乃木さんちの青葉くんはこんな感じである   作:ቻンቻンቺቻቺቻ

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51:深い感じの業、もしくは奥義の話

 火、それは僕にとって生存の象徴だ。

 かつて左腕を化物に喰い千切られた際にどれだけの処置を施しても止まらなかった出血を止め、僕の命を繋ぎ止めたのがこの短くなった左腕を焼いた火だ。

 火、それは僕にとっていずれ至る終わりだ。

 僕の魂魄に蓄積された穢れと呼んでいるモノが僕の死後に行き場を失くして姉へと還らないようにするため、門松や注連飾りによって迎えた歳神を火によって本来在るべき場所へ送る左義長のどんど焼きと同じくこの身を焼くからだ。火によって生きて火によって終わる、そう表現するとなんだかお伽噺の不死鳥のようでカッコイイ気がするが焼いた後の灰から僕が黄泉帰る事はない。

 

「なぁ坊主」

 

「んー?」

 

 とにもかくにも僕の生涯において火とは重要な意味を持つ大切なものだ、現に今も火によって恵みを受けている。

 ちりちりと音を奏でながら黒い木炭を赤に輝かせて白く散らす火、七輪の中に収まっているその火は生きるという事において重要な"食"の恵みをもたらしてくれる。

 

「車に跳ねられたって聞いて会議に行ってた大社から戻って来たんだが誤報だったのか?」

 

「ん、たしかに僕は車にぶつかったよ」

 

 皆が丸亀城から出払って多少ながらも警備の余裕ができている今の内に色々やることがあったらしい格闘術の先生が複雑そうな表情で首を傾ける。

 

「なんで呑気に七輪で炭火熾してんの?」

 

「増え過ぎたしいたけを消費したかったんだよ」

 

 最近増えた趣味のきのこ栽培が順調過ぎた結果、想定以上に収穫できてしまった山盛りの大きなしいたけ。本来なら皆と一緒に食べたかったのだが今現在皆は瀬戸内海を越えて遠い場所へと出払ってしまっている、それ故にこうして鷲尾先生に許可をとって寄宿舎の前で炭火を熾しているのだ。

 

「しいたけが増えるってどんな状況だよ」

 

「ん、育てた」

 

「はぁ?」

 

 理解しがたいと言葉にせずとも顔で表現している格闘術の先生が七輪を挟んだ向かい側に木炭の入った段ボールを置いて腰掛ける。

 

「まぁしいたけはどうでもいいとして、怪我は?」

 

「無いよ」

 

 車に接触する直前、その場で垂直に跳び上がった僕は車のボンネットを踏んで更に跳び上がる事に成功して致命的なダメージを負うことは無かったと説明。

 

「車のボンネットって結構脆いんだね。踏んだ時にへこんじゃってあまり踏ん張れなくてさ、思ったより跳べなくて爪先がフロントガラスに引っ掛かって空中で一回転しちゃった」

 

 ちょっと弾かれただけの僕より受け身を取れずに尻餅をついて噎せていたドギーとベッコリとボンネットをへこませた車の方がダメージは大きかったのだ。

 

「……アクション映画の話か?」

 

「散歩の話だよ」

 

 激しく噎せながら悶絶していたドギーの様子に怪我をさせてしまったかもとヒヤヒヤしたが『お尻いたぁ~い』と何時もの間抜けな口調で泣き言を言う様子に大した怪我は無いと解って安心したものだ。

 

「んで、車の持ち主は?」

 

「そのまま車を走らせてどっか行っちゃった」

 

 踏みつけてへこませたボンネットの修理費用とか請求されちゃうのかなんて考えていたのだが、クルリと回転して着地した僕をそのままにスピードを落とす事無く車は走り去ってしまったのだ。

 

「轢き逃げじゃねぇか」

 

「らしいね、たまたま近くにいて目撃してた知らないおばさんが大騒ぎしながら警察に電話してたよ」

 

 その後、付近をパトロールしていたお巡りさんが駆けつけて来て交番に連れていかれ、鷲尾先生が迎えに来るまで僕とドギーは事情聴取をされていたのである。

 

「乃木君、火の調子はどうかね?」

 

 あからさまに反応に困ってるような微妙な表情をしている格闘術の先生をそのままに七輪の中の赤い墨を火挟みでつついて火が安定したことを確認していると背後から聞き慣れた重い声、振り返れば鷲尾先生がいつものムッツリ顔でスルメの入った袋やら缶ビールを手に立っていた。

 

「丁度良い感じになってますよ」

 

「旦那も炭火焼きですかい?」

 

「ええ、炭火があるならスルメを炙らずにはいられませんからね」

 

 網の上にしいたけを適当に転がして焼き始める僕とどこからか引っ張り出した折り畳みの椅子に腰掛けてスルメを炙り始める鷲尾先生、そんな僕達二人を見て微妙な表情のまま格闘術の先生が呟く。

 

「平和? ……で、いいのか?」

 

「大きな怪我が無くて良かった、細かい事は明日考えましょう。……私はもう疲れました」

 

「そうですか……そういや冷蔵庫に焼鳥あったっけか、取って来ますわ」

 

 歳の離れた野郎三人、七輪を囲んでグダグダとする事が決まったそんな瞬間。

 

 

 ─────

 

 

 次こそは四国に良い報せとして持ち帰れる何かをと望みながら勇者達が辿り着いた名古屋の街、しかし、かつては大きく栄えていたこの街も今までに通過してきた他の街と変わらずに蹂躙された後の荒んだ光景だった。いや、今までの街以上にかつての光景を失っていた。

 

「……なに……これ……」

 

「…………ひどい」

 

 ただ街並みを破壊するだけではなく地域全体を覆うように産み付けられた巨大な卵状の気色の悪い物体。その生理的嫌悪感を催す不気味な光景に少女達は皆精神的に強い衝撃を受ける。

 

「……う、ぁ……」

 

「あっ、あんずっ!?」

 

 青白い顔色で膝をつく杏に寄り添う球子。しかし、妹分を案ずる球子の顔色もまた、青い。

 

「なんて事だ……バーテックスどもめ、滅ぼした地に自分達の卵を産み付けたのか」

 

 嫌悪感を隠さない若葉の忌々しげな声、強く握られたその手は誰が見てもわかる程に震えていた。

 

「私達が負けたら……四国もこうなるっていうの……」

 

「……させるかよ……」

 

 若葉と同じく忌々しげに言い捨てた千景の声、それに対して杏に寄り添っていた球子が反応する。

 

「そんな事、させるかよ!!」

 

 強く宣言するかのような球子の怒声が荒廃した名古屋の街に響き渡る。その声を察知したのかどこからともなくバーテックスが現れては数を増やして勇者達を包囲していく。

 

「まずい状況です、増える数に際限が……!」

 

「くっ、化物どもめ何処に隠れていたんだ」

 

 普段の穏やかな姿から離れた激しく動揺する姿を見せるひなたと腰の得物を抜きつつひなたを背に守る若葉。勇者達の誰が指示を出すまでもなくひなたを中心に円形の陣形を組むなかで球子がポツリと言葉をその場に落とす。

 

「あ……もう我慢できん」

 

「え? タマちゃん?」

 

 円形の陣形を組んで丁度球子の反対側にいた友奈がその球子らしからぬ戦場の中での静かな言葉に疑問を持って一瞬だけ振り返った時、友奈はその球子の背中にたしかな怒気を見た。

 

「……タマ、キレたぞ」

 

「球子、まさか……待て──」

 

 若葉が止めようとした時、球子は既に切り札を行使して勇者装束を変化させた後の姿だった。

 

「お前ら化物なんかに……この世界を奪わせてたまるかぁーーーっ!!」

 

 悪ふざけの延長やクラスメイトのズレた男子がたまにやらかす間抜けなセクハラへの報復をする時の友情や信頼故に発揮される怒りではなく、球子は純粋に激怒した。そして、それ以上に今ここで徹底的にバーテックス達を打ちのめさなければ自分達の心が曲がってしまうのではないかと直感的に危惧し、バーテックスを打ちのめすのは自分の役目だと強い使命感を感じていた。

 その場にいた全員が今までに見たことの無かった陽気で無邪気な性格の球子の感情の暴発に驚愕し、その驚愕のまま始まってしまった球子の攻撃の予備動作を回避するために身を低くする。

 

 一回転、頭上で肩から先を回してワイヤーを伸ばしつつ旋刃盤を振り回す。

 二回転、全身を回して勢いを増やしつつ旋刃盤を巨大化させる。

 三回転、両足を強く踏ん張り腰を回して豪炎を纏わせた旋刃盤を投げ放った。

 

「ぶっとべぇぇーーーーっ!!」

 

 怒りのままに力任せに放たれた旋刃盤は空中を滑走して次から次へと猟犬のようにバーテックスを追い立てて乱雑に轢殺と焼却を繰り返し、目に見えるバーテックスを全て殺戮した後に地域一帯を覆う卵群を瓦礫ごと薙ぎ払って破壊と焼却で蹂躙する。

 

「球子! 軽々しく切り札を使うな! 穢れが精神を蝕むんだぞ!」

 

 誰もがそのバーテックスの暴虐を更なる暴虐で蹂躙し返す光景に唖然としていた中、いち早く復帰した若葉が球子の軽挙にも思える行動を叱りつける。

 

「わりーわりー、でも軽々しくなんか使っちゃいないって、どうしてもやらなきゃって気がしてさ」

 

「しかしだな!」

 

「それにタマが切り札を使わなきゃ若葉が使ってたんじゃないのか?」

 

「……むっ……」

 

 若葉は球子の言葉を否定できなかった。完全に包囲された状況で非戦闘員のひなたを守りつつ際限無く増えていくバーテックスを相手に切り抜ける方法を切り札以外に若葉は思い付かなかったのだ。

 

「今までに若葉は二回、今のでタマも二回、心配すんなって、まだ大丈夫なのは若葉が証明してるじゃん」

 

「だが、うむぅ……」

 

「更に言うならタマの切り札ならあの気持ち悪い卵もパパっと全部ぶっ壊せるしお得だろ?」

 

 球子が肉体的な疲れとは別に感じる不可思議な極小の違和感を誤魔化すように口を回すと、若葉は反論する材料を失ってしまったのか口をへの字にしたまま黙ってしまった。若葉は球子の言葉をよく理解しているが心のどこかが納得できていないのだ。

 

「タマっち先輩、無茶しないでよ」

 

「ムシャクシャしてやった、今はスッキリしている」

 

 若葉と球子のやり取りを見守っていた杏が眉尻を下げて球子を案じるが先程の激怒なんてなかったかのように振る舞う球子がドヤ顔で言葉を返す。

 

「……その供述みたいなの気に入ってるの?」

 

「カッとなってついやってしまった、相手はバーテックスなら誰でもよかった」

 

 ドヤ顔を崩さない球子に杏が呆れが心配の感情を上回って溜め息を吐いた。

 

 

 ─────

 

 

『この焼鳥、タレなんだね』

 

 多分、事の発端は深く考えずに発した僕のこの言葉だったのかもしれない。

 鶏肉の旨味は基本的に塩によって際立つと考えている僕は焼鳥を食べるときは必ずと言っていい程に塩で食べる、別にタレが嫌いとか、タレの着いた鶏肉は焼鳥ではないと主張しているとか、したたる肉汁を洗い流すタレは邪道だから排斥すべきという思想があるわけではなく、ただ単純に僕の魂が焼鳥は塩であるべきと定めているだけなのだ。

 

『坊主、まさかお前塩派なのか……?』

 

 そんな僕のなんて事ないはずだった一言に反応したのは焼鳥を持参してきた格闘術の先生、ほんの一瞬だけ信じられないモノを見たような表情をした後にラジオのパーソナリティーの如くタレがどんなに素晴らしいかと語り始めたのだ。

 塩派の僕としてはそんな教科書の内容よりも眠たくなりそうな話にはあんまり興味は無いのだが、熱心にタレについて語られたのなら僕も塩について語らねばならないと思い塩の素晴らしさを語り返す。そんな僕達二人の横で鷲尾先生は炙ったスルメに一味とマヨネーズをつけて食べていた。

 

「だーかーらーよー、タレが肉汁を洗い流すってのは焼いてる奴が下手くそなだけで修行を積んだ職人がやればタレは肉汁と混ざり合って肉をコーティングするんだって」

 

「えー? ほんとにぃ~~?」

 

 熱心に語られても正直なところ眉唾な話にしか聞こえない。

 

「んでもやっぱり僕は塩派だなぁ。瀬戸赤どりのきめ細かい歯触りな肉に軽く塩を振って焼き上げたやつをギュギュッと噛み締めてさ、それで溢れ出る肉汁がたまらないんだよ」

 

「そりゃお前良い鶏ならなにやっても美味いだろ」

 

 どうにも双方の意見が曲がらないので第三者である顔の赤くなってきた鷲尾先生に意見を求めてみる。

 

「……私は鶏肉ならからあげで食べたい」

 

 酔っ払っているからなのか話し合いの論点から大きくズレた回答が帰って来た。

 

「からあげは最強だからダメです、殿堂入りしてます」

 

「からあげはズルいよなぁ」

 

 欠片も想定していなかった第三勢力の出現に調子が狂ってしまい、気付けば白熱していた歌い合いのボルテージが収束していた。その自然にできた無言の間に、塩について語るために口を動かしてる内に焼けていたしいたけを頬張って口を動かす。実に美味い。

 

「坊主、明日俺の行きつけの焼鳥屋でタレを喰わせてやる。あそこのタレを喰ったら坊主もタレを認めるはずだ」

 

「マジか、ゴチになります」

 

「えらく素直だな」

 

「塩派だけどそれでも美味しい物ならなんでも好きだもん」

 

 塩が至高、ただそれだけでタレも嫌いではないのだ。

 明日の晩御飯が今から楽しみである。

 

 

 ─────

 

 

 長野県、諏訪。勇者達が期待を抱きながら辿り着いたこの地も目につく人工物のことごとくが破壊されて荒らされた後の光景だった。それでも微かな期待を捨てずに調査をした勇者達が見つけたのは管理されずに荒れてしまった畑、その畑から掘り起こされた木箱に収まっていた鍬とかつてこの地を守護していた勇者からの手紙。そして、社殿の跡地からは幾つかの袋に別けられて保管されていた植物の種と質素な額縁に合わせて飾られていた拙い絵と色褪せた一枚の写真。

 畑があって、鍬もあり、種まである。ここまで揃っているのならばと誰もが示し合わせる事なく交代で鍬を振るい畑を耕して整えて行く中で若葉とひなたは社殿にて見つけた絵と写真を眺めていた。

 

「あの三人はこんな姿をしていたのだな」

 

「三人とも、笑顔が素敵ですね」

 

 色褪せた写真には桜の木の下にござと弁当箱を広げながら肩を寄せあって笑う二人の少女と幼い少年。共に飾られていた絵には拙いながらも勇者装束と巫女装束を纏っているとわかる程度には特徴を捉えてクレヨンで描かれた二人の少女、その特徴を捉えている絵のおかげで若葉とひなたは写真に写る少女達の内、緑がかった瞳の少女が諏訪の勇者である白鳥歌野、軽く癖のある茶髪の少女が巫女の藤森水都だと判別する事ができた。そして、その二人に挟まれて笑っている幼い少年がまきおなのだろう。

 

「……会いたかったな」

 

「……私もです」

 

 白鳥が守っていた諏訪は廃墟になり、ここに到着してから調査して畑を耕し始めた今になっても誰一人として人間を見つける事ができなかった。つまり、この地は既に滅んでいたという事なのだ。かねてより願っていた直接会って機械を介さずに言葉を交わし、同じ戦場で肩を並べて戦い、勝利の後はお互いの健闘を称え合う、そんなクラスメイト達と当たり前のように行っている事を若葉と白鳥はする事ができないと確定してしまったのである。

 

「なぁ、ひなた」

 

「なんですか?」

 

「……あの時、あの最後の通信の時に白鳥さんが私達に託したものを……今、ようやく受け取れた気がするよ」

 

 昨年の夏に交わした最後の通信の際に白鳥は『後はよろしくお願いします』と通信先の若葉達に何かを託した。そして、半年経った今になって白鳥が遺した手紙に思いを知り、手にした鍬によって意思を引き継いだのだ。

 一度、若葉は色褪せた写真の中にいる直接会う事の叶わなかった親友から目を離し、畑の中心にいる四人の仲間達を見る。友奈と千景が見守る中で球子に教えて貰いながら杏がへっぴり腰で鍬を振るっていた。

 

「私はバーテックスが憎い。奴等は私の家族や友達、青葉の腕だけではなく親友まで奪っていった」

 

「若葉ちゃん……」

 

「奪われたものはどう足掻いても返ってこない、死んだ人間は奴等を殲滅しても死んだままだ。」

 

 人は死ねば終わる、この戦いに勝利しても奪われた国土は取り返せるが死んだ人間が黄泉帰ることは無いのだ。若葉が奪われたものの殆どは未来永劫元には戻らない、そんな事実を口にする若葉にひなたは掛ける言葉が見つからずに口を開く事ができなかった。

 

「だが、これ以上奪わせない事はできる」

 

 畑に突き刺した鍬を引き抜いた勢いが余って仰向けに転ぶ杏と、それを見て笑う友奈と千景と球子。少しだけむくれた表情をした杏に球子が軽く謝りながら手を差し伸べて立ち上がらせた。

 

「私はもう、奴等に何も奪わせない。大切なものを守り通すよ」

 

「……はい!」

 

 仲間を見る若葉の紫水晶に、強い輝きが灯されるのをひなたはその目に焼き付けた。

 

 

 ─────

 

 

 気が付けば、ぼんやりとした思考のままぐらぐらと揺らされていた。

 

「んん~~? ……なにがどうなってんの?」

 

「目ェ覚ましたか」

 

 どうやら揺れの正体は格闘術の先生に背負われているかららしく、ゆっくりと後ろに流れていく夜の街の景色から考えるに丸亀城へと向かっているらしい。ぼんやりとした思考の中で何故このような状況になってしまっているのかを思い出す。

 たしか僕は残念ながら昨日飲み過ぎとスルメの食べ過ぎで胃にダメージを負ってしまったらしい鷲尾先生を置いて格闘術の先生と共に焼鳥を食べに行っていた筈だ、タレの焼鳥の想定以上の美味しさに食への見識を深めながら終始ドヤ顔の格闘術の先生と色々と駄弁っていたのである。時間を掛けて思い出した駄弁りの内容は足さばきにおける土踏まずの重要性だったり刃物を持つ相手と素手で対峙した時の対処法だったり杏から借りた文庫本のハレンチな内容だったりおっぱいの話だったりと取り留めの無い内容だった。

 

「意識はしっかりしてるか? どこまで覚えてる?」

 

 妙に気持ち悪い優しさを見せる格闘術の先生をそのままに記憶を更に掘り返す。おっぱいに対する奥義を口伝で伝授された後に愛想の良い焼鳥職人から『これはオマケだ』とサービスされた鶏のスープに口を付けた時に軽く舌を火傷し、慌ててがぶ飲みした水が妙ちきりんな味と匂いでその直後からふわふわとしたいい気分になって眠たくなってしまった辺りまでは覚えていた。

 

「おい、なに急に無言になってんだ……? まさか吐くのか? この状態でそれは勘弁してくれよ」

 

「おっぱいはちんこを扱うより優しくあつかいましょう!」

 

「急に叫ぶな! ってかまだ酔ってんのかよ」

 

 叫んだ後になんだか楽しい気分になってきたので目の前で揺れる格闘術の先生の頭を平手で叩いてみる。

 

「元気なら自分で歩け!」

 

 振り落とされた。

 そんなこんなで特に理由の無い上機嫌のまま夜の丸亀市を突き進んで帰って来た丸亀城という名の我が家、今更ながら帰る家が城のある敷地というのは凄い事なのではないだろうかと思考が飛ぶ。

 

「我が城よ、それがしが帰ったぞ」

 

「こんな時間に変なのが騒いでると思ったら青葉じゃないか、なにやってんだお前?」

 

 聞き慣れてる気がする鈴のような明るい声に振り向けば完全に呆れた顔をしている勇者装束姿の球子、予定では今日は東京の調査をしてそのまま夜明けまで滞在しているはずなのに何故ここにいるのだろうか、もしかしたら幻覚なのかもしれない。

 

「あぁ? 土居の嬢ちゃん、戻ってきてたのか」

 

「ひなたが神託を受けたから急いで帰って来たんだ」

 

 格闘術の先生と言葉を交わす幻覚の疑いがあった球子、自然に会話しているあたり幻覚ではなくて本人のようだ。

 球子がここにいる理由を説明した直後、四国外調査に出ていた皆か続々と僕達の周りに着地して姿を現す。どうやら四国に戻ってからも勇者の力を利用して夜の街を器用に跳んで帰って来たらしい。

 

「タマちゃんが一位かぁ、ちょっと悔しいかも」

 

「アスレチックは得意だからな!」

 

「ごめんなさい若葉ちゃん、重荷になってしまいましたね」

 

「なに、気にするな。実は灯りのある景色がどうにも嬉しくて景色をつい楽しんでしまったんだ」

 

 どうやら皆は勇者にのみ可能なロマンチックでアクロバットな夜の競争をしていたらしい、楽しそうでなによりだ。

 

「樹海で走り回るより怖かったかも……」

 

「あら……? 乃木くんもいるのね」

 

 膝をしなやかに曲げて着地した千景と最後尾だった杏がたたらを踏みつつ着地した事により、狙った訳でも無いのに調査から帰って来た皆をすぐに出迎えれるというちょっとした偶然に遭遇。千景の一言で元から気付いていた球子以外の皆も僕に気付いたのか視線があつまる。

 

「みんな、おかえり!」

 

 見送る時に『いってらっしゃい』と言ったからには迎える時に言う言葉はやはりコレだろう。

 僕のこの言葉に皆がそれぞれ言ってくれた「ただいま」が、とても嬉しくて理由の無い上機嫌から皆と一緒にいれる嬉しさの上機嫌にかわる。

 

「ただいま青葉、調査は色々大変だったがこっちでは何か変わった事はあったか?」

 

 横抱きにしていた幼馴染を降ろした姉の問い。姉の言う色々にとても興味を惹かれるが先に答えを返そう。

 

「こっちも色々あったよ、今だって焼鳥食べてきた帰りなんだ」

 

 そう言って、とある事を思い出す。焼鳥屋での駄弁りの中に出た話題の一つ、杏から借りた文庫本の話をしていた時に杏が帰って来たら言おうと決めていた事があるのだ。

 

「そうか、ところで青葉はなんでそんなに酒臭いんだ? もしかして青葉お前、飲酒なんて──」

 

「杏ちゃん!」

 

「ひゃっ!? なに!?」

 

 姉が何かを言い掛けた気がするが杏に声を掛けた。思ったより大きな声が出たがそれでも杏の驚き方は少し過剰な気がする。

 

「ハレンチはよくないよ!」

 

「なんで私いきなりハレンチって言われてるんだろ?」

 

 ちょっと満足。

 

「今日の青葉くんはいつにも増して突拍子ないね」

 

「顔も赤いしこれ絶対酔ってるな。先生、何があったんですか?」

 

「……事故に事故が重なったんだ、すまん」

 

 友奈が笑い、姉が眉根を寄せて格闘術の先生に問い、問われた先生は気まずい顔で目を逸らした。

 

「事故といえば僕、昨日轢き逃げされたんだよね」

 

『は?』

 

 連想ゲーム的に思い出した事を言ってみると皆の目がまるくなった。

 

「横断歩道でクルマにぶつかりそうになったから避けたんだけどさ、車が避けた先に追い掛けてきたから流石に驚いちゃったよ、あはははは」

 

「おい、待て坊主。その追い掛けられたってのは初耳だぞ」

 

「あははじゃありません! 青葉ちゃんに怪我はなかったんですか!?」

 

 ボンネットを踏み跳んで躱したらそのまま車がどっか行っちゃったって事しか言って無かったかもしれない。

 皆がポカンとする中で格闘術の先生が頭を抱え、幼馴染が怒りと心配の入り交じった表情になる。そんな幼馴染に向かって親指を立てると露骨に安堵の息を吐いた。

 

「そんな事よりさ」

 

「そんな事……で、済ませていいのかしら?」

 

「本人が無傷みたいだし良いんじゃないか?」

 

 戸惑う千景と適当に流す球子。

 

「今しがた伝授された奥義を試したい」

 

「は? ちょっ、おまっ……!?」

 

「奥義! いいなぁ、私にも教えて欲しいです!」

 

「クソッ、なんてこった! 大事故だ!! 」

 

 奥義という単語に目を輝かせた友奈が格闘術の先生に伝授をせがみ、せがまれた側が今までに無いほどに慌て始める。

 

「若姉さん! 試させて!」

 

「しかも相手は姉かよ! 業が深いな!」

 

 この場で最も奥義を試すのにふさわしいであろう相手は姉なはずなのに何故かドン引きされてしまった。

 

「業が深い奥義ってなんだろ?」

 

「わからないが……私も気になるな。よし、かかってこい青葉!」

 

 首を傾げる友奈と同様に奥義に好奇心を抱いていたらしい姉がスマホを操作して勇者装束を解除し僕と対峙する。

 

「ん、これカウンター技なんだよね」

 

「そうなのか、それじゃあ私から行くぞ」

 

 軽いやり取りの後に普段より少しだけゆっくりと鞘に収めたままの生大刀をかまえた姉が特に気負う様子を見せずに袈裟切りに一振り、それにたいして僕はあらかじめ脱ぎやすくしておいた靴を全速力で掴み脱いで太刀筋の横から叩いて逸らす。

 

「奥義! 靴底の微妙な硬さは刃物に有効!」

 

「……あっ、そっちのネタか」

 

 これが先程教えて貰った素手で刃物を持つ相手と対峙してしまった時の奥義である。

 格闘術の先生がなにやら力の抜けた表情になり、姉を含めた皆も拍子抜けな表情になってしまった。何故だ。

 

「青葉並の反射神経がなきゃなんの役にも立たない奥義だな」

 

「明らかにシラフじゃないのにできちゃう青葉くんってやっぱりちょっとおかしいよね」

 

 球子がわざとらしくやれやれと首を振り、杏に変なモノを見る目を向けられた。

 靴を脱いで少しだけ踏ん張った時に小石を踏んでいたらしく踵がかなり痛い、この奥義は封印すべきなのかもしれない。

 

「ねぇ、先生」

 

「なんだ高嶋の嬢ちゃん」

 

 踵の痛みに耐えながらら靴を履き直していると、友奈の声が気の抜けた微妙な空気の中に放たれた。

 

「先生は今『そっちの』って言ってたけど他の奥義もあるんですか?」

 

「……無い」

 

 とても遠い目で断言する格闘術の先生。

 先生はもしかして僕が姉に対して躊躇い無くおっぱいの奥義を使うとでも思ってたのだろうか、もしそうだとしたら僕は肉親のおっぱいに対してそういった関心を抱く特殊な性癖は無いと声高に主張したいところである。いや、むしろ先生が特殊な性癖を持つが故にそういう発想に至ったのかもしれない。

 

「せんせー」

 

 痛む踵に若干足を引き摺りながら遠い目のままの格闘術の先生に近寄って肩を叩く。

 

「……なんだ?」

 

「先生はマイノリティな人かも知れないけど頑張ってね、僕は理解はできないけど先生を否定しないよ」

 

「なんの話だよ……」

 

 知らばっくれているのだろうか?

 

「青葉が無駄に優しい目をしてるけどまた妙な事を考えているんだろうな」

 

「乃木くんはいつも優しい気がするけど……?」

 

「優しいってか能天気なだけだろ」

 

 球子にちょっと辛辣な事を言われた気がするが、今僕にはそれよりも重要な事に気付いてしまった。

 

「優しい目っていうか、青い顔してない?」

 

 最初に僕の異変に気付いたのは友奈だった、そんな友奈の言葉に皆の視線が集まるの感じ取る。

 

「……おい、どうした坊主」

 

 きっと、たくさん食べた後に急激な運動をしてしまったのか原因なのだろう。すごくつらい。

 

「青葉ちゃん、どうしたんですか?」

 

「……はっ!? ひなた、離れろ!」

 

 背後から聞こえた不安気な幼馴染の声に向かって振り向かずに手の平だけを向けて制止の合図を出したの同時に姉が危機感の籠められた声で幼馴染を呼ぶ。やはり姉は僕の事をよくわかっている。

 

「…………うっぷ」

 

「おい待てやめろ馬鹿手を離せ!!」

 

 死なば、もろとも。

 いつかの友奈に金的を教えて僕の股間に致命寸前のダメージを与えた報いを返す時が来たのだ。

 

「……ごふっ、オロロロ……」

 

「うわぁぁぁ!」

 

 夜の丸亀城に僕の尊厳が逆流する音と悲鳴がこだましたが、皆が無事に丸亀城へと帰還してくれた事を喜びたいと思った冬と春の境目。もうすぐ花見の時期だと現実から意識を逃避させた。

 











青葉くん
接触→ボンネットを踏んだ、衝撃→爪先引っ掛かった、空中で回転→宙返りな感じで轢き逃げされても無傷だった。ネットで有名な忍者は鉄を脱ぎ捨てた布装備だから軽くて身軽。自分ではキチンと説明したつもりだけど口下手故に色々伝わって無かった、自分自身が無傷だし大事だと捉えてない。美味しい焼鳥を食べつつ色々駄弁った、そして中学生特有の経験の伴わない知識が少しふえた。根に持つ系男子故に一年以上前の恨みを今返した、返し方が汚い、汚いなネットで有名な忍者さすが忍者きたない。

若葉さん
旅の経験で色々と考えた結果アベンジャーとナイトを兼業する事になった、攻撃偏重なメイン盾。弟の言う奥義が気になったので軽い気持ちでちょっと強い一閃、神具を靴の裏で叩かれて微妙な気分。弟の青い顔色に幼馴染の危機を察知した。轢き逃げについて詳しく知りたい。遠い地の親友の顔を知ることができた。

ひなたちゃん
勇者達はみんな勇者なパワーがあるから凄いスピードで飛び跳ねたり走っても平気なんだろうけどひなたちゃんは巫女で生身な女の子、きっと抱えられながらの旅でも過酷だったに違いない。もしかしたらひなたちゃんは生身でも勇者並みな耐久力がある説。若葉さんのおかげでギ吐瀉物をギリギリ回避した。

タマっち
暗い雰囲気をぶっ飛ばしたり切り札でバーテックスと卵をぶっ飛ばしたり四国外調査では大活躍でしたね。ところで話は変わるけど花は散る直前が一番綺麗に咲き誇るって話知ってる?活発系少女なタマっちはアスレチックが得意だった。

杏ちゃん
寄ってたかって『かわいい!』されたりショッキングな街の景色を見たり鍬を振って勢い余って転んじゃったり四国外調査ではちょっと不運でしたね。ところで話は変わるけど不運は続くなんて話知ってる?帰って来ていきなり「ハレンチ」って言われたのも不運のせいかもね。

友奈ちゃん
奥義とか必殺技なんて言葉が気になるお年頃。急いで帰還したついでの夜の丸亀市横断スーパー障害物競争をエンジョイした。勇者の力を遊びに使う事にちょっと罪悪感があって出遅れたけど人の営みを感じさせる灯りのある景色が嬉しくて楽しかった。

千景ちゃん
色々あったけも皆無事に帰ってこれて良かったと思ってる。『友達』が知らない間に轢き逃げされてたらしい、えっ?って思ったけど目の前にいる本人はいつもよりぽやぽやしてた。そんな感じていいの?

鷲尾先生
調査に行った生徒達を心配してたら不意打ちで留守番の生徒が事故にあったと報せを受けた。マジかよと思いつつも迎えに行ったらケロリとした顔の生徒、心配しててもなるようにしかならないと悟ってビールとスルメを掴んだ。

格闘術の先生
飲ませようとした訳ではない、事故だった。そして事故られた。え?避けても追い掛けられた?最初に思ってたより事件性が強いのかも知れない。青葉くんのシスコンっぷりにちょっとだけ「もしかして?」って思ってたが故の誤解。報いを受けて汚い。

ホーミング轢き逃げ車
四国という限られた空間で何処に逃げるつもりなのかな?警察が頑張って捜査中。

諏訪の三人
諏訪には誰もいなかった、そういう事なのだ。

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やらねば(鋼の意思)
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