幼馴染、唐突に解禁された褒め殺しだがお菓子を褒め殺すとはこれ如何に。あわあわとしている千景の視線を受けつつ手のひらサイズのチョコマフィンを掴み、指に感じるしなやかかつモフモフなさわり心地に食感への期待を抱きつつ口へと運ぶ。

 

「んっふ~」

 

「で、どうなんだ?」

 

 よく噛んで味わい、飲み込んでからの鼻から吹き出る余韻の息。球子が感想を急かし、視界の皆が好奇の視線を寄せて、不安そうな千景の緊張した様子も目に映る。

 

「食べる時にまずふわふわでもちもちな食感が唇に当たって心地よくてさ、噛むときもフワッて歯が通るんだ。それでもってマフィンのしっとり感もしっかりしてて一口目から食べ応えをスッゴくかんじるよ。味もね、甘過ぎず甘く無さ過ぎずでチョコの香りとほんの少しのほろ苦さがとっても生きてるって感じる、マフィンとチョコが調和しててもうこれマフィンの形になったバレンタインだね」

 

「……えっと……?」

 

「率直に言って凄く美味しい。好きな味」

 

「…………」

 

 僕の喋り方が回りくどかったのか小首を傾げた千景へと伝えるストレートな感想に千景が固まる。

 

「べた褒めだね」

 

「ん、それでもってさ」

 

「まだ言い足りないのか。良いぞ、タマが許可するから全部言え」

 

 鼻息荒くニッコリする杏とニタニタと笑う球子。なにやら許可がでたのでレビューを続けるために噛みちぎったマフィンの断面を皆に見せる。

 

「今断面を見て気付いたんだけどさ、まるでお店で売ってるやつみたいにマフィンの気泡が均一なんだ。さっき言った口触りと歯応えの良さの正体はコレなんだろうけどさ、コレって丁寧に生地を混ぜて丁寧に型に入れて丁寧に焼かないとこうならないらしいんだ。つまり千景ちゃんはスッゴく丁寧にこのチョコマフィンを作ったんだね」

 

 テレビ番組で得た知識なので多分間違いではないはず、レビューを続けていると少しずつ固まっている千景のかんばせに朱色が増していくのが伺える。

 

「こんなにも丁寧に作られたマフィンには千景ちゃんが食べる人を思って頑張ったんじゃないかなって思えるよ、こんな手作りのお菓子をバレンタインに贈られる人はきっと幸せ者だね」

 

 お菓子を褒め殺すというのはこんな感じでいいのだろうか、全力のレビューはこれで終わりなので二口目を頬張る。実に美味しい。

 

「……そうですか」

 

 うつむいて長い黒髪に顔を隠す千景、何故丁寧語なのか。

 

「やるじゃん青葉、5タマポイントやるよ」

 

「ふふん」

 

 僕を笑い者にしようとしていた球子にとっても僕のレビューは満足のできるものだったらしい、渾身のドヤ顔でティーカップの紅茶を飲み干す。

 

「さすがですね青葉ちゃん」

 

 上機嫌なニコニコ顔の幼馴染が紅茶のおかわりを注いでくれたのを受け取ってからの三口目で完食、心暖まる美味しさに頬が弛むのを自覚する。

 

「……あの……乃木くん」

 

「ん?」

 

 ほんの少しだけ上がってきた千景の顔、作ったお菓子を褒められて照れているのか朱色の差した頬が微かに見える角度で千景が薄く言葉を紡ぐ。

 

「今……幸せかしら……?」

 

「ん!」

 

 大切な皆と同じテーブルを囲んで楽しくお茶会、更にこんなにも美味しいお菓子もあるとならは幸せ以外に言いようがない。

 

「また……お菓子を作ったら……食べてくれる……?」

 

「勿論さ、喜んで」

 

 元の姿勢に戻った千景、繊細な曼珠沙華がほころぶ。その大輪に、心が温まる。

 こんなに良い気分になれるお菓子をまた食べれるとあらば是非もない、二個目のチョコマフィンに手を伸ばしつつも次の機会がもう楽しみになってきた。

 

「へい青葉。ついでにこっちもレビューしてみろよ」

 

 二個目のマフィンをぺろりと平らげてしまった直後にニヤニヤ笑いの球子から渡された一口サイズのチョコ、反射的に受け取ってしまったがあからさまに怪しい。

 

「えー、また唐辛子?」

 

「いや、そいつに唐辛子は使ってないぞ。タマ、ウソ、ツカナイ」

 

「タマちゃんのカタコト喋りが怪しすぎるね」

 

「んじゃあ食べる」

 

 唐辛子を使って無いと言うのなら大丈夫だろう、数年の付き合いの中で球子が嘘を吐いた所を見たことが無い故の信用なのだ。

 

「こんなに怪しいのに躊躇無く食べちゃうのはさすが青葉ちゃんですね」

 

 ニコニコしながらもどこか呆れた風な幼馴染を尻目に口に放り込んだチョコを噛んだ瞬間口内に電流が走り、

油断しきって弛めていた全身が跳ね上がる。

 

「ん"んっほっ!」

 

 口内を蹂躙する甘さや辛さ等の既存の味覚とは違う悪魔的な刺激、しいて言うならば痺れと表現するべき味。紅茶で口内を洗浄したくても唇を微かにでも開けば吹き出してしまいそうな強烈な刺激が迸る。

 裏切ったのか、騙したのか、何故だとの思いを込めて球子に視線を向ける。

 

「タマは唐辛子は使ってないと言った」

 

 不遜な態度の球子。

 

「だが、他の香辛料を使ってないとは言ってない、それは花椒って言う香辛料だ」

 

「タマっち先輩が悪辣なのかな、青葉くんが迂闊なのかな?」

 

「う~ん、どっちでもいいんじゃないかな」

 

 イタズラに成功して勝ち誇ったような笑みを浮かべる球子の横で杏と友奈がやれやれと言わんばかりの表情で紅茶を飲みつつ言葉を交わす。

 球子が言うにはこの花椒は少量でも激辛な唐辛子を求めて入った香辛料の専門店で見つけた物らしく、基本的に中国が原産地の花椒はこの情勢では手に入りにくいちょっと貴重な物らしい。カタコト日本語の怪しい店主にイタズラに使いたいと言ったら気前よく天災前の値段で売ってくれたとの事。

 

「ん"ん"~~!」

 

 だがそんな余談はどうでもいい。強烈な痺れに飲み込もうとしても胃が受け付けずに喉を通らず、吐くにもほんの少しの唇の緩みで勢いよく吹き出してしまいそうな現状が、辛い。

 

「ふはは、青葉のその顔が見たかった」

 

 お の れ !

 

 ついには高笑いをし始めた球子には流石に報いを受けさせざるを得ないと確信し、引き結んだ唇を噛んでしっかりと抑えつつも喉の痙攣に肩を震わせつつ球子へ迅速に駆け寄って捕まえる。

 

「あ……やべ、真顔だ……」

 

「何事にも報いを、か。球子、無茶をしたな」

 

 姉の諦観を感じさせる声を背中に聞きつつ抵抗させる暇を与えないように即座にかつ怪我をさせないように床に転がし、仰向けに倒れた球子の腰を両膝でしっかりと挟んで固定。

 

「わわっ! なにするつもりだ!?」

 

「んっ!」

 

 一本釣りされた鰹のようにビタンビタンと暴れて僕の脚を小さな手で押し退けようとする球子を逃さないように気を付けつつ上半身だけ振り替えって手を伸ばす。求めるのは激辛チョコ。

 

「さっきのロシアンルーレットで食べたのが全部だったみたいだぞ」

 

「視線と『ん』だけで何を求めてるのかノータイムで通じるのはさすが双子だね」

 

 チラッとこちらを見た後にテーブルを見回してそのままティーカップを手に取った姉と呆れとも感心ともとれる声色の杏。

 

「そっ、そういう事だ。諦めてタマを解放しろぉ!」

 

 何事にも報いを、多少の感覚の違いはあれど同じく味覚にてダメージを受けて貰おうと思ったのだがロシアンルーレットのピストルは弾切れらしい。

 

「それじゃあもう青葉くんの口の中にしか辛いの残って無いんだね」

 

 友奈の発言に全員の時が止まり、時間差で球子か小さくか細い悲鳴を漏らした。

 

「友奈さん、わざとなのかな?」

 

「え、なにが?」

 

「天然って言う……芸風ね」

 

 戦慄する杏に常通りの朗らかな疑問符を返す友奈、千景が苦笑いしながらクッキーを控え目に齧る。

 

「……なぁ、まさか……だよな?」

 

 我関せずな態度を貫く姉と幼馴染が互いに紅茶のおかわりを注ぎ合っているのが視界に映る中、僕の下から球子の激しく震える声が部屋に小さく響く。

 

「……ん」

 

「なんだよぅ……今の間はなんなんだよぉ」

 

 下ろした視線、夕焼けの如く赤くなって硬直している球子の視線と絡む。

 腰を曲げて手を球子の赤い顔の横に置き、倒した球子と平行になった上体を支えてみた。

 

「うわあぁぁぁぁっ! やめろバカ! 誰か助けてぇ! ひぃぇぁぁ!!」

 

 間近に見える球子の顔は混乱の様相、実行に移すつもりの無いただの脅かしているだけの行動なのだが球子には十分以上の報いになったようだ。

 

「ややややめろ、タマが悪かった!ゴメン、マジでゴメン! だからそれだけはやめろ! 勇者は"無垢で穢れ無き少女"ってのじゃなきゃいけないらしいんだぞ! そんな事しちゃダメなんだぞ!」

 

「わぁ、床ドンだぁ」

 

「写真撮ってる場合じゃないぞあんず! 助けてくれぇ!! 青葉に汚されるぅ!!」

 

「大丈夫、動画だよタマっち先輩」

 

「な゛に゛し゛て゛ん゛た゛よ゛ぉぉっ!!」

 

 半泣きで咆哮する球子。不思議と愉しくなってきたのだがこれ以上はホントに泣いてしまいそうなのでこれで終わりにする事にした、報いとは必要以上にやってはいけないのだ。

 唾液で薄まって刺激の少なくなった口内の物を飲み込み、震えるだけの球子の上から離れる。

 

「うああぁっ! このバカヤロー!」

 

「ぶぇあっ!」

 

 離れたが、すぐに体を起こして追い掛けてきた球子に平手打ちを叩き込まれた。どうやら引き際を間違えて既にやり過ぎだったらしい。

 

「仲良しだね」

 

「そうね」

 

 朗らかな友奈の声と穏やかな千景の声。

 

「ん? 紅茶の味が変わったな」

 

「おかわりの茶葉を変えてみたんです」

 

 我関せずを貫き通す姉と幼馴染。

 

「真っ赤なタマっち先輩かわいいなぁ」

 

 ほっこりとしつつスマホで撮影を続ける杏の満足そうな声。

 

「半裸パンツ並みに怖かったんだぞぅ、このアンポンタン!」

 

 僕の胸ぐらを掴んで前後にガタガタと激しく揺らす球子の涙目にそこそこの罪悪感を覚えつつ、鼻息荒くエンジョイの空気を纏っている杏が球子の混乱にトドメを刺したのではと釈然としない思いも抱えながらも半泣きの球子の小さな手にされるがままで揺らされる。

 

「青葉の癖にぃ!」

 

 報いの報いを受けているこの状況に、"負のスパイラル"という言葉がふと脳裏をよぎる。この悲しい連鎖は、僕が耐えて断ち切ろうと揺れる視界の中で心に決めた。











青葉くん
食事に情熱を持っている。色んな人にとっての安全地帯、何故かって?いつもすぐ傍に大好き光線を向けられてる幼馴染と姉がいるからさ。本人達に自覚無し。青葉くんにとってバレンタインの直前はチョコをたくさん食べれるシーズン。千景の作ったお菓子に幸福を感じた。千景がまたお菓子をつくってくれるらしい、やったぜ!超にっこにこ。報いの接吻(脅し)脅かし過ぎて更に報いを受けた。

若葉さん
一部特殊な性癖に理解ある深読みする人達が青葉くんを借りたいと許可を求めて来ることがあった、首を傾げつつ『好きにすれば良い』って感じで許可してた。参考にしたレシピ本のワンポイントアドバイスにしたがってトリュフに色々混ぜてみた。視線と『ん』でだいたい伝わるコミュニケーション。どうせヘタレだから実行はしないだろと信頼故に放置。そーかそーか、好きな味か。

ひなたちゃん
青葉くんが安全地帯だと思われていた理由の大部分、凄く仲良し(意味深)だと回りに思われてたので青葉くんにチョコを食べさせても本命にも青葉くんにも第三者にも勘違いされないと思われていた。でもひなたちゃんにはキチンとお話しておかなきゃねの精神で色んな人が許可を求めにきた。本人に自覚無し。青葉くんは相手が本当に嫌がることはしないという信頼故に放置した。やりましたね千景さん!バレンタインは成功……え?本当は普通にお菓子を作っただけ?……あっ、はい。

タマっち
イタズラして良いやつは、イタズラされる覚悟が有るやつだけだ!タマっちは覚悟していた、だけどやり返された事が覚悟以上だった。体格と力に差がある異性に押し倒されて激辛注入されそうになった、かなり怖いわコレ。勇者システムを起動させる寸前だった。

杏ちゃん
ふわふわな杏ちゃんが作ったお菓子はふわふわだった。あぁ~~、床ドンされて真っ赤なタマっちかわいいねぇ、動画撮影しようねぇ、あぁはぁ。

友奈ちゃん
クッキーが美味しく焼けて嬉しい!辛いのが無い?青葉くんの口の中にあるじゃん。この一言がバイオレンスの幕開けだった、コレなければ青葉くんは多分デコピンくらいでやめてた。天然。誰が何と言おうと何気無い一言が悲劇の引き金になろうと天然。

千景ちゃん
唐突に始まる自分が作ったお菓子のレビュー、めちゃくちゃ褒められて嬉しいし照れる。お菓子作りの動機の『友達』がぽやぽやのにっこにこになって凄く嬉しい。またお菓子を作ったら食べてくれるって、ゲーム以外の趣味ができた瞬間である。幸せと言ってもらえる喜び。

香辛料店の店主
ユーシャが買い物に来たアルヨ、コレ宣伝に使えるネ。

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