乃木さんちの青葉くんはこんな感じである 作:ቻンቻンቺቻቺቻ
三月、それは丸亀城勇者教室において勇者の鍛練によって一般的な公立学校とは少しだけズレたカリキュラムでの学年末テストの季節。この時期は勉強苦手三人衆が一年先の勉強をこなしている千景を先生として招き、ちょっとだけ他人より軽い頭に教科書の内容を詰め込む時期でもある。つまりは勉強会である、勉強会であるのだが──
「タマっちと友奈ちゃん遅いね」
「そうね……何かあったのかしら?」
春休み期間の自由な時間を確保するための、しいては皆が揃った花見をするための時間を確保するための大事な勉強会なのだが僕よりはちょっとマシ程度のおつむな二人が勉強会を始める予定の時間になっても姿を現さないのである。
何か急な用事でもできたのだろうかと、連絡に僕達が気付いていないだけなのかと思い重さに慣れてしまったスマホを確認してもなんら着信は無し、まさか香川一安全なはずの丸亀城内で二人に何かトラブルでもあったのだろうか?
「んー、気になるなぁ」
「あの二人なら来れなくなる場合は連絡をくれると思うから……ちょっと遅れるだけじゃないかしら」
「そうかもしれないね」
細かい所は実はマメな球子ととても人に気を配る友奈ならば予定に大きく影響するようや事なら連絡をくれるはずだと思うのは僕も同感だ。きっと遅れるつもりは無かったけど何かちょっとした事で結果的に遅くなってるだけなのかもしれない。そうだと思い込む事にする。
「んじゃあ、すぐに来るかもしれないしお茶用意しておくよ」
「……手伝うわ」
「ん、大丈夫。実は後は急須にお湯を注ぐだけって所まで支度してあるんだ」
「…………そう」
今日の僕はあらかじめある程度の支度をしている準備のいい男なのである。立ち上がりかけて座り直した千景と向かい合って座っていたちゃぶ台から離れ、お湯を沸かす位しか使ってない狭くて殺風景な台所のポットから急須にお湯を注ぐ。
「警備の詰所からこっそり借りてきた謎の茶葉を使ってみたんだ、僕も初めて飲むからどんな味かはわからないやつ」
警備の詰所にある給湯室の棚の奥にあったラベルのない茶筒に入っていた謎の茶葉を借り、代わりに僕と姉がまだ実家にいた頃から常飲していた銘柄の茶葉を貸してきたのだ。お茶を気付け薬にしたり味わう事をしない警備の連中相手ならこの貸し借りは多分バレないと思う。
「……そう」
さっきまで平常通りだったのだがなにやら少しだけしょんぼりしてるように見えなくもない千景。闇鍋にも似たワクワク感のあるお茶に少し浮いていた気分が瞬間的に引き締まる。
「千景ちゃん、もしかして調子悪い?」
「……え? そんな事無いわ、普通よ」
そう言う千景は確かに平常に見えた、今しがた見えたしょんぼり感は気のせいだったのだろう。そう思う事にして急須から二人分の湯呑みにお茶を注ぐ。湯呑みから立ち上る湯気に乗って鼻に届く香りがなんだか弱々しく青っぽい。
「渋さも甘さも薄い貧相な味だね」
「普段飲んでるのと比べると……がっかりな味ね」
香りが残念なら味はどうかと期待したのだが味も残念だった、これはお湯に色と香りを付け足しただけのお茶以外の何かとしか言いようがない。きっとこのお茶は存在を忘れられて放置されていた大した事ない茶葉なのだろう、ワクワク感を返して欲しいものである。
「まだ二人ともこないみたいだし……先に始めようかしら?」
二人で色付きのお湯を幾らか飲んで落ち着いた所で千景からの提案。
「ん、そうしよう……あ、ちょっと忘れてる事があった」
「どうしたの?」
先に始めててもなんら支障は無いし千景の提案に乗ろうとした所でふと前触れ無く勉強会に関係の無い事を思い出して立ち上がり、収納スペースを余らせていた押し入れに寄って戸を開く。
「んっふっふ、そういえばコレを見せるのは千景ちゃんが初めてだったかな」
別に意図して隠していた訳ではないが結果的にコッソリと扱っていたモノをすかすかな押し入れから取り出す。
「……なに……それ」
「僕のキノコです」
押し入れから取り出したのは最近増えた僕の趣味の産物、この前ホームセンターに行った時にビビッときて衝動買いしたシイタケの栽培セットだ。菌床というブロック状のキノコの種のような塊から育てたモッサリと山盛りに生えたキノコ、それに今日の分の水やりを忘れていたので思い出してるうちに水をやろうと思ったのだ。
「……たしかに……キノコね」
最初は戸惑いの表情を見せた千景も好奇心を刺激されたのか僕のキノコに顔を寄せて興味深そうに呟く。
「ここ二・三日で急に大きくなってきたんだ」
「ホントに……大きいわ」
「こんなになっちゃうなんて僕も予想外だよ」
一番大きいキノコで傘の部分の直径が握り拳の手の甲よりも遥かに大きいのだ、シイタケ栽培セットと銘打って売られていたのだがもしかしたら僕はキノコの妖怪を育ててしまったのでは思うほどの迫力がこのキノコには備えられている。
「これをこうして……よし!」
当初の目的である水やりは霧吹きでキノコの表面を湿らせる程度に掛けてやるだけの簡単な作業なのである。このお手軽さが当初考えていた花か盆栽の世話からキノコの栽培に鞍替えした最大の理由なのだ。
湿り気を帯びた僕のキノコがツヤツヤと黒光りする。
「……ツヤツヤね」
「自慢の一品さ」
山盛りに生えているふっくらとしたキノコもそうだが、この特別肉厚で大きくツヤも段違いなこのキノコはきっと食べ応えのある素晴らしいキノコになるだろう、もうすぐなはずの収穫の時が今か今かと待ち遠しい。
「触ってみても……いいかしら?」
肉厚で大きいとはいえ多分普通のキノコ、触って危ないモノでは無いし渋る理由は無い。
「ん、やさしくしてね」
千景の細い指が僕の特別大きなキノコの傘をゆっくりと優しくつつく。
「どう?」
「どう言えば良いのかしら、やわらかいのに……かたいわ……変な感じ」
興味深そうに僕のキノコを指先で慎重に撫でる千景、キノコの不思議な感触を言い表す言葉がうまく見つからないらしい。
「食べてみる?」
「え、食べれるの?」
「もちろんさ」
まだ収穫に適しているとされる傘の開きかけな形ではないがキノコは若い状態でも美味しいのだ、今日の勉強会のおやつに山盛りのキノコから幾らか収穫して醤油で焼いてみよう。醤油を垂らして焼くだけなら目玉焼きがせいぜいな僕の料理技術でもなんとかなるだろう。
特別大きなキノコを残して、手頃なキノコを幾らか指で摘まんでもぎ取る。自分が育てた食べ物を収穫するというのはなかなかに心が踊り、いつの間にか頬が少し弛んでいるのを自覚。
「私も……やってみていいかしら?」
「うん」
「コレを……こうすればいいのね?」
またも好奇心を刺激されたのか僕のキノコをおそるおそるな様子ながらも指で摘まんでぐにぐにと揺らしてもぎ取ろうとする千景。優しく扱い過ぎているのか僕のキノコは上下に揺れるだけでなかなか収穫されない。
「もうちょっと強くても大丈夫だよ」
「えっと………こう?」
ポロリと取れて千景の指に持ち上げられる僕のキノコ。いや、千景が収穫したからもう千景のキノコか。
「取れたわ」
「取れたね」
自らの白い手に収まったキノコを見てからなんとも言えない顔で僕を見る千景、特に理由は思いつかないけれど何故か可笑しくなって二人で小さく笑い合う。
「お前らマジで何やってんだ!?」
「やっぱり男の子のって取れるの!? それって大丈夫なの!?」
前触れ無く激しい音を立てながら扉を開いて部屋に雪崩れ込んでくる球子と友奈、なにやら顔をこれでもかと真っ赤に染めながら激しく錯乱している様子。
「どうしたの二人とも?」
「どうしたのじゃねーよ! このスケベ野郎め、むしろお前がどうしちゃったんだよ!」
いきなり罵倒される謂われはないのだが、明らかに混乱している球子こそどうしちゃったのだろうか。
「ん? んん?」
「青葉くん、じゃなかった。大丈夫なの青葉ちゃん? それって取っても大丈夫なの?」
キノコの話だろうか? たしかにお店で見るような形まで育ってないが松茸だって傘の開かない若い状態が食べ頃なのだ、シイタケだってこの状態も美味しいのである。なんら問題はない。
というか何故急に"ちゃん"付けなのか。
「大丈夫だよ、コレ位も美味しいんだ。友奈ちゃんもタマっちも食べるよね?」
「ふぇぁっ!? 何言ってんだよぅ!?」
「食べたら無くなっちゃうよ! ずっと青葉ちゃんだよ!?」
「まだ沢山生えてるよ?」
『沢山!?』
騒ぎ立てていた二人が声を揃えて驚き、なにやら衝撃を受けてビシリと固まる。ここまで訳のわからない反応をされると僕の今までの経験的にお互い認識の齟齬が発生しているのではないかと考えが至り、意見を求める為に千景へと視線を向けてみる。
向けた視線の先に、俯いて長い黒髪で顔を隠してしまっている千景の姿。
「…………理解したく……なかったわ」
蚊の鳴くような声の千景はどうやら僕よりも早く真相にたどり着いていたらしい。つまりはいつものであるようだ。
いつものだという事がわかれば今までに散々似たような経験を経ている僕にとって対処は容易い、要は何をしていたのかを簡潔に伝えればいいのだ。
「なんだか混乱してるみたいだけど二人はきっと誤解してるよ」
「え? へ?」
「アウトな発言ばかりしてた癖に誤解だぁ?」
顔を赤くしたまま訝しげにする友奈と球子。
アウトな発言した覚えは無いが何をしていたのかを一発で理解して貰う方法を考えて、思い付いた事を即座に実行する。
「まずはこの僕のキノコを見てくれれば疚しい事なんて無かったってわかるさ」
手に載せたちょっと大きめな僕のキノコを二人に差し出して見せつける。
「ぎゃぁぁぁ! 見せるなアホ!」
「うわぁ、噂に聞くよりキノコみたい……」
両手で顔を隠してうずくまる球子の悲鳴じみた叫びと顔を両手で覆ったものの少しだけ開けた指の隙間から濃い桜色を覗かせる友奈の戦慄の声。
「ん、そりゃあキノコだもん」
「……は?」
「……へ?」
大人しくなった二人を見て混乱は収まったと確信した。
さて、おやつ休憩にするには少し早いがなんだか疲れたのでもうキノコを焼いてしまおう。
─────
「んで、だいぶ落ち着いたみたいだから聞くけど今回はどんな誤解があったの?」
千景に手伝って貰いつつ少しの醤油で香ばしく焼き上げたキノコ、それを皿に盛って勉強道具を広げる前のちゃぶ台に運び、キノコを焼いてる間ちゃぶ台の前に縮こまる様に小さく座っていた二人に訊ねる。今後同じような誤解を産まないように聞いておきたいのだ。
「……聞いては……いけないわ」
茶葉をいつものに変えた急須から人数分のお茶を湯呑みに注ぎながらの千景の声、急須を扱う手つきにはあまり慣れが無いように見える。
「……聞くな」
「……聞かないで欲しいな」
「そっかぁ、それじゃあ仕方無いや。取り敢えずキノコ食べてゆっくりしたら勉強会始めよっか」
目を背ける球子と友奈、多数決的にこの話題は封印される事になってしまった。
醤油の香りが鼻腔に心地よいキノコを爪楊枝で一刺しし、そのまま口に放り込む。肉厚なキノコの感触とほのかな甘味が醤油の塩気と絡んで実に美味しい、これは白いご飯が欲しくなる。
「そう言えばさ、千景ちゃんは春から高校生だよね?」
「そうね……鍛練に集中しようと思ったのだけど、鷲尾先生にとても強く推されて通信制の学校に籍だけ置くことになってるわ」
振った話題が封印されたので他の話題を振ってみる。
来春からは一つ上の学年だった千景が義務教育を終えて高校生になるのだ、年が離れる訳ではないのだがもうすぐ高校生となると、目の前にいる千景がなんだか急激に大人になったような錯覚を覚える。
「それってどんな事するの?」
「勉強よ、今までと変わらないわ」
今までと変わらずに丸亀城の勇者教室に通いつつ勉強の内容が高校生の物に変わるだけらしい。
「来年もまたみんなで一緒だね」
「そうね……それはとても、嬉しいわ」
先程と比べてかなり落ち着いた友奈が朗らかに微笑み、千景も友奈に微笑み返す。心の底から嬉しそうな二人の微笑みが僕にとってもなんだか嬉しい。
「このシイタケ、美味いな……でもなんで急にシイタケ育ててんだ?」
「新しい趣味だよ、ホームセンターで栽培セットを見掛けてビビっときたんだ」
「あぁ、例の一人でホームセンターに行くと訳のわからん物を買ってくるってアレか。ほんとに青葉は斜め上だな」
もそもそとキノコを頬張ってからお茶を啜った球子の疑問に答えたら何故か呆れられた。
こうして皆で駄弁りながらおやつのキノコを平らげれて食器を片付ければ今日の集まった理由である勉強会の始まりである。
「ルートと割り算の筆算の式って絶対親子か兄弟だよね」
「内容が違いすぎるからただのそっくりさんじゃないかな?」
「タマは影武者に一票」
「何故始めた途端に脱線するのかしら……?」
なんだかぐだぐだだったけど後日行われた学年末テストも全員が全ての教科で赤点を回避する事ができた。そして、皆で春休みの自由時間を確保する事ができたが、同時に三月中に勇者達による四国外調査をする事も決まった。
当然ながら只人な僕はお留守番である。
青葉くん
新しい趣味はキノコの栽培。ほら、僕のキノコを見て。実家にいた頃から常飲しているお茶は実はそれなりに良質な代物、実は良家の坊っちゃん故に幼い頃から良いものを当たり前のように飲み食いしてる。警備の給湯室からパクった茶葉は保存方法が悪かっただけの普通の茶葉です。趣味の産物を皆で実食。ほら、僕のキノコを頬張ってごらん。美味しかった。勇者達のスリリングな修学旅行からハブられる、だって足手まといだもん。
タマっち
教室に筆記用具を忘れたから取りに行ってたらちょっと遅れた。クラスのアンポンタンと大人しい先輩が二人きりな状況でどんなに会話してるのか気になったのでイタズラ心で扉前待機、音声だけを聞いてたら思考がおかしな事になった。オイオイオイ、何やってんだあのスケベ野郎は!?どこから聞いてたんだろうね?
友奈ちゃん
教室にノートを忘れてたのを取りに行ってタマっちと合流、ニヤニヤしながら『ちょっと様子見てみよう』と言い始めたタマっちに『えー』と思いつつ一緒に扉前待機。え?取れちゃったの?笑ってる場合なの?見せつけられたキノコはキノコだった。
千景ちゃん
もうすぐ女子高生、ちょっと大人。ちょっと大人故にどんな誤解が発生したのかわかってしまった、わかりたくなかった。青葉くんと一緒に狭い台所でキノコを焼いた。シイタケって乱暴に洗うと香りが弱くなっちゃうのね、え?シイタケは軸に美味しさが詰まってる? 料理スキルは無い癖に食事に情熱を持つ男子の豆知識をラーニング。
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誤字報告ありがとうございます。